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第19話 押されて、押して
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「ボクは見ていたあのカフェで。あの不遜な貴族令嬢の振る舞いに対し、まさかの決闘を行うなどと驚愕ものであったけれどその成り行き! はしたないと思えど見て見たいと颯爽と表へと飛び出したこのボクの目に映ったのは粗野な町娘の如き貴族としてははばかられる仕草のキミであったけれど、相対する相手の体格差を物ともせずに堂々とした様にはまるで獅子の如く気高さを、どうしてボクが感じずにはいられようものか! そうして向かって来る猪突の一突きをひらりと躱して見せたと思った次の瞬間には敗北の痛みと共に青空の雄大さをプレゼントする粋な計らいには思わず見惚れてしまう程だった! しかしてそれを誇るでもなく歓声も聞かずに鮮やかな退場を見せたキミを追わずにいられなかったボクは己の好奇心を優先してしまう行為に恥ずかしさを覚えてなお、そのキミが何を目的としていたかを知りたくて仕方無かったが――なるほどになるほどじゃないか!!!」
「な、何言ってんだお前!? 突然出てきてわけのわからねえ事をべちゃくちゃと喋りやがって。頭が沸いてんじゃねぇのか……」
「確かに! 今のボクは興奮して正気とは程遠いと言わざるを得ない。しかしあのキミがっ、今のキミと至ったなんて!!」
「……ついていけねぇ」
意味が全くわからない。
突然背後に現れたそいつは、金のショートヘア。一々身振り手振りの激しいキザな仕草の長身の女だった。
少なくとも知り合いにすらなりたくないタイプだ。
……今のキミ?
その疑問に答えるかのようにコセルアが耳打ちしてくる。
「……坊ちゃま、彼女は当侯爵家と以前から親交のあるアルストレーラ伯爵家の御令嬢、イレスカトラ様にございます」
「って事は、俺の古い知り合いなのか?」
あんなのが。
記憶を失くす前の俺はこんな女とどうやって付き合ってたんだろうか?
到底並みの感性で付き合いきれるタイプじゃねぇだろ。何だこの……何だ。
混乱する頭の中、さらに何かの間違いじゃないのかと思うような一言がライベルから飛び出してきやがった。
「知り合いどころか――お坊ちゃまの婚約者様ですよ」
「…………は?」
それを聞いて思考回路が一瞬ショートしてしまったのは仕方のねぇ事だろう。
この訳の分からないイカれ女が……。
「誰と婚約してるって……?」
「ですから、お坊ちゃまと以前より婚約していらっしゃる御令嬢の方なんですよ」
「…………お前もなかなか面白いジョークを言うようになったじゃねぇか。でもな今なんて言うか、腹でも減ってるのか素直に笑える気がしない。お前が言ってた屋台にでも行こうぜ」
「ぼ、坊ちゃま!?」
「落ち着き下さい坊ちゃま。どのように受け止められたのか、お察ししますが……事実です」
余程今の俺がみっともなく見えたんだろう。コセルアがいつになく優しい声で酷い事を言ってきた。
「目の前でヒソヒソ話なんてひどいじゃないか、興味が出てきてしまう。その内容を接近して伺う前にこちらにも何かあってもいいのではないかな?」
話掛けてきたその、アルストレーラとかいう女の顔は満面の笑みで……俺からしたら勘弁して欲しいくらいには暑苦しく見えた。
◇◇◇
「ふむ、市井の味とはこういうものか? いや、中々に素朴で味わいの深い。ボクの磨かれた舌が満足気に気に入ってしまえと命令するかのようだはははははは!」
「はあ……喜んで頂けたようで、ぼくも紹介した甲斐がありました」
裏通りにある屋台、そこで買ったホットドックに舌鼓を打つアルストレーラとかいう女は変わらずうるさいくらいだ。
困惑するライベルに同情してしまうな。
手持ちの分を食べ終えた俺とコセルアは、二人から少し離れた場所で話す。
「で、本当に何の冗談でもなくあの女が俺の結婚相手だなんだと言うんだな?」
「正確に言えば仮です。まだお二人の婚約は正式なものではなく、両家の御当主方がそのような関係を築いてもよい、とお話をされた程度ですので」
「つまり本当に結婚する必要はねぇって事だよな。じゃあ今すぐ無かったことに……」
「それは……、正式なものではないとはいえ婚約の解消を一方的に破棄する事は出来ませんので。両家の顔合わせも過去に行いましたから、そう簡単には」
言い淀むコセルアの様は新鮮だが、それに気にする余裕は無い。
今の俺が目覚めたと思えば、実は昔婚約していた女が居て、おまけにそれがあんなやかましいとくれば冗談として笑えない。
「な、何言ってんだお前!? 突然出てきてわけのわからねえ事をべちゃくちゃと喋りやがって。頭が沸いてんじゃねぇのか……」
「確かに! 今のボクは興奮して正気とは程遠いと言わざるを得ない。しかしあのキミがっ、今のキミと至ったなんて!!」
「……ついていけねぇ」
意味が全くわからない。
突然背後に現れたそいつは、金のショートヘア。一々身振り手振りの激しいキザな仕草の長身の女だった。
少なくとも知り合いにすらなりたくないタイプだ。
……今のキミ?
