2 / 9
第2話
しおりを挟む
意識が覚めていく。
死に損なったんだ。まともに死ぬ事も出来ないとは、これは確かに出来損ないだ。
私はベッドに寝かされていたようだ。初めてのベッド。
「どうやら元気……と、言っていいかは判断に悩むけれど。とりあえず、無事でよかった」
声が聞こえる。私の無事を確かめる声。そこに不快さを滲ませない声は初めて聞いた。
そちらへ振り向くと、そこにいたのは男性だった。
清潔な人。それでいて嫌らしさが無い人だった。これも初めて見る人種だ。
つやのある青い髪の男性。私に顔の良し悪しは分からないけれど、今まで出会った男性より見栄えが良く見える気がする。
見える? どういう事?
私は右目を凝らした。……見える。もう見えなくなったはずなのに。何故?
困惑する私に、その男性が声を掛けてくる。
「不思議かな? その目は傷ついた体と共に治療させてもらったよ。それとも余計なお世話だったかな?」
そう言われても、どうだろう? 正直なところ感謝すればいいのかは分からない。死を受け入れていたから、治った体を素直に喜ぶ事が出来なかった。
それでも一つ言える事があった。
「支払えるものがない。悪いけど、あなたのどのような期待にも応えられないと思う」
そう、お金が無い。治療にお金がいる。学の無い私でも分かる事だ。
それを聞いて、何が可笑しかったのか。男性は突然笑い出した。
「あははっ、面白いね君。ただ、期待に応えられないという事は無い。既に無くなっているんだ。その目の治療法は開発中の魔法でね? 人体での実験をまだ行っていなかった。そのデータを君は提供してくれたんだよ。そして実験は成功、君はこれからの様々な人々を救う立役者となったわけだ。金にも勝る価値がある。そう、今の君はね」
なるほど、実験の役に立ったのか。褒められたのは初めてだけど、言いようのない程胸がスゥっとした。
「そう……。こんな体でも役立ててくれてありがとう。じゃあ私行くわ。婚約しなければならないから」
「あの道の先にいた貴族は先ほど息を引き取ったよ。嵐の影響か、容体が悪化したみたいでね」
困った。行くところが無くなってしまった。両親は私が嫁ぐと同時に完全に籍を剥奪してしまったから屋敷にも戻れない。
……いや、どうせ死ぬ気になったのだからそこら辺で野垂れ死ねばいいのか。
「教えてくれてありがとう。じゃあ私はこれで」
「どこか一目のつかない所で命を絶つつもりかい? もし、君に罪悪感を覚える念があるなら、ここに住まないか? 今出て行かれると僕の寝覚めが悪いんだ」
罪悪感。それは私が生まれて来た事全てだ。生まれた事が罪だと言われ、生かしてもらってる事に感謝しろと言われてきた。そんな私が生まれて来なければと後悔しながら死ぬのは、確かに罪悪感を覚えずにはいられなかった。
「それに、経過観察をしなければ十分なデータは取れない。君がデータを提供するなら、その報酬に部屋と服と食事を与えよう。悪くないと思うけど、どう?」
この人は一体何を言っているんだろう? そんな疑問は浮かぶけれど、何故か断る気にはならなかった。
「……わかったわ。お願い」
こうして、私の新しい生活が始まった。
死に損なったんだ。まともに死ぬ事も出来ないとは、これは確かに出来損ないだ。
私はベッドに寝かされていたようだ。初めてのベッド。
「どうやら元気……と、言っていいかは判断に悩むけれど。とりあえず、無事でよかった」
声が聞こえる。私の無事を確かめる声。そこに不快さを滲ませない声は初めて聞いた。
そちらへ振り向くと、そこにいたのは男性だった。
清潔な人。それでいて嫌らしさが無い人だった。これも初めて見る人種だ。
つやのある青い髪の男性。私に顔の良し悪しは分からないけれど、今まで出会った男性より見栄えが良く見える気がする。
見える? どういう事?
私は右目を凝らした。……見える。もう見えなくなったはずなのに。何故?
困惑する私に、その男性が声を掛けてくる。
「不思議かな? その目は傷ついた体と共に治療させてもらったよ。それとも余計なお世話だったかな?」
そう言われても、どうだろう? 正直なところ感謝すればいいのかは分からない。死を受け入れていたから、治った体を素直に喜ぶ事が出来なかった。
それでも一つ言える事があった。
「支払えるものがない。悪いけど、あなたのどのような期待にも応えられないと思う」
そう、お金が無い。治療にお金がいる。学の無い私でも分かる事だ。
それを聞いて、何が可笑しかったのか。男性は突然笑い出した。
「あははっ、面白いね君。ただ、期待に応えられないという事は無い。既に無くなっているんだ。その目の治療法は開発中の魔法でね? 人体での実験をまだ行っていなかった。そのデータを君は提供してくれたんだよ。そして実験は成功、君はこれからの様々な人々を救う立役者となったわけだ。金にも勝る価値がある。そう、今の君はね」
なるほど、実験の役に立ったのか。褒められたのは初めてだけど、言いようのない程胸がスゥっとした。
「そう……。こんな体でも役立ててくれてありがとう。じゃあ私行くわ。婚約しなければならないから」
「あの道の先にいた貴族は先ほど息を引き取ったよ。嵐の影響か、容体が悪化したみたいでね」
困った。行くところが無くなってしまった。両親は私が嫁ぐと同時に完全に籍を剥奪してしまったから屋敷にも戻れない。
……いや、どうせ死ぬ気になったのだからそこら辺で野垂れ死ねばいいのか。
「教えてくれてありがとう。じゃあ私はこれで」
「どこか一目のつかない所で命を絶つつもりかい? もし、君に罪悪感を覚える念があるなら、ここに住まないか? 今出て行かれると僕の寝覚めが悪いんだ」
罪悪感。それは私が生まれて来た事全てだ。生まれた事が罪だと言われ、生かしてもらってる事に感謝しろと言われてきた。そんな私が生まれて来なければと後悔しながら死ぬのは、確かに罪悪感を覚えずにはいられなかった。
「それに、経過観察をしなければ十分なデータは取れない。君がデータを提供するなら、その報酬に部屋と服と食事を与えよう。悪くないと思うけど、どう?」
この人は一体何を言っているんだろう? そんな疑問は浮かぶけれど、何故か断る気にはならなかった。
「……わかったわ。お願い」
こうして、私の新しい生活が始まった。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる