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第7話
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「そうかい、今日は随分と楽しんだんだね」
「楽しい? ……そう、覚えたわ。お茶を飲んでドレスを着ると楽しいのね」
「それは非常に限定的だけど、ね。まぁいいさ、今はそれを楽しいと思えばいい」
その日の終わり、言いつけられていたケストル様への一日の報告にやってきた。
彼が楽しんだと言えば、そうなのだろう。私自身が思うよりも信用は出来る、はず。
「この屋敷の人間は、妹を含めて好きに使ってくれていい。みんなには僕の方から既に伝えてあるしね。それにグリュスティの方からも君の世話がしたいと言われているから。彼女は世話好きだから、君も甘えるといい。甘え方も教えて貰えるだろう」
「そう、わかったわ」
「ふふっ……」
何故彼は今笑ったのか? つい気になったから尋ねてみた。
「どうしたの?」
「いや、すまない。君の『そう』や『わかった』は色んな意味が込められているんだなと。自覚は無いだろうけど、その言葉だけで君が理解出来る気がするよ」
「貴方……不思議ね」
何故不思議と思ったのか、私自身、不思議だけれど。
「誉め言葉として受け取るよ。――――君に一つ教える事がある。教えるべきか、迷うところであったけど。君に対しては誠実であるべきだと妹にも言われてしまってね」
「何?」
「どうして君を助けられたか? そもそも此処が何処なのか? そして僕たちの素性。然程面白い話ではないけれど、……聞いてくれるかい?」
「構わないわ」
ケストル様は少しだけ躊躇いながらも、ゆっくりと口を開く。それはきっと私にとって必要な事なのだと、何故か確信出来たから。
「あの森に居たのは、何も君の事を知っていたからだとかそういう事じゃない。偶々君を救っただけに過ぎない。何故そこに居たのかだけど、元々、あの森の老貴族とは遠い親戚でね。とはいえ実際の面識はあの時だけなんだけど。その縁で訪れた帰りに君を見つけたに過ぎないんだ」
「そう……」
どこか、もったいぶったような言い方をしている気がする。あまり言いたいようには思えなかった。
「それでだね。ああ、……君だから言うが、此処は既に君が知っている国では無いんだ。僕は隣国の人間――――というより王子をさせてもらっている身なんだ」
「……? それが?」
「うん、予想通りの反応だな。本来なら無断で他国の、それも王子の身分でその国の領土に踏み入るのは国際問題だから」
「話さなければいいのね、わかった」
そう答えたら、何か困ったような顔をしている。
解答を間違えた?
「君が話すとは思えないからそこはいいんだ。辺境の老貴族が隣国の王家の血筋だとか、これもハッキリ言って知られてはマズい事なんだけど。問題なのはわざわざ訪れた理由なんだ。――あの国に異変が見られたのは今から十六年前だと言われている。その頃からこの国との関係に微かな摩擦が起き始めていた。最初は極小さい違和感だったらしいよ? 僕がそれを最初に知ったのは、この国の王様、つまるところ僕の父がある日家でこぼした愚痴からだった。『考えが合わなくなってきている』と、勿論相手の国の王の事さ」
一旦区切り、こちらの様子を窺っている。
続きを促しているのだと判断し、私は小さく首肯した。
「……ありがとう。それから数年かけて、少しずつ。本当に少しずつ関係が悪化していった。数日前には、開戦も止む無しと考えてしまう程に相手国が横暴になっていた。明らかにおかしい、一国の主の考えにしては先を見ていなさ過ぎると父は言っていた。あの国は昔、戦争で領土を広げていた好戦的な国ではあったけれど、それでも昨今は過激な行動や言動が目立っていたんだ。個人的にも興味が出て、父にも秘密に潜入を試みたのさ、僕は。あの貴族にも話を着けて、そこを足掛かりにするつもりだった。だが、急死した」
軽く、目を伏せながら呟いたケストル様。その意図は分からないけれど、きっとそこには触れない方がいい。そう思ったから、黙って聞いていた。
「体が悪いのは知っていた、だが急過ぎたんだ。それに、あの屋敷は埃が酷かったな。もう誰も仕えていないとは聞いていたが、それだけでは説明が着かない程に違和感を覚えた。もっと言えば、あの国に足を踏み入れた段階で背筋に寒気を感じて仕方が無かった。そのままそこに居てもしょうがないから、嵐が過ぎてから遺体を運ぶために屋敷を離れた。その途中で君が倒れていたんだよ」
「……そう」
「君を助けられたのは良かった。それだけはあの国に行って良かった事だと思う。君が色んな意味で疎いのも助かったよ。……その後の調査だが、残念ながら現在の状況は全く把握できていない。今あの国は中心にある王城に嵐が留まっている。どうしてそんな不自然な現象が発生してるのかは分からないが、近づこうにも出来ないんだ」
「どうして?」
「ん?」
「どうして拘るの? わからないならそれでいいじゃない」
「単純な興味かな、それだけといえばそれだけなんだけどね。ただ敷いて言うなら、君が生まれた国だから。だけどこれも理由としては弱いかもね」
私の生まれた国。それは一体どういう意味?