その疑問に答えるかのようにコセルアが耳打ちしてくる。
「……坊ちゃま、彼女は当侯爵家と以前から親交のあるアルストレーラ伯爵家の御令嬢、イレスカトラ様にございます」
「って事は、俺の古い知り合いなのか?」
あんなのが。
記憶を失くす前の俺はこんな女とどうやって付き合ってたんだろうか?
到底並みの感性で付き合いきれるタイプじゃねぇだろ。何だこの……何だ。
混乱する頭の中、さらに何かの間違いじゃないのかと思うような一言がライベルから飛び出してきやがった。
「知り合いどころか――お坊ちゃまの婚約者様ですよ」
「…………は?」
それを聞いて思考回路が一瞬ショートしてしまったのは仕方のねぇ事だろう。
この訳の分からないイカれ女が……。
「誰と婚約してるって……?」
「ですから、お坊ちゃまと以前より婚約していらっしゃる御令嬢の方なんですよ」
「…………お前もなかなか面白いジョークを言うようになったじゃねぇか。でもな今なんて言うか、腹でも減ってるのか素直に笑える気がしない。お前が言ってた屋台にでも行こうぜ」
「ぼ、坊ちゃま!?」
「落ち着き下さい坊ちゃま。どのように受け止められたのか、お察ししますが……事実です」
余程今の俺がみっともなく見えたんだろう。コセルアがいつになく優しい声で酷い事を言ってきた。
「目の前でヒソヒソ話なんてひどいじゃないか、興味が出てきてしまう。その内容を接近して伺う前にこちらにも何かあってもいいのではないかな?」
話掛けてきたその、アルストレーラとかいう女の顔は満面の笑みで……俺からしたら勘弁して欲しいくらいには暑苦しく見えた。
◇◇◇
「ふむ、市井の味とはこういうものか? いや、中々に素朴で味わいの深い。ボクの磨かれた舌が満足気に気に入ってしまえと命令するかのようだはははははは!」
「はあ……喜んで頂けたようで、ぼくも紹介した甲斐がありました」
裏通りにある屋台、そこで買ったホットドックに舌鼓を打つアルストレーラとかいう女は変わらずうるさいくらいだ。
困惑するライベルに同情してしまうな。
手持ちの分を食べ終えた俺とコセルアは、二人から少し離れた場所で話す。
「で、本当に何の冗談でもなくあの女が俺の結婚相手だなんだと言うんだな?」
「正確に言えば仮です。まだお二人の婚約は正式なものではなく、両家の御当主方がそのような関係を築いてもよい、とお話をされた程度ですので」
「つまり本当に結婚する必要はねぇって事だよな。じゃあ今すぐ無かったことに……」
「それは……、正式なものではないとはいえ婚約の解消を一方的に破棄する事は出来ませんので。両家の顔合わせも過去に行いましたから、そう簡単には」
言い淀むコセルアの様は新鮮だが、それに気にする余裕は無い。
今の俺が目覚めたと思えば、実は昔婚約していた女が居て、おまけにそれがあんなやかましいとくれば冗談として笑えない。
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