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第一章

結論、氷魔法最強です

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「畜生~しくじったなぁ~!」

 スカイムは四方八方より自身の腕を、下半身を絡め取る氷に冷静さを失っていた。

 そして焦りのあまりに少女を一人逃してしまったことを悔いた。

 己の力を過信するわけではないが、少なくとも二人の力だけでは自分を倒すのは不可能だと確信を持っていたのだ。

 ─────つい今しがたまでは。

 スカイムは子供だろうと容赦なく殺す。なぜなら、彼はそういった弱肉強食の環境で育ったから。

 今回もそれに習って瀕死の状態まで追い込んだ。スカイムの剣撃をまともに食らった少年は、命が尽きるのも時間の問題になっていたはずである。

 しかし、ほんの少し目を離しているうちに少年は、全くの別人のような雰囲気を纏った一人の強者へと成り代わったのだ。

 油断・・・なんて言葉で片付けられる話ではない。

 スカイムは自分よりも力を持つ者が存在するのを知らぬほど、愚かで平和ボケをしていない。

 スカイム含む下級戦闘員を、捨て駒の如く扱う組織の幹部。そして彼らの上に立つ存在・・・リターンズ創設者。

 組織内で幾多の修行を重ねた末に、強者へと登り詰めた者を知るが、ここまで短時間で脅威的な成長を遂げた者など前代未聞。

 有り得ない、絶対にあって欲しくない。

 これが只の胸糞悪い夢じゃなければ、長年の歳月を掛けて己が積んだ研鑽が全て無に帰す感覚に囚われてしまうのだ。

「俺は認めねぇぞ~認めてたまるかぁぁぁ~~~!!」

 気を吐いたスカイムの頭は一瞬で冴え渡り、着々と戦況逆転のステップを組み立てていく。

 兎にも角にも優先すべきことは明確で、今は一刻も早くこの拘束状態を解くのが第一。

 時間だけが過ぎれば、いずれ手足は凍傷を起こす。

 腐っていく身体を想像しては、頭を振り払った。

 幸い少年は未だに顔を俯かせ不気味ではあるが、攻撃を加えてくる気配は感じられない。

 子供にいいようにやられた屈辱を噛み締めたスカイムは、腹の奥底へと魔力を集中させた。

体熱温化たいねつおんか

 スカイムの全身が燃えたぎるように真っ赤に染まる。露出された肌は場血管が浮き出て、異常な程に膨張した。

 白い蒸気を発しながら氷は溶けてゆき、ようやくスカイムの拘束は解かれたのであった。

 手のひらを開閉して感覚を確かめるスカイム。

 まだ多少の鈍さは残るが、特別問題視するべき後遺症が残らずに済んで助かった。

 そしてスカイムは愛刀の柄を強くしっかり握り直し、構えを深く切っ先をマルスへと向けた。

 スカイムの目つきは真剣そのもので彼は既に油断も隙も一切を取っ払っていた。

「どんな手を使ったが~知らねぇが~お前の攻撃は~もう見切った~!同じ手は~二度と喰らわねぇ~!!!」

 飛び出したスカイムは最大瞬速で剣を、横から縦からと薙ぎ払う。

 この勢いのまま懐に入り込み、今度こそ息の根を止めてやる。

「くっ・・・!」

 しかし、マルスにその剣は届かない。

 なぜなら新たに展開した魔法陣より伸びる氷柱によって、完璧に防御されているからである。

 満足に間合いすら詰めきれずに攻めあぐねているスカイムは唇を噛んだ。

「くそ~っ!!」

 そして氷柱の数は一本、また一本と増殖するとスカイムは攻撃も儘ならず、向かってくる氷柱を一心不乱に砕き反撃に転じる機会を窺っていた。

 息をつく間も与えない勢いで迫る、無数の氷柱から逃れるために洞窟内を走り回り、時には迫る氷柱の破壊に奔走するスカイム。

 今は防戦一方ではあるが、スカイムは長年の戦闘経験で培った鋭い洞察力をフル活用して、幾つかの特性を炙り出した。

(無限に湧いてくる~氷柱は~鬱陶しいが~ある程度の範囲までしか~追ってこねぇ~なぁ~?) 
 
