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第一章

顔は美人、性格は・・・

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『・・・様、起き・・・ださい』

 脳内で微かに響く声。

 途切れ途切れに聞こえるその声は、俺の微睡んだ意識を優しく覚醒へと導く。

『明・・・様、起きて・・・ださい』

 女性の声?凄く綺麗な声だな。

 声だけで持ち主の容姿の美しさを簡単に想像できるほどに、凛と耳を駆け抜ける美しい声。

 ああ、こんな可愛い声の幼なじみに毎朝起こされる人生でありたかった。目が覚めたら、腰に手を当てて頬を膨らませた美少女に「もう!遅刻しちゃうんだからね!」とか叱られたい。

 髪型はツインテールだと尚良しだ。

 で、俺が「だったら、先に登校したらいいだろ?」とか照れ隠しで冷たく突き放しても「何よ!わたしは明道が好きだから毎日起こしてあげてるんじゃない!」と美少女は捲し立る。

 そんで、唐突な告白に俺が驚いていると、顔を真っ赤にして自分の失言に気づいた彼女が「い、今のは・・・あ、明道の馬鹿ぁぁぁ!!」とか叫んで部屋を飛び出してくんだ。


『明道様!いい加減起きてください!!』

「は、はいぃぃごめんなさいぃ!!!たった今、起きました!・・・って、あれ?」

 怒鳴るように名前を呼ばれた俺は慌てて起き上がった。変な妄想まで見透かされた気がして冷や汗が止まらなかった。

「俺はたしか・・・階段から落ちてそのまま」

 目覚めてからしばらくの間ぼんやりとして、思考がままならなかった役立たず脳であったが、徐々に鮮明になる記憶で自分の最期を思い出す。

 どうして俺は一段飛ばしで降りたんだろうか。今どきの小学生でも、ギリやらずに踏み留まる行為だぞ。

 自分の幼稚さに呆れていると、背後から声をかけられた。

「その通りです。あなたはつい先程、階段から転落し不幸にもお亡くなりになられました」

 だだっ広い空間の中で呆然と佇む俺に声をかけたのは・・・

「わたしは女神・アテーネ。転生者に選ばれし明道様を異世界に送るべくして、この転生の間に呼び出した者です」

 と言って一礼する女神様の姿はとても美しい。

 一瞬でも気を抜けば恋愛経験に乏しい俺なんかはすぐに惚れちゃいそうだ。

 ・・・・ちょい待ち。この子、今なんて言った?

「転生・・・ですか?転生って言えば最近アニメとかで流行ってる例のやつ?」

「そうです!みんなが大好き異世界転生!!勇者となって世界を魔王の魔の手から救い、お姫様や旅の美女仲間たちとのハーレムライフ!はたまた、チートスキルを駆使して、異種族の美女たちと田舎に引きこもるのも良し!!────とまぁ、少々大袈裟に言いましたが、立ち回り次第ではこんな夢のような生活を叶えられる可能性も充分にあります!!ですから是非とも選ばれし明道様には、地球ではない別の世界にて新たな人生を始めてもらいたくお呼びしました!!!」

 興奮気味に語る女神様。
 
 頬っぺたをつねってみる。

「痛い・・・」

 つねった箇所がヒリヒリと痛み赤くなった。

 どうやらこの状況は夢なんかじゃないらしい。

 どんな基準で俺が選ばれたのかは皆目見当もつかない。でも転生できるってことはつまり、生まれ変わった俺は有名なアニメの主人公たちのような異世界で無双ハーレム体験ができるってわけだな、うん。

 衝撃的な展開にどこかふわふわと夢心地な俺。

 そんな地に足つかない状況でも、気になって仕方がないことが一点だけある。 

「あれ?君は”ワイバーン・クエスト”のお姫様?」

 なんと女神様の容姿があのゲームのお姫様と酷似していたのだ。

 ていうか、お姫様そのもの。まるでゲームの中から飛び出してきたのかと思うくらいに。

「明道様にはそう見えるのですね。実はわたしたち女神という存在は実体なるものを持っていないのです。明道様のイメージする女神像がそのままわたしに投影されて、明道様の目に映るのですよ」

「へぇー、でも実体持ってないのって何かと不便じゃね?」

「どうでしょう?今まで生きてきてわたしは特に支障をきたす場面には出くわしていませんのでお答えしかねます」

 俺はチラッと女神様に目をやった。

 すると彼女は視線に気づくと首を傾け、フフっと微笑んだ。

 ちくしょう!めちゃくちゃ可愛いじゃないか!あざといとか言ったのはどこのどいつだ!

「あのぉ、よろしいでしょうか?」

「はい?」

「いえ、心ここに在らずといった様子でわたしの話を聞いておられなかったようなので・・・」

 悲しげに目を細めたかと思うと、今度は上目遣いで俺を見上げる女神様。

 男を堕とす百点満点の振る舞い。

「と、とんでもない!この通りちゃんと一言一句逃さず聞いております!」

「本当ですか?」

「はい!女神様に誓って!」

「では信じますね」

 ふぅ、ギリギリセーフ!本当はこれっぽっちも聞いてなかったけどね。なんとかなるだろ!今さえ良ければ後は未来の自分がどうにかしてくれるはず!

 根っからのニートらしい腐った考えで密かに安堵する俺を他所に、女神様は途中だった話の続きを再開する。

「それでは、明道様が転生に乗り気なようなので、転生の際の二つの注意点を説明させていただきますね」

「お願いします」

「一つ目は明道様の記憶に関して。転生してからの五年間、あなたには明道様としての日本で過ごした記憶はありませんのでご注意を」

 淡々と告げる女神・アテーネ様。

「俺としての記憶がなくなる?理由を聞いてもいいか?」

「はい、もちろんですとも。実は転生の際に異世界での言語を明道様の脳に、ちょっとだけ大きめの負荷をかけて刷り込ませるからです。一時的な記憶喪失はその際に生じる一種の弊害ですね」

「なるほど・・・ん?」 

 とりあえず物事は否定的な意見から入ると決めている俺の頭には一つの疑問が浮かんだ。

「それってリスクとかあったりするの?」

 一見すると画期的な能力に思えるが絶対にリスクが伴うはず。

 散々アニメを見まくって得た知識と、俺の捻くれた思考回路から導き出した俺ならではの推測だ。

「・・・・・・では次。二つ目は転生特典についてです」

「おい」

 女神は俺の質問を無視して次の話題へと移ろうとした。

 転生特典ってのも気になるけど現時点での優先順位は低い。

「え、リスクあんの?」 

「どうでしょうか」

「あるの?」

「さあ?」
 
 俺と女神は見つめ合う、もとい睨み合う。

 両者譲らず、しばらくの間そうしていると先に痺れを切らした女神が叫んだ。

「もぉぉぉぉ!!転生させてあげるんだから細かい事を一々気にすんな!男のくせに女々しいですね!」

 この女、開き直りやがった。

 女神にあるまじき言動に俺は呆れ返り、彼女の豹変ぶりには一周まわって感心した。

「それと明道様、わたしは女神なのです。この意味わかりますよね?」

「は?何が言いたい」

「はぁぁぁー」

 俺の返答にアテーネはクソデカため息をつき、やれやれと手を振った。このクソ失礼な女神の態度に俺のこめかみに青筋が立ちかけたが、一応女神な彼女にキレ散らかすわけにもいかないので何とか堪えた。

「女神であるわたしに対しての、明道様の言葉遣い─────ご自覚ありません?」

「言葉遣い?・・・はっ!ま、まさか!」

 俺はこいつが俺になにを強制させたいのかを察してしまった。

「おわかりのようですね。そうですよ、わたしは女神なのです!あなたはこの崇高なる女神様に対してあろうことかタメ口を使っているのです!!有り得ないですよね?転生させて、も・ら・え・る!立場のくせして、女神のわたしに敬語すら使えないなんて・・・社交性皆無の引きこもりは伊達じゃないですね!!」

 アテーネは捲し立てた。

 自分で自分を崇高なる女神とか恥ずかしくないのか、とツッコミを添えて殴ってやりたかった。  

 だが、下手をすればこの女は更に逆上する可能性がある。またしても俺は殴りたい衝動を抑えた。

「はいはい、すみませんでした女神様。改めますので、どうか俺に転生特典をくれる理由を教えてください」

 これ以上このクソ女神の機嫌を損ねるのは悪手だと判断した俺は、苦虫を噛み潰したような気持ちで話題変換を敢行し、嫌々丁寧な言葉遣いを心掛けた。

「ええ、さすがに引きこもりに武器や能力を持たせず転生させるのはわたしの良心が痛むので。あっ今のはわたしの善意ですよ?勘違いしないでくださいね」

 自分の優しさ口に出してアピールをしてくる奴は男女関係なく、ろくな奴はいない。

「では気を取り直して。アレが悪人の手に渡れば再び世界に厄災が訪れてしまいます。それは絶対に避けなければならない。そこでわたしは閃きました。ならばいっそのこと特典として渡しちゃえばいい!と。このわたしの天才的で柔軟な発想こそが転生特典を与える二番目の理由なのです」

 とアテーネは意味深なことを口にした。

「で、その特典ってのはどこで貰えるのでしょうか?」

 でも俺は敢えて、しれっと俺を馬鹿にした言葉とそれをスルーして話の続きを促した。

 理由は簡単。

 俺のような引きこもりに世界の命運やら人々の尊い命やら重い話をされたとて無意味だから。

「特典は明道様に転生していただく場所から、遥か西に進んだ先にある”ケンネムルンの森”に隠されてあります」

 おお、如何にもな名前の森だな。

「わかったよ。それを俺が記憶を取り戻したら探しに行けばいいんだな」

「・・・言葉遣い」

 こいつめっ・・・・!

「探しに行けばよろしいのですね」

「ええ、理解がお早くて助かります。さすがは引きこもりですね。その手の話には見識が広いです」

 とことんこいつは人を見下す女神らしい。

「そう言えば二番目とか言ってた、おりましたけど・・・一番は何なんだ、ですか?」

 ぎこちない敬語で俺はアテーネに問う。

「一番の理由ですか?」

「うん」

「・・・」

「はい」

「よろしい、教えて差し上げます。明道様には転生特典を使い強くなっていただくのです。そしてわたしが昔に手違いで転生させた、とある人物を殺していただく。以上が一番の理由です。わかりましたか?・・・わかったようですね。ではゲートを開きます。明道様は五秒後に転生しますよ。異世界で明道様が心より幸せを得られるのを祈っております。くれぐれも投げ出さずに頑張ってくださいね!!」

「おい、ちょっと待てよクソ女神」

 とんでもない事実をとんでもない早口でサラッとぶっ込んできたアテーネに俺は詰め寄った。

 詳しく話を聞く必要があるので問いただそうとアテーネの胸ぐらを掴みにかかったが、彼女の服を掴めそうなタイミングで俺の手先は光の粒子となった。

 あ、これ転生するやつ。

 四股の感覚が遠のき、意識も薄れてゆく。似たような経験を先程したばかりだからか、妙に冷静でいられた。

 そんな俺の視界が最後に捉えたのは。

 アテーネが両の手の平で握り拳を作って、ガンバッ!!って俺にエールを送る姿であった。
 
 俺は叫んだ。

「ふっざけんなよぉぉぉぉ!クソ女がぁぁぁあ!!!!」
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