5 / 7
第5話
しおりを挟む
戻ってくるらしい。当然、その噂の婚約者だが。
蛮族との問題に片が着き、首級を手土産にもうすぐ城へと到着するそうだ。
城は慌ただしく、主人が戻って来るのを心待ちにしていた。
私も朝から身支度を整え、その時は訪れる。
「ただ今よりこの俺が新たな名声と共に戻った。皆も今日は祝杯を挙げるといい!」
玄関のホールに響く声は力があり、入ってきた主人を使用人達と騎士達が頭を下げて出迎える。
「あのお方が?」
「ええ。私の弟であり、ウィンザー家の若き獅子。現当主でありケイト嬢の婚約者である――ルパート・アトキン・ウィンザーです」
ホールの階段から二人で見下ろしながら、隣に立つレイフ様が誇らしげに紹介をなさった。
なるほど、彼が……。
「ようやく顔を合わせる事となったな、この俺こそがルパート。君との婚姻を希望する男だ。美丈夫という言葉が飾りでない事は、この顔を見ればよくわかるだろう?」
ようやく主が姿現した執務室にて、私はレイフ様の案内で噂の婚約予定者と顔を見合わせる。
レイフ様と同じく銀の髪だが、肩にわずかに掛かる程度という違いはある。
それに目には力があり、目じりのつり上がりと合わせて兄弟で印象がかなり違う。
だが……。
(分かっていたけど――若い)
その体は服の上からでも分かる良質な肉を伺わせる。その自信と相まって年不相応に色と貫禄を匂わせた。
それでも、その頬と目元から青さが滲む。背丈は百七十半ば程だろうか? 今の私が踵にヒールを立てているの差し引いても、十センチは低い。
年齢は十八と聞いた。三つ下か……。
「お初にお目にかかります。この度の婚約、このような女に手を差し伸べて頂いた事に感謝を申し上げます。ですが不躾ながら、何故既にとうの立ったこのケイトを欲したのか? その理由をお聞かせ願いたく存じ上げます」
最大の疑問だ。一度婚約に失敗しただけでなく、適齢も過ぎた女だ。
彼が私と同年代以上ならば話は別だが、十八という若さで可愛らしい令嬢を娶らない理由が分からない。
「ケイト嬢! そのように卑下なさるなど――」
「いや待ってくれ兄者。……そうだな、実際気になる話だろう」
私を気にかけて下さるレイフ様には申し訳ないが、こればかり引き下がれなかった。
当初からの疑問、何故私だったのか? 何故私の婚約破棄を知っていたのか?
どう考えても納得のいく答えを見出せず、どうしても聞かずにはいられない。
そしてさらに不思議なのは……ルパート様の視線だ。その目には慈しみが見られる。
(私達は初対面のはず、そのように見られる理由がとんと分からない)
「ふっ、こうして会うのも久しぶりか。以前に顔を合わせたのは十年も前の話だな」
「? 何をおっしゃって――」
「まあ聞いてくれ。……今から十年前だ、当時まだ鼻垂れ小僧だった俺は生前の母と共に南方へと出かけた事があった。初めて見る風土、温暖な街並み。どれ一つとっても新鮮だった俺は、幼さに身を任せて真新しさを求めて――そして迷子になった」
一体何の話をなさっているのか?
それでも話は続く。
「情けない事だが、当時八っつの俺は生意気ながらに臆病でもあった。領地では使用人を困らせるガキ大将でも、見知らぬ土地に一人きりではただの子供でしかない。不安に苛まれ、涙すら浮かびそうになった時に、ある女性が現れた」
懐かしむ姿に、辛さよりも歓びを見出す。
十年前の南方。迷子。ある女性……。
……………。
『どうしたの、ぼく?』
『おねえちゃん、だれ?』
何? 今の。
どこかで、どこかで……。
蛮族との問題に片が着き、首級を手土産にもうすぐ城へと到着するそうだ。
城は慌ただしく、主人が戻って来るのを心待ちにしていた。
私も朝から身支度を整え、その時は訪れる。
「ただ今よりこの俺が新たな名声と共に戻った。皆も今日は祝杯を挙げるといい!」
玄関のホールに響く声は力があり、入ってきた主人を使用人達と騎士達が頭を下げて出迎える。
「あのお方が?」
「ええ。私の弟であり、ウィンザー家の若き獅子。現当主でありケイト嬢の婚約者である――ルパート・アトキン・ウィンザーです」
ホールの階段から二人で見下ろしながら、隣に立つレイフ様が誇らしげに紹介をなさった。
なるほど、彼が……。
「ようやく顔を合わせる事となったな、この俺こそがルパート。君との婚姻を希望する男だ。美丈夫という言葉が飾りでない事は、この顔を見ればよくわかるだろう?」
ようやく主が姿現した執務室にて、私はレイフ様の案内で噂の婚約予定者と顔を見合わせる。
レイフ様と同じく銀の髪だが、肩にわずかに掛かる程度という違いはある。
それに目には力があり、目じりのつり上がりと合わせて兄弟で印象がかなり違う。
だが……。
(分かっていたけど――若い)
その体は服の上からでも分かる良質な肉を伺わせる。その自信と相まって年不相応に色と貫禄を匂わせた。
それでも、その頬と目元から青さが滲む。背丈は百七十半ば程だろうか? 今の私が踵にヒールを立てているの差し引いても、十センチは低い。
年齢は十八と聞いた。三つ下か……。
「お初にお目にかかります。この度の婚約、このような女に手を差し伸べて頂いた事に感謝を申し上げます。ですが不躾ながら、何故既にとうの立ったこのケイトを欲したのか? その理由をお聞かせ願いたく存じ上げます」
最大の疑問だ。一度婚約に失敗しただけでなく、適齢も過ぎた女だ。
彼が私と同年代以上ならば話は別だが、十八という若さで可愛らしい令嬢を娶らない理由が分からない。
「ケイト嬢! そのように卑下なさるなど――」
「いや待ってくれ兄者。……そうだな、実際気になる話だろう」
私を気にかけて下さるレイフ様には申し訳ないが、こればかり引き下がれなかった。
当初からの疑問、何故私だったのか? 何故私の婚約破棄を知っていたのか?