 その他にも攻撃の為の氷柱や、防御に徹するだけの氷柱の存在など。その中でもスカイムに一番の発奮材料となったのは、マルスの息があがりつつあり出現する氷柱も減少し始めていることであった。

 これ程の強力な魔法を使うに当たっては、かなりの魔力を消費するのは明白で、戦況がようやく自分に傾きつつあると、スカイム”だけ”は考え舌なめずりをした。

「そこだ~!!」

 走っているうちさり気なくマルスの近くへと辿り着くよう間合いを計っていたスカイムは、防御が甘くなっている一筋の道を探り当てた。

 好機を逃すまいと、即座に魔法を唱える。
 
熱水砲ねっすいほう
 
 グツグツと煮えたぎった熱水がマルスへと降り注ぐ。

 氷柱の間をすり抜けていく熱水に対して、マルスは微笑したのであった。

 追い詰めたのは自分であるはずなのに、一貫して余裕を持つのはマルスであった。そのことにプライドが傷つけられたスカイムは歯軋りをせざるを得ない。

「ありがとう」

「なぁに~言ってやがんだぁ~」

 勝利を確信しているスカイムにはマルスの言葉の真意は読み取れない。

 そしてスカイムの放った熱水がマルスを捉えた!─────かに思えたが。

火炎斬かえんざん

 己の魔法に重なるように放たれる死角からの斬撃波。それはスカイムの熱水を蒸発させ、尚も自身へと向かってくる。
 
「ちっ~!!!」

 咄嗟の対処でスカイムは体勢を崩す。

 避けたはいいものの、そのせいで再びマルスの氷柱に捕らえられてしまったのであった。

「くそガキがぁ~てめぇ戻ってきやがったなぁ~!」

 斬撃波を放ったのは先程、戦線を離脱したはずのフレイであった。

「マルスくん。あなたとの約束を反故にして戻ってきたこと、どうかお許し願いたいです」

 マルスはなにも言わない。彼の沈黙を確認した上でフレイは続ける。

「この男になんとしても一矢報いたくて。でも、もう満足しました。今度こそわたくしは洞窟を出ます。マルスくんどうかご武運を!」

 一瞬悔しそうな表情を見せたが、そう言い残してフレイは今度こそ洞窟を後にした。

 一連の流れを身動きを封じられたままにスカイムは眺めていた。

 そして考える。

 己が非常に不利な状況に立たされているのは既に否定しようがない事実。なら、己に出来ることはなんだ。こんな子供に負けて死ぬのは自身のプライドが許さない。

 醜く命乞いをするなんて以ての外。

 ならば、答えは決まっているだろう。

「俺をここまで追い詰めたのは~お前で~二人目だぜ~だがなぁ~この技を使うのは~お前が最初で~最後だぁぁぁ~!!!」

 気迫の篭ったスカイムの咆哮と共に彼を捕らえていた氷は一瞬で溶け去った。

 そして彼の体に異変が起こり始める。

 毛細血管は膨張し、瞳は充血、筋肉は締まりやがてブチンと切れる音が響く。手や足といった四股は肥大化しそして風船のように膨れ上がる。

 数刻前に発動した体熱温化にも似ているが、使用する魔力の桁が違った。

「お前を殺せばぁ~俺は~負けたことに~ならないぃ~!地獄の果てでで~決着つけようぜぇぇぇぇぇえ~!!!!」

 スカイムの全魔力が中心部に向けて集約。

 とてつもない魔力が彼の中心部で球体になる。

 凄まじい魔力の波動に地は揺れ、大気は震える。

 そして・・・・・・

熱暴発ねつぼうはつ

 弾け飛んだ。

 爆発は洞窟内の壁を破壊し地面は抉れる。

 自身の命と引き換えに相手を確実に葬る自決技だ。

 魔力暴走を利用し、スカイムが編み出したこの魔法。

