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フクと呼ぶ女と暮らしている (上)

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 Ⅰ

 フクの生活リズムは滅茶苦茶で、いつ寝たのか起きたのか、下手をすれば家に居るのか居ないのかすらも分からなくなる時がある。早朝にゴミを回収するために寝ているであろうフクを起こさないようにフクの部屋をそっと開けたらもぬけの殻であり、昨夜は確かに部屋に居たはずなのにと困惑したこともある。大学の研究室で寝て自分の部屋で仕事をしていた時期もあったし、最近は僕の部屋で昼まで寝ていることも多い。もっともフクは、僕も何日も家に帰らないことがあると主張するが、僕は仕事で何日間家を空けるよとフクに告げて外出するのだが、フクが上の空で聞いて認知していないだけである。フクとは頻繁にセックスをするが、以外の時間にはお互のプライベートには立ち入らないという、取り決めではないがなんとなくの了解事項がある。僕もフクも結婚、離婚の経験があって、僕が過去のパートナーとの関係維持のための無駄な努力に懲りて適度な距離を欲していたのに対し、フクは大学での自分の研究環境を維持するためのやり繰りに手一杯で、僕のことはもちろん自分の生活にも構っていられない様子が伺える。二人で暮らし始める時にフクから言われたことは、仕事部屋を兼ねている洋室以外は自由に使って良いということだけで、二人の生活のためにお互い何を分担するのかなど、普通のカップルが経るであろう恋愛と日常の段差を埋めるための話し合いは特になかった。それでも週末はお互い家に居て、顔を合わせる機会も多かったので、僕がバスルームの掃除をしていると、フクがリビングの掃除をしたり、夕食を作っているとフクが手伝ってくれたりと何となく家事の分担らしきこともやっていたのだが、僕が役人を辞めて、在宅ワークの引き籠り生活になると、フクはこれ幸いとばかりに家のことはやらなくなった。とはいっても、フクが家で夕食を食べるのは基本週末だけだし、掃除は僕の快適な生活環境維持のためにやっていることで、一人暮らしの時と比べて僕の家事に費やす時間がことさら増えたという意識はない。フクは洗濯だけは深夜に洗濯機を回し、自分の分の汚れものを洗っていた。洗濯篭に放り込んでおいてくれれば僕がまとめてやっておくよと申し出ると、さすがに汚れた下着を洗わせるわけにはいかないと断るので、その下着を使って自慰行為をしたいのだと言うと、私の下着でできるのか?とピント外れの驚き方をした。もちろんと返すと、それならお願いしようかなと何に対してかは分からなかったが嬉しそうな顔をした。
 嫌いな女とは暮らさないから、僕はフクのことが好きなのだが、セックスの相性の良さを別にすると、フクのどこが好きで執着しているのかと考え込んでしまう。フクが僕の事を好きだと言ってくれるので、パートナーのご機嫌取りにそれほど腐心する必要がなく、気楽に暮らせる心地よさは確かだが、フクは自分勝手で、怠け者で、特に可愛くもなければそそる体をしているわけでもない。ただフクは自由奔放ではあっても自分で自分の尻を拭ける強さを持っている。男に寄生して楽な暮らしをしようなどとは一ミリも考えたことはないだろう。自立する強さがある女は、男に依存する女にはない凛とした美しさがある。フクの凛とした態度の源は絶対に過去を引きずらない凄みである。フクもリスクを目の前にして、他の女がそうなるように躊躇し、恐れ、尻込みはする。でも結果、散々な結末を導いてしまっても終わったことは気にも止めない。内心はどう思っているのか分からないが、引きずる素振りをまったく見せない。簡単なことだよとフクは言う。嫌だと思ったこと、恥だと感じたことをストックしなければ良いんだ。馬鹿げたことをしてしまったと引きずってこれからの自分にプラスになるのか、マイナスになるのか、絶対にマイナスにしかならない。でも人は嫌なことほど記憶してしまうんだ。記憶してしまうのは仕方ないけど、それをストックしないと決めたら、もう終わったことなのだと分類できるようになって吹っ切れたんだ。それまでは私なりに結構苦しんだんだよ。フクの思考プロセスは僕にとって知る由もないが、昔からフクが内面的葛藤を繰り返してきたことは、思春期の入り口でフクの存在を知った僕にも不可思議な同級生の記憶として残っている。今、フクは大学の講師というポストで哲学を研究している。哲学を研究するとは過去の哲学者を研究することかと聞くと、それもやると答える。でも解釈研究はスタートであり、大事なことは私のような生きている研究者が過去の哲学者によって作られた社会の共通認識を更により良いように一歩でも半歩でも前に進めて次世代の研究者に引き継ぐことだと言う。思想的な進化を止めると人の社会と言うものは一気に衰退してしまうのだとフクは主張するが、思想的発展に無関心な僕には良く分からないというか興味が沸かない。良く分からないなと正直に言うと、三村は昔から直感だけで理論付けなく行動していたからね、ここまで生き残ったのは幸運だったと思ったほうが良いよ。もっとも自分の損得だけ考えて生きている奴らよりかははるかにマシだけど。とこれも良く分からない評価をいただいた。

 フクとセックスをする理由は色々あるが、一番の理由はフクの性の愉悦の源が暗くて底が見えないからだ。フクが戸惑いながらも愉悦の淵を覗き込む時、フクは知性と良識を自虐的に裏切り異様な肉欲を晒し、自分を貶めることで更なる性の悦びを求めてもがき始める。僕はフクのもがく姿に興奮しフクを抱くが何度精を放ってもフクの性の源を満足させられないもどかしさがある。フクのセックスは奔放で羞恥なしに肢体の全てを喜んで晒し、全てを委ね歓喜の言葉を唱えてくれるが、フクの無意識の愉悦の源は更に暗くて深い。僕はフクの持つ暗くて甘美な世界を共有したくてフクとのセックスを繰り返す。
 フクの体臭は心地よい。香水は付けないから抱き合った時に微かに匂うのは汗がベースとなった柔らかい体臭と使っているソープの匂いだけだ。フクの匂いは出合った少女の頃から少しも変わらない。僕は匂いに敏感で、不快臭をわずかでも嗅ぎ分けるとその匂いに意識がいってしまい、情けない話だがセックスが駄目になってしまう。天日で温められた毛布のようなフクの体臭は心地よく、フクの存在を感じさせてくれる匂いだ。セックスが終わった後、シャワーも浴びずにそのまま抱いて寝てしまうのはフクだけだ。匂いもそうだが、フクは成長が止まった少女のように姿態も変えていない。最初に見た時、男の子みたいな女だなと思った。背丈は他の女子並みなのだが、控えめな胸の膨らみはメスであることを主張しておらず、かろうじて丸みのあるソバカス顔と、色素の薄い髪とショートボブの髪型でこいつも女だなって納得していた。中学生も終盤になるとクラスの女の子たちは一斉に開花の時を迎え、教室の中は単色の野原から花畑へと変わりつつあった。一緒に飼育されている成長の遅いオスどもが生殖機能を持たない虫に過ぎない時に少女達は先んじて己の花弁(かべん)を開き雌しべを伸ばす。青臭い汗と埃の匂いしかなかった教室にメスの生殖臭が混じるようになる。教室の花がそれぞれに見映えを競い始めてもフクは結実を誘わない蕾のままだった。
 フクの体は柔らかい。乳房や尻が柔らかいというよりも体に芯が入っていない態(てい)で指で押したらどこまでも埋まりそうな気がする。フクの匂いを無性に嗅ぎたくなって、裸になってくれないかと頼むとフクは嬉しそうに着ているものを脱ぐ。裸になったフクに顔を跨いでもらい下から匂いを嗅ぐ。小水の残り香と桜の落ち葉のようなフクの女性器の匂いが混じり僕の臭覚は歓喜に震える。フクの発情した証の匂いを嗅ぐことに夢中になっていると、耐え切れなくなったフクは股間を僕の顔に押し付けたまま仰向けに体を後ろに倒し、体を捻って僕の性器を咥える。僕の目には色素の薄い女性器しか見えないから、フクの体がどの部分でどの程度捻られているのか分からないが僕の性器はフクの口に収まっている。こいつは軟体生物かと感心する。顔を跨ぐ向きを変えれば良いのにとも思うがフクにはフクの流儀があるらしい。
 フクはセックスの誘いを断らない。もちろんフクは忙しいから僕もフクが仕事でテンパっている時は声すら掛けないようにしている。フクは自分の部屋にこもって丸一日出てこない時がある。正確に言うとトイレの時は出てくるが、そういう時は目が広がっていて茶色っぽい黒目があちこち動いているのでフクは自分の世界に行っているのだなと分かる。フクの部屋には付箋紙を貼った分厚い本が何冊も開いてあって、書き散らかしたメモが散乱している。黒目が動いているのは頭の中でそうした文字列が渦巻いている時であり、声を掛ければフクの眼は僕に向いてくれるのだが、邪魔はしたくないので食事の心配もしないことにしている。仕事の区切りが付くとフクは部屋から出て来て冷蔵庫を開けて僕を見ながら満足そうに顎(あご)を上げてオレンジジュースを飲む。幸せそうなフクを見ると僕はたまらなくなって、セックスをしようと誘うとフクは歯茎のピンクまで見せて笑いながら、嬉しいと言う。そんな時のフクはシャワーも浴びておらず、着古したルームウェアを着てショートボブの髪は跳ねている。でも、なんだろう、砂漠に住む生き物みたいにパサパサしていて可愛くて仕方がない。ハーフパンツを脱がせて履いていたショーツを下げる。履きっぱなしのショーツは染みで汚れている。僕は女性器の形を写した染みに鼻を付けて、フクの女としての存在を示してくれる匂いと体温を確かめる。僕の性器が変化するのを見てフクは満足そうに笑い、三村は好きだねと嬉しそうに言う。フクは下着が汚れるのはあたりまえだし恥ずかしい事ではないと主張する。昔からそうだった。隠したって仕方ないよと中学生のフクは言った。女だから生理はあるし、色々とね、漏れるんだ。男子は知らないから興味があるのだろうけど結構大変なんだよと真剣な顔で言っていた。
 オスとなった僕はフクの女性器に口を付ける。フクは汚いよとは言うが嫌だとは言わない。僕の舌が動きやすいように腰を出して足を開く。フクの匂いだ。舐めているうちに匂いは消えていくからフクを食べているような幸福感がある。折り重なった陰唇を解くようにすべてを舐める。フクは三村がきれいにした後にシャワーを使うのは順序が逆だと笑う。フクは僕が満足するまで舐めさせてくれて、そのあと自分が昇るために予告なしに腰を浮かせたまま僕の頭を太ももで挟み込む。尻を上げて腰を前に突き出し、股間を僕の唇に押し付けるのはフクが昇るためのルーティンだ。結構な時間僕の髪はフクの太ももに掴まれたままとなるが、控えめに声をだして指の力を抜くまで息を止めてフクの高まりを待つ。陰毛越しに小さめの乳首と細い首のラインが見える。フクの陰毛は色も密度も薄く自然のままに存在している。中学生の時、何の話が切っ掛けだったのかは忘れたが、前の席に座っていたフクから女は下の毛が生えるのも早いからと告げられ、ドギマギしていたら、ミユキも生えているよと僕が好きだった美少女の秘密もあっさりと告げられた。
 ゆるやかに呼吸と連なって動く女性器を僕は見ている。これまで僕と亭主だった男以外に何人の男がこの肉に包まれたのだろうか。そのたびにフクは泣いて涎を垂らしたのだろうか。この女性器はフクそのものなのだろうか、それともフクに付随した別の意思を持ったものだろうか。僕を受け入れてくれるのはフクなのだろうか、それともこの女性器なのだろうか。フクに聞くと少し考えてから、誰としたって気持ちはいいよと答える。女だから当たり前だよと言う。私はセックスが好きだよ。だからセックスをしてくれる男は好きになりたい。私は女だけど女の価値では劣るし、他の女と勝負できないから私の世界で頑張るしかない。でも、三村が私を女として抱いてくれることは本当に嬉しい。三村が望むことは何でもできる。それでは駄目なのかと逆に聞く。
 フクの陰唇は色も薄くて愛らしい。でもフクはもう少女ではなくオスの前で歓喜をせがんできた大人の女であり、女性器の外形をつくる陰唇もオスを受け入れるために熟んで伸長している。膣液は膣口の下部に溜まり溢れた液はアナルまで照らしている。膣液はフクの体がオスを受け入れるために流すものであり、フクの意志ではない。でもフクならどんなオスの前でも垂らしたいと望むだろう。フクは自分を嘘で飾らないし、周りの言葉に影響を受けない。昔からこんな諷じゃなかったよとフクはいう。神経が過敏な子供だったので両親や先生の言葉の裏側が気になって仕方なかった。自分に掛けられる言葉は整理して覚えており、何と返せば周りの大人が満足してくれるかばかりを気にしていた。期待に沿えるように気を使って毎日を過ごしていたらいつの間にか精神が疲れておかしくなってしまったので人の話は聞くけどもうストックすることはやめたのだと言う。僕の知る限り、あの頃のフクの成績はトップを譲ったことはなく、教師の言うことを記憶していたという話もフクならばやりそうだったなと頷ける。その反動かもしれないが、今のフクはストレートな要求には従順だ、その顕著なものが男の性器で、勃起する理由には裏がないのでフクは嬉々として要求に従う。女と群れて気を遣うよりも単純な男になぶられるほうが気持ちに澱が溜まらないとフクは言う。
 アナルには健康なフクが息づいている。色白のフクは顔のソバカスと乳輪とアナルだけに色素がささやかに集まった感がある。僕が最初に器官に割り込もうとしたときに、僕の本気度が分からないふうで、そこは違うよと一応抵抗はしたが、僕がやたら必死だったので仕方ないかで受け入れてくれた。収まってから、悪くはないだろうと聞くと、使ってもらえるのは嬉しい。ただここで三村を満足させられるのかは不安。満足したらしたで、女性器にも一緒に欲しいと私に言わせたくなるよと見透かされた。僕ぐらいフクが好きな男が現れてから考えるよと返している。そのうち要求はするだろうな。過去のことはフクが話す以上は聞かないのでフクにどこまでの性経験があるのかは知らないが、フクにとって複数のオスから同時に求められることはそんなに高いハードルではないだろうなと感じている。他のオスとフクを共有して増してフクに発情できるのか、多分僕の問題だ。
 僕の舌はアナルに向かう。女性器を舐める姿勢なので舌は届き辛く舌先で窪みをなぞるだけでも僕の鼻は陰唇に埋もれる。フクはアナルを使われることは嬉しいが口で愛撫されることについては戸惑いがあると言う。足を開けば付随して晒してしまうのは仕方ないけど、そこだけに集中されるのは排泄器官だけにやはり羞恥心があるという。ただ、愉悦の波の繰り返しの中で更なる被虐的誘惑にフクは抗えない。性感に連動する粘膜の動きはこの箇所がフクの愉悦の一部であることを教えてくれる。僕は放射状に並ぶ溝を丁寧に舐め、括約筋の弛緩を確かめながら中心の窪みに膣液と僕の唾液を合わせながら舌先を埋め込んでいく。アナルがもたらす快楽は女性器よりも能動的なものであり、自ら求める愉悦である。フクも足を抱えて舌の進入を促すが、粘膜を晒して愛撫を求める自分の惨めさとオスに餌を与える興奮がフクの愉悦となる。
 フクはうつ伏せに体を捻ると四つん這いになって上半身を床に付ける。フクの体は柔らかく指先から臍近くまで奇麗な線で床に沿い白い尻だけが高くなる。フクが欲情する姿は美しい儀式のようだ。フクの中では粘膜を極限まで突き出す意識だ。フクがお尻噛んで良いよという。フクは噛みなさいと命令はしないし、噛んでくださいとお願いもしない。噛んで良いよと許可を与えてくれる。フクは僕にとって優しい主人だ。フクに飼われている幸せな犬のような気持ちになる。足を開いて臀部を突き出すと、フクのアナルは露骨にその姿を現す。僕はフクが悦ぶことなら何でもしたいし、フクは僕が求めることは何でもさせてあげたいと言う。たどり着く先が何処になるのか分からないが、今の僕はフクの悦びと自分の渇望のために粘膜に歯を立てる。窪みは湿地のように重く沈み込み、そして体温と粘液に包まれて元に戻る。歯を立てているだけで粘膜は刺激を求めて収縮を繰り返えす。尻を噛みながらフクが悦ぶ刺激を与え続ける。フクの柔らかい声が途切れ途切れに聞こえる。尻が不規則に動き出し、動きに付いていけない僕の歯と粘膜が激しく擦れる。フクの右手の指が床に立ち、いくつかの母音を口にしながら尻を更に突き出し体が硬直する。数度不規則な痙攣を繰り返した後、フクの体は呼吸とともに柔らかさを取り戻す。
 後ろから見るフクの女性器は十分なふくらみを持ち、折り重なった陰唇はフクが純潔ではないことを教えてくれる。陰唇の色素は薄いがフクの尻は滑らかで白いので、アナルに繋がる薄く褐色に変色した箇所が暗部となりフクの欲情を際立たせている。何故この淫靡で不器量な箇所にこれほどまでに夢中となるのか単純な生殖欲求だけでは説明ができない。フクが処女であったなら、僕はこれほどまでにフクの女性器に執着はしない。これまでフクが愉悦の底を求めるために男たちに晒し、差し出し、使ってもらった証を確認することで僕は一層フクを愛しく思い、フクの暗い愉悦のために勃起する。
 フクは目の下にソバカスを散らし、こじんまりした鼻と薄い唇の大きめの口がアンバランスな造りの印象を与える。すまして美を感じさせる顔立ちではないが、感情を発露するために創造された顔立ちで、口を開けて奇麗な歯茎と歯を見せながら笑う時、感情をきれいに写す茶色の瞳と相まって惚れ惚れとする。生活の中で垣間見せるフクの喜びと苦しみの表情は美しく淫靡だ。朝出かける時にちょっと待ってと呼び返されてキスをするときは拾ってきた猫をかまってあげるような気分になるが、フクと向き合ってセックスをしている時にフクがピンク色の歯茎をむき出しにして苦悶する顔を見ていると、その美しい歯茎を無性に舐めたくなる。僕の舌がフクの舌と絡みながらすべての歯茎を舐めまわすとフクの口は性器となり、たまらず涎を垂らす。



