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第63話 スイーツタイム
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後で恨まれそうだったからお袋を見送った翌日。
俺はライベルとの約束通り町へ繰り出し、スイーツ巡りを敢行していた。
俺とライベルの他、ゼーカ。
流石に小さい子供も居るのに俺達だけで食いに行くのも気が引けて、連れて来る事となった。
「よかったねゼーカちゃん、今日は屋敷でも食べたことないもの一杯食べられるよ」
「楽しみだ、ライベル」
「ぼ、ぼくとしてはそろそろお兄ちゃんって呼んで欲しいんだけど……」
「あ? 厚かましいんじゃねぇか? お前なんて付きまとってるだけだろ」
「なんて事を言うんですか! ぼくはお世話係を買って出てるんですよ。右も左も分からないゼーカちゃんを立派なレディーにするのがぼくの目標なんです! だからちょっとくらいはそう呼んでもいいんじゃないかと……」
「そんなのお前の勝手な夢じゃねえか。……お、早速見えて来たぜ。こんな馬鹿ほっといて中入るぞゼーカ」
「わかった」
「ああそんな!? ひどぃ……」
背後で泣き言をほざくライベルを余所に、俺達はそのスイーツショップへと足を踏み入れた。
◇◇◇
「ここに来るのも久しぶりね……」
侯爵が現在訪れているのは、曰く『親戚の家』である。
夕方に王都についた侯爵は、その日を別邸で過ごし、翌日の現在になって訪れたのだ。
その豪華絢爛の廊下を通ってしみじみと過去を振り返る侯爵。
領地での仕事の関係上、訪れる機会は年に数度程度な為だ。
が、今はそれほど懐かしんでいる時間はない。
正装のパンツドレスが、彼女の鮮やかな朱色を髪を相まって使用人達の目を見惚れさながらも、彼女がその様子に目を止める事はない。
階段を上がり、廊下のさらに奥を通ってとある部屋の前に立つ。
「では、こちらでお待ちくださいませ」
「案内ご苦労様。もう行っていいわ」
「はい。それでは私はお呼びに参りますので、これで」
案内の男性を目線で見送り、その部屋の扉を潜る。
中へ入れば、流石のゲストルームといった装いで。
所々に上質な装飾の施された家具が並べられ、その中央にはソファとテーブルが置かれている。
この部屋は、数あるゲストルームの中でもとりわけ主と親しい間柄の人間のみが入る事を許される場所。
「さて……。まだ時間があるわね」
腕時計を確認すると共に、壁に掛かった時計も確認する。
もしかしたら、自分の時計に狂いがある可能性も無いとは言えない為見比べるが、数秒の狂いのみで問題は無かった。
「ま、そうよね。遅れてたらもっと急かされたはずでしょうし」
やがて部屋にメイドが訪れ、テーブルの上に紅茶を用意した後、壁を背に待機する。
入れられた紅茶に口をつけて一息つく侯爵であったが、内心はそれほど落ち着いてもいなかった。
(ここまで来てなんだけど、やっぱりあまり会いたくないのよね。小言の二、三で済めば御の字。……それで終わりな訳ないんでしょうけど)
これから会う人物。以前からとある事情で呼ばれてこそ居たものの、領地での仕事が忙しいと理由をつけて先伸ばしにしていた。
時間が作れない訳でも無かったが、個人的な理由であまり顔を合わせたくなかったのが大きい。
そのくせ、一昨日急に会いに行くと連絡を入れたのだから……何を言われるのかあまり想像したくないのが彼女の心情であった。
腕時計を見ると、入ってまだ三分。
壁の時計を見れば、やはりまだ三分であった。
◇◇◇
「いやあ、やっぱり来てよかったです! 見てくださいよこのカタラーナ、表面のキャラメリゼの香ばしい焼き具合。それでいてスプーンを入れた際のなめらかな感触! そして当然……う~んおいひいですぅ!」
「顔が溶けてんぞお前。……どうだゼーカ、気に入ったか?」
「美味しいぞ。ボッチャマも早く食べた方がいい」
「そうだな。……ん、いや確かにこりゃイケるな」
テーブルに並べられたスイーツの数々。
しっかり楽しみたいというライベルの要望に応えて、メニュー表を次々に指さして注文した品々。
その第一品を口に運べば、現在進行形で顔がとろけているライベルの表現が大げさだと思わないレベルで美味い。
ほのかに香るオレンジの風味もたまんないね。カスタードが甘すぎなくて、後味もさっぱりしてるし。
ゼーカの口周りはクリームがべったりだ。
それをナプキンで拭きながら、また一口と食べていく様子は実に微笑ましい。
しかしライベルの奴、自分の世界に浸ってやがるな。いや美味いのはわかるが……。
「そんなペースじゃ時間がいくらあっても足りんぜおい。見ろよ、テーブルにゃまだまだスイーツがあるんだから」
「……は! あ、そうですね。ちょ~っと勿体ないですけど、今日は一杯食べる為に来たんですからこのくらいにして食べきらないと。……ああでもおいひぃ~」
「はぁ……。こいつも成長しねぇな」
相変わらずのライベルを見て、それでもそんな変わらなさにどっか落ち着くものを感じるのも事実。
(思えばこの……)
首のペンダントに触れる。これを貰ってからそれなりに時間が経ったんだよな。
別に何年も経ってる訳じゃないが……ちょっと感慨深くなっちまった。こっちでの生活に慣れたせいか?