 防ぎようのない大爆発はこの山を丸ごと吹き飛ばすほどの威力を持つ。

 マルスへと迫る、爆ぜる炎の奔流。

 それに対し彼は。
 
絶対零度ぜったいれいど

 マルスがそう唱えた刹那。

 周囲の気温は急激に低下し氷点下を下回ると、スカイムを爆風ごと凍らせ、無力化させただけには留まらず、その冷気は洞窟内部全体を駆け抜け全てを凍てつくす。

 瞬時に洞窟内は氷に覆われ天然の冷凍庫と化す。

 そして入口から僅かに漏れ出す冷気。

「すごい・・・」

 と洞窟の外で様子を見守っていたフレイの呟きは誰に聞かれることもなく空へと消えた。
 
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

「はっ!」

 目が覚めたマルスは慌てて飛び起きた。

 マルスが寝かされていた場所は小さな山小屋。

 最後に記憶してる光景といえば、フレイの窮地にスカイムの気味の悪い笑み。

 そこで自分はスカイムに与えられた深手によって意識を失ったはず・・・だが。

 しかし、どうだろう。

 斬撃を浴びて裂けた腹部には一切傷は残っておらず、それどころか目立った外傷も特に見当たらず健康体だ。

 強いて言えばちょっと室温が低く感じるだけ。

 室内を見渡していると、突然扉が開かれた。

 するとマルスが心配していたエルフの女の子が慌てた様子で入ってきた。
 
「マルスくん!?良かったです・・・無事に目覚めたのですね!身体に痛みはないですか?一応治癒魔法を施したのですが」

「うん、フレイのおかげでこの通りさ。ありがと」

 力こぶを作って見せると、フレイは心底安心したように穏やかな声色で、マルスの無事を喜んだのであった。

「俺が気を失っている間にそんなことが・・・」

 一息ついてからマルスはフレイに事の顛末を聞かされた。そして彼女にバレないよう内心でめちゃくちゃ舞い上がった。

 なんとマルスは、幼い頃に憧れを捨てたあの氷魔法の使い手で、フレイが苦戦したスカイムを圧倒的な力量差で負かした。

 これはマルスの強さが証明された瞬間、この異世界で生きていく上での希望が生まれた瞬間なのだ。
 
 だらしなく緩む口元を軽くはたき、力技で引き締める。

 不意に訪れた静寂に気づいたマルスが隣に視線を向けると、フレイが憂いを帯びた表情で拳を固く握り締めていた。

「浮かない顔してどしたの?」

 体調が優れないのか、とフレイの身を案ずるマルスに彼女はポツリポツリと語り出す。

「すみません。わたくしの実力が足らないばかりにマルスくんを危険な目に遭わせてしまいました」

「フレイは悪くないよ。だって助けてくれたんだろ?フレイの援護射撃がなかったら俺は今頃あの世だ」

 マルスは首を横に振って彼女を慰めるが、フレイは自分を責め続けた。

「いえ、わたくしの剣じゃ奴の足元にも及ばなかったです。兄たちにも言われてました。こんな剣しか振るえないなら・・・もうわたくしは剣を握らない方が」

「そこまで」

 マルスは、自暴自棄になり自身を追い詰めるフレイを制する。

「フレイは少し物事を深く捉えすぎだな。俺のピンチに駆けつけてくれた。そのおかげでピンチを乗り越えた俺がスカイムにとどめを刺した。それで良いじゃん。子供二人が協力して強敵を倒すって凄いことだと思うよ」

「マルスくん・・・ですが」

「それにね、俺は君の剣が好きだ。これだけは誰に否定されようが変えるつもりはない俺の気持ちだ。だからさ、フレイがなにに悩んでるか俺は知らないけどこうやって君の剣を好きでいてくれる人は必ずいるからね。それだけは忘れないで」