    
  
 Ⅱ

 雨が降って自然公園の紫陽花が咲くとフクは散歩に行こうと僕を誘う。傘は要らないと言う。どうせ濡れるのだから、最初から濡れても構わないじゃない。どっちみち洗濯はするのだよと洗濯をする僕に言う。確かに、その季節の雨に濡れても寒くはないし、一度濡れてしまうと、顔に滴る雨粒を手で拭うのもそんなに気が滅入る作業ではなくなる。紫陽花はね、ひとつひとつの花はブサイクのくせに、まとまって綺麗に見せているところが情けなくて好きなのだとフクは言う。カタツムリはね、別に紫陽花が好きで葉の上にいるのじゃないよ。たまたまそこにいるんだ。本当にたまたまなのだよ。雨で髪がぺったりと濡れたフクは何度も同じことを言う。



 僕が初めてフクの存在を意識したのは中学三年生の時だ。何回目かの席替えの時にフクは僕の前の席に横向きに座って通路に足を投げ出していた。成績が並外れて良い女子というのは知っていたが話をしたことはなかった。「よろしく。」と言われ、「あぁ。」と答えた。フクが覚えているというからそうなのだろう。フクは猫背で姿勢は悪かったが、普通の女の子だった。不思議にも学力が足りない生徒に向けた教師の話もちゃんと聞いて真面目にノートを取っていた。後ろから鉛筆で制服の背中をつついて、「お前、授業聞く必要ないだろう。」とからかうと何故か嬉しそうに、「そんなことはない。」と照れた。丸ばかり付いた答案用紙を返して貰うこの女生徒はどんな勉強をしているのだろういう興味もあり、「ノートを見せてみろ。」と言ったら、「字が汚いから見せたくない。」と渋る。無理やり取り上げたら、先生の黒板の文字を書き写しただけの特に変わったものではなかったが、やたらと字が大きくて小学生の書き方練習帳みたいだった。「お前、字は下手だな。」と正直な感想を言うと、「そうでしょう。」と何故か嬉しそうだった。
「お前、頭良いよな。」と聞いたことがある。フクは、「そんなことない。」と顔を赤くしてから、しばらく言うか言うまいか迷っていた諷(ふう)だったが、「三村ってさ、答案返してもらって間違えたところやり直してないよね。」と聞かれた。言っている意味が分からず、「どういうこと。」と返すと、「先生が試験に出すところは決まっていてね、間違いを繰り返さないように注意するだけでテストの点数は自然と良くなっていくよ。私はそれをやっているだけだ。」と言われた。そんなこと考えたこともなかった。「私、いままでのテストの答案用紙全部持っていて、時々見返しているよ。」と優等生になる早道も教えてくれた。答案を返してもらった日に屑籠に捨てている僕とは大違いだ。「へぇー。」と感心して、「お前すごいな。」といったら、「逆にすごいよ。」って真顔で言われた。フクはフクで自分の限界が分かっていたのかもしれない。面倒くさがらずにフクの言うこと聞いていたらその後の僕の進路も少しは変わったものになっていたのかなとは思う。
 フクとは席が前後ろということもあり割と気軽に話していたが、フクはソバカス顔でショートカットの髪はパサパサの女の子で胸の膨らみも乏しく、オナニー覚えたての少年にとって特に興味の対象となる存在ではなかった。ただ、目に表情を写す女の子で、フクが時折見せる何気ない表情にドキッとすることもあり、皆がいうほどフクはブスではないと思っていたが、その頃の僕は幸運にも同じクラスとなっていた美少女のミユキちゃんに夢中だった。ミユキちゃんも時折満更でもない意味ありげな視線を返してくれるので皮かむり童貞としてはまずまずの毎日であった。ミユキちゃんは街を歩いていると結構な数のおじさんが二度見するぐらいの可愛い顔をしており、自分の秀(ひい)でた容姿を意識した仕草を身に付けていた。実はミユキちゃんの母親は職場の関係で幼少期の僕を見知っており、そのイメージのまま僕が娘の周りに出没するのをどちらかといえば歓迎していた。ミユキちゃんも母親公認の恋愛ごっこを楽しんでいる諷(ふう)で、時折日記のような雑文のようなノートを手渡されたり、長期の休み中にはどちらかが誘ってデートらしきものをしていたが、僕としても彼女の母親の信頼に応えるべく、彼女を優しく扱うことが大切な気がしており、ミユキちゃんに僕の性的興味を伝えかねない言動は極力慎んでいた。自慰行為の時も極力意識してミユキちゃんを排除して別のもので始末をつけるようにしていた。
 高校は別で、一時期疎遠になったこともあったが、ミユキちゃんとは遅ればせながら僕が大学生の時に男と女の関係になった。その前後、彼女は何人かの男と体の関係を持っていたみたいだが、彼女は男の存在を無理に僕に隠そうとはしなかった。彼女には技能をベースとした職業的な野心があり、彼女の可憐な容姿は東京での野心実現のための武器でもあって、誇ることではないが、男の性の対象となるのは仕方がないぐらいの気持ちだったのかもしれない。確かに、可憐な彼女に今日は遅くなっても良いですよと言われて、何かの見返りを提供しなければならなくなると分かってはいても断れる男は稀だろう。彼女が身を置いていた業界はそうしたことに寛容らしく、彼女も淡々としていた。遠距離にはあったが、彼女とは時々会っていたし、会えばセックスをしていた。冬の京都を見たいと大学最後の正月休みに僕のアパートに立ち寄ってくれた時は数年ぶりの大雪に閉じ込められたこともあり、三日間セックスばかりしていた。ただ、身悶えした彼女の裸体よりも、つかの間の晴れ間に近所の寺で雪に埋もれた庭を廊下に座って飽きることなく見ていた彼女の寂しげな横顔の方が不思議にも記憶に残っている。彼女から見れば、寝たところで何のメリットもない元同級生とセックスをする理由としては、たぶん僕のことも好きだからということで、憧れの美少女、その時には容姿の優れた彼女を裸にして好きにできるのだからそれでよしとすべきだと自分を納得させていた。もっとも、僕を信頼しているのか、軽く見ているのか、半分愛人みたいな都会生活の愚痴を僕に言われてもなぁとは思っていた。
 ミユキちゃんから結婚したいと言われたのは、僕が役人になってしばらく経った時だった。久しぶりの彼女とのセックス前の戯れの途中で、ずるいよね、と下の名前で呼ばれて、ずっと待っているのだよと切り出された。彼女には結婚願望はないと思い込んでいたので正直驚いた。彼女が僕と一緒になっても良いと考えるに至った理由については、最近良い仕事に恵まれていないと愚痴る彼女の話からなんとなくは想像できたが、長い間好きだった彼女がいよいよ僕の妻になるという興奮より先に感じたのは、彼女とは毎日の生活を共にするという形では上手くいかないかもしれないという漠然とした不安だった。確かにお互いに依存する関係にはあったが、恋に恋する時期からの相手ということもあり、幼い恋愛の延長のような気分が続いていた。自信がなかった。僕のことは決して嫌いではないのだろうが、彼女の気持ちが別の男に行っているなと感じることは時々あったし、何より、都会で体を晒してまで掴もうとしていた仕事のステータスを諦めて、役人の妻として平凡に生きることに彼女が将来的に満足するとも思えなかった。彼女の仕事のことは時々聞かせられる以上のことは知らなかったが、逆風の時に疲れてしまって誰からも反対されない僕との結婚という選択肢が浮かんだのだろうか。でも、野心家の彼女のことだからいずれ僕や家庭どころではなくなるだろう。そんな彼女をつなぎ留めておくだけの夫としての度量が果たして僕に生まれるのだろうかと迷った。
 その頃の彼女との会話の中で、帰省に併せて同窓女子会に参加するのだという話があった。女子会なるイベントが人気で昔の同級生で熱心な子がいるらしく、毎年連絡は貰うのだと言っていた。要はその会に参加した時に僕と結婚することを皆に報告しても良いかという話であったが、いまひとつ煮え切らない僕に対するプレッシャーの意味もあったと思う。周りに話すのは親への挨拶が終わってからの方が良くはないかといった消極的な話を返した記憶はあるが、結局どうしたのか彼女からの報告はなかった。僕は同窓女子会と聞いてフクも参加するのだろうかと、思春期の短い時間を秘密裏に共有したフクのことを思い出していた。

 その校舎にはどん詰まりがあった。三階から屋上につながる出入り口はあったがいつの頃からか閉鎖されており、使わなくなった机や文化祭で使ったガラクタが出入口周辺に無造作に積まれていた。昼休みにその下の踊り場スペースを生徒会が使うこともあったが、普段は誰もいなかった。その空間を見つけたのは本当に偶然で、昔の生徒会の資料を探していた時に、階段下の踊り場からガラクタを見上げたら右手の小さな窓側下の物の密度が少ないように見えた。普通に見れば手書きの看板や大道具が邪魔をして何も見えないが、床に這いつくばって覗き込んだら何かしらの空間があるようだった。近くで確かめてみると、最初は四つん這いになる必要があるが壁に沿って僅かな隙間があり、大きくU字に曲がったところに明らかに人の手によるスペースが出現した。開かないワイヤー入りではあったが窓があり十分に明るく、ご丁寧にマットが敷かれていた。その昔、先人が意図して作ったものらしかった。僕にとって大発見であった。何をするわけでもなかったが、学校に秘密のテリトリーを持つ高揚感からオス猫のパトロールよろしく度々その場所をこっそりと訪れた。万一先生に発見された時に証拠を残さないように私物の持ち込みはしなかったし、なるべく現況を変えないよう気を付けた。数か月観察した結果、この場所は誰にも知られていない僕だけの場所であると結論付けた。人に見つからないように訪れる時間も夕方、校舎内の生徒が消えてからという自己ルールを守った。ある日の夕方、僕の秘密の場所にフクが居た。
 僕も驚いたが、フクはもう悲鳴を出す寸前で口を両手で押さえていた。お互いに瞬間恐怖で固まった。顔を認め合って驚きの緊張は解けたが、それでもしばらくは動けなかった。「なんだよ。」と僕は責めたが、フクは、「怖かった。」と僕の顔を見て言った。「誰かが上がってきて、動かないようにしようと思ったら、いきなりガサガサって入ってきて、どうしようと思って、殺されるかと思った。」と両手を体に回して恐怖で震えたというジェスチャーをした。「殺す訳ないだろう。」と呆れてから一番聞きたいことを聞いた。「なぜこの場所のこと知ってる?」。「お姉ちゃんに聞いた。」。「はぁ、お姉ちゃんいるの。」。「うん。」。「何歳(いくつ)上。」。「二つ。」。尋問はあっさり終わった。残念ながらこの場所は歴史的な大発見ではなかったらしい。それから、僕が見つけた経緯や、この数か月の観察の苦労を話して誰にも知られていない僕の秘密の場所であることを強調した。緊張が解けたフクは面白そうに聞いて、「大丈夫だよ、誰にも言わないから。」と約束をしてくれた。二人して這い出してフクと夕暮れの校門で別れた後、あの場所にティッシュを置いておかなくて良かったと心から思った。
 それから何度かその場所でフクと会った。「今日おじゃまするね。」とこっそりと言われる。サカリ始めたクラスの女子達は暇があれば誰と誰がどうだとか姦しい事この上ない。特定の女子に視線が止まっていただけで冷やかしの的なので、子供の僕は夕方まで緊張しっぱなしで、変な罪悪感でミユキちゃんとも目が合わないようにしていた。狭い秘密の空間でのフクとは不思議にもすぐに打ち解けた。フクは教室にいる時よりも楽しそうで、何より話しているフクの目が楽しいよといっているので、努めて面倒くさげに話を聞く僕もフクに対して変な気を遣う必要がなかった。この時、初めてフクの顔をまじまじと見て、意外とソバカスも可愛いのかもと思ったりしていた。場所柄小さい声でフクが話すので何度か聞き直していたら、だんだんとフクがすり寄ってきて顔を寄せて耳元で口を開くのは緊張もしたが結構照れた。嗅ぎとれたフクの体臭はほのかに甘い汗の匂いがして、鼻孔から幻覚剤を入れているようにフワフワした気分になった。もっともその頃は幻覚剤の存在など知らなかったのだが。「三村は思ったことをそのまま言うから気が楽だ。」と言われた。褒められているのか馬鹿にされているのか分からなかったが、ここでオッパイ吸いたいって言ったら変態扱いするくせにと心の中で反論はした。この同級生が難しいことをちゃんと考えて僕に分かるように伝えようとしているのはなんとなく分かった。
 フクとの何度かの密会で思春期の青い性体験の思い出を作るような何かが起こったのかというと、残念ながら何もなかった。フクにしてみれば、もともとは自分の姉が管理した場所であり、妹としての権利も主張したかっただけなのだろう。ただ、僕もフクも一緒にいる楽しさに戸惑っていた。年齢に関係なく男と女で秘密を共有すると変な一体感が生まれるらしく、その時の僕とフクは初めての異性間の感情の共鳴に戸惑っていたのは確かだ。男友達はもちろん、ミユキちゃんとの間にもない、傍にいるだけで互いに分かり合えたような不思議な落ち着いた安堵感が何故かフクとの二人きりの時間にはあった。フクと並んでひざを抱えて座っていると、隣にいるフクの体温をほのかに感じてフクの匂いを嗅ぎながらずっとこの場所に座っていたい欲求があった。もっとも僕には性的な興味をフクを相手にどう満たせられるのかという俗な問題もあったが、ミユキちゃんとはまだ何もしていないこと、フクが先生たちの信頼が厚い優等生であること、そして決定的だったのは僕が皮かむり童貞であったことで、葛藤はあったが結局フクには何もできなかった。でも、この空間で横に座る僕が何をしてもフクは嫌とは言わないだろうなという妙な安心感があった。フクの言葉や態度ではなく、フクの茶色の瞳が横に居る僕を許していたから。触れ合った肌の暖かさと、思ったよりも柔らかいフクの体の感触を感じながら、その時はそれだけで満足していた。高校受験が近づきフクとの密会もあっけなく終わった。「あの場所は冷えるから。」と感情を共鳴させた相手にしては尋常な言葉で締めくくられた。ミユキちゃんからも寒いからとデートを断られたばかりで、女は寒さに弱いのかとまじめに悩んだ。フクからはその後一度家に来ないかと誘われたが、父親が大学の先生で、結構な金持ちの家だと噂されるフクの家族と顔を合わせる度胸がなく結局行かずじまいだった。ただ、僕の思春期の思い出の中にフクの甘い匂いとソバカス顔が残ったのは確かだった。