どう考えても納得のいく答えを見出せず、どうしても聞かずにはいられない。
そしてさらに不思議なのは……ルパート様の視線だ。その目には慈しみが見られる。
(私達は初対面のはず、そのように見られる理由がとんと分からない)
「ふっ、こうして会うのも久しぶりか。以前に顔を合わせたのは十年も前の話だな」
「? 何をおっしゃって――」
「まあ聞いてくれ。……今から十年前だ、当時まだ鼻垂れ小僧だった俺は生前の母と共に南方へと出かけた事があった。初めて見る風土、温暖な街並み。どれ一つとっても新鮮だった俺は、幼さに身を任せて真新しさを求めて――そして迷子になった」
一体何の話をなさっているのか?
それでも話は続く。
「情けない事だが、当時八っつの俺は生意気ながらに臆病でもあった。領地では使用人を困らせるガキ大将でも、見知らぬ土地に一人きりではただの子供でしかない。不安に苛まれ、涙すら浮かびそうになった時に、ある女性が現れた」
懐かしむ姿に、辛さよりも歓びを見出す。
十年前の南方。迷子。ある女性……。
……………。
『どうしたの、ぼく?』
『おねえちゃん、だれ?』
何? 今の。
どこかで、どこかで……。
4
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
婚約破棄での再会
むしゅ
恋愛
男爵令嬢アリシアは、3歳の頃の記憶がない。彼女の過去は断片的に蘇り、知らないあの子の姿が何度も思い浮かぶ。パーティー会場で公爵令息オルグに伴われ、公爵令嬢ビアンカに突如として婚約破棄を告げる。その瞬間、ビアンカの顔が、かつて自分を助けようとした女の子の顔と重なった。果たしてあの子は……。彼女の苦悩の中で、男爵令嬢を中心とした婚約破棄の劇が幕を開ける。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
もふきゅな
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
わたくしは悪役令嬢ですので、どうぞお気になさらずに
下菊みこと
恋愛
前世の記憶のおかげで冷静になった悪役令嬢っぽい女の子の、婚約者とのやり直しのお話。
ご都合主義で、ハッピーエンドだけど少し悲しい終わり。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。
私の主張は少しも聞いてくださらないのですね
四季
恋愛
王女マリエラは、婚約者のブラウン王子から、突然婚約破棄を告げられてしまう。
隣国の王族である二人の戦いはやがて大きな渦となり、両国の関係性をも変えてしまうことになって……。
陰謀は、婚約破棄のその後で
秋津冴
恋愛
王国における辺境の盾として国境を守る、グレイスター辺境伯アレクセイ。
いつも眠たそうにしている彼のことを、人は昼行灯とか怠け者とか田舎者と呼ぶ。
しかし、この王国は彼のおかげで平穏を保てるのだと中央の貴族たちは知らなかった。
いつものように、王都への定例報告に赴いたアレクセイ。
彼は、王宮の端でとんでもないことを耳にしてしまう。
それは、王太子ラスティオルによる、婚約破棄宣言。
相手は、この国が崇めている女神の聖女マルゴットだった。
一連の騒動を見届けたアレクセイは、このままでは聖女が謀殺されてしまうと予測する。
いつもの彼ならば関わりたくないとさっさと辺境に戻るのだが、今回は話しが違った。
聖女マルゴットは彼にとって一目惚れした相手だったのだ。
無能と蔑まれていた辺境伯が、聖女を助けるために陰謀を企てる――。
他の投稿サイトにも別名義で掲載しております。
この話は「本日は、絶好の婚約破棄日和です。」と「王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。」の二話の合間を描いた作品になります。
宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる