庇護欲をそそられる物静かな彼女には秘密があった~浮気を見て見ぬ振りをするようなマヌケで終わりたくない俺の奮戦記または新たな恋への追走記~

こまの ととと

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第14話 すれ違うヒロインたち

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 夜も九時を回った頃。夜間学校が終了し、帰宅の為にビルを出た彩美。
 時間も時間の上、学友がいるが年代が多岐に渡る為、基本的に一人で下校する事の多い彩美は、今日もその例に漏れてはいなかった。

 彼女は、そこに別段寂しさを感じてはいない。そういう時間の大切さも理解出来る程度に大人びた感性を持ち合わせているからだ。
 日中は職場で、夜は学校でそれぞれコミュニティを築いているのもあって、人寂しく思うことは無い。

 ……はずだった。

 帰って来た懐かしい街並み、そこで暮らすのはノスタルジックであり新鮮であるから、一人でも楽しい発見に飽きない。
 考えに変化、いや、追加が起こったのは――かつての幼馴染との再会。

(良ちん、か……)

 ほんのつい先日程から、一人の時間に物憂げに浸る事が増えた。
 理由は、その幼馴染。

(良ちん……)

 幼馴染の少年と再会したのが昨日。
 今の彩美の心には、彼の存在がじわじわと色を強めていたのだ。

「はあ……」

 そんな彼の事がどうにも頭から離れぬままに――離す気が起きぬまま今日のスケジュールを終える。
 彼女には確信はないが、明日もそうやって終わるのではないか? という考えが浮かぶ。

(どうしてだろ? う~ん、わかんないなぁ)

 久しぶりに会ったその少年は、幼い頃の面影を残したまま成長していた。遠くから見てもそれが分かったから、半ば賭けではあったものの名前を呼んだのだ。あの頃と同じ呼び名で。
 振り向いた良介の顔は、あの頃を思わせるまま男性として完成を迎えようとしている成長が見てとれた。

 その姿に、まずは思わず安心した。自分の知ってる顔だと。
 しかし次の瞬間に思い立ったのは、自分の知らない顔をしている、という事だ。

 何か重いものが憑りついたような、苦い雰囲気を醸し出す。

 途端、放って置けなくなった。だからいつもの二割増に元気を装って会話をしてみせた彩美。
 ……彼女が一つ不満だったのは、良介が自分の事を忘れていたこと。

 しかし、気にする素振りだけを見せて彼を元気付けようとした。軽い挑発のようなやり方だったが、彼は彩美の事を辛うじて記憶の底から拾い上げる事に成功。良介が驚いた声を出すその瞬間は、彼に纏っていた暗い影が払拭されて、彩美も内心喜んだ。

 その後は、じっくりと話を聞き出そうと自宅近くの喫茶店へと引っ張っていった。
一時の元気など、すぐに終わる。そう考えたからだ。彼女は久しぶりに会ったこの幼馴染を立ち直らせてあげたいという衝動に駆られていた。
 ……その考えが、どういう感情から生まれるものであるか気付きもせず。

 話のジャブは、ありきたりな身の上話。取っ付きやすい話題を出して良介の心を解そうと試みた。
 その目論見は成功で、話し込む二人の間には十年間の空白を感じさせない程度に暖かいものが生まれた、少なくとも彩美はそう思った。

 彩美自身、自分の事を明け透けに話せる人間と出会えた事が単純に嬉しかった面もある。だから、二人の会話は弾んでいった。

 大きな変化が訪れたのは――良介の恋人について。

 そこに踏み込んだ時、あからさまに気を落とす彼を見て確信を覚えた。

 恋人との喧嘩だろうか? ありきたりだが、嘗て似たような相談を友人から受けた事もあり、当事者にとっては深い悩みとなるのだと素直に受け入れた。
 いや、素直に、というには少し語弊がある。彩美は良介の恋人問題を聞いた時に、表現の難しい違和感を覚えたからだ。

 まるで小さいトゲのような、気にならなくはない程度のほんの違和感だったが……。

 良介の悩みが恋人の浮気と知った時――その瞬間から、彼女今の状態に繋がる何かが生まれた。それが分からないから、何よりの悩みの種として脳に植え付けられてしまったのだ。
 その後も彼女なりの励ましを行った、のだが……。


 そこまで振り返っていた時、ふと、彩美の目に留まるものが映った。

「……あの子、何だろう?」

 何故、思考を中断してまで気になったのかは分からない。
 前方から歩いてくるのは一人の美少女。小柄で小動物的とも言えるが、その少女は無表情。着ている白いワンピースも相まってむしろ人形の様。

(……っ!)

 瞬間、背筋が凍える程にその表現が当てはまる。違和感の無さに違和感を覚えてしまった。

 夜の九時頃とはいえ、まだそれなりの人が往来する道を、まるで雑踏など無いかのようにスゥと静かな足取りで――彩美の隣を過ぎていった。

 思わず振り向く。

「なんだろう? 何か――」

 『変』。

 それは、夕方に再開した幼馴染の様子を表現した『変』とは明確に違う。あんな愉快なものでは無いと感じていた。

 もっと何か、真反対の……――。
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