 結論から言うと、僕はミユキちゃんと結婚した。駄目になるのが何となくは分かっていても、惚れた者の弱みでこの時を逃したら彼女を独占するチャンスは来ないという焦りと、何とかなるかもしれないという根拠のない期待と、誰もが正統派だと賞賛する容姿を持つ彼女を自分の妻として周りに紹介できる誘惑に抗(あらが)えなかった。もちろん彼女とは二人の将来に向けての話をしたし、僕が持つ不安についても遠回しにではあったが説明している。ただ、彼女にしてみれば、何も僕に隠していないし、自分のすべてを理解して受け止めてくれるのだと信じ切っていた。どんな時も僕だけは変わらず味方だった、これからも変わらずにいてくれたら嬉しいと目を潤ませていた。迷いはあったが彼女と別れるという選択肢がない以上、僕らの行き着く先としては妥当なものであると心を決めた。大丈夫。幸せにするよ。という僕の覚悟の言葉を、彼女は当然でしょうというばかりに形の良い鼻を上に向けて、満足そうな笑みで受け止めてくれた。彼女は決して我儘な女ではなく、片親に育てられた家庭環境もあり金銭的にはむしろ慎ましく、僕の驚くほどの安いサラリーにも何の不満も言わなかった。こじんまりとしたものだったが人並みに式は挙げたので、出席した役所の上司たちは純白のウェディングドレスをまとった新婦の美しさに、ほおうっと驚きの声を上げ、僕の決断を少し満足させてくれた。彼女の母親は都会から離れた娘に安心し、僕の昔からの友人たちは落ち着く所に落ち着いたなと祝福してくれた。
 新婚生活と呼べる時間はほとんどなかった。僕の努力以前の問題だった。結婚してすぐに、彼女の言うところのこれまでにない魅力的な仕事が彼女に舞い込んだ。誰かの意図があったのかどうか、今となってはどうでも良い。当時はテレワークなどなく、最初彼女は電話とメールで対応していたが、どうにもならないと東京にも呼ばれて出かけていた。僕は良き理解者として彼女の活躍を共に喜んであげたが、彼女が二人の新居となった公務員宿舎のキッチンに立つことはほとんどなかった。東京から帰った彼女から話があると言われた。発注元の意向もあり、仕事をこなす為にはどうしても東京に居なければならない。住居も用意してくれるという。すごく期待されているので、できれば全力で仕事に打ち込みたい。仕事が終わり次第戻るのでしばらくの間東京に行ってよいだろうか、と彼女は自分の中で既に結論を出していることを僕に聞いた。不便なのは分かるが、僕もいずれは本省勤務になる。少しの間我慢してもらえないだろうか、と頼んだが、今この時にも仕事に遅れが出ている。と彼女は頑なだった。僕としては認めざるを得ず、新婚早々に別居生活が始まった。彼女が二人の家に戻ることはなく、僕が彼女の東京の住まいに定期的に顔を出した。行くと彼女は優しく僕を受け入れてくれて、僕の不便に対して謝ってくれたが、仕事を辞めるとはもちろんのことセーブするとも言ってくれなかった。約一年間同じ道のりを往復し、僕は何度目かの東京からの帰りの飛行機の中で、ミユキちゃんの中で僕の役割は終わったのだろうなと考えていた。彼女のことは変わりなく好きだったし、手放したくはなかったが、こうなるかも知れないということは薄々気付いていたことだ。ただ、結婚と言う手続きを取ってしまった以上、今回の別れは時間が経てばまた始まるというものではなく、二人の関係そのものを終わりとする覚悟が必要であった。フリーにしてあげることが僕が彼女にできる最後のことだと心を決めて、僕の決心を伝えた。ミユキちゃんにも覚悟はあったのか割とすんなりと受け止めた後、またいつか会えるかな。仕方ないよね。と悲しそうに言ったが彼女の眼はもう明日の自分に向いていた。彼女が何の異も挟まないのに、ひとりでやる離別の手続きは色々と面倒だったし気も滅入った。事情を理解できない彼女の母親から一方的に責められた時が一番堪えた。僕が用意した僅かな金は受け取ってもらえなかった。その後、彼女への未練に負けそうな自分に物理的なけじめを付けるために僕は誰にも相談せずに海外勤務に手を挙げた。すべてにおいて僕は子供だった、そして子供で何が悪いと思っていた。その後、彼女に連絡を取ったことはない。

 フクは当然のごとく県下一番の進学校に進んだ。それからフクとはまったく会う機会はなかった。一度、フクが心療内科に通っているという噂を聞いたが、頭が良すぎると色々考え過ぎるのだろうなぐらいで特に気にも止めなかった。予備校生の時にフクが行った高校の出身者がいたのでフクのことを尋ねたことがある。あいつは地元の国立大学の哲学科じゃなかったかなという話を聞いて、当然旧帝大のどこかに進むものと思っていたフクが地元に残ったのは意外だったが、哲学というのはフクらしいと思った記憶がある。
 フクと再会したのは、僕が東南アジアの国での勤務と本省勤務を経て管轄局のある高校まで過ごした地方都市に赴任している時であった。役所の人事のルールとして地元への赴任は原則できないのだが、直近の仕事で上司の判断ミスの結果を一方的に押し付けられて憮然としていたら、良いポストが空いたからと意向打診もないまま内示を出されてしまった。僕の場合、実家が他県にあることも影響したのかもしれない。訪ねることはないが、元妻の実家は依然としてあるはずで、気が重かったが数年のことだと有難く受けた。中学・高校と多感な時を過ごした街はすでに僕にとって過去の街となっており、幸いなことに新しい住人として受け入れられたようで、特に構える必要はなかった。昔友人たちと深夜まで騒いだ雑然とした場末の路地が再開発されておしゃれスポットに変わっていたのには驚いた。貸与された宿舎で過ごす独り身の休日はやることもなく概ね暇であり、新しい仕事と生活に馴染んだ頃に釣り糸を垂らすついでに昔高僧が籠(こも)ったという人里離れた岩屋でも見てみるかとローンで買った中古車のカーナビに入力した。市街地から三十分程走り、本当にこの道で良いのかという細い道をぐるぐると回らせられた後、寺の小さな駐車場まで辿り着いたが何の案内板もなく、そこから先の行き道が分からない。寺の横に並ぶ民家に姉さん被りをして菜園の世話をしているご婦人がいたので、場所を聞こうと声を掛けた。顔を上げたら懐かしいフクがいた。すぐにフクだと分かったが、慎重に「失礼ですが。」と言葉を切った。フクは、「はい。」と中腰の姿勢を伸ばして僕に向き合った。なかなか次の言葉を言わない僕を不思議そうな顔で見ていたが、目が大きく開いたかと思うと、「三村。」と僕の名を呼んだ。「久しぶり。」と言ったら、「私に会いに来てくれたのか。」と誤解されそうなことを言い出したので、慌てて、「岩屋への行き方が分からないので教えてもらおうと思って。」と言い訳に取られないように本来の目的を慎重に答えた。フクはキョトンとしたが、すぐに、あぁ、と納得した顔をして、「不親切だよね、よく聞かれるよ。」と指で海岸の方を示しながら手慣れた説明をしてくれ、「岩屋の帰りに寄ってくれる。」と付け加えた。どうしても岩屋を見たいわけではなかったが、聞いた手前行かないのも不自然だなと思い直して、頷いて、「ひと巡りしてくる。」と示された道に向かった。フクの見送る視線を背中に感じてギクシャクとした歩みとなっていた。
 フクが何故こんなところに居るのか合点がいかないまま、早足に誰も居ない岩肌に人の手によるものらしい横穴が開いただけの岩屋を巡り、あまり短時間にならないよう説明板をじっくり読んで時間を測って元の場所に戻った。フクは、僕を認めると、「三村さんこっち。」と今度は敬称を付けて母屋に招き、縁側に敷いた座布団を叩いた。フクは冷えたお茶を勧めてくれて、「この前の雨で抜いてやらないと雑草がすごいことになるから。」と菜園を見ながら出会った時の状況を説明した。「結構広い庭だから大変だね。」どうでも良い受け答えをして、聞くべきことを聞こうと、「で。」と言ったら、で、がフクとシンクロした。「どうぞ。」とフクに言葉を譲ったら、「ここは海も見えて眺めが良いところでしょう。」と言った。こいつ言葉替えたなと思ってフクの顔を見たら昔の懐かしい茶色の瞳が笑っていた。改めて、「で、どうしてここに居るの。」と聞いたら、「旦那の実家。」。「そうなの。」。尋問はすぐに終わった。この場所に辿り着いたちょっと長めの事情を説明したら、「ミユキは今日は家なのか。」と聞かれた。久しぶりに元嫁の名前を呼ばれて動揺したが、「随分前に別れたのだ。」と教えると、今度はフクが動揺して、「えっ、あっ。」と母音を発した後、「昔の同級生とはご無沙汰していて全然知らなかった。ごめんなさい。」と謝られてしまった。フクのことは懐かしかったが長居はまずいよなと思い、「そろそろ行くわ。ごちそうさま。」と立ち上がり、「偶然でびっくりしたよ。」と最初に言えば良い事を言ったら、「しばらくはこっちに居るのだよね。」とフクが聞いてきた。そうか、連絡先かと気付いたが、人妻に携帯の番号を教えるのはいかがなものだろうかと迷い、財布から名刺を出して渡した後、「直通電話のほうは僕しか取らないから。」と言ってしまい、催促したようで微妙に照れてしまった。フクは律儀に両手で名刺を受け取り僕の顔を見てから、「連絡するよ。」と昔のきまじめな顔で言った。
 案じることもなく、翌日の昼休みになるタイミングでフクから電話があった。昨日の礼を言うと、「明後日の夜は空いている?。」といきなり聞かれ、「大丈夫だ。」と答えると時間と店の名前と目印の場所を早口で告げられた。フクは、「ごめん、その時に詳しく。」と言うと慌ただしく電話を切った。時間にして一分かそこらだろう。電話が切れる間際に聞こえた、「あっ、それ違うから。」というフクが誰かに言っている声は昨日フクから受けた控えめな印象とは違うものだった。
 約束の時間に店に行き、フクの名を言うと、カウンターの大将が先生のところ、と仲居の女の子に告げた。考える間もなく奥の小上がりの襖が開いてフクが顔を出し、「三村こっち。」と手招きした。「別のところが良かったかな。」と独り言を言うフクの前に座って、「先生なんだ。」と聞くと、「ここは大学で時々使う店なの。」と言いながら、準備していたらしい名刺をくれた。名刺には地元の国立大学と女子大学の文学部講師とあった。講師と言うポジションがどの程度のステータスなのか良く分からなかったが、「すごいな。」と言ったら目の前で5回ぐらい手を振られて、「とんでもないないない。」と文学部の先生らしからぬ日本語を使われた。フクは大人の女になっていたが、ソバカスもショートボブの髪型も少し猫背の姿勢も昔のままだった。「お久しぶりです。」。「そうだね、二十年振り。」と生ビールで乾杯した後、「家は大丈夫なのか。」と一番気になっていた主婦の立場を気遣った。フクは待ってましたと言わんばかりに、「それそれ。」と身を乗り出し、「私、変なこと聞いて、三村とミユキが離婚したと聞いたら、軽い気持ちで言った言葉を悔やんでしまったのだけど、正確に言うとあの家は別れた元旦那の実家で、すごく可愛がってもらっていたから、お義母様に、たまには顔を見せてと呼ばれると断れなくて時々行くんだ。」と言って、ビールをグビリと飲んだ後、「絶対に誤解されたから早めに訂正しておこうと思った。」と付け加えた。「別にあの時に言っても良かったのに。」と言ったら、」それはそうなのだけど、あのタイミングではね。なんだか私がいますよ、と売り込むみたいで、ほら、私、三村のこと好きだったでしょう。」。ビールを含んでいたら絶対に吹いていた。「そうだったの?。」と聞いたら、「二人の秘密。」と笑った。「そうだな、結構長い時間一緒にいたよな。」。「気づかなかった?。」。「お互い様だろう。」。「それは嘘、三村はミユキの話ばっかりだったよ。」。茶色の瞳とソバカスが印象的なあの頃のフクが僕の目の前にいて、ジョッキを傾けてビールを飲み干すと、僕に尋ねもせずに、「熱燗、二本、大徳利ね。熱くして。」と大将に声を掛けた。
 それから、フクのスケジュールに併せて何度か飲みながら昔の関係を今の関係に置き換えるざっくりとしたプロセスを踏んだ。僕に比べるとフクは圧倒的に多忙な毎日を過ごしており、「自分で自分の時間をコントロールできない。」とこぼしていた。「私はラッキーで講師になれて人並みの生活ができるようになったけれど、助教の時はストレスばっかりで、将来の保証もないのにOL並みの給料だった。」と文句を言った。大学の先生は浮世離れした生活で、自分勝手な研究をしているイメージがあったが、フクを見る限り授業と会議と学生の対応に追われ、空いた時間で常に何かを書いている日常だった。未だに良く理解できないが、フクの研究は政治やそれに付随する法律・施策を哲学的側面で読み解くものらしく、僕の仕事についても問われたが、僕は単に末端行政を執行する立場に過ぎず、研究のお役には立てなかった。正直言って大人になったフクとの関係をどうしていくのか迷いはあったが、フクを前にすると不思議に肩の力が抜けている自分がいて、なるようにしかならないだろうなと気楽に飲みながらフクと飾らない話ができていた。ある夜、いつもより飲んだフクから、「セックスがしたい。」とあっさりと言われた。僕から誘うべきだったなと反省もしたが簡単に長い空白期間を飛び越えてしまった。「三村が会いに来てくれたから。」とフクは理由を付けた。確かに間違いではない。川沿いのホテルでの最初のセックスはお互いの性欲をぶつけるだけの粗いやり取りだったが、フクは性感に対して奔放だった。終わって裸のフクを後ろから抱いてフクの匂いを嗅いだ時に、ずっと昔に狭い閉鎖空間で嗅いだ懐かしいフクの甘い匂いを嗅ぎ分けた。その匂いを探していたら、鼻孔の奥に更に嗅ぎたいという飢餓が生まれ、飢餓感はそのまま僕の性器に宿っていった。「また起ちそう。」と告げたら、フクは楽しそうに、「何度でも使って。」と笑った。

