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第7話 夜明け
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「はぁ……。落ち着く」
宿の風呂を借りて、やっと今日の疲れを癒す時間が来た。
棚見に邪魔されたく無かったので、一人で入りに来たのは正解だった。
丁度空いてる時間だったのか、風呂場はガランとしていて、この何とも言えない静寂がまた趣とやらを感じられて中々に気持ち良く過ごせそうだ。
「ほんと……色々あったぁ今日だけで」
岩場の背もたれに身を鎮める。多少行儀が悪いが、今は誰もいないんだからいいだろう。
空を見上げれば満天の星空。露天風呂というものに初めて入ったが、なるほど好きな人間が多い理由がわかったような気がする。
「あぁ気持ちいい……。環境が良いと癒されやすくなるというか、家の風呂とは違うな」
独特の空間。それも今は独り占めしていると思えば満足出来る心持ちだ。
「……」
今は声を出す気も起きない。何と言うか、そうするとこの時間にケチがつくような気がして。
本当に色々大変な目にあった。小説のような体験だが、見るのとはワケが違った。
我が家のような安心感がどこにも存在しない。可能性すらない世界に放り込まれて、不安しか抱けない。
それでも、他人との協調性を持たず、持つこともできない俺は一人で歯を食いしばって行こうと思った。……それなのに今は二人旅。
旅。そう言うには短い時間だが、そう言っていいくらいには濃い経験だったと思う。
良い思い出にはならないだろうが、こちらで生き残っていくには必要だったのではと今なら思う。
(もし、俺が一人で旅を始めたなら……、あの森を通り抜けられなかっただろう)
現在把握してる俺の能力はボロボロの剣を元通りにする、というもの。
あくまでありのまま受け止めた場合のものに過ぎない。なにせ、データが全く足りてないのだ。
確かに地球人目線ではすごい力だが、ここで生きていくには地味すぎるし限定的すぎる。
データだ。とにかくデータが足りない。
もしかしたら剣だけじゃなく、壊れた物ならなんでも元に戻せるのかもしれない。
それならそれで修理屋という体で金銭を稼ぐことが出来るか……。
(でも、本当に元に戻すのが俺の能力なのか? もしそうだとしたらあんまり汎用性が無い。こんなファンタジー世界でやっていくには厳しいな)
化け物相手に戦うには心もとないな。上等な武器を運よく修理出来ても、それを俺が扱うのは……。
それに、そもそもあのローブの集団の目的だって疑わしいし……。
……今は考えても仕方ないか。
せっかく風呂に入って一息ついてるのに、頭を悩ませるのも馬鹿らしくなる。
「……ふぅ」
悩むのは明日でいいか。今はやっぱりこの瞬間に癒されたい。
次はいつ入れるかも分からないんだから。
「…………」
これだけ星が多いと空が明るく感じるな。これを知れたのは良かったと素直に思おう。
◇◇◇
「おかえり~。結構長風呂だったんじゃない?」
「あぁ。……まぁ気持ちよかったから」
部屋に戻るとベッドの上で転がってる棚見が出迎えてきた。
奴は俺よりも前に風呂に入っていた為か、今は俺と同じように宿で用意された寝間着に着替えていた。
「やっぱ一日中制服だと疲れるよね~。寝る時くらい軽~い恰好じゃないと癒されないっしょ」
「同意」
布団に寝転がりながら、短くそう答えた。
制服なんてのは学校に行ってる間しか着たくないのが俺の考えだ。
部屋でゆったりしている時ぐらいは縁を切りたい。
問題は借りた寝巻きを覗いて制服以外の服がないってことだ。
買う余裕も無いし、そもそも着替えを入れておくバッグも持ち合わせていない。
着替えがないから洗濯も出来無い。
身の回りのことだけでこれだけの問題があるんだな。
着ていたものを洗濯機に入れて、その間別の服を着る。
当たり前の日常の動作がここでは機能しない。
あらゆる面で余裕もない今の俺たちには、贅沢な悩みかもしれないが。
「でもさぁ……。やっぱ一人だけじゃ無理だったよね?」
「ん?」
「オレだけじゃ宿に泊まれなかったし、そもそもここまで来れなかったかもだし。やっぱ香月くんってスゲーじゃんか」
「! …………」
「あれ? もしかして照れちゃってる系? 香月くんってばかっわいい~」
「っさい……! もう寝ろ」
「は~い。香月くんも早く寝なね~」
年季の入ったランプを消せば、暗闇と共に静寂も訪れた。
と言っても完全に暗いわけではなく、窓から月明かりが漏れていた。
見ているだけでやさし気にまどろみを誘うような光。
明日も頑張れる。そう思わせてくれるような、そんな月の光……。
………………。
「……ん、オヤスミ」
◇◇◇
「いやーきっもちいい朝だね~! 今日も一日フレッシュ全開!」
「……そのテンションは朝からきついわ」
宿の共同洗面台で顔を洗い終わった途端に隣で喚かれたせいで、こっちは新鮮な気持ちにいまいち慣れない。
ただでさえ朝が苦手なのに、このテンションにつき合わせれるのはきつい。
「ほら、終わったら行くぞ。ここは自分の家じゃないんだから次使う奴に空けないと」
「あ、ちょっとまってよ。オールインワンとか使わないの? 顔洗ったんだし」
キョトンとする棚見の手には何故かチューブが握られていた。こんなの持ってたのか?
俺と同じ手ぶらだったはず、制服の内ポケットにでも入れてたのか。
「はい」
「……」
自分に使い終わったそれを、今度は俺に渡して来た。
ここで拒否するのもなんだと思い、受け取る事に。
「あんまり慣れた感じしないね」
「肌の手入れに興味が無いだけだ」
「え~もったいない。結構キレイな肌してんじゃん、大事にしないとだぜ」
こういう細かいところでもやっぱり陽キャとの考えの違いを見せつけられた気分。
……ただ、せっかくの褒め言葉は素直に受け取る事に。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしてます」
受付の店員に鍵を返し、料金を払って店を出た。
外は気持ち良く朝日が出ていて、人の往来も穏やかながら活き活きと感じる。
「ご飯食べなくてよかったん? 折角朝から食堂してんのに」
「だから昨日たくさん食べたんだ。金も心もとないから、飯を抜ける時は抜いて節約しないと」
「ああそうなんだ。でもどこかでパンぐらい買っとこうぜ。ほらいつ食べられるかもわかんないし」
奴の意見も最もだ。
だけど今優先したいのは情報収集だった。
俺が町を目指して何よりの目的。それはとにかく情報を手に入れる事だった。
井戸端会議レベルでも構わない。知らないことが多すぎるのが問題なんだ。
俺はこの辺りの地理すら知らない。今自分が何処に居るのかすら把握出来ていないのは今後に大きな支障が生まれる。
具体的なこちらの事情を言ってくれなかったあのローブ連中のせいでこんな事をしなくちゃならないのは癪だが、今はそれも仕方がないから受け入れる。
……本当なら棚見をここで撒く予定だったが、しばらくは様子見だ。
「なぁ棚見、これから……。あれ? 棚見?」
「お姉さんそれ重そうじゃん。家まで運ぼっか?」
「ん? 手伝ってくれるんなら歓迎だけどね。嬢ちゃん、こんな見た目の女はおばちゃんって言うもんだよ。ま、嬉しくないって言ってら嘘だけどさ」
「そう? まだまだお姉さんでもイケる感じに肌ツルツルしてるじゃん。だからオレが手伝ってもっとお姉さんの期間を延ばしてあげちゃうよ」
「上手い事言うもんだね、気に入った。あたしパン屋やってんだ、御礼に後で好きなの持っていきなよ」
「マジ? じゃあ友達の分もオッケーな感じ?」
「大歓迎さ」
「やり! そうと決まったらオレ張り切って運んじゃうよ~」
辺りを見渡すと、棚見はいつの間にか見知らぬ女性の荷物を運んでいた。
お、落ち着きの無い奴というかコミュ力が有り余ってるというか……。
「香月くんも手伝っちゃって~! ほっぺた落ちちゃう系の美味しいやつ食わせてくれるって」
「ははは! あんたってばほんとに嬉しい事言ってくれるね」
……情報収集、あいつに任せた方が上手くいくかもしれない。
宿の風呂を借りて、やっと今日の疲れを癒す時間が来た。
棚見に邪魔されたく無かったので、一人で入りに来たのは正解だった。
丁度空いてる時間だったのか、風呂場はガランとしていて、この何とも言えない静寂がまた趣とやらを感じられて中々に気持ち良く過ごせそうだ。
「ほんと……色々あったぁ今日だけで」
岩場の背もたれに身を鎮める。多少行儀が悪いが、今は誰もいないんだからいいだろう。
空を見上げれば満天の星空。露天風呂というものに初めて入ったが、なるほど好きな人間が多い理由がわかったような気がする。
「あぁ気持ちいい……。環境が良いと癒されやすくなるというか、家の風呂とは違うな」
独特の空間。それも今は独り占めしていると思えば満足出来る心持ちだ。
「……」
今は声を出す気も起きない。何と言うか、そうするとこの時間にケチがつくような気がして。
本当に色々大変な目にあった。小説のような体験だが、見るのとはワケが違った。
我が家のような安心感がどこにも存在しない。可能性すらない世界に放り込まれて、不安しか抱けない。
それでも、他人との協調性を持たず、持つこともできない俺は一人で歯を食いしばって行こうと思った。……それなのに今は二人旅。
旅。そう言うには短い時間だが、そう言っていいくらいには濃い経験だったと思う。
良い思い出にはならないだろうが、こちらで生き残っていくには必要だったのではと今なら思う。
(もし、俺が一人で旅を始めたなら……、あの森を通り抜けられなかっただろう)
現在把握してる俺の能力はボロボロの剣を元通りにする、というもの。
あくまでありのまま受け止めた場合のものに過ぎない。なにせ、データが全く足りてないのだ。
確かに地球人目線ではすごい力だが、ここで生きていくには地味すぎるし限定的すぎる。
データだ。とにかくデータが足りない。
もしかしたら剣だけじゃなく、壊れた物ならなんでも元に戻せるのかもしれない。
それならそれで修理屋という体で金銭を稼ぐことが出来るか……。
(でも、本当に元に戻すのが俺の能力なのか? もしそうだとしたらあんまり汎用性が無い。こんなファンタジー世界でやっていくには厳しいな)
化け物相手に戦うには心もとないな。上等な武器を運よく修理出来ても、それを俺が扱うのは……。
それに、そもそもあのローブの集団の目的だって疑わしいし……。
……今は考えても仕方ないか。
せっかく風呂に入って一息ついてるのに、頭を悩ませるのも馬鹿らしくなる。
「……ふぅ」
悩むのは明日でいいか。今はやっぱりこの瞬間に癒されたい。
次はいつ入れるかも分からないんだから。
「…………」
これだけ星が多いと空が明るく感じるな。これを知れたのは良かったと素直に思おう。
◇◇◇
「おかえり~。結構長風呂だったんじゃない?」
「あぁ。……まぁ気持ちよかったから」
部屋に戻るとベッドの上で転がってる棚見が出迎えてきた。
奴は俺よりも前に風呂に入っていた為か、今は俺と同じように宿で用意された寝間着に着替えていた。
「やっぱ一日中制服だと疲れるよね~。寝る時くらい軽~い恰好じゃないと癒されないっしょ」
「同意」
布団に寝転がりながら、短くそう答えた。
制服なんてのは学校に行ってる間しか着たくないのが俺の考えだ。
部屋でゆったりしている時ぐらいは縁を切りたい。
問題は借りた寝巻きを覗いて制服以外の服がないってことだ。
買う余裕も無いし、そもそも着替えを入れておくバッグも持ち合わせていない。
着替えがないから洗濯も出来無い。
身の回りのことだけでこれだけの問題があるんだな。
着ていたものを洗濯機に入れて、その間別の服を着る。
当たり前の日常の動作がここでは機能しない。
あらゆる面で余裕もない今の俺たちには、贅沢な悩みかもしれないが。
「でもさぁ……。やっぱ一人だけじゃ無理だったよね?」
「ん?」
「オレだけじゃ宿に泊まれなかったし、そもそもここまで来れなかったかもだし。やっぱ香月くんってスゲーじゃんか」
「! …………」
「あれ? もしかして照れちゃってる系? 香月くんってばかっわいい~」
「っさい……! もう寝ろ」
「は~い。香月くんも早く寝なね~」
年季の入ったランプを消せば、暗闇と共に静寂も訪れた。
と言っても完全に暗いわけではなく、窓から月明かりが漏れていた。
見ているだけでやさし気にまどろみを誘うような光。
明日も頑張れる。そう思わせてくれるような、そんな月の光……。
………………。
「……ん、オヤスミ」
◇◇◇
「いやーきっもちいい朝だね~! 今日も一日フレッシュ全開!」
「……そのテンションは朝からきついわ」
宿の共同洗面台で顔を洗い終わった途端に隣で喚かれたせいで、こっちは新鮮な気持ちにいまいち慣れない。
ただでさえ朝が苦手なのに、このテンションにつき合わせれるのはきつい。
「ほら、終わったら行くぞ。ここは自分の家じゃないんだから次使う奴に空けないと」
「あ、ちょっとまってよ。オールインワンとか使わないの? 顔洗ったんだし」
キョトンとする棚見の手には何故かチューブが握られていた。こんなの持ってたのか?
俺と同じ手ぶらだったはず、制服の内ポケットにでも入れてたのか。
「はい」
「……」
自分に使い終わったそれを、今度は俺に渡して来た。
ここで拒否するのもなんだと思い、受け取る事に。
「あんまり慣れた感じしないね」
「肌の手入れに興味が無いだけだ」
「え~もったいない。結構キレイな肌してんじゃん、大事にしないとだぜ」
こういう細かいところでもやっぱり陽キャとの考えの違いを見せつけられた気分。
……ただ、せっかくの褒め言葉は素直に受け取る事に。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしてます」
受付の店員に鍵を返し、料金を払って店を出た。
外は気持ち良く朝日が出ていて、人の往来も穏やかながら活き活きと感じる。
「ご飯食べなくてよかったん? 折角朝から食堂してんのに」
「だから昨日たくさん食べたんだ。金も心もとないから、飯を抜ける時は抜いて節約しないと」
「ああそうなんだ。でもどこかでパンぐらい買っとこうぜ。ほらいつ食べられるかもわかんないし」
奴の意見も最もだ。
だけど今優先したいのは情報収集だった。
俺が町を目指して何よりの目的。それはとにかく情報を手に入れる事だった。
井戸端会議レベルでも構わない。知らないことが多すぎるのが問題なんだ。
俺はこの辺りの地理すら知らない。今自分が何処に居るのかすら把握出来ていないのは今後に大きな支障が生まれる。
具体的なこちらの事情を言ってくれなかったあのローブ連中のせいでこんな事をしなくちゃならないのは癪だが、今はそれも仕方がないから受け入れる。
……本当なら棚見をここで撒く予定だったが、しばらくは様子見だ。
「なぁ棚見、これから……。あれ? 棚見?」
「お姉さんそれ重そうじゃん。家まで運ぼっか?」
「ん? 手伝ってくれるんなら歓迎だけどね。嬢ちゃん、こんな見た目の女はおばちゃんって言うもんだよ。ま、嬉しくないって言ってら嘘だけどさ」
「そう? まだまだお姉さんでもイケる感じに肌ツルツルしてるじゃん。だからオレが手伝ってもっとお姉さんの期間を延ばしてあげちゃうよ」
「上手い事言うもんだね、気に入った。あたしパン屋やってんだ、御礼に後で好きなの持っていきなよ」
「マジ? じゃあ友達の分もオッケーな感じ?」
「大歓迎さ」
「やり! そうと決まったらオレ張り切って運んじゃうよ~」
辺りを見渡すと、棚見はいつの間にか見知らぬ女性の荷物を運んでいた。
お、落ち着きの無い奴というかコミュ力が有り余ってるというか……。
「香月くんも手伝っちゃって~! ほっぺた落ちちゃう系の美味しいやつ食わせてくれるって」
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