 マルスが放った言葉にフレイの瞳がキラリと輝く、それは水の膜を覆いポロッと雫を零した。

 両目からポロポロと流れる涙、口元を手で覆い小さな泣き声が部屋に響く。

 フレイは父親と兄に、常日頃から『無駄に華やかな見た目だけで中身のない剣』と揶揄られ、否定され続けてきたのだ。

 この形が自分の信じた剣の道、と自分に言い聞かせ周りの雑音を無視しようと試みるが、やはり心のどこかでせめて家族には認めて欲しいという思いを抱いている。

 しかし、どれだけ修行を積み重ねようが、どれだけ賊を退治しようが二人は一向に認めない。そしてフレイの目指す剣の形とは全く異なる、彼女に言わせればつまらない剣を強引に押し付けるのだ。

(あのわからず屋たちとは違って君は・・・出会って間もないのにわたくしの欲しい言葉を的確にくれるのですね)

 親子・兄妹間でのしがらみ、種族内から寄せられる期待の声など、様々な重圧を若くして背負うフレイの芯に深く響いたのであった。

 そんな彼女にマルスは優しい笑みで鞄からハンカチを取り出すと、雫を掬うように拭いてくれた。 

 フレイは俯き、何度も心の中でマルスがくれた言葉を反復する。

「ありがとう・・・そんなこと生まれて初めて言われました」

「まじで?みんな見る目ないね」

「ふふっ、頑張ってきてよかった・・・あなたと出会えて本当によかったです」

 温かな優しさに涙の量は増えてくる。

 マルスは何も言わず、フレイが泣き止むのを待った。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

「マルスくん!夕食の準備が整いました。温かいうちに食べてしまいましょう」

 あれからひとしきり泣いた後、フレイは落ち着きを取り戻すと照れたように笑った。

 そして俺が目覚める前に行っていた食事の準備を再開すると、手早く仕上げを済ませ二人でそれを食べた。

「めちゃくちゃ美味しいよ!」

「ふふっ、マルスくんのお口に合ったのなら嬉しいです」

 和やかな時が流れる。

 会話は弾み、俺のくだらない冗談にも彼女は笑顔を見せた。

 食事は終始笑顔が絶えずに進んだのであった。
 

 そしてなんやかんやで夜が明け朝がきた。

 柔らかな微笑みを浮かべたフレイは、朝日をバックに俺と向き合った。

「マルスくん、あなたには感謝してもし切れません。巻き込んでしまったこと、改めてお詫び申し上げます」

「気にしなくていいよ。困った時はお互い様だ」

「ふふっ、お優しい方ですね。それでいて勇敢な心を持っている。あなたのような殿方と出会えて、こうして語らえたことをわたくしは生涯忘れません」

 目をうるうるとさせて言葉を紡ぐフレイ。

 俺はただ頷いて、聞き専に徹した。

 いやね、スカイムを倒した記憶は疎か氷魔法の使い方さえ覚えてなくてさ。昨日の夜中にずっと試行錯誤してたけど、結局使えず仕舞いだった。
 
 だから正直なとこフレイみたい感動のしようがないんだよね。

「名残惜しいですが・・・そろそろお別れの時です」

「フレイと話してると時間が経つのが早く感じるな」

「同感です!」

「んじゃ、俺はこっちだから。気をつけて帰ってね」

「待ってください」

「うん?」

「次に会う時は死線を共にした戦友として、一人の女性として成長した姿をマルスくんにお見せします。あなたとの思い出があれば、わたくしはもっと強くなれる─────いえ、なってみせます!」

「そっか、頑張って・・・・・・ん?次?」

「そうです。わたくしたちは必ず再会するのです。どうかその時までお元気で・・・」

 彼女がそ言うならそうなのだろう。別れ際の女の子の言葉を否定するほど俺も無粋な真似をしない。

 それに俺だって成長したフレイと会いたい。
 
 この子が絶世の美女になってるのは容易に想像できるからね。

「フレイも元気でね。君と再会できる日を楽しみに待ってるよ」

 俺はその場の雰囲気を利用してフレイを抱きしめた。

 感動二割、下心八割での抱擁。

 赤面しながらも抱擁を受け入れるフレイ。

 俺の背に回された腕は微かに震えている。

 そんな中で俺は思うのであった。

 やっぱり小さめだな─────と。
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