 フクは酒を飲むと俗っぽく僕の離婚話を聞きたがった。愉快な話ではないし、結果として互いの仕事が原因となって別々の道に分かれたのだから、これも俗っぽく、価値観の違いとしか言いようがなかった。結婚生活が実質二カ月にも満たなかったくだりは、「さすがはミユキ。」と満足そうだった。「男かな?。」と興味津々の顔で聞くので、「さぁ、どうだったのだろう。」と努めて無表情で僕は返した。僕は、前妻との長い関係において他の男の存在をあまり気にしたことがなかった。彼女を信じるとか信じないとかではなく、それもこれも含めたものが僕を夢中にさせていた彼女であり、どう受け止めるのかは僕の問題だった。他の男が勃起もできないような女には僕も興味がない。ただ、離れて暮らした日々の生活の中で、僕は何のために彼女との婚姻関係を維持しているのか分からなくなってしまっていた。若かったこともあり、独りよがりの意地もあって、そうした感情を結局埋められなかったんだろうなと思い返したが、フクとは何の関係もない話だし、仮にそのことを話しても分かってはもらえないだろうなと思った。「私はね。」と聞きもしないのにフクは話し始め、「年下の冴えない男。やたらに親し気にしてきて、なんなのこの男って無視していたら、言うの。俺、寺の長男でね、卒業したら寺継がなきゃいけないのだって。痺れちゃって、あぁ、この男と一緒になるしかないって。私は僧侶の妻にならなきゃいけない。僧侶とピカピカに磨き上げた本堂でセックスしなきゃ、と夢中になってしまって。もっとも、そいつは男としても割とちゃんとはしていたけどね。」。「無理に本堂でやらなくても良くはないか。」と素直な疑問を挟んだが無視された。「それでね、結婚しても、まだ親父が元気だからってなかなか本山へ修行にいかないの。商社マンやってね、そうこうしてたら東京のグループ本社へ栄転だって喜んでいる。お寺どうするの?。って聞いたら、弟がいるだろうって。酷くない。私、結構な頻度で実家の寺に行って本堂ピカピカに掃除していたのだよ。ご両親も良い嫁だって喜んでいたのに。騙された。それで駄目になった。」。「それは災難だったね。」と前亭主に同情した。「それでね、お義父様が、雅子さんの好きなようにして良いよ、と仰(おっしゃ)ってくださったから、言葉に甘えてお義父様にお願いしてしまった。」。「まさか。」。「うん、そのまさか。でも、何のために何年も我慢したのかと思うと悔しくて。本堂で裸になって後ろからお義父様に犯してもらった。奇麗な阿弥陀如来様の前でお義父様と極楽浄土を見た。お尻を高く掲げてふしだらな嫁で申し訳ありません、突いてください。って泣いた。お義父さまの精を子宮で受けた時、なんだろう、初めて逝ったと感じたんだ。視界が狭くなったと思ったら、周りが金色一色に変わった。これは、ひょっとしたらって感じて、妊娠したら阿弥陀様の子と寺を乗っ取ってやろうかと浮かれたのだけど、私の女の勘は大したことなかったらしく、それはセーフ。アハ、この場合はアウトか。それで踏ん切りをつけた。お義母様が呼んでくださるので時間があれば元実家にも行くけど、お義父様は出ていらっしゃらない。私は別に良いのだけど。」。
 その夜は繰り返しフクを犯した。僕も踏ん切りを付ける時だった。

 荷物は転勤を繰り返す僕の方が圧倒的に少なかったので、フクが住んでいる賃貸マンションに単身パックで移動した。貸与されていた宿舎の退去届を総務課に出したら、何か問題がありましたか?、と聞かれ、いや、気分転換、ではなく真剣に考えて、と訳の分からないことを言って不審げな顔をされてしまった。フクが仕事部屋兼寝室にしている洋室以外は好きに使って良いよとは言われたが、玄関横の物置となっていた和室しか空いていなかった。家賃を半分払うと申し出たが、三村が来なければ柴犬を飼うつもりだったと断られ、光熱費の支払いを僕の口座に変え、ほぼ週末に限られたが家での二人の夕食は食材の仕入れから僕の担当にした。フクは、近所のスーパーストアの総菜が一番美味しいと言い張るので参加させなかった。平日はお互いの帰宅時間が不規則で、極力、朝は顔を合わすように努めたが、朝食以外はほぼ別々の生活を送っていた。フクが部屋にこもって没頭する時は仕事を極力邪魔しないよう気を使って、リビングとキッチンに居る時間が長い僕が自ずと水回りも含め掃除もやることとなり、フクの家は目に見えてきれいになった。フクが飲みながら仕事をするせいでアルコールの消費量が半端なく、資源ごみの回収日には業務用ごみと間違われそうな量となった。就寝はお互いの部屋ということにしていたが、フクが時間に関係なく僕の布団に入り込んで来て寝るので、なし崩し的に狭い和室は寝室を兼ね、フクが使っていた広いベッドはフクの午睡に使われる他は始終何かの資料が奇妙な配置で置かれていた。
 フクとの生活は静かに続いた。前妻と別れた後、何人かの女性とそれなりに親しくなる機会もあったが、その時に感じたのは、二人の付き合い方において僕の都合を優先した方が安心する女性と、自分の都合を優先させてもらうのを嬉しがる女性に分れるということであり、フクに関していうと間違いなく後者であった。もっとも、フクの方が圧倒的に多忙かつ拘束されており、たまのフクのフリーな時間に二人のイベントを割り当てるのは自然の流れだった。僕は出張以外全てフクのスケジュールを優先した。それでフクが僕に感謝するのかというとそうではなく、一緒に暮らしてみて分かったのは、フクはかなりの自己中心で頭脳明晰にもかかわらず視野は狭かった。スペシャリストとゼネラリストとしての職業人としての環境と育てられ方の違いだとは理解したが、フクは自分で考え方を修正し、人に気を遣うことを止めた結果だと主張していた。スペシャリストとゼネラリストが異なる意見を出した場合、表面上ゼネラリストが譲歩するのは円滑な社会のためのルールだ。ただ、フクは積極的に外出して、観光や買い物をするというのは割と億劫がるタイプで、暇があれば家でゴロゴロしたい僕は楽であった。休日の夕食時に二人で飲みながら何処どこに行ってみたいね、とする会話でほとんど行った気になり、近所にあった自然公園の散策以外に具体的な外出の計画を立てることはほとんどなかった。
 僕の懸念は二人が今の仕事を続ける以上、一緒にいられるのは今だけだということだった。フクは、その時になればなるようになるよと根拠もなく気楽にいっていたが、僕にはこの先の自分の人事がある程度見えていたので、フクよりも深刻に考えていた。僕の移動は二、三年ごとに繰り返されており、よほどの理由がない限り拒否はできなかった。よしんば強引に居座ったとしても、僕はいわゆる本省組として給与的な優遇も受けており、居座ってからの周りの白い眼に耐えられそうになかった。フクは絶対に大学を辞めることはない。仮に、仕事を辞めて主婦業をやるとか言い出したら逆に迷惑だった。今回もゼネラリストが譲歩するしかないかな、と考えていた。実は僕には当てがあった。以前ある研究機関に頼まれてデータの解析とその解説をやったことがあった。少し特殊な分野で経験的な知見がなければなかなか良い結果を紐づけられないもので、結果を渡すと担当者は出来栄えに驚いて、専任でやりませんかと冗談ぽく言ってくれた。試しに担当者に電話して、専任になったら仕事を回してくれるかと聞いたら、本気ですか?。と驚いて上と相談しますからちょっと待ってください、と言われた。しばらくして、上司と会ってもらえますか、と連絡があり、役所を辞めたら仕事を始めるという公にはできない密約を結んでしまった。そのために何度か東京に出向く必要があったが、ハイスペックのパソコンがあれば在宅でもできる作業なので、フクに追い出されない限りはこの家に居座ることが出来る目途を付け、ちょっとした騒ぎにはなったものの、僕は十数年勤めた役所を自己都合で退職した。仕事の受注契約のため会社組織にする必要があったので、一人だけの会社を立ち上げた。データ解析以外に海外調査や研究ニーズもいくつかあって、幸いなことに中期的な収入の目途も付いた。フクに、会社の代表になったよと自慢したら、僕の気も知らずに、もったいないよね、と役所を辞めたことに不満そうだった。僕はフクに没頭するための時間と場所を手に入れた。




     
  
 Ⅲ

 ものぐさなフクが唯一育てたのが朝顔だ。公園のフェンスに野生種であろう朝顔が紫一色の小さな花を咲かせていたのだが、いつの間にか枯れて種を残していた。散歩の時に茶色の丸い果皮に気付いたフクは、これを植えたら花が咲くのだよねと少し考えていたが、知ってる?と顔を上げて、朝顔の花はリトマス試験紙のように土が酸性かアルカリ性かで花の色が変わるらしいよと得意げに言った。リトマス試験紙は間違いではないがアントシアニンは花の細胞の液胞のペーハーに反応するので土のペーハーが変化しても花の色には影響しないのだが、そのことを言うとフクは不機嫌になるので黙っていた。フクは、ちょっと貰うねと朝顔に断って、何個か種を採ってホームセンターで鉢と腐葉土を買ってベランダで育て始めた。フクの朝顔は紫色の小さな花を付けた。



