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第18話 逃げ先

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 あの時、俺はまさかこうなるとは思っていなかった。

 ……

 …………

 棚見が信じられないものを見るような目で俺の手を凝視ししていた。
 気になって俺も目を向けると――両方の手にルビーが収まっていたのである。

「な、何だこれは!? 一体どうして……?」

「あ、分かった! これが香月くんの力なんだってば。石に変えれ~って思ったんじゃない? だからそれがそうなったんだよ。……あれ? ところでどっちが本物だっけ?」

「右手の方だ。でもしかし……」

(俺の能力は、やっぱりボロボロの武器を元に戻すだけじゃなかったのか)

 もしそれだけなら汎用性があまりに無いと思っていたが……。
 もし、これが今俺の考えている通りの力なら――とんでもない幅があるぞ。

「おい、俺達逃げ切れるかもしれんぞ!」

「やったじゃん! やっぱ香月くんスゲー!」

「おい抱き着くな馬鹿!」

 …………

 ……

 あの後そこら中の石を偽物ルビーに変えたおかげか、大分走ったのに追って来る様子が無い。今頃混乱しているころだろう。

「これで何とか逃げ切れるかな?」
「分からない。だけどあのまま殺されるのを待つよりはマシだ」

 再び松明を燃やしたおかげで辺りがしっかりと確認出来る。
 その際そこら辺の小石を拾っては偽物に変えて、そこら中に投げる。走って来た目印にならないように分岐した道の先にも投げつけるのを忘れない。

 しかし困ったことがある。走り続けながら能力を行使したせいか、尋常じゃなく疲れているのだ。

「はぁ……ぁっ……はぁ……。そ、そろそろ出口が見えてもいい頃だろう。全然見えてこないけれど」

「これ、もしかしなくてもさ……」

「やめてくれ! ただでさえ疲れ切ってるのに、その可能性を否定させてくれよ」

「そうは言ってもやっぱり……オレ達迷子になってるんじゃない?」

 疲れが溜まっている上に、道に迷ってしまった。
 ピンチから切り抜けたと思ったら、結局まだピンチなんてそんな。

 せめて……せめてどこか奴らにバレずに一息つける場所はないか?
 奴らから逃げ切れている訳でもないこの状況で何をとも思うが、このままでは俺の身が持たない。

 焦る気持ちで走り回り、何か手はないかと考えながらも何も思いつかない。

「ああ、どうすれば……」

「とりあえずさ、そこの道。奥の方まで行ってみない? どこに繋がってるかわかんないけど、一息つくぐらいはできるんじゃないかな」

 脇道を指さす棚見。
 その先は暗がりが広がって松明の光も届かない。
 ベストな選択かどうかは悩むところだが、このまま闇雲に走り回るよりはいいのかもしれん。

 俺は今いる道の先の方に向けて偽物ルビーを投げる。これで誘導されて向こうに方に行ってくれればいいなと祈りながら、俺達は脇道を移動し始める。

 しかしこの道、結構続くもので。


 そこそこの時間を歩き続けたものの、行き止まりが見えない。

 幸いなことに背後に気配を感じないから、このまま道を進むことにするが。

「しっかし災難だね、まっさか美人のお姉さん達に追いかけられることになってさ。香月くん的には逆ナンなら喜んだ感じ?」

「何だよそれ? 逆ナンされた経験が無いから分からん。……されても困ってただろうけど」

「うん?」

「そもそもそんな友好的な追いかけっこじゃないんだ。殺されない為には出口を目指さないと」

「別の出口があればいいんだけどね~。無いかな?」

「さぁな。あればいいが……あんまり期待はしない方がいいだろ。無かったら心理的に疲れる」

「まあ、そうなんだけどね。あ、突き当たりが見えてきたぜ。やっぱ外には出られそうにないなぁ」

 小声で会話をしながら進むこと数分。ついに道の終わりが姿を現した。
 後はここまで追ってこない事を祈りながら休憩するだけだ。

 時間はあまり取れない。どのみちここから脱出できなければ俺達は死ぬのだから。
 それでも心臓の音が落ち着く時間も取れないなら、いずれ追い付かれた事だろう。どれだけ気持ちが逸ろうと肉体は追いついていかないのだ。

「ふぅ……。香月くんも水飲んだら?」

「そうだな」

 そう言われて水筒を取り出し、棚見と同じように喉を潤して息をつく。
 このシンプルな動作にある程度の落ち着きが生まれたようだ。さっきほどの焦りは無い。
 問題は、ただでさえ疲れが残った足を酷使したせいでかなり辛い事だ。

(やっぱり一休みする選択は間違ってなかった。この足じゃそう遠くないうちにゲームオーバーだったろう)

 焼けるように熱い痛みが足全体を覆う。せめて溜まった熱を逃がす時間だけでも確保出来たらいいが。

「でもま、いざとなったら任せてよ。オレが香月くんおんぶしてめっちゃ走ってあげるからさ」

「それじゃあ共倒れする可能性が高いだろ。……気持ちだけは受け取ってやる」

「素直じゃないよね~」

 茶化して来る棚見の声にどこかで心理的な軽さを感じてしまう。
 狙ってやったのか? いや、まさかな。

 右手に握り込んだ本物のルビーを見る。いやこれがルビーとしての本物かどうかは知らんが。

 こんなものの為に追いかけられなきゃならんとは。とっとと手放したいが、炭鉱を出るまではむやみに扱うことも出来ない。

「しかし、宝石の輝きというものは確かに惹かれるものがあるな」

「でしょ? やっぱ綺麗な物っていいよね。オレもアクセでいくつか持ってるよん。ま、本物じゃなくてイミテなんだけどさ。ほら、学生の懐事情じゃ、ね?」

「ふん。ま、こういうものはお前の方が慣れてるんだろうな。俺よりはお似合いだ」

「宝石が似合うって? あ、そういう台詞は女の子的にはアリよりのアリめなんだけど……これがテッパンの文句にはならないんだよね。覚えておくといいぜ」

「そんな口説き文句を言う機会は無いさ、これからもな。しっかし、ほんとに光が……さっきより強くなってないか?」

「え?」

 そうだ、ルビーの放つ光が心なしか増していってるような……。

 次の瞬間だった。

「な!?」

「お!」

 ルビーが輝きを増し、一筋の光となって突き当たりを差す。
 するとその光を中心に穴のようなものが出来て、広がっていった。
 明らかに向こう側の空間が出来てしまったのだ。

「こ、これは一体……?」

「やったじゃん! こりゃラッキーだべ。オレ達の運も捨てたもんじゃないね!」

 喜ぶ棚見とは対照的に俺自信は素直には歓迎出来なかった。
 どう見ても穴が怪しすぎる。穴の先に何があるのか……。

 しかし、いつ奴らに発見されるかも分からない状況だ。選択肢は無い。とりあえず、この穴の向こう側に何があるかを確認するとしよう。

「ここは慎重に――」

「ほらほら行こうよレッツゴー!」

「おいちょっと待て!?」

 腕を引っ張られる形で、思いっきり飛び込む羽目になってしまった。

 謎の空間に飛び込んだ俺達。幸か不幸か、背後の穴は塞がり始めていた。
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