(お袋も向こうで美味いもん食ってんのかねぇ)
そんな事考えながら、俺はカステラに手を伸ばした。
俺はライベルとの約束通り町へ繰り出し、スイーツ巡りを敢行していた。
俺とライベルの他、ゼーカ。
流石に小さい子供も居るのに俺達だけで食いに行くのも気が引けて、連れて来る事となった。
「よかったねゼーカちゃん、今日は屋敷でも食べたことないもの一杯食べられるよ」
「楽しみだ、ライベル」
「ぼ、ぼくとしてはそろそろお兄ちゃんって呼んで欲しいんだけど……」
「あ? 厚かましいんじゃねぇか? お前なんて付きまとってるだけだろ」
「なんて事を言うんですか! ぼくはお世話係を買って出てるんですよ。右も左も分からないゼーカちゃんを立派なレディーにするのがぼくの目標なんです! だからちょっとくらいはそう呼んでもいいんじゃないかと……」
「そんなのお前の勝手な夢じゃねえか。……お、早速見えて来たぜ。こんな馬鹿ほっといて中入るぞゼーカ」
「わかった」
「ああそんな!? ひどぃ……」
背後で泣き言をほざくライベルを余所に、俺達はそのスイーツショップへと足を踏み入れた。
◇◇◇
「ここに来るのも久しぶりね……」
侯爵が現在訪れているのは、曰く『親戚の家』である。
夕方に王都についた侯爵は、その日を別邸で過ごし、翌日の現在になって訪れたのだ。
その豪華絢爛の廊下を通ってしみじみと過去を振り返る侯爵。
領地での仕事の関係上、訪れる機会は年に数度程度な為だ。
が、今はそれほど懐かしんでいる時間はない。
正装のパンツドレスが、彼女の鮮やかな朱色を髪を相まって使用人達の目を見惚れさながらも、彼女がその様子に目を止める事はない。
階段を上がり、廊下のさらに奥を通ってとある部屋の前に立つ。
「では、こちらでお待ちくださいませ」
「案内ご苦労様。もう行っていいわ」
「はい。それでは私はお呼びに参りますので、これで」
案内の男性を目線で見送り、その部屋の扉を潜る。
中へ入れば、流石のゲストルームといった装いで。
所々に上質な装飾の施された家具が並べられ、その中央にはソファとテーブルが置かれている。
この部屋は、数あるゲストルームの中でもとりわけ主と親しい間柄の人間のみが入る事を許される場所。
「さて……。まだ時間があるわね」
腕時計を確認すると共に、壁に掛かった時計も確認する。
もしかしたら、自分の時計に狂いがある可能性も無いとは言えない為見比べるが、数秒の狂いのみで問題は無かった。
「ま、そうよね。遅れてたらもっと急かされたはずでしょうし」
やがて部屋にメイドが訪れ、テーブルの上に紅茶を用意した後、壁を背に待機する。
入れられた紅茶に口をつけて一息つく侯爵であったが、内心はそれほど落ち着いてもいなかった。
(ここまで来てなんだけど、やっぱりあまり会いたくないのよね。小言の二、三で済めば御の字。……それで終わりな訳ないんでしょうけど)
これから会う人物。以前からとある事情で呼ばれてこそ居たものの、領地での仕事が忙しいと理由をつけて先伸ばしにしていた。
時間が作れない訳でも無かったが、個人的な理由であまり顔を合わせたくなかったのが大きい。
そのくせ、一昨日急に会いに行くと連絡を入れたのだから……何を言われるのかあまり想像したくないのが彼女の心情であった。
腕時計を見ると、入ってまだ三分。
壁の時計を見れば、やはりまだ三分であった。
◇◇◇
「いやあ、やっぱり来てよかったです! 見てくださいよこのカタラーナ、表面のキャラメリゼの香ばしい焼き具合。それでいてスプーンを入れた際のなめらかな感触! そして当然……う~んおいひいですぅ!」
「顔が溶けてんぞお前。……どうだゼーカ、気に入ったか?」
「美味しいぞ。ボッチャマも早く食べた方がいい」
「そうだな。……ん、いや確かにこりゃイケるな」
テーブルに並べられたスイーツの数々。
しっかり楽しみたいというライベルの要望に応えて、メニュー表を次々に指さして注文した品々。
その第一品を口に運べば、現在進行形で顔がとろけているライベルの表現が大げさだと思わないレベルで美味い。
ほのかに香るオレンジの風味もたまんないね。カスタードが甘すぎなくて、後味もさっぱりしてるし。
ゼーカの口周りはクリームがべったりだ。
それをナプキンで拭きながら、また一口と食べていく様子は実に微笑ましい。
しかしライベルの奴、自分の世界に浸ってやがるな。いや美味いのはわかるが……。
「そんなペースじゃ時間がいくらあっても足りんぜおい。見ろよ、テーブルにゃまだまだスイーツがあるんだから」
「……は! あ、そうですね。ちょ~っと勿体ないですけど、今日は一杯食べる為に来たんですからこのくらいにして食べきらないと。……ああでもおいひぃ~」
「はぁ……。こいつも成長しねぇな」
相変わらずのライベルを見て、それでもそんな変わらなさにどっか落ち着くものを感じるのも事実。
(思えばこの……)
首のペンダントに触れる。これを貰ってからそれなりに時間が経ったんだよな。
別に何年も経ってる訳じゃないが……ちょっと感慨深くなっちまった。こっちでの生活に慣れたせいか?
(お袋も向こうで美味いもん食ってんのかねぇ)
そんな事考えながら、俺はカステラに手を伸ばした。
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