 フクと生活するマンションは築二十年を超えており、ひどくはないがキッチンの水漏れがあることから、管理会社に連絡して見てもらった。古いタイプなのでシンクごと替えましょうと交換作業の日が指定された。付け替え作業に半日ほど掛かると言われたが、どうせ僕は一日中家に居るのだし何時でもどうぞと伝えておいた。作業の日、フクは大学に行く日ではなかったらしく自室に籠っていた。朝の十時過ぎに業者が来て、二人掛かりでブルーシートを張り、古いシンクを撤去して新しいシンクを備えた。大がかりの作業はこれで終わったらしく、二人のうち若い作業員は引き上げ、丸山と名乗った中年の作業員が午後も残って作業を続けていた。管理会社から作業中は居て欲しいと頼まれていたこともあり、リビングのソファーに座って雑誌を片手にシンクの設置作業を見るともなしに見ていた。作業員がシンクの下に潜り込んで排水管の接続らしき作業をやっている時にフクがルームウェアの上とショーツだけの格好で部屋から出て来て、帰ったと思っていた作業員がまだ居たので驚いた様子だったが、そのまま冷蔵庫を開けオレンジジュースをコップに注いだ。フクは遅くまで仕事をしていたらしく昨夜は僕の部屋には来ていなかった。フクはコップをもったまま僕の隣に座り、両足を上げてソファーにもたれて無言で男の作業を見ていた。
 作業員の男は演歌とおぼしき鼻歌を歌いながら手元に置いた工具から何種類かのレンジを手探りで器用に取り出して、シンク下のスペースに上半身を突っ込んで作業を続けていた。暑いらしく、会社の作業着とおぼしき上着を脱いでおり、シンク下のスペースからはみ出した肥満した腹が薄いランニングシャツの中で上下していた。しばらく作業を見ていたフクは僕の肩にショートボブの頭を一度乗せた後、向き直って僕の首に腕を回してオレンジジュースの匂いが残る口を僕の耳に寄せて、「ここで裸になって良いか。」と訊ねた。フクの発情した匂いを嗅ぎ分けた。僕は、「いいよ。」と頷いた。この家はフクのための空間であり、主人のフクがどんな格好をしても誰にも文句は言われないはずだ。フクはソファーから立ち上がり、作業員を見ながらルームウェアを脱いで白い乳房と肩を出し、頭を振って跳ねた髪を戻した後、ショーツを下して全裸になった。立ったまま腰を折り、座っている僕の肩を包み込むようにしがみついて、「私、駄目かも。」と言った。フクは名前も知らない中年の作業員に自分の淫猥(いんわい)なしるしを晒すことを望んでいた。「お尻をもっと突き出して。」といったら、フクは心持ち足を広げて腰を落とし更に体の重みを僕の肩に掛けて、「私、駄目かも。」ともう一回言ってから、顔を寄せ僕の下唇をきつめに噛んだ。舌を入れてフクの歯茎を舐めて、「もう濡れているの?。」と聞いたら、フクは、「我慢できない。」と息を吐いた。作業が終わったのかフクの声が聞こえたのか作業員の男はシンクの下から既に這い出しており、何事かという顔でキッチンに立ち、フクの丸出しになった尻を後ろから見ていた。フクを悲しませないために慎重に話をしなければならなかった。ソファーに座ったまま、左手でそのままと男に合図を出して、フクの耳に小さな声で、「少し待って。」と告げて、男の目を見てゆっくりと話した。「アクシデントなんです、家内は時々歯止めがきかなくなってしまうんです。いつもは二人だけの時なのですが、今日はたまたま予定外にあなたがいらしている。」。男はフクの股間に目を移しながら返答に戸惑った様子ではあったが、少し間をおいて、「まぁ、色々な夫婦はいらっしゃるでしょうから。」と訝しそうな顔で返した。「申し訳ないとは思いますが、家内はこうなったらどうにもおさまりが付かないので、ここだけのこととして始末をお願いできないでしょうか。」と言ったら、男は僕の目を見て言葉の真偽を慎重に探った後に、「金銭の要求とかするんじゃないだろうね、面倒は嫌だよ。」と案外容易くやる気になってくれたようだった。「そんなことは決してありません、助けると思ってお願いします。」と哀願する口調で言うと、男は、「旦那さんにそこまで言われちゃな」。とソファーに近寄り、腰を下ろしてフクの股間を後ろから覗き込んだ。「絶対に言わないでくださいよ。」と管理会社の名を出した。僕が「もちろん。」と答えると、「変な夫婦もいるからな。」と一転してニヤニヤ顔を隠そうともせずにフクの股間に顔を近づけてメスの発情した匂いを嗅いだ。「好きにしていいのか。」と聞かれたので、僕に触れている方がフクも安心するだろうと考えて、「このままで。」とお願いした。作業員の男はフクの女性器に手を伸ばして、さも驚いたように、「奥さんもうたっぷり濡らしているじゃないか、こんなんじゃ遠慮することないな。」と黄色い歯を剥きだした。「奥さんとんでもない好きもんだな。」とフクの白い尻を軽く叩くと、フクは、「ヒッ。」と声を出して、小さな声で、「怖い。」と僕の首に回した腕に力を入れた。男は立ち上がって作業ズボンとブリーフを一緒に下して、だらんとした男性器を晒し、ランニングシャツと靴下だけのコントのような恰好になった。僕とフクだけの生活では臭わないすえた汗の異臭が漂った。自分で男根を何度か扱(しご)いて勃起させながら、「後で文句は言いっこなしだぜ。」と念押しした。腹が大きくせり出して、典型的な不摂生中年男であったが、男根は腹に埋没することなく、濃い陰毛から起立した亀頭部が大きかった。ひょっとしたら過去にもこうした経験があったのもしれないが、落ち着いており、委縮した様子もなかった。「ゴムはあるか。」と聞かれたが、フクが小さく首を振ったので、「そのままでお願いします。」とフクの上半身を抱き支えたまま答えた。男は勃起した男根を握って後ろからフクの女性器を何度かなぞり膣液にまぶした後で、「いけそうだな。」と呟いてゆっくりとフクに押し込んだ。フクは、「ヒッ。」と声を出して作業員の男根を受け入れ、僕にしがみついて耐えていたが、抽出が始まると溜らず、「きつい。」と声を出し、しばらくすると喘(あえ)ぎと並行して、「すごい、感じる、我慢できない。」という言葉を途切れ途切れに僕の耳元で洩らすようになった。激しく後ろから突かれると、立ったままのフクの足はガクガク震え始め、耐え切らずに腰を落とし始めた。僕もこの体勢ではフクの交配が見えない焦燥もあり、男に抽出行為を一旦中断してもらった。フクは僕の肩から手を放し、ぺたんと正座を崩した姿勢でフロアに座り込み、手を付いて呆けたように荒い呼吸を繰り返していた。フクから抜かれた男根はフクの膣液でまみれ、起立したまま中空で別の生き物のように動いていた。口での愛撫は予想してはいなかったが、奥さん、「ほれ。」と顔の前に無造作に突き出された男根をフクは躊躇なく左手で二三度扱くと、鼻息を荒くしてオスの匂いを嗅いで、膣液の付いた膨らんだ亀頭を舐め、咥えた。大きな男根はフクの口には苦しいらしく先端部しか入らなかったが、男が頭を押さえて強引に刺し込んだ。フクは何度か辛そうにえずいたが、やがてコツをつかんだらしく、中年作業員の口淫性交を受け入れていた。しばらくすると、フクの目の焦点が定まらなくなり、フクが口を犯される行為で感じているのが分かった。男は、調子づいてきたらしく髪を乱暴に掴んでフクの口に男根を突っ込みながら、「亭主のものと俺のマラとどっちが気持ちいいか。」と俗っぽいことを喚(わめ)いた。フクはたまらず涎とともに男根を吐き出して、亀頭を舐めながら、「どっちも気持ちいい。」と答えたが、その後、愛おしそうに手を添えて男の男根を口に含んだ。
 フクは服従するように上半身を床に付け、膣液で汚した女性器を後ろから晒(さら)した。男根を求めて尻を掲げると、男が分厚い手でフクの尻を叩いた。「奥さん、俺はあんたのおさまりを付けてやるためにお助けマンをやってあげているんだ。入れて欲しいならちゃんとお願いしろよ。」。陳腐ではあるが男なりに手順を踏んでいるなと考える余裕がまだこの時の僕にはあった。「欲しいです。」とフクが小さな声でいう。「何が欲しいんだ。」。フクが男性器の名称をいうと、男はもう一度フクの尻を強く叩いて、「俺の一物はお前の亭主のような生っちょろい物じゃないんだ。マラと言え、マラだ。」。フクの白い尻には男の手形が赤く浮かび上がっていた。フクはためらうように背中を丸めていたが、覚悟を決めたのか、「はい、おマラが欲しいです、大きなおマラを入れてください。」と作業員に向けて再び尻を差し出した。尻を叩かれる度にフクの意志で足は開かれ、割れた尻は男根を求めて物欲しげに左右に振られた。フクの陰唇は一度男根を受け入れた証として外陰部が半開きになり、膣口が見えていた。「まぁいいか。」と作業員の男は言い、「旦那もちゃんと見ておけよ、女の悦ばせ方教えてやるよ。」とニヤリと僕に目を向けた。固く膨らんだ亀頭は割とすんなりとフクの女性器に収まったが、奥まで入れて引くときに併せて陰唇も引っぱり出す迫力があった、腹と男根が前後に動くたびに陰唇も引っ張られるように出入りが繰り返され、フクの女性器は白い粘液を吹き、音を立てて大きな亀頭を飲み込んでいた。フクは喘ぎ声に重ねて、「すごい、大きい、逝きそう。」と歓喜の声を漏らした。男が抽出を早め、挿入する深度を変え始めると、耐え切らずに尻を落としそうになったが、大きな手がフクの尻をがっちりと掴んで逃がさなかった。暫く後ろから激しく突かれた後に、「オラッ。」と拍子を付けて男根が抜かれると、フクの女性器から、ブブッ、と膣ナラが何度か鳴った。作業員の男は声を出して笑い、平手でパシリとフクの尻を激しく打ち据えて、「お前のものは緩いんだよ。」と女性器の蔑称を叫んだ。フクは尻を痙攣させながら、しゃっくりみたいな声を出して涎を垂らしていた。「マラが満足できねぇじやないか、もう止めだ、止めだ。」と男が言うと。フクは真っ赤になって、「ごめんなさい、緩くてごめんなさい、なんでもするので大きなおマラで雅子のものを突いてください。」と女性器の蔑称を叫んだ。作業員の男は、「ほう、奥さん雅子っていうんだ。自己紹介までしてもらったらやらないわけにはいかないな。」と右手を添えてフクの女性器に再び自分のものを押し込んで小刻みに腰を振りながら、「旦那さん。」と僕を見て、「雅子みたいな緩い穴の女とやる時はこうしてやると、少しは締まりが良くなるんだぜ。」と膣液で濡れたアナルに太い人差し指を突き刺した。フクは、「ヒッ、イャ。」と喚いたが、男はかまわず指の抽出を続け、膣の中を男根で探るように突く深度を変えていたが、しばらくすると、「ほら締まってきた。」と得意そうに顔を向けた。「覚えておきなよ。」と得意気に僕に言って、「いい具合になってきたな、雅子も締まりが良くなって嬉しいだろう。」と男根を深く打ち込んだ。フクは、「あぁ、おマラ様、突いて、突いて、もっと突いて、大きなおマラ様でもっと突いてぇ。」と狂ったように叫びながら尻を突き出して激しく上下に振った。
 作業員の男は射精に向かって呼吸を荒くして抽出のピッチを上げるふうであったが、「おや。おや。」と漏らして腰の動きを緩めてから、「奥さんの子宮が俺の子種を欲しがって下りて来たぜ。」とニンマリした。男根の根元を掴んで、フクの中を回すように動かして、「雅子、分かるか。」と聞いた。フクはガクガクと頭を振って、「分かります。奥が当たる。凄い。」と媚びた。男は少し考えて僕に顔を向け、「旦那さん、奥さんのポルチオを刺激してやったことはあるかい。」と聞いてきた。女性の性感帯の一部であるというぐらいの認識はあるが、「良くは知りません。」と答えると。「俺ぐらいの一物になると締めにポルチオを責めて女を泣かせてやるのだがなかなか大変でね。でも、折角お助けマンとして奥さんに奉仕したのだから、サービスで最後まで面倒みようと思うがどうだい。」と言われても、知らないものは答えようがなかった。「危なくないものであれば。」と言うと、男は、うんうん、と頷いて、「ただね、旦那さん、奥さんこれ味わっちゃうと俺のマラから離れられなくなるよ。」と自慢げに言った。「家内が良ければ。」と言うと、「それじゃぁ決まりだ、雅子は好き者だからやって欲しいだろう。」と尻をピシリと叩くとフクは痙攣しながら、「欲しい。もっと欲しい。大きなおマラ様でもっといっぱいにしてぇ。」と作業員の男根をねだって尻を振った。
 男は男根を抜いて、フクを乱暴に仰向けにした。フクの裸体は死んだ小動物のように肢体の力が抜けてだらしなくフロアに転がった。目を閉じたまま荒い呼吸で口を半開きにし、小さな乳房と薄い陰毛を晒していた。「こうして見ると奥さん結構色っぽいね。」とねじれたフクの裸体を見て男はにやけた。「さあ、奥さん最後だからもう少し頑張ろうや。俺のマラで天国を見せてやるよ。」と言うとフクは物憂げに男に顔を向け、転がったまま両手を緩慢に伸ばして汗臭い男の体を求めた。男はフクの意図に気づき、僕をチラと見てから僕が何も言わないのを確認してフクの口に吸いついた。二人の舌が長い時間絡み合い、男の背に回したフクの腕に力が入った。男が舌を伸ばすとフクは音を立てて吸った。分厚い舌でフクの鼻の穴を舐めまわした後に、「奥さん、私は丸山と言います。」と男は律儀に名を告げた。フクが小さく頷くと、「奥さんは変態さんだね。」と優しく言って、「俺の唾液飲みたいかい。」と聞いた。フクが頷いて口を開けると口をすぼめるようにして唾液を落とし、痰を吐くように、ペッ、ペッ、と絡みつくような唾をフクの口に垂らした、フクは唾を嚥下すると、「嬉しい。」と笑みを浮かべて腕を男の首に回し、再び男の舌を求めた。
 男はフクの両足を掴んで深く折りたたみ男根を押し込んだ。根元を指で挟んで女性器の中を慎重に探るような動きをしていたが、「ここだな。」と独り言を言うと、中腰になって小刻みに奥を突くように男根を出し入れ始めた。しばらくその動きを止めずに続けていると男の広い背中から多量の汗が滴った。大変なんだよ、という言葉が本当だったのだと思っていたら、それまで控えめに喘いでいたフクに突然変化が現れ、驚いたように目を大きく開いて、「イヤーーアー。」と騒ぎ始めた。男は、「来た、来た。」と喜び、「奥さんいきますよ。」と言って、屈折されて剥き出しになった女性器の最深部に向けて太い男根を強く押し込んだ。その瞬間、仰向けのフクの体が跳ね、フクは痙攣しながら絶叫した。「体押さえて。」と男が喚き、僕は慌てて抱き着くようにフクの上半身を抑えた。痙攣は二、三秒ごとにフクを襲い、その都度目は白く反転した。男はかまわず汗を飛ばしながら、「オラオラ。」と声を出しながら大きな男根でフクの子宮を強く突いた。
「小便でるぞ。」と男が叫ぶので振り返えると、男根が引き抜かれるたびにフクは痙攣しながら尿を吹き上げていた。フクの言葉にならない叫びが延々と続いた。「どうだい。マラに満足したかい。」と男が腰の動きを小休止させた時、フクの口が酸素を求めるようにパクパクと動き僕の名を呼んだ。「大丈夫?、止めてもらおうか。」とフクに声を掛けたら、もう一度僕の名を呼んで、閉じたまぶたを痙攣させながら小さい声で「・・・が欲しい。」と言った。良く聞き取れずに聞き返すと、浅い呼吸を何度かついて、「精子が欲しい。と言った。「大き、な、おマラの、精子、が欲しい。」とかすれた声で途切れ途切れに言った。僕は今、フクの愉悦の暗い底を覗き込んでいるのかもしれない。「いいよ。」とフクの汗にまみれた額を撫ぜたら、フクは目を開いて焦点の定まらない濡れた茶色の瞳で僕を見て、「三村。ごめんね。」と呟(つぶや)いた。

 丸山が奇妙な声を出しながらフクの子宮に長い射精を行っている時には、フクは既に半狂乱の痴態を繰り返した末に失神状態にあるのか静かになっていた。「心配しなくて良いよ。俺のマラで責めた女は良くこうなるから。」と丸山は笑い、心配で腰を浮かせた僕に向かって右手をひらひらと振った。丸山は僕とフクとの会話を聞いており、中に出して良いものかどうか僕の顔を伺っていたが、僕が何も言わないとオスの本能のままにフクの奥深くに精子を放出した。射精の度に丸山の突き出た腹が動かないフクの下腹を圧迫するのは、中年男がダッチワイフにしがみついて射精している姿を連想させて滑稽だった。しばらくフクの腹の上で息を整えた後、丸山はズルリとナマコのような男根を抜いて、荒い息で、「見てください。」と失神しているフクの陰唇を親指と人差し指で開き、「精液垂れて来ないでしょう。」と自慢そうに言った。丸山のマラは本当にすごいなと感心した。僕は、「家内を悦ばせてもらってありがとうございました。」と礼を言ってから、「妊娠したらどうしましょうか。」と顔を向けた。丸山は、えっ、と僕を見て、「ご主人公認じゃないですか。」と驚いた。「ええ、でも、あなたの精子で妊娠したら、遺伝子的にはあなたの子になりますよね。」と努めて冷静に返した。「約束が違う。」と丸山が顔色を変えたが、「秘密にしますとは言いました。もちろん管理会社には何も言いません。じゃあこうしましょう。妊娠していたら出産後にDNA鑑定をやって、その結果に沿って責任について改めて話し合いを行うというのはどうでしょう。」と続けると、「ちょっとね。あんた。あんた達が無理やり誘っておいて、何勝手な事言っているんだ。それじゃあ美人局じゃないか。俺だって好きでブス年増とやった訳じゃないんだ。出るとこ出たって良いんだよ。」と丸山は唾を飛ばしながら喚(わめ)いた。出すだけ出して失礼な男だ。苦笑して、「またお願いできますか。」と言うと、「馬鹿じゃねぇか。」と喚いて丸山は自慢のマラを拭くこともなく、放り出していた作業着を拾って、「冗談じゃない。お前ら頭が狂ってるよ。」と汗まみれの体のまま逃げるように帰っていった。
「こんなところかな。」と独りごちた。多分、これで今後丸山が僕たちの前に姿を見せることはないだろうし、言い触らすリスクもゼロではないが低いだろう。フクはしばらくの間大きな男根に蹂躙された言いようのない屈辱と悦びを忘れられないだろうが、フクにとっては大学での研究が一番大事なのだから、時間の経過が処理してくれるはずだと思った。フクが望むことは何でも受け入れるつもりだ。妊娠すれば二人で育てるだけのことだ。男の子だったら丸山みたいに大きなマラかもなと乾いた笑みも出る。絶頂で尿を漏らし、体液を出し尽くして裸体を捻じり横たわるフクは美しい。僕が望んだフクとの性愛がここにあるのかもしれなかった。尿で汚れたフクの下腹を舐める。いつ射精してしまったのか、おびただしく濡れた下着の中で精液にまみれた僕の性器が再び膨らみ始めていた。丸山の精液が注がれた女性器にも吸い付いてみたいが、漏れ出したらフクが悲しむかもしれないと思うとフクが目覚めるまで待つしかなかった。
 中学生の時、秘密の場所で膝を抱えて座って隣のフクの体臭を嗅ぎながら僕は勃起していた。フクは僕が勃起していることに気付いて、僕の勃起のためにぎこちなくも体を寄せて耳元で口を開いてくれた。三村が望むことは何でもできるとフクは言う。見知らぬ男に尻を差し出し、大きな男根にひれ伏し、求めて狂ったことが僕に震えるほどの悦びを与えたことを聡明なフクは理解している。フクとの生活が静かに続くことを望んでいるが、しばらくすると僕は垣間見たフクの愉悦の底を懲りずに覗き込みたくなるだろう。多分フクは許してくれる。そして悦んでくれる。

 作業員の男は作業の後始末をしないまま帰った。管理会社に連絡せずとも代わりの誰かを寄越してくれるはずだ。

    

 Ⅳ

 フクは雰囲気に流された言葉を良く発する。深夜、書き物に開放されて気分がハイになっているフクに散歩に行こうと誘われ、断る理由もなく暗闇の道をあてもなく歩いている時にどこからか沈丁花の匂いが漂ってくる。花が何処に咲いているのか分からないのに、暗闇の中で沈丁花は匂いでその存在を示す。闇に図々しく溶け込んだ沈丁花の香りは不思議の世界に誘う道しるべのようにも思えてくる。フクは立ち止まって、沈丁花だね。と深呼吸した後、私、一番好きな花は沈丁花だなと言うが、太陽の光にまみれた昼間には別の花の名を告げることを僕は知っている。



 あの日、フクは意識が戻った後、上半身を起こして周りを見回し丸山と名乗った作業員がいないことを確認すると、「やばかったよ、マジにやばかった。交感神経緊張しまくり、血圧下りまくり。」とぼんやりした表情で呟いた。自分が失神したことをちゃんと理解していた。「おじさん帰っちゃったの?。」と僕を見て聞くので、「うん、もう来ないと思うよ。」と言うと、「あまり苛(いじ)めたら駄目だよ。」と諭すように言った。「ああいう時って、意識が飛んでいるようで目の前は真っ暗なんだけど、耳はなんとなく聞こえていた。三村とおじさんの話も半分は聞いていた。」と変な自慢をした。「別に苛めた訳ではなく、当然の警告だよ。中に出したのは事実だから少しはリスクを認識してもらわないとね。」と覚悟に反した軽い嘘をついたら、フクは、「リスクって妊娠のこと?。それは大丈夫だよ。私ピル飲んでるから。」と澄まして言った。「えっ、そうなの。」。「そうなのって、三村はいつも中に出してるじゃない。」。「それは自然に、出来たら出来たで良いかなと思っていたから。」と当たり前のことを言ったら、「ふーん。まとめて面倒見てくれるつもりだったのだ。」と意外そうな顔をした。「もっとも面倒を見てもらうのは僕の方かも知れないけど。」という本音を含めた僕の軽口には反応せずに、「私、月経困難症でさ。」と言った。「えっ?。」と聞き直したら、「若い時から生理が重くて、お腹は痛いし、痛み止めも効かないし、痛すぎて吐き気はするしで、そうなると勉強どころじゃなかったのだよね。歳とったら少しは良くなるって聞いていたから、ひたすら我慢したのだけど、いよいよ我慢出来なくなって病院に行ったら低用量ピルを処方してくれて、それが劇的に効いたんだ。平穏な日々を知ってしまうともう手放せない。だから計画的なセックス以外はまず妊娠はしないんだな。」と事も無げに言った。「でも、今日は生理だからって言うよね。」ごく素朴な質問をすると、「生殖コントロールで排卵しなくなるだけだよ。生理はあるけど私の場合は量も少なくなったし日数も短くて済むよ。」と教えてくれたが、直ぐにつまらなそうに、「三村は知らなくても良い事だよ。」と付け加えた。「余計な事したかな。」と少し自虐的に言うと、いやいや、と首を振って、「マジやばかったしね、おじさんのおちんちん。あはっ、マラって言わないと怒られるな。ホント狂暴だった。ありゃ凶器だね。普段届かない箇所を無理やりこじ開けられて、突かれて、衝撃で飛んじゃったもの。おじさんの顔みたら絶対に疼いてまた欲しくなる。でも、そればっかりになるのも困るし、体が持たないよ。それに私だけが大変な思いして三村を喜ばせるのも癪だしな。」と真顔で言った。
 普段届かない箇所にまた欲しくなる、と言うフクの顔を見たら下半身に鈍い電気が通じたような感触があって、精液にまみれた僕の性器は再び膨らみ、たまらなくなってフクの乳房に手を伸ばすと、フクは、「やりたくなったんだ。」と薄笑いを浮かべてから、「良いよ。三村も満足させてあげるよ。」とふらつきながら立ち上がった。「でも、その前にシャワーを浴びさせて、お小水洩らしちゃったし、どこそこベトベトで気持ち悪いよ。」。「シャワーは良いけど、おじさんの精子はそのままにしておいて。」と頼むと、フクは不思議そうな顔をして、「どうして?。」と聞いたが、「あ、あっ。」と妙に納得した声を出し、にんまりとして、「三村も病気かもね。」と意味深なことを呟いてバスルームに消えた。バスルームから、「流れ落ちる分には知らないからね。」とフクの声が聞こえた。濡れたままは困るなとリビングの拭き掃除をしていたら、タイミング良くか、一足遅くか呼鈴がなって、モニターに午前中に先に帰った若い作業員が立っていた。「工具を回収してこいと言われたのですが。」と神妙な顔で言うので、「良かった。丸山さんでしたっけ、何かあったらしくて慌てて帰ってしまったので管理会社に連絡しようかと思っていたんですよ。」とリビングに呼び入れると、若い作業員は、「僕も電話で指示されたので、詳しいことは分からないのですが、ご迷惑をお掛けしました。」と律儀に頭を下げて、手際よく工具類を片付けた後、「ちょっとチェックしますね。」とキッチンの水の流れを確認して、「大丈夫みたいですが使ってみて何か不具合があるようでしたら管理会社に連絡してください。」と何度も頭を下げながら帰っていった。丸山さんは散々使ったのですけどね。どうやらもう丸山からの接触はなさそうだった。
 結構長い時間バスルームを使っていたフクは、「髪も洗っちゃった。」とバスタオルを巻いて出て来て、「おじさん来たの?。」と片付けられたキッチン周りを見た。「別の人だったよ。」と言うと、「脅すからだよ。」とあくびをしながら僕を軽くなじって、「洗っていたらヌルヌルが取れなくてさぁ、結構出ちゃったかもよ。」と言って、「ここでするの?。」とさっきまでフクと丸山が痴態を繰り広げた場所を目で指した。僕は、「そうだな。」と同意してから、精液にまみれた性器を晒すのも気が引けて、「俺もシャワー浴びるわ。」とフクの返事も聞かずにバスルームに一旦逃げた。シャワーを浴びて戻るとフクはルームウェアの上だけ着てソファーの上で小さないびきをかいていた。フクの寝顔を見ながら体も精神もクタクタになるまで満足させられたのだなと思い、僕が望んだこととはいえ、大きなマラで蹂躙した丸山のオスの能力に再び打ちのめされてしまった。フクは片足をソファーから下し、半開きになった少し赤く腫れた陰唇を晒して寝ていた。僕はそっとフクの女性器に口を付けて舌を入れ、中年作業員がフクの子宮に注ぎ込んだ精子を探した。舌の先にフクの分泌液とは異なるものを感じて、その塊を吸い上げた時に僕の性器は右手の中で激しく跳ね、僕は後悔とやりきれない快感の中で再び精子を出した。その後、寝ているフクに毛布を掛けて、夕食の買い物に出かけた。

 データ解析結果の納期が迫っていたので、それからの数日は僕としては結構忙しく、自室にこもってパソコンとにらめっこの時間が続いた。アルゴリズムを調整しながら満足する結果を求めるのだが、あちらを立てればこちらがおかしくなるのは世の常である。何が最大公約かを勘で探って、これかなというアルゴリズムを固めても、その理由付けをしているうちに別の投入要素を見つけてしまい、興味もあって最初からやり直すという作業を続けているうちに、エンドレスで再生する作業用BGMが何周もしてしまっていた。ただ僕の場合、昼間は家事を生活のメインにすると決めていたので、昼は掃除や洗濯で体を動かしつつ、頭の中でロジックを仮定しながら時間を作ってパソコンに入力し、夜に出力データとにらめっこという生活だった。フクとは食事の時間に顔を合わせたり、合わせなかったりだったが、特に僕を避ける様子も変わった様子もなく、相も変わらず忙しそうで、話も含めてあの日の続きは週末に改めてだなと思っていた。
 その晩は多分夜中の二時過ぎに寝床に入って、フクが部屋に来たのも分からなかったが僕の寝具に潜り込んできたので目が覚めた。フクは自分が寝る時に僕が就寝していれば概ね二人の寝室と化した僕の寝床で寝るが、僕が仕事で起きていれば概ね自分の部屋のベットの上の荷物を寄せたスペースで寝ていた。概ねというのは、フクは気まぐれな生活リズムでその日の気分次第で僕の都合など関係ない諷(ふう)でその動きに予測がつかなかった。部屋の中は幾分明るくなっており、早朝なんだろうなとぼんやりと思って、もう少し寝ようと習慣でフクの体に手を回したらフクのすべすべした肌の感触を手のひらに感じ、遅れてフクのかすかな体臭が漂ってきた。良い匂いだなと吸い込んで手を臀部に下したらフクの滑らかな尻の曲線に指が触れた。「裸なんだ。」と呟くと、「この前は寝ちゃってごめんね。」とフクは続きのつもりのようだった。「仕事終わったんだ。」と聞くと、「終わった終わった。なかなかのものだよ。これで二、三日ゆっくりできるよ。」と嬉しそうに抱きついてきた。フクの中では、自分の研究の時間は別枠で流れているのでひと区切りがつけば、その時間が抜けて前の時間と繋がるらしい。「三村はどんな感じ?。」と聞くので、昨夜の作業の進捗を思い起こしながら、「後一歩というところかな。」と答えるとフクは関心なさそうに、「そうなんだ。」と呟いて、「出したいといってるよ。」と僕の性器を摩った。起き抜けはそんなものだよとあくびを我慢しながら思ったが、全裸になって男の布団に入ってきたレディに寝かしてくれよと拒むわけにもいかず、「出したいな。」と言うと、フクは、「今日は飲んであげるよ。」と起き上がり僕の下着を脱がして早朝の勃起具合を指で確認したあと性器を咥えた。僕はパートナーからの口の奉仕は互いの興奮を高めるための性行為のひとつとして受け止めており、あるに越したことはないが、抵抗を感じる女性もいるだろうから行為を強要したことはなかった。また、行為自体一方的過ぎて、口の粘膜の感触だけで射精感を高めるのも難しかった。丸山がフクの髪を掴んで乱暴に口を犯すのも別に粘膜の強い刺激を求めているのではなく、暴力的な行為でオスとしての支配的興奮を高めるプロセスに過ぎないことも理解していた。フクは頭を向けて四つん這いになって僕の性器を口で上下に扱いていたが、薄暗い部屋の中で背中越しに見える尻の綺麗な双丘の動きの方が僕の射精感の高まりを導いてくれそうだった。粘膜の刺激は射精を開始させる最後の引き金に過ぎなかった。フクはしばらく口による愛撫を続けていたが、僕がなかなか逝かないと見ると、一度中断して今度は舌で裏筋を舐め上げながら、「おじさんのものとは随分違うね。」と薄笑いを浮かべながら言った。「おじさんのおマラは顎が外れそうだったよ。苦しかったけど、この大きなもので貫かれるんだと思ったら夢中になってしゃぶっちゃったよ。匂いもきつくてウェッてなるのだけど、あぁ、私は今から肉体労働者の汚れたおちんぽをいただくんだと思ったら、堪らなくなっておじさんの尿と垢にまみれたおちんぽを口いっぱいにして舐めちゃった」。フクの意図したとおり僕の性器はこれ以上反れないぐらいに膨張していた。フクはおかしそうに「フフッ。」っと声を出して笑って、「逝きそうなの?。」と手で扱いた。「あぁ、逝きそうだ。」と腰を浮かせると、「駄目だよ、こんな小さなおちんぽのままじゃ。おじさんみたいに私を満足させてよ。」と言って口で咥えた。僕は被虐の暗い意識の中で堪らず声を出しながらフクの口に射精を繰り返し、フクは僕の精子を嚥下した。
 フクはもう一度性器を咥えて残った精子を吸い出すと、体を滑らすように僕の横に上がってきて、小ぶりの乳房に僕の顔を抱えてあやすように髪を優しく撫でていたが、しばらくして、「三村君満足できたかな。」とおどけた。「うん、満足したよ。」と微かに甘い体臭を嗅ぎながら答えると、フクは体を下にずらし、顔を近づけて、「私の診断だと三村ってネトラレだよね。」と興味深々の目で聞いてきた。ネトラレを性癖のひとつとしてカミングアウトする男はいても、彼氏に対してお前はネトラレだと宣告する彼女はなかなかのものだと感心する。多分丸山との一件における僕の行動を見てのことだとは思うが、傍で思うほど人の性癖は単純なものではない。「事象だけで判断すると自分の配偶者や恋人が第三者と性的関係を持つことをネトラレと言うから、この前のことを言うなら確かに僕はネトラレだな。」と言うと、「それじゃ私が単に尻軽女ってことになるじゃない。」とフクがむくれる。「そうじゃなくて、三村は私が他の男とセックスしたら興奮するのかってこと。」。気持ち良いぐらいストレートに聞いてくる。「うん、興奮はする。でも二人でセックスする時も興奮してるだろう。」と言うと、「それもそうだね。」といまひとつ納得いかないような顔をして、「じゃあ、何故私におじさんとああいうことさせたの?。」と聞いた。おいおい、お前が言うかと内心あきれたが、そこは我慢して、「それは僕がネトラレだからだろうな。」と答えると、「ほら、やっぱりネトラレじゃないか。」と何故か嬉しそうな顔をする。「広義にネトラレと言っても、何の願望を満たしたいのかという欲求で全然違うものになると思うよ。一般に言われるように嫉妬心で性欲を高める人ばかりじゃなくて、二人のマンネリ解消と言う人もいるし、自分の性的価値を再確認するために他人に抱かせる人もいるだろう。」と解説すると、「三村は嫉妬したいの?。」と聞くので、僕は首を横に振った。「性癖の理由付けは難しいけど、何が衝動になるのかを突き詰めれば、フクをもっと見たいという欲求だと思う。」と正直に言った。「セックスをするフクが好きだ。フクが性欲を晒し、性の悦びを求めてもがき始める姿に僕は堪らなく興奮する。性の愉悦にもっと貧欲なフクを見てみたい。他の男に蹂躙されたフクがどんな痴態を晒すのか。その誘惑に勝てないんだ。」と告げた。フクはしばらく黙っていたが、やさしく僕を抱いて、「三村のことが昔から好きだった。」と告げた。「私は、三村の望むことは何でもできるよ。」と言葉を続けたら、フクの茶色の黒目が急に盛り上がって涙がこぼれた。早朝の頼りない光の中で僕はフクに回した腕に少し力を込めた。
 セックスは二人で高め合うものであり、トータルな満足のためにはパートナーとの相性が重要である。射精感のみを求めるのであれば自分でコントロールできる自慰行為の方が楽だし感度も高い。射精に導くプロセスとしてパートナーの快感を導きながら、時には協力や強制を織り込んで優越や自虐の感情を高めて一体となって共に果てた時に良いセックスだったという満足感が残る。どんなに容姿が優れた女でも、感情のやり取りが機敏にできない女とのセックスは疲れるばかりだし、羞恥心ばかりを前面に出して性感への反応が薄かったりすると不満が残る。その意味において、フクは僕が何を求めているのかの察知が早く、それに十分に応えると自分が求めるものを遠慮なく要求してくれる僕にとっては相性がとても良いパートナーである。その最高のパートナーが僕の性癖の一部について理解を深めてくれたこと自体は歓迎することだろうが、僕には少し釈然としないことがあった。
 抱いた腕を解いて、滑らかな体のラインをゆっくりと撫ぜながらフクに聞いた。「あの日ね。フクは自分の部屋から出て来て、僕の隣に座っただろう。」。「あの日っておじさんに逝かされた日のこと?。」。フクは頭がスマートなので一度捉えたツボはなかなか外さない。「そう。あの時フクは何故おじさんに抱かれたいと思ったんだ。トリガーが良くわからないんだ。」。フクは、「えっ、何。トリガー?。」と不審げな顔をして聞き返し、「それは三村が頼んだからじゃない。」と想像もしていないことを平然と言った。「確かにあの時は頭がくたくたになっていて体が疼いていた。三村がセックスを誘ってくれるだろうという期待もあった。でも、リビングに行ったらおじさんがまだ作業しているじゃない。なんだ、つまらないなと三村の隣に座ってしばらくしたら、三村が、脱いでくれないかって言ったのだよ。私、驚いて聞いたよね、ここで裸になって良いのって。そしたら三村がウンと言うから。それでも躊躇(ちゅうちょ)したけど、疼いているの見透かされてるのだなと覚悟を決めて、えいって脱いじゃった。もっとも一枚脱ぐだけで丸出しだから一瞬の覚悟だったけどね。普通に着てたらとてもできなかったよ。」と笑った。「ちょっと待って。俺がフクにそんなこと言ったの?。」。「言われなきゃ脱ぐわけないよ。私は知らない男の前でほいほいと裸になれるほどの自信はないよ。」。本当に俺が言ったのか。混乱した。「覚えていないの?。」。「覚えていない。」。あの時、フクは僕の耳に口を寄せてここで裸になって良いかと確かに訊ねた。その前に、僕はフクに、脱いでくれないかと無意識に言ったのだろうか。「独り言だったのかな。」とフクが言った。「三村は良く独り言を言うからね、パソコンに向かってずっとブツブツ言ってるものね。」。「そうかな。自分では意識してないけど一人で仕事しているせいかな。」。「ううん。昔からだよ、ずっとずっと昔から。秘密の場所で私が横にいるのに、やばいなぁとか、間違ってるよ、とかボソボソ言うから、何か文句言われているのかなと思って、何?って顔見ると、考え事しているだけって良くあった。」。「不味いなぁ。ひょっとしてオッパイ吸わしてくれって言ってなかった?。」。「ははっ。それは流石になかった。言っていたらちょっぴりは吸わせてあげたとは思うよ。」とフクは声を出して笑った。
 冗談で、「俺、アスペルガーかな。」と頼りになるかどうかは分からない目の前の哲学の先生に聞いてみる。「独り言良く言うから?。」とフクは症状を確認してから、「三村をアスペルガーにしてしまうと、スピノザやカントに申し訳ない。」と変な前振りをして、「確かに失調症のケースとして現れる症状のひとつとは言われているみたいだけど、独り言ってほとんどの場合自分の精神を守る防御機制のために潜在意識が言わしているらしいよ。例えば、他人が成功を収めたときに、なんだ大したことないじゃんって独り言言ったら、それは自分を納得させるための潜在意識が言わせているのだよ。人って弱いから、負けたと思っても、それはそうだけどもって、何かで埋め合わせないと精神のバランスがとれないらしいのだよね。その事をもってアスペルガーと診断していたら、世界中の皆がアスペルガーになってしまうよ。でも三村の場合は顕在意識も割と高くて、そのまとめ作業を独り言でやっている節もあって、自閉症的な要素もこれありだね。」と楽しそうに言った。「で、結局どうなの。」と聞いたら、「私には分からないよ。三村の仕事を後世の人達が高く評価したら、三村は立派なアスペルガーだったと分類されるのじゃない。今のところ支障なく生活しているのだから問題ないんじゃないの。」と話を締めくくられた。


 後になって気付いたことだが、この日のフクと僕との会話はその後の二人の性のあり方を決める分岐点となっている。この日までは僕はフクの性に対して奔放だなとは思いこそすれ、特に他の女性と比較して特別な違和感を持つことはなかった。確かにフクは過去の義父とのセックスを何ほどのことでもないように告白したが、その告白に対しての僕の着目はフクの持つ僧侶フェチという特異な心理的傾向であり、フクの多情性や好色性ではなかった。また、中年作業員の男とのセックスも偶発的な要因で始まったものであり、そのセックスでフクが晒した痴態も作業員の巨根とパワーを目の前で見せつけられた身としては、これを受け入れる女としては仕方のない反応だろうなという納得しかなかった。フクの視点から見ると、正しいかどうかは別として、他の女と比して自分の性欲は強いと意識しており、生殖的な自分の欲求を我慢したり隠したりすることに意味があるのかと言い切るフクの性質からして、自分の性を同棲者である僕が自分の性欲をどう受け止めるのかは結構引っ掛かりのある点であったろうことは容易に想像がつく。大なり小なり有るパートナー間の性癖の違いは日々肌を合せることで相手の性嗜好を察知して歩み寄ることは可能であり、僕とフクもセックスを繰り返すことで、互いの性癖を意識した二人のセックススタイルを徐々に構築していた。ただ、セックス時にフクが僕に告げる歓喜の声とは裏腹にフクの肉体的欲求は僕とのセックスで100%満たされているのかというと決してそうではないことはフクがセックスの間に醸(かも)し出す雰囲気で僕には分かっていた。無意識ではあろうがフクは自分の性欲求のすべてを僕にさらけ出すことをためらっていたのだと思う。僕の性癖を完全に掴み切れていないという不安と僕だけには軽蔑されたくないという変なプライドが邪魔をして、フクは自分が望む性の愉悦にアプローチすることを意識的に避けていた。僕が言った、『フクをもっと見てみたい。性の愉悦にもっと貧欲なフクを見てみたい。』という言葉は本心であり、フクの更なる性欲求と性感で藻掻(もが)き悦ぶ姿が僕に最高の屈辱的興奮と勃起を与えてくれることをフクと作業員のセックスは教えてくれた。その性癖を僕のネトラレ癖だとしてフクが納得するのであればそれはそれで良かった。フクが隠し持つ性の愉悦の底にフクが心理的負担なしに到達できるために僕が存在していると意識することでフクの精神的、肉体的愉悦をパートナーとして共感できる悦びを僕にもたらし始めていた。

