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第42話 平穏な少年の午後
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外へ出ると陽が真上に登っていた。もう昼か。
「お食事は既に御用意しておりますので、先に昼食を取ってからに致しましょう」
先を歩くお袋も、侍従長のその一言に足をピタリと止める。
止めなかったらこのまま次に目的地まで行ってたみてぇだな。
「……そうね、食事は大事だわ。さあ食べに行きましょうか」
進路は屋敷に変更。
◇◇◇
シャワーに着替えに飯を済ませ、さぁと言わんばかりに席を立って俺をチラリと見るお袋。
無言で外を出て行く背中を追いかけなきゃならんらしい。
俺もその後に続こうとした時、控えていた事情を知らないライベルが無警戒のまま近づいてきた。
「あ、坊ちゃま。これからぼくと第二書庫に行きませんか? ちょっとした授業も兼ねて資料探しに――」
「ライベル、お前今は不味いぞ……」
「――え?」
当然お袋の意図が分からないままのライベルは意味がわからず、しかしその背後には冷えた視線の侍従長の姿があった。
「ライベル……」
「ひ!? な、何でしょうか侍従長……?」
「あなた、最近は一層熱心にお坊ちゃまの侍従を果たしていますね?」
「え? え、ええそうです。だってぼくはお坊ちゃまの傍に仕えるものとして役に立つ努力を――」
「それは素晴らしい。……ならば今から抜き打ちでのテストを行います。あなたがどれ程お坊ちゃまのお役に立てるか、今一度把握する必要があるますので。ではついてらっしゃい」
「い、今からですか!? でもそんな急に……」
「抜き打ちテストは急だからこそ意味がある事くらい分かりませんか? さあ行きますよ、グズグズしない!」
「ひっ! わ、分かりましたよぉ……」
哀れだな。出しゃばりさえしなけりゃ平穏な午後を過ごせたもんを。
アイツにもう少し周りの空気を読める力があればな……。夕方に甘いものでも持って行ってやるか。
侍従長の後をついていく気落ちした背中に、俺はそう心の中で思ったのだった。
◇◇◇
改めて外へと出ると、お袋が既に着替えて待っていた。飯食う時も着替えて無かったか? 確かにあれはドレスだったけども。……だったら始めから今の恰好に着替えてりゃよかったんじゃ。
でもきっと本人の趣味なんだろう、プライベートに口出しは野暮だな。
とにかく、藍色のジャケットに白いキュロットパンツと黒のロングブーツ、ベージュのグローブを嵌めて玄関に立っていた訳だ。それと腰の剣。
……つまるところ午前中と同じ格好。対して汚れてもいなかったが、一層服が綺麗に見えるのは予備に着替えたからだろう。
ウェーブの掛かった朱色の髪を後ろで束ねているのも同じだ。
「さあついて来なさい、午後は外の演習場を使うわ」
「俺がいつも行ってるとこか?」
「いいえ、別の所よ。今は昼休憩だから誰も居ないでしょうけど、その内誰かと鉢合わせになるだろうし」
それだけ言ってそそくさと移動してしまう様に、いい加減慣れてきた感のある俺。
このお袋、かなりマイベースだ。それでいて偏屈で気分屋なところがある。
ようはコミュニケーション能力が低いんだな。
それがこの数ヶ月でわかった事。
ただ、領主としての能力は確からしく、領民からの苦情も家臣からの不満も聞いた事がない。
例えば屋敷の近くの村、人攫いや野盗の類と無縁なんだとライベルは言う。
それはお袋が侯爵家の当主になってからは特にらしいのは、ここ数十年全くの平和だからとのこと。
……全く犯罪が無い訳じゃないのは、俺が初めてあの村に行った時にライベルが酔っ払いに襲われそうになったのが証拠だ。
人間って奴は、平和の中からでもクソみたいのが蛆虫並みに沸いてくる生き物なのは、どこに行っても同じらしい。
「お食事は既に御用意しておりますので、先に昼食を取ってからに致しましょう」
先を歩くお袋も、侍従長のその一言に足をピタリと止める。
止めなかったらこのまま次に目的地まで行ってたみてぇだな。
「……そうね、食事は大事だわ。さあ食べに行きましょうか」
進路は屋敷に変更。
◇◇◇
シャワーに着替えに飯を済ませ、さぁと言わんばかりに席を立って俺をチラリと見るお袋。
無言で外を出て行く背中を追いかけなきゃならんらしい。
俺もその後に続こうとした時、控えていた事情を知らないライベルが無警戒のまま近づいてきた。
「あ、坊ちゃま。これからぼくと第二書庫に行きませんか? ちょっとした授業も兼ねて資料探しに――」
「ライベル、お前今は不味いぞ……」
「――え?」
当然お袋の意図が分からないままのライベルは意味がわからず、しかしその背後には冷えた視線の侍従長の姿があった。
「ライベル……」
「ひ!? な、何でしょうか侍従長……?」
「あなた、最近は一層熱心にお坊ちゃまの侍従を果たしていますね?」
「え? え、ええそうです。だってぼくはお坊ちゃまの傍に仕えるものとして役に立つ努力を――」
「それは素晴らしい。……ならば今から抜き打ちでのテストを行います。あなたがどれ程お坊ちゃまのお役に立てるか、今一度把握する必要があるますので。ではついてらっしゃい」
「い、今からですか!? でもそんな急に……」
「抜き打ちテストは急だからこそ意味がある事くらい分かりませんか? さあ行きますよ、グズグズしない!」
「ひっ! わ、分かりましたよぉ……」
哀れだな。出しゃばりさえしなけりゃ平穏な午後を過ごせたもんを。
アイツにもう少し周りの空気を読める力があればな……。夕方に甘いものでも持って行ってやるか。
侍従長の後をついていく気落ちした背中に、俺はそう心の中で思ったのだった。
◇◇◇
改めて外へと出ると、お袋が既に着替えて待っていた。飯食う時も着替えて無かったか? 確かにあれはドレスだったけども。……だったら始めから今の恰好に着替えてりゃよかったんじゃ。
でもきっと本人の趣味なんだろう、プライベートに口出しは野暮だな。
とにかく、藍色のジャケットに白いキュロットパンツと黒のロングブーツ、ベージュのグローブを嵌めて玄関に立っていた訳だ。それと腰の剣。
……つまるところ午前中と同じ格好。対して汚れてもいなかったが、一層服が綺麗に見えるのは予備に着替えたからだろう。
ウェーブの掛かった朱色の髪を後ろで束ねているのも同じだ。
「さあついて来なさい、午後は外の演習場を使うわ」
「俺がいつも行ってるとこか?」
「いいえ、別の所よ。今は昼休憩だから誰も居ないでしょうけど、その内誰かと鉢合わせになるだろうし」
それだけ言ってそそくさと移動してしまう様に、いい加減慣れてきた感のある俺。
このお袋、かなりマイベースだ。それでいて偏屈で気分屋なところがある。
ようはコミュニケーション能力が低いんだな。
それがこの数ヶ月でわかった事。
ただ、領主としての能力は確からしく、領民からの苦情も家臣からの不満も聞いた事がない。
例えば屋敷の近くの村、人攫いや野盗の類と無縁なんだとライベルは言う。
それはお袋が侯爵家の当主になってからは特にらしいのは、ここ数十年全くの平和だからとのこと。
……全く犯罪が無い訳じゃないのは、俺が初めてあの村に行った時にライベルが酔っ払いに襲われそうになったのが証拠だ。
人間って奴は、平和の中からでもクソみたいのが蛆虫並みに沸いてくる生き物なのは、どこに行っても同じらしい。
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