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第45話 悪くない一日

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「いや、そういう訳じゃなくてね。実はこれ、お坊ちゃまが作って下さったものなんだ。ライベル、君の為にね」

「え!? 坊ちゃまがですか! へぇ、この前といいスイーツ作りに嵌ったんですか? 本当に美味しいですよこれ! ありがとうございます」

「ちょっとした暇つぶしだ。……お前が絞られたのも、俺に全く責任が無いって訳じゃないしな」

「? 何か言いました?」

「いや、何でも。今度はお前がなんか作れよ」

 その言葉に返事しながらも、また食べ始めるライベル。

 マグカップケーキ。
 材料混ぜてブッ込んで、後はレンジでチンするだけの簡単な菓子だ。
 本来は電子レンジを使うんだが、ここは地球ほど科学が発展してない。

 その代わり、レンジみたいな魔法のアイテムがこの厨房にある。
 雷の魔法石とやらをエネルギーに魔法の術式とやらで制御する、大きさも正しく電子レンジみたいなその名前はマジックレンジだそうだ。略してレンジだとよ。

 嘘みてぇだけどほんとの話。

 とにかくそれを使って、前世で偶々テレビで見た、誰でも出来る簡単スイーツレシピを思い出しながら作った。
 シーレルに試食してもらったところ、貴族相手には出せないが平民の男の子は好きなタイプのスイーツだろうという評価を貰った。

 ただ、初めて見る調理法だったのかどこで知ったのかと聞かれ、流石に本当の事を言えないから何となく思いついたとだけ言った。
 カップケーキそのものはよく知っているらしいが、マグカップをそのまま使うやり方は知らなかったんだと。

『思えば、マグカップの耐熱性能と容器としての深さを考えれば、確かにこうした利用法がありますね。しかし何よりすごいのはその発想です。当たり前に使っているものだからこそ見落してしまう。いやはや勉強になりました』

『……いや、アンタの助けになったならこっちも嬉しい限りだぜ。いつも美味いもん食わせて貰ってるしな、その何分の一でも返せたなら何よりだ』

 当たり前、その言葉を聞いて思い出したのがお袋との特訓だった。

 収納用のアーティファクトとやらを貰った時の事。

『そういや、こんな便利なもんがあるのにどうしてみんな剣を腰に?』

『剣を敢えて佩びるのは、それが身元の証明になるから。そして何より――警告の為よ』

 騎士は纏っている制服と剣で所属を証明する。一目見れば何処の人間か分かるからだと。
 そして警告。敢えて剣を表に出す事で周囲の人間が手を出せないようにする為。

 思えば当たり前の話だった。

『元々剣というのは、大剣以外は携帯に向いているから。そういう意味でも収納する必要性はあまり無いわ。ナイフの類なら懐に収まるし、ね。とはいえ予備の剣を入れるのには使ってるわね。……この指輪、うちの騎士団なら誰でも身に着けてるけれど、気づかなかった?』

『そういや、コセルアの指に嵌ってたような。あんまり指なんてジロジロ見ないからな、だって変だと思われるだろ? 指輪なんて余程派手でもなきゃ目立たないしな』

『そうね。だからこそ、まさかそこに武器が収まってるなんて思われないのよ』

『それも意表を突く、って奴か?』

『ええ。……覚えておきなさい、もし貴方が怪しい人と出会って、仮にそれが丸腰に見えても――』

『この指輪みたいに武器を隠してる可能性があるっ、てか』

『そうよ。当たり前の常識を疑う事で、初めて見えてくるものがある。オーラもマナも、常識に先ず目を向ける事で応用のイメージが広がる。……恐ろしいのは常識とは無意識の中にあるもの、余程意識しない限りそれを疑う事が出来ないのよ。人間ってそう器用には切り替えられないから。……私今とても為になる事を言ったわね、よく覚えておきなさい』

『……締まらねえんだよなぁ』


 そんなやりとりを終えて、俺達は屋敷に戻って来た。

 シャワー浴びて着替えて、それで気分転換がてら甘い物を作ったという顛末。

「ボッチャマ。これ気に入った、今度また作ってくれ」

 先に来ていたゼーカが食べ終えたようだ。
 持っていたハンカチで口元を拭いてやりながら……。

「別に構わねぇが、そん時はお前もやってみな? 作り方を覚えると自分で小腹を満たせるようになるぜ。……なぁ料理長?」

「はは、そうですね。……ゼーカ、君がその気なら私も簡単なレシピを教えよう。折角屋敷に来たんだ、今の君には色んな事を経験して欲しいと私は思ってる」

「ん、わかった。二人の言う事、聞く」

「その時はぼくも参加するよ、一緒にやろうね。……でも材料とか使い過ぎたら料理長も侍従長に怒られちゃいますね」

「う~ん、まぁ。彼女が予算とか諸々を決めてるわけだしね。……彼女の怖いところはとにかく理詰めで来るところだから、そうなった時はみんなタジタジさ」

 何気ない、当たり前の賑わい。
 結局何処にも出かけられなかったが、こんな風に終わる一日ならそれも悪くはないよな。
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