「三村は痴漢をしたことある?。」。フクは唐突に聞く。フクの思考が分ってくると、極度の自己中心であるフクの問いに対して、俺がそんな男に見えるかい、といった諷(ふう)な自分を飾った返答はまったくの無意味であると理解するようになる。この場合、フクの関心は”痴漢”という行為か理念であって、行為者である僕ではない。例えば僕が痴漢で逮捕された過去があったとして、この問いに対して僕が痴漢行為を懺悔(ざんげ)したとしてもフクの反応は、ヘェーかフーンぐらいのものである。「無い。」とシンブルにフクの話を促すのが正解である。
「私ね東京の大学で3か月だけ働いたことがあるの。教授同士が知り合いでね、学会前にそこの大学の助教が産休に入ったらしくて、3か月間のレンタルということで雑用やらされたんだ。」。「それは知らなったな、何時(いつ)頃の話?。」と聞くと、「酷い話なのよ。」と執念深い気質をちらりと見せて、「結婚してすぐだったから5年ぐらい前だね。」と続けた。新婚早々の話であり、自分のケースも思い起こして、「そりゃ酷いな。」と慮(おもんばか)ると、「でしょう。雑用やらせるためのレンタルって何なんだよ。」とフクの腹立ちのポイントは常人とはズレていた。「来てもらうのに宿舎も用意していないのだよ。そちらの大学に席があるので厚生関係はそちらの大学でご相談くださいって慇懃(いんぎん)に言われてさ、仕方ないからうちの大学に相談したら、宿舎費は払っているので二重払いは出来ませんとけんもほろろよ。教授に泣きつく訳にもいかずマンスリーマンション自腹で借りたのだよ。酷いと思わない。」。確かに酷い話だとは思ったが、「というか、ご主人は何も言わなかったの?。新婚だったのだろう。」と聞くと、「あいつ家に帰ってこなかったもの。商社系列の子会社ってブラックの見本だって言っていた。良く知らないけど個人事業主のコンサルやってるようなもので仕事が上手くいくほど業務が集中して忙しいって自慢していたよ。相談したら、『はい。はい。何かあったらメールして。』って上の空だったな。」。似たもの夫婦であったらしい。「それで都内だと高いから埼玉の戸田に極狭のマンションを借りて新宿まで通勤したの。田舎者には信じられない混雑とパーソナルスペースだった。」。戸田と新宿だと悪名高い埼京線である。痴漢の話だったなと思いやって、「埼京線最悪だっただろう。」と聞くと、「そうなんだよ。遅延ばっかりでさ、ルート案内だと23分なのにいつ着くのだよってくらいトロトロ走っていた。」。フクの中では痴漢よりも電車が時間どおり動いてくれなかった方が問題だったらしい、もっとも僕の通勤経路も田園都市線だったので前詰まりによるノロノロ運転へのイラつきは理解できるが、この時間帯の電車はそういうものだと認識してしまうと、山に籠(こも)らずとも無念無想の精神修業が都会でできる利点はある。「でさぁ、埼京線は痴漢が多いと聞いていたから、極力地味な服で目立たないように通勤したのだけど初日からやられたよ。」。フクはやっと本題に入ってくれた。「凄い混雑で人がすし詰めだから隣の人との接触は避けられないのだよね。そうなると他人の鞄や手が体に触れるのは避けられないでしょう。お互い様な部分もあるから我慢するのだけど、困るのは明らかにお尻に手が触れている時で、これ不可抗力なのか痴漢行為なのか判断できないのよ。間違えて『痴漢です。』なんて叫んだ日にはお互い社会的にアウトになる訳でしょう」。お互いかどうかは分からないが言われた男は身の破滅であることは間違いないだろう。満員電車では隣に若い女性がいる場合はなるべく後ろを向く、空いている手はつり革か握り棒を掴むことが肝要で、どんなに混んでいてもそれぐらいのことはできるのである。それをやらない男は痴漢呼ばわりされても言い訳はできない。ただフクが勘違いしているなと思ったのは、僕が痴漢をやるとすれば地味な服装の女性を狙う。一概には言えないだろうが、露出の多い奇抜な格好の女性はそれだけ自己主張が強く騒がれるリスクが高いような気がする。なるべく地味で大人しめの抵抗しなさそうな女性を狙うのが痴漢の鉄則ではなかろうか。「最初は押される感じでね、手が当たっていることは分かるのだけど、仕方ないのかなと思っていたら、手がモソモソ動き始めてね、こりゃ痴漢だと気付くの。でも、痴漢って普通女子高生とかを狙うのだって思い込んでいたからね、何故私なんだろうと不思議だったよ。」。「歳の行った女子高生と思われたんじゃないの。」と軽口を叩いたら、「真面目に聞けよ。」と蹴られた。「で、どうしたの。」。「どうもしないよ。田舎から出て来た早々に警察だ何だと面倒に巻き込まれたくはないし、お尻触られたぐらいで騒ぐ歳でもないしね。それに駅に着いて乗客が動くとスッといなくなるんだ。」。痴漢をやって性的に興奮するのかと言えば決してそうではないという話は聞いたことがある。わいせつ行為を目的とする鬼畜のような痴漢は別として、多くはストレス解消というかスリルを伴うゲーム感覚で痴漢行為を始め、一度上手く行くとその成功体験から痴漢行為が常習化してしまい犯罪だと認識していても止められなくなるのだと言う。ただ僕のような小心者には目の前に魅惑のお尻があったとしても、検挙された時の人生の破滅のリスクを考えるととてもではないが手を伸ばす気にはならない。「それから結構頻繁だったね。続くと何だかね、もういいや好きにすれば、みたいな感じにもなるのだけど、不思議と体調が悪い日は触ってこないの、ちゃんと見て気遣ってくれているのだなと感謝したよ。」。照れ隠しなのかフクは笑った。「同じ痴漢だったのかな。」と聞くと、「それは分からないな。後ろから触るからね、触り方の手順が違ったりするので決まった一人ではないとは感じたのだけど。顔を確認するには体を捻る必要があるし、顔を合わせるとお互いにリスク高いしね。」と不可思議な事を言う。「リスクって、一応被害者なんだから。」と嗜(たしな)めると、フクは真剣な顔を向けて、「あのね、痴漢にあっていた時に私が願っていたのは、やるのであれば上手くやれよ、絶対にバレるなよということなの。何が嫌だって言うと、正義感溢れる青年か何者かが、『おい、やめろよ。』なんて大騒ぎして痴漢を捕まえて、車内中大騒ぎになって、『大丈夫でしたか』なんてドヤ顔でヒーロー気取りされて、周りの女子高生達から『何もあんなおばさんに痴漢しなくても』とヒソヒソ笑われて、おばさん達は『何をされていたのかしら』と興味深々丸出しだよ。駅に着いたら着いたで警察が出て来てさ、クソ忙しいのに足止めされて、状況を聴取されて、『被害届を出してもらえますか』って下手すりゃ裁判の証人だよ。挙句の果てに女性何とかというNPOが出て来て、心の傷は一生消えないとご親切に決めつけて、PTSDだなんだと言ってカウンセリングを受けさせられるんだ。来たくもない東京に来させられて、何故私が馬鹿どもの見世物や飯の種にならなきゃいけないの。私の尻ひとつで何を大騒ぎするのだって話。」。フクのロジックどおりのシナリオかどうかは別として、ある意味真実だなと感心させられた。痴漢被害者は真っ当な被害者としての役回りを求められるのだ。フクは他人を当てにしない、自分の問題は自分で処理するのだと決めている。良いも悪いも結果をすべて自分で引き受けると決めているのだから周りの他人がどうこう言ってくることは面倒かつ迷惑な話だろう。ただ、その理屈を痴漢被害にまで順ずるとは恐れ入ったの一言である。「男前だねぇ。」と感心すると、「私は女だよ。」と真面目な顔で返された。
「その日はね、酷い混雑で、いつもは後ろから押されながらもなんとかつり革にしがみ付くのだけど勢いで奥まで人波に持っていかれてね、新宿で一気に乗客が降りるから奥だろうと降りられないことはないのだけど、車両連結通路に近い壁に押し付けられる格好になったので、こりゃ痴漢してくださいと言っているようなものだなと覚悟していたら、案の定手が伸びて来てね、痴漢も場所が良いと思ったのだろうね、遠慮なくスカートの中に手を入れて来たんだ。それまでも下着を直接というのはあったから驚きはしなかったのだけど、抵抗しないから舐められたのかな、指で股間を触ろうとしてくるんだ。ただ、痴漢も人に押される状態だったのだろうね。分かるかな、痴漢の位置がね、私の真後ろでなく斜め後ろになってしまって指が上手く股間に届かないの。精一杯その場に止まろうとして、一生懸命なのは動きで分かって、この人手首痛くないのかな、そこまでして私に触りたいのかなと何だか不憫(ふびん)に思えてきてね、仕方ないなと思って体を少し横にずらして、前に動いて足も開いてあげたの。」。「奇特な人だね。」と呆れると、「変な動きすると周りにバレるじゃないか。それくらいの気は使ってやれよとちょっとムッとしてね。」。これでは完全に共犯者である。「気遣ってやった結果、痴漢が私を後ろから囲うような格好になってね、やれやれこれで一安心だと思ったら図々しくもパンティの中にまで手を入れてきたの。これには参った。」。「そりゃ、そこまで協力したらOKですよと言っているようなものだろう。」と呆れて言うと、「衣服の上からだったら気にもしないけど、いきなり直接はさすがにね。それなりの手順もあるだろうという話。」。フクは不思議な感性を持っている。そして物事の善悪を社会常識に囚われず自分の感性で判断する。痴漢という社会的に最も卑劣と言われる行為であっても、フク自身が特に卑劣と思わなければスルーできる行為らしい。「性行為とみなされて君も公然わいせつで検挙されても仕方ないかもな。」と茶化すと、「別に触ってくださいと私がお願いしたわけではないよ。恐怖で体が竦(すく)んで、頭が真っ白になって何も抵抗できませんでしたってテンプレートを女は皆言うのだよ。頭の中のことまでは誰にも分からないからね。」。フクは同性に対してどこまでも辛辣(しんらつ)だ。「でも指の動きは意外と繊細でね、がっついていないんだ。指先でクリトリスを探るって感じで中に入れて来ないの。しばらく触(さわ)られていたら、やばいなって思い始めてね。」。「やばいって、性的快感を覚えたということかい。」と聞くと、「性器を触られているのだから気持ち良くなるのは仕方ないことなのだけど、やばいのは自分が痴漢に対して欲情し始めたことでね、無意識に体を前に倒してお尻を突きだしている自分を認識した時は愕然(がくぜん)としたよ。情けないけど膣の中に指を入れて欲しかった。私はセックスをしたくて仕方なかったんだ。そして私の気持ちを理解しているのは後ろから性器を弄(いじ)って、溢れる膣液を指先で確認している名前も顔も知らない痴漢だけなの。」。フクの話は先日の丸山と名乗った作業員とのセックスと密接に関連しており、私はこんな女なのだと堂々と僕に告げているのであった。フクは取り繕ったりごまかしたりすることを極端に嫌う性質(たち)であり、そのルールを自らにも課している。自分をごまかすことで生まれる心理的負荷の方を避けるべきリスクと位置付けているため、普通の女性が羞恥でごまかす性的な事象や欲望もあっけらかんと晒(さら)してくる。このフクの性質をどう受け止めるかは共に暮らす僕の問題であった。「新宿に着く間際になって痴漢がパンティから手を抜く瞬間に私は左手で痴漢の手を押さえたの、上手く手首が掴めて、最初痴漢は私の手を解こうともがいたのだけど、電車の中では変に騒げないだろうし、私も何も言わないから諦めたみたいで私が引っ張る感じで新宿で降りたんだ。」。「危ない事するなぁ。」。「うーん。痴漢から感じる圧がね、暴力的な感じでなかったのもあるのだろうけど、私としても無意識というか、思わず掴んじゃったみたいな。」。そのシーンを思い出したのか、フクは目を丸くして、「あのね、お爺ちゃんだったの。お爺ちゃんと言うほどお爺ちゃんじゃないのだけど、やっぱりお爺ちゃんだった。」と奇妙な表現を使ったが、何とはなしにその痴漢の風貌が想像できた。「分るよ。」と言うと、フクは手を叩いて、「ね、分かるよね、良かったぁ。」と安堵した様子であった。どうもフクの思考の肝が掴(つか)めない。「人の流れが切れるまで私とお爺ちゃんはホームに立っていた。手首を握っているから傍から見たらお年寄りと介護士だよ。私が黙っていたら、お爺ちゃんが、『駅長室行くのか。』ってオドオドしながら聞いてくるのだよね、私が首を横に振ったら、ホッとした顔をして、『本当に悪かったよ。お姉さんが別嬪だからつい手が伸びちまった。もうやらないから勘弁して欲しい。』って狡そうな顔をするのだよね。私が何と言うか待っている諷なので、『ホテル行きますか。』って聞いたの、お爺ちゃん絶句していたよ。何かの罠かと警戒されたのかな、『でも仕事があるんじゃないのかい。』って私の性器を散々弄(まさぐ)ったくせに腰が引けているの。掴んでいた手を放して、『分かるでしょう。』って言ったら、少し考えてから、『分かった。』って頷いて、『でも、俺も歳だからお姉さんを満足させられるかどうか。起たなかったら勘弁して欲しい。』ですって。笑っちゃった。男って起たなくても痴漢はするのだね、理解できないよ。」。「体の機能は衰えても性欲は死ぬまであるということだろう。」と男の性(さが)を教えると、「なるほどねぇ。」とフクは納得したが、男の性欲については個人差が大きい、僕の友人でもこの歳でまったく性行為に関心を無くした者もいれば、妻帯者のくせにいまだに風俗通いをしている強者もいる。その話をフクにすると、「精子を作る能力の違いじゃないの。三村のおちんちんは一応機能しているみたいだから、それなりの能力はあるということだよ。」と微妙な評価をしてくるが、男の性欲は外部要因の影響が大きく、パートナーが果たす役割が大きいのではないかとフクと暮らす今の僕は思っている。
「それでどうだったの。お爺ちゃんはちゃんとできたの?。」と聞くと、「できたよ。」とフクは何故か自慢気に言った。「できたし、ちゃんと満足させてくれた。」。「それは、それは。」と少し呆れると、「裸になるとしばらくの間撫でまわされたり、臭い嗅がれたり、舐められたりとうんざりさせられたのだけど、『長い事若い女の肌に触れてないし、この先こんなことはもうないから』と言われるとね、同情しちゃって、『そうなんだ。良いよ、好きなだけやりなよ』となんだか良い事をしている気分になってね。でも、おちんちんはフニャフニャでなかなか元気にならないから口でもやってあげたのだけど、それでも駄目なの、ちょっとムカついてね、ジジイいい加減にしろよって感じで、駄目ならせめて気持ち良くさせろって顔の上に座って窒息するぐらい股間を押し付けて動いてやったら、苦しそうな声を出すくせに、おちんちんがピンコ立ちになってね、慌てて、『お爺ちゃん、起ったよ、起ったよ』って教えてあげたら、お爺ちゃんが野生動物みたいに荒々しく変身しちゃってさ、本当にウォーって吠えながら私を突き飛ばして犯して来たの。吃驚したのだけど、私も自分が起こした奇跡に感動しちゃってね、その分気持ちも高まったみたいでちゃんとお爺ちゃんと一緒に逝くことができたよ。」。奇跡の尺度に問題があり、二人の感動秘話の割には他人が感動する話ではなさそうだった。「お爺ちゃん、泣いちゃってさ、『ありがとう、ありがとう』って、もう死んでも良いみたいなことも言うからさ、私もウルッときて、『もう痴漢は駄目だよ。我慢できなくなったら私が面倒見るから』って諭すと、ウン、ウンって頷いて、『もう絶対しない』って約束してくれたの。」。実はこの時点でこの話の落ちに大体予想が付いていた。「痴漢行為って再犯時の法定刑が一気に重くなる犯罪なんだ、つまり麻薬と同じで止めたくても止められない常習性が顕著な犯罪なのだよね。」と講釈を垂れると、思った通り、フクは嫌な顔をして、「三村って本当に斜めからしか物事を見ないよね。」と言ってから、「悔しいけどおしゃる通りでね。その日からきっちり一週間後だよ。新宿のホームで何か人が群れているなと思ったらその爺さんがサラリーマン数人に囲まれて小突かれているの。その横にはキャリアウーマン風の女がなんとも言えない顔で腕組みして立っていたのだけど、それがね、また肉感的な女なのだよね。それが爺さんを見た最後だったよ。」。フクも最後は我慢できずに笑い声になっていた。フクは僕に自分はこういう女だと告げた。これからどうするのか三村が決めろよと言われている気分だった。僕に迷いなどあるはずはなかった。「最高の気分だよ。」。僕は不安そうなフクの目を見て笑った。







    
  
 Ⅴ

 フクが一輪の向日葵を買ってきて、珍しいことだなと思っていたら、ヌード写真を撮って欲しいと頼まれた。女として全てに自信がないと言い切るフクらしからぬ頼みに、へぇーっと驚いて、どうしたの?と聞くと、体の変化の記録として残しているもので人様に見せるものではないと言って、これまではセルフで撮っていたのだけど三村ならどう撮るのか興味もあるしと付け加えた。断る理由もないので、向日葵と撮れば良いのかと確認したら、頷いて、ポーズは任せると言われたので、向日葵を股間に挟んでもらって花とフクの裸体を立ち姿で正面から撮った。不機嫌そうな顔をした裸のフクの股間に黄色い向日葵の大輪が咲いていた。出来栄えを確認してもらうと、三村のセンスはこんなものだろうねとまんざらでもなさそうだった。過去の写真を見せてくれないかと頼むと、それは絶対に駄目だと予想した言葉が返って来た。



 フクが元義父の訪問の予定を告げたのは、僕にとっては久し振りだが、フクは数日振りのセックスの後であった。性交中のフクは、「もの足りないな。もっと大きくないと逝かないかも。」と僕のマゾヒズムを刺激することも心得ており、中年作業員の大きなマラを懇願したセックスと重ね合わせながらも、一方で僕の献身的な行為をしつこく求めるフクの情欲と安堵が混じる不思議な感覚の中での射精であった。フクは中に納まったままの僕に、「あのね、××日にお義父(とう)様がいらっしゃるのだけど。」と突然言った。「えっ?。」とフクから離れて、「お義父さんってあのお坊さん?。」と聞くと、「そう、あのお坊さん。」と言ってから、「あ、垂れて来た、二回目なのに多いな。」とティッシュを抜いた。「何か用事があるの。」と訊ねると、「この近くに古い檀家さんがあって、法事の法要のついでに私の様子をみたいとおっしゃって連絡があったの。」。「それじゃぁ、その時間は俺は家に居ない方が良いのだね。」と確認すると、フクは首を振って、「違うの、居て欲しいの。」と言った。「近況を尋ねられたから、気楽に来られるのも困るなと思って、今、男の人と暮らしています。と律儀に伝えたら、是非その方にもお会いしたいって。」。「へっ、俺と。まさかお義父さんが嫉妬してという話じゃないよね。」。「違うとは思うけど、似たような話かもしれない。」とフクは僕から心持ち目を外した。「別にお義父さんの愛人やっていたわけでもないのだろう。」。「うん。お義父様から精を頂いたのは一度だけかな。お義父様もそうした事がある前は普通に嫁として扱ってくれていたし。多分ね、お義父様なりの私への心配事についてのことだと思うの。」。「心配事って?」と聞くと、フクは少し躊躇してから、「それはお義父様から直接聞くほうが良いと思う。」と言った。フクらしからぬ歯切れの悪さに釈然とはしなかったが、そう言えば、フクから義父との寺の本堂での性交の話を聞いたことが、フクの歪んだ性に僕の性癖を重ねてフクにのめり込む切っ掛けにもなっていた。話したくない過去は無理には聞かないが、フクも今の僕に伝えたい何かがあるのかもしれないなと思った。「良いよ。お会いしよう。ただ、その日は午前中約束があるんだ。午後ならいつでも良いので時間を決めてもらってくれないか。」と頼むと、フクは浮かない表情を一時(いっとき)見せて、「そうだね、ありがとう。」と言った。
 その日は仕事の依頼元から、僕が受託している解析作業について、ある教育関連会社に説明をして欲しいという依頼があり、会社の始業時に合わせて訪問し若い担当者に説明を行った。特別に手当てが出るものでもなく、さっぱり理解できなかっただろう担当者に証拠となる資料を渡し、早めの昼食を外で済ませて約束の時間に合わせて帰宅した。何か茶菓子でも買って帰るべきかと迷ったが、法事を頼んだ訳でもないしなと気を遣うのはやめた。雨のない日が続いており、季節の割には気温が高かったが麻のシャツを濡らす汗は、かってフクが自ら尻を差し出した元義父に会う緊張感からくるものかもしれなかった。マンションの下に見知らぬ軽自動車が止められていたので、もう来ているのだと覚悟を決めて玄関ドアを開くと高価そうな草履がきちんと並べられていた。洗面を済ませてリビングに直行すると元義父は法衣を着て、ご丁寧に袈裟(けさ)を掛けたまま座ってダイニングテーブルでフクとお茶を飲んでいた。互いに名乗って、「法事の戻りでして、このような格好で失礼します。」という元義父の言葉に、「どうぞお楽になさってください。」と答えると、もう僕からは何も言うこともなく、しばしの沈黙の後、では、「ごゆっくり。」と席を離れる素振りを見せると、元義父は、「三村さん。」と声を掛け、「お忙しいところ恐縮ですが、少しばかり話をさせてもらっても宜しいでしょうか。」と聞いてきた。もったいぶった態度はあまり気持ちの良いものではなかったが、どうやら怒鳴り込んできた訳でもなさそうなので、「はい、何か。」と僕も元義父と対峙する形で椅子に戻った。もっと血色の良い、太ったギラギラした坊さんを想像していたが、目の前に座るフクの元義父はどちらかいうと小柄で上品な初老の男であった。
「この度はご無理を申し上げて。」ともう一度禿頭(とくとう)を下げた後、元義父は、「本来であれば私共が嫁の行く末を気遣ってやらねばならないところ、三村さんとご縁があったということを聞き大変安堵しております。」と硬い表情で話を切り出した。フクが横から、「お義父様。どうぞいつものように雅子と呼んでください。」と口を挟むと、「いや。」と戸惑う素振りを僕に見せて、「嫁と舅として気安く付き合わせていただいておりました。」と付け加えた。「そのお姿ですので、私はご住職と呼ばせていただいてよろしいですか。」と僕が言うと、「はい、坊さんでも坊主でもどうぞ呼びやすいようにお呼びください。」と表情を崩し少し緊張を解いたようだった。「実は、雅子から三村さんとは隠し事のない仲であり、その、なんと言いますか、身共(みとも)とのことも話をしたということで・・。」とその先が言い辛らそうだったので、話を引き取るつもりで、「はい。伺ってはいますが、彼女も私もこれまでそれぞれの人生を過ごしてきた訳ですし、私と出会う前の話はご子息との婚姻も含めて特に気にはしておりませんのでどうぞご安心ください。」と言うと、住職は少し躊躇してから、「いえ、是非気にかけていただきたいのです。」と僕の目を見据えた。
「雅子は可愛い嫁でした。出来の悪い息子の嫁によくぞ来てくれたものだと家内といつも話をしておりました。今どきの娘さんはなかなか亭主の実家なぞに顔を見せないものだと覚悟をしておりましたが、雅子は一人でも良く家に来てくれまして、クルクルