裏切られ献身男は図らずも悪役貴族へと~わがまま令息に転生した男はもう他人の喰い物にならない~

こまの ととと

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第64話 緩急の親子

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 部屋の近づく気配を感じて、侯爵は席から立ち、扉の方へと体を向ける。

 やがてその扉は開かれ――この”家”の主が顔を見せる。

「王国の太陽へ、ご挨拶を申し上げます」

 その人物が姿を現した時、その威光が室内を支配した。少なくとも待機中のメイド達はそう思いながら頭を下げた。

 侯爵は首を垂れ、最上級に着飾った挨拶をその人物へと向けた。

「ええ。侯爵もまた、相変わらずお元気そうで何よりです。……貴方達、二人でお話をするから下がっていなさい」

 待機するメイド達へ声を掛け、その人物は部屋の中に自分達だけを残した。
 公的な場ではない故に過剰な装飾は施されていないとはいえ、それでもその人物が纏う衣装はこの国の豊かさを象徴とする絢爛さが伺いしれる。


 テーブルを間に挟むように、互いに顔を向き合う形で座る二人。

「……まずはそちらから、本日来訪した理由を伺いたいのですが? 何せここ数ヶ月、随分と忙しい様子でしたので。それが急に会いたいなどと余程の理由があるようですね」

「……ええ。我が侯爵領で起こった事件に関しては、もう既にある程度お耳に入っていらっしゃるかと思いますが。その件についての事件調査の報告をしたいと思い、約束を取り付けさせて頂いた次第です」

「わざわざ貴女が出向くのでしょうから、この件は私共にも深く関わりがある。そう考えてもよろしいのでしょうか?」

「少なくとも、私はそう考えております。無論、これが単なる取り越し苦労であればよろしいのですが……。とにかく、先ずはお話を聞いて頂けますでしょうか?」

「拝聴致しましょう」

 侯爵は目の前の大人物へ向けて、これまで領地で起こった不可解な出来事を、自分の私見も交えて話し始めた。

 ◇◇◇

「そういえば坊ちゃま? ……あむ」

「聞くのか食べるのか、どっちだよお前」

「あっす、すいません。だってこのガトーショコラが美味しくて。ねえ美味しいよねゼーカちゃん?」

「ん、美味しいぞ。ラナタタにも食べさせたい」

「ラナタタくんは犬だから食べさせちゃダメだよ。あ、ほらまた口元が汚れてるよ」

 持っていたハンカチでゼーカの口元をふき取る仕草には、手慣れたものを感じるな。
 って、そうじゃない。

「で、何の用だ?」

「よし綺麗になった。……あ、ごめんなさい。それで聞きたい事があったんですが……」

「あん? ここの支払いはゼーカと俺の分しか出さねえぞ」

「いや自分の分はちゃんと出しますよ! そうじゃなくてですね……侯爵様って結局何処に行かれたんですか? 何日もお留守にするなんて珍しいなぁって思って気になってたんですよね」

「ああ、そういやあの時お前別件で居なかったんだっけか? ……確か親戚の家に行くって言ってたな」

「へぇ~ご親戚のい――っええ!?」

 一体何にそんなに驚いたのか、急に叫んだライベル。
 ゼーカがビックリして目をパチクリさせてるじゃねぇかよ、おい。

「急にデケぇ声出すんじゃねえよタコ」

「ご、ごめんなさいぃ。で、でもご親戚の元へ向かわれたって本当なんですか?」

「本人が言ってたんだから間違いねえだろ。とにかくそういう事だ。で、それの何が驚くってんだよ?」

「いや驚きますよ。侯爵家の親類方は多岐に渡りますけど、侯爵様が呼ばれてわざわざ足を運ばれる家門といえば一つしかないんです! という事は今王都にいらっしゃるんですね」

「……そんな大物なのかよ?」

 お袋は何のけなしに親戚の家とだけ言ったから、てっきり遊びに行くぐらいの感覚で向かったんだと思ってたんだが。
 こいつが慌てるって事は、俺の思ってる親戚付き合いとは違うみたいだな。

「大物も大物ですよ! ここではあまり声に出して言えませんけど。侯爵様が向かわれたのは恐らく――」

 ◇◇◇

「なるほど。侯爵家は昔から敵の作りやすい家門ではありますが……、聞いただけでも根の深い問題に巻き込まれた。そう考えてもよろしいですね」

 侯爵領で起こった一連の事件について聞き終わった人物は、テーブルの紅茶のカップに手を付ける。それから口元へと運ぶ様には、優雅を体現していると言ってもよい程の優れた所作が垣間見える。

「いずれにしても、我が領だけで済む問題では無くなる。その可能性が高いと考えております。その際には……」

「当然、こちらとしても力を入れない訳にはいかないでしょう。……さて」

 雰囲気が変わった。より空気が締まる感覚を侯爵は感じ取った。
 実の所、これから話さなければならない事の方が、目の前の女性個人には重要な事だからだ。


「驚きました。まさか”彼”がそれ程の活躍をする事となるとは……。一体この数ヶ月の内に私の”甥”に何があったのか、きちんと聞かせて頂けますね? ――アイゼレンお義姉様」

「……ルーベス」


 二人の居るこの家。
 いや、家と表現するにはあまりに巨大なその場所は、王都をその威光で包み込む雄大さを誇る巨城『アーゼルガ城』。

 相対する二人の女性。


 煌びやかな長い金の髪は貴く、渡世を目通すが如き切れ長の瞳を持つアーゼルガ王家の現国王、ルーベス。

 波のある朱色の髪は猛々しく、世の魔物を震え上がらせるが如き垂れた睨みを持つグランブリュセティ侯爵家、現当主アイゼレン。


 二人は義理の姉妹であった。



 第一部・完
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みんなの感想(2件)

蒼月丸
2024.10.04 蒼月丸

良い作品なのでお気に入り登録しました!
こちらは自身の作品の書籍化目指しています!お互い頑張りましょう!

2024.10.05 こまの ととと

コメントありがとうございます。

同じ作家の方からの応援は作品作りの励みになります。
お互いにより良い作品作りを目指し、頑張って行ければ幸いにございます。

解除
亮亮
2024.09.13 亮亮

こんな仕打ちあんまりやろ……il||li_| ̄|○ il||li
主人公は大切な彼女のために頑張って生活支えてバイトもしたりやで?
その頑張りも知ってる金の工面も知ってるのに、いざ目が見えると顔が怖いやら体がデカイやらで全否定かいな……。
とんでもねえクソアマやわ……。
こんなん主人公人間不信なるて……
あ、投票しました(*^^*)

2024.09.13 こまの ととと

コメントありがとうございます。

投票もして下さったこと、本当にありがとうございます。
これからの展開にも是非、ご注目下さい。

解除

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