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第4話
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「少し思い上がる物言いになってしまったでしょうか? 女人の心の機微とは、いやはやどうにも理。この分野についてはまだまだ勉強不足のようでして。恥ずかしい話です」
「……いえ、レイフ様のような御方と婚約を結べるは女冥利に尽きましょう。私などには勿体無い程に」
この方が独り身を貫くのは弟の為という。当主である弟が未婚であるというのに、己が先を越す訳にはいかないと義理を立てているのだとか。
(素敵ね、妬いてしまう私は所詮に俗物だと思い知らせる)
故郷に残した体の弱い義妹を思い出す。
私は何をするにも彼女の身代わり。彼女の人生に花を添える為に拾われた物だ。
弟の為に独りの御方と義妹の為に嫁ぐ私。
(あちらにあるのが血の温かみならば、私にあるのは家名の冷徹だとでも? ……血なんて鉄臭くて飲めたものではないわ)
『お姉様……っ。私はお姉様に御自身で選んだ人生を歩んで欲しいのです。ただ悔いなく、わたくしなどお気になさらず生きて――』
(わがままよ、貴女は。花と育てられた貴女には人の世の残酷さがわかってない)
私は、この婚約が成立したらあの家には戻らない覚悟だ。
だから――私の事はもう忘れていい。そうすれば……。
「? どうされました?」
「ああ、いえ。ですがきっと素敵な女性と添い遂げられると確信しておりますわ」
「ははっ。まぁそう言われると素直に照れてしまいますね」
誤魔化すように、その後の会話もつつがなく。
昔は既に過去となった。捨てた物は忘れるくらいでいいのよ、貴女も。
……………そういえば、遠い昔に嗜むものがあった気がする。辛い事も包んでくれる何かが。
どちらにせよ、それすら忘れたのが今の私だ。私を形作る為に。
それからの数日、この城について学ぶ毎日だった。
顔のわからぬ婚約者の為に、この家の歴史も習わしも覚えていった。
それしかないから、と言われればそうだが。
だが、身に着けた腕を鈍らさぬ為にした事もある。
当然だが、この城にも演習場がある。
お抱えの兵を鍛える為にも、立派に歴史のある傷が目立つ。
見栄えだけの綺麗な場所とは訳が違う。信用に足る古臭さだ。
「――ッ!? ……参りました。ケイト様は豪の風を持つ技術者であらせられますね」
「お褒め頂き感謝致します。こちらもわがままに付き合って頂き言葉もありません」
尻もちを着いた、一人の年若い女性騎士に手を差し伸べてその身を起こす。
令嬢の証たるドレスを脱ぎ、その手にグローブと細剣を携え汗を流す。
この瞬間には考えが晴れるものだ。不在の婚約者に対する問題も無い。
ハンカチを取り出し額を拭う、ふと演習場の入り口を見ればレイフ様がこちらに向かって微笑んでおられた。
(ここのところ毎日ね。面白いものでも無いでしょうに)
本人に直接言った事もある。
『いえまさか。私自身が武の才を弟に全て持っていかれたものですから、つい見惚れてしまいましてね』
気恥ずかしそうに笑う彼の姿には、もはや警戒も無意味と悟った。
御両親を早くに失くされたそうだが、だからかこの方の所作からは父性が滲む。
(父か……。貴方は私を物としては愛していたのか。訊ねる気も無いけれど)
そうだ、結局これが父性かは私になどわからない。
父が本気で愛をくれたなら、あの王子との婚約は存在していなかったかもしれないのだから。
その後も頭を空にするが如く、剣に身を委ねて手合わせを続けた。
「……いえ、レイフ様のような御方と婚約を結べるは女冥利に尽きましょう。私などには勿体無い程に」
この方が独り身を貫くのは弟の為という。当主である弟が未婚であるというのに、己が先を越す訳にはいかないと義理を立てているのだとか。
(素敵ね、妬いてしまう私は所詮に俗物だと思い知らせる)
故郷に残した体の弱い義妹を思い出す。
私は何をするにも彼女の身代わり。彼女の人生に花を添える為に拾われた物だ。
弟の為に独りの御方と義妹の為に嫁ぐ私。
(あちらにあるのが血の温かみならば、私にあるのは家名の冷徹だとでも? ……血なんて鉄臭くて飲めたものではないわ)
『お姉様……っ。私はお姉様に御自身で選んだ人生を歩んで欲しいのです。ただ悔いなく、わたくしなどお気になさらず生きて――』
(わがままよ、貴女は。花と育てられた貴女には人の世の残酷さがわかってない)
私は、この婚約が成立したらあの家には戻らない覚悟だ。
だから――私の事はもう忘れていい。そうすれば……。
「? どうされました?」
「ああ、いえ。ですがきっと素敵な女性と添い遂げられると確信しておりますわ」
「ははっ。まぁそう言われると素直に照れてしまいますね」
誤魔化すように、その後の会話もつつがなく。
昔は既に過去となった。捨てた物は忘れるくらいでいいのよ、貴女も。
……………そういえば、遠い昔に嗜むものがあった気がする。辛い事も包んでくれる何かが。
どちらにせよ、それすら忘れたのが今の私だ。私を形作る為に。
それからの数日、この城について学ぶ毎日だった。
顔のわからぬ婚約者の為に、この家の歴史も習わしも覚えていった。
それしかないから、と言われればそうだが。
だが、身に着けた腕を鈍らさぬ為にした事もある。
当然だが、この城にも演習場がある。
お抱えの兵を鍛える為にも、立派に歴史のある傷が目立つ。
見栄えだけの綺麗な場所とは訳が違う。信用に足る古臭さだ。
「――ッ!? ……参りました。ケイト様は豪の風を持つ技術者であらせられますね」
「お褒め頂き感謝致します。こちらもわがままに付き合って頂き言葉もありません」
尻もちを着いた、一人の年若い女性騎士に手を差し伸べてその身を起こす。
令嬢の証たるドレスを脱ぎ、その手にグローブと細剣を携え汗を流す。
この瞬間には考えが晴れるものだ。不在の婚約者に対する問題も無い。
ハンカチを取り出し額を拭う、ふと演習場の入り口を見ればレイフ様がこちらに向かって微笑んでおられた。
(ここのところ毎日ね。面白いものでも無いでしょうに)
本人に直接言った事もある。
『いえまさか。私自身が武の才を弟に全て持っていかれたものですから、つい見惚れてしまいましてね』
気恥ずかしそうに笑う彼の姿には、もはや警戒も無意味と悟った。
御両親を早くに失くされたそうだが、だからかこの方の所作からは父性が滲む。
(父か……。貴方は私を物としては愛していたのか。訊ねる気も無いけれど)
そうだ、結局これが父性かは私になどわからない。
父が本気で愛をくれたなら、あの王子との婚約は存在していなかったかもしれないのだから。
その後も頭を空にするが如く、剣に身を委ねて手合わせを続けた。
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