ケストル様の言っている事が、よく理解出来なかった。
理解する必要も無い、でも――。
何故かその言葉が、頭から離れなかった。
「楽しい? ……そう、覚えたわ。お茶を飲んでドレスを着ると楽しいのね」
「それは非常に限定的だけど、ね。まぁいいさ、今はそれを楽しいと思えばいい」
その日の終わり、言いつけられていたケストル様への一日の報告にやってきた。
彼が楽しんだと言えば、そうなのだろう。私自身が思うよりも信用は出来る、はず。
「この屋敷の人間は、妹を含めて好きに使ってくれていい。みんなには僕の方から既に伝えてあるしね。それにグリュスティの方からも君の世話がしたいと言われているから。彼女は世話好きだから、君も甘えるといい。甘え方も教えて貰えるだろう」
「そう、わかったわ」
「ふふっ……」
何故彼は今笑ったのか? つい気になったから尋ねてみた。
「どうしたの?」
「いや、すまない。君の『そう』や『わかった』は色んな意味が込められているんだなと。自覚は無いだろうけど、その言葉だけで君が理解出来る気がするよ」
「貴方……不思議ね」
何故不思議と思ったのか、私自身、不思議だけれど。
「誉め言葉として受け取るよ。――――君に一つ教える事がある。教えるべきか、迷うところであったけど。君に対しては誠実であるべきだと妹にも言われてしまってね」
「何?」
「どうして君を助けられたか? そもそも此処が何処なのか? そして僕たちの素性。然程面白い話ではないけれど、……聞いてくれるかい?」
「構わないわ」
ケストル様は少しだけ躊躇いながらも、ゆっくりと口を開く。それはきっと私にとって必要な事なのだと、何故か確信出来たから。
「あの森に居たのは、何も君の事を知っていたからだとかそういう事じゃない。偶々君を救っただけに過ぎない。何故そこに居たのかだけど、元々、あの森の老貴族とは遠い親戚でね。とはいえ実際の面識はあの時だけなんだけど。その縁で訪れた帰りに君を見つけたに過ぎないんだ」
「そう……」
どこか、もったいぶったような言い方をしている気がする。あまり言いたいようには思えなかった。
「それでだね。ああ、……君だから言うが、此処は既に君が知っている国では無いんだ。僕は隣国の人間――――というより王子をさせてもらっている身なんだ」
「……? それが?」
「うん、予想通りの反応だな。本来なら無断で他国の、それも王子の身分でその国の領土に踏み入るのは国際問題だから」
「話さなければいいのね、わかった」
そう答えたら、何か困ったような顔をしている。
解答を間違えた?
「君が話すとは思えないからそこはいいんだ。辺境の老貴族が隣国の王家の血筋だとか、これもハッキリ言って知られてはマズい事なんだけど。問題なのはわざわざ訪れた理由なんだ。――あの国に異変が見られたのは今から十六年前だと言われている。その頃からこの国との関係に微かな摩擦が起き始めていた。最初は極小さい違和感だったらしいよ? 僕がそれを最初に知ったのは、この国の王様、つまるところ僕の父がある日家でこぼした愚痴からだった。『考えが合わなくなってきている』と、勿論相手の国の王の事さ」
一旦区切り、こちらの様子を窺っている。
続きを促しているのだと判断し、私は小さく首肯した。
「……ありがとう。それから数年かけて、少しずつ。本当に少しずつ関係が悪化していった。数日前には、開戦も止む無しと考えてしまう程に相手国が横暴になっていた。明らかにおかしい、一国の主の考えにしては先を見ていなさ過ぎると父は言っていた。あの国は昔、戦争で領土を広げていた好戦的な国ではあったけれど、それでも昨今は過激な行動や言動が目立っていたんだ。個人的にも興味が出て、父にも秘密に潜入を試みたのさ、僕は。あの貴族にも話を着けて、そこを足掛かりにするつもりだった。だが、急死した」
軽く、目を伏せながら呟いたケストル様。その意図は分からないけれど、きっとそこには触れない方がいい。そう思ったから、黙って聞いていた。
「体が悪いのは知っていた、だが急過ぎたんだ。それに、あの屋敷は埃が酷かったな。もう誰も仕えていないとは聞いていたが、それだけでは説明が着かない程に違和感を覚えた。もっと言えば、あの国に足を踏み入れた段階で背筋に寒気を感じて仕方が無かった。そのままそこに居てもしょうがないから、嵐が過ぎてから遺体を運ぶために屋敷を離れた。その途中で君が倒れていたんだよ」
「……そう」
「君を助けられたのは良かった。それだけはあの国に行って良かった事だと思う。君が色んな意味で疎いのも助かったよ。……その後の調査だが、残念ながら現在の状況は全く把握できていない。今あの国は中心にある王城に嵐が留まっている。どうしてそんな不自然な現象が発生してるのかは分からないが、近づこうにも出来ないんだ」
「どうして?」
「ん?」
「どうして拘るの? わからないならそれでいいじゃない」
「単純な興味かな、それだけといえばそれだけなんだけどね。ただ敷いて言うなら、君が生まれた国だから。だけどこれも理由としては弱いかもね」
私の生まれた国。それは一体どういう意味?
ケストル様の言っている事が、よく理解出来なかった。
理解する必要も無い、でも――。
何故かその言葉が、頭から離れなかった。
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