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第52話 悩む息

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 一旦、馬の様子を見に戻る俺の背中から、小さな溜息が聞こえて来たような気がした。
 最近思う。全く表情の読めない女じゃないらしい。


 距離を保って、観察。バレないように息を殺しついて行く。
 そして森の奥を行く連中がたどり着いた先は――。

「あそこは……誰に屋敷だ」

「侯爵様の家臣の一人、ゼブローン男爵家の仮屋敷だったと記憶しております」

 仮? そいつは一体どういう事だ?
 訳が分からない以上、それについて聞いてみた。

「元々、ゼブローン男爵の屋敷は侯爵領から遠い地にあったのですが……数年前に領地内が魔物に襲われ、命からがら侯爵様を訪ねて来たという経緯があります。それ以来、侯爵家の家臣として働く代わりにあの仮の屋敷を侯爵様より賜いました」

「つまり、そのゼブローンってのは他人のシマを間借りしてる分際で、お袋に牙を剥こうって考えてんのか?」

「その可能性が浮上して来ました。こうなった以上、慎重に物事を進める必要が……」

「この場合、明るい時間に訪ねて行って何か企んでるかって聞いても……答えてはくれねえよなぁ」

「それは……しかし、証拠を掴めていない段階で踏み込む訳には――まさかっ」

 コセルアの声色が変わった。俺が何を考えてるのか察したんだろう。

 本当なら、確かに俺もここで引き下がってた。だが……。

 ゼブローンとかいうヤツは、お袋に借りがあるにも関わらず馬鹿な事を仕出かしている。
 どんな理由があろうと、そのお袋のガキである俺は見過ごす事は出来ない。

 立場的にも、何より腹立つこの心情的にもだ……!

「折角目立たない恰好で居るんだ、大胆に攻めたっていいよなぁ……!」

「坊ちゃま、しかし――」

「コセルア、アンタには本当に悪いと思ってる。でもな――俺と一緒に火に飛び込んでくれ」

「…………」

 沈黙、しばらく見つめ合う俺達だったが……。

「……どうやら、坊ちゃまは聞いてはくれないようで……。分かりました、最後までわがままにお付き合い致します」

 僅かに柔らかい目元が見えた。諦めさせた俺は、間違いなくわがまま令息だろうよ。
 
 覚悟を決めた俺達。
 コセルアは紙とペンを取り出して現時点での情報を書き、鞍のポケットに入れて二頭共に屋敷へと帰らせた。

「これで後戻りは出来ないな。……最後までこの悪ガキに付き合ってくれよ。そして無事に二人共家に帰ろう」

「その約束、必ずお守りくださいませ。――では参りましょう」

 屋敷へと続く道、当然正面から入れない俺達は、わずかな月明りを頼りに静かな回り込みを決行した。
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