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第49話 動く影
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夕方、誰も使っていない演習場が実はある。
大勢で使い演習場とは違い、そこはこじんまりとして物も少ない。
ここは普段、申請をして個人的に使う為の場所だからだ。
例えば、休日に利用したい時なんかは個人の為に大演習場を一々使わせる訳にも行かない。
そこで、申請性の小さい演習場が作られた……らしい。
俺は昼からそこで斧を振るっている。
小さいといっても、身の丈を超えるこのハルバードを満足に振れるくらいには広い。
お袋の言いつけって訳じゃないが、この斧を貰った時からここでトレーニングするのが日課になった。
コセルア達には騎士としての正式訓練があるんだから、そこで領主の息子だからってわがまま言って付き合わせる事は出来ねえ。
朝練以外は一人で黙々とトレーニングするしかないって事だ。
ハルバードの重心は当然柄の先に集中する。かなりの重さのそれを十分に振るうにはとにかく反復練習しかない。
とりわけ、俺の体は小柄だから、始めた頃は重さに振り回されないようにするだけでも四苦八苦だったな。
「――はっ」
斧を横薙ぎに振るう。体全体に圧力が掛かる感覚だ。そしてそれは僅かな隙になる。
その一撃で仕留める、または致命傷が与えられなかったら……。
それを想定して即座に動けるようにしなけりゃならん。頭じゃない、体で反応するんだ。
長物は間合いに入られたら途端に弱い。その長さで切り返しが苦手だからだ。
――掻い潜られたら……。
片手を離して拳を前へと突き出す。
「ふぅ……」
一呼吸。
――今ので死んだな……俺が。
そして、俺は再び斧を振るった。
つい先日の事を思い出しながら……。
◇◇◇
「その後、領地内に手引きをした者が居ないか調査をしたところ……直接の関係があるかは不明ですが、ある噂と、ある奇妙な物を目撃した人物を発見致しました」
コセルアがそんな話を始めたのは、前回の調査から数週間経ったあとだ。
お袋が領地内の裏切り者のいる可能性を推理し、それを元に気づかれないよう慎重に調査をしていたコセルア達。
例によって例の如く、執務室から出て来たコセルアを捕まえた俺は、調査の進捗について聞き出した。
コセルアも俺が聞きに来る事を想定していたのか、普通に話してくれた。
「で、その噂って?」
「領地内の一角に住まうとある貴族の屋敷に、ここ数ヶ月に渡って人や物が行きかっている。というものです。それだけならば何も怪しいところはございませんが……」
「当然、それだけで済まない理由があるんだろうな。危ないもんでも運ばれてくのを見た奴が居るとか?」
「おおむね。つい最近、布の掛かった大型で箱状の何かが運ぶ一団がその屋敷へ続く道を進むところを領民が偶然目撃したとのこと。時間帯にして夜の事です。その領民は日課としている夜の散歩の途中でした。異様な気配を察知して、木陰に隠れてそれを見つめていたらしいのですが……その何かが時折、不自然に揺れていたそうです」
「揺れる? 内側から何かが揺らしてた、って事かもしれねぇな」
「その領民も同じ事を考えていたようで。その日は月明りも強く、目を凝らせば正体が分かるかと思って観察していたところ、風が起こって瞬間的に覆っていた布が捲れたらしいのですが……」
そこで区切るコセルア、若干だが雰囲気が強張るのを感じた。
「……得体の知れない怪物を見た。領民はそう言っておりました。侯爵領に住まう人間はその身を守る為に、領土内に出没する魔物の類は幼い頃から覚えさせられます。なのに得体の知れない、と表現したとなると。……恐らく、侯爵領の外から連れて来られた可能性が高いかと」
「……なんてこった」
手引きした人間を探していたら、別の問題が引っかかるとはな。
何の目的でその貴族がそんな事を知らねえが、面倒事が増えたのは間違いねえな。
大勢で使い演習場とは違い、そこはこじんまりとして物も少ない。
ここは普段、申請をして個人的に使う為の場所だからだ。
例えば、休日に利用したい時なんかは個人の為に大演習場を一々使わせる訳にも行かない。
そこで、申請性の小さい演習場が作られた……らしい。
俺は昼からそこで斧を振るっている。
小さいといっても、身の丈を超えるこのハルバードを満足に振れるくらいには広い。
お袋の言いつけって訳じゃないが、この斧を貰った時からここでトレーニングするのが日課になった。
コセルア達には騎士としての正式訓練があるんだから、そこで領主の息子だからってわがまま言って付き合わせる事は出来ねえ。
朝練以外は一人で黙々とトレーニングするしかないって事だ。
ハルバードの重心は当然柄の先に集中する。かなりの重さのそれを十分に振るうにはとにかく反復練習しかない。
とりわけ、俺の体は小柄だから、始めた頃は重さに振り回されないようにするだけでも四苦八苦だったな。
「――はっ」
斧を横薙ぎに振るう。体全体に圧力が掛かる感覚だ。そしてそれは僅かな隙になる。
その一撃で仕留める、または致命傷が与えられなかったら……。
それを想定して即座に動けるようにしなけりゃならん。頭じゃない、体で反応するんだ。
長物は間合いに入られたら途端に弱い。その長さで切り返しが苦手だからだ。
――掻い潜られたら……。
片手を離して拳を前へと突き出す。
「ふぅ……」
一呼吸。
――今ので死んだな……俺が。
そして、俺は再び斧を振るった。
つい先日の事を思い出しながら……。
◇◇◇
「その後、領地内に手引きをした者が居ないか調査をしたところ……直接の関係があるかは不明ですが、ある噂と、ある奇妙な物を目撃した人物を発見致しました」
コセルアがそんな話を始めたのは、前回の調査から数週間経ったあとだ。
お袋が領地内の裏切り者のいる可能性を推理し、それを元に気づかれないよう慎重に調査をしていたコセルア達。
例によって例の如く、執務室から出て来たコセルアを捕まえた俺は、調査の進捗について聞き出した。
コセルアも俺が聞きに来る事を想定していたのか、普通に話してくれた。
「で、その噂って?」
「領地内の一角に住まうとある貴族の屋敷に、ここ数ヶ月に渡って人や物が行きかっている。というものです。それだけならば何も怪しいところはございませんが……」
「当然、それだけで済まない理由があるんだろうな。危ないもんでも運ばれてくのを見た奴が居るとか?」
「おおむね。つい最近、布の掛かった大型で箱状の何かが運ぶ一団がその屋敷へ続く道を進むところを領民が偶然目撃したとのこと。時間帯にして夜の事です。その領民は日課としている夜の散歩の途中でした。異様な気配を察知して、木陰に隠れてそれを見つめていたらしいのですが……その何かが時折、不自然に揺れていたそうです」
「揺れる? 内側から何かが揺らしてた、って事かもしれねぇな」
「その領民も同じ事を考えていたようで。その日は月明りも強く、目を凝らせば正体が分かるかと思って観察していたところ、風が起こって瞬間的に覆っていた布が捲れたらしいのですが……」
そこで区切るコセルア、若干だが雰囲気が強張るのを感じた。
「……得体の知れない怪物を見た。領民はそう言っておりました。侯爵領に住まう人間はその身を守る為に、領土内に出没する魔物の類は幼い頃から覚えさせられます。なのに得体の知れない、と表現したとなると。……恐らく、侯爵領の外から連れて来られた可能性が高いかと」
「……なんてこった」
手引きした人間を探していたら、別の問題が引っかかるとはな。
何の目的でその貴族がそんな事を知らねえが、面倒事が増えたのは間違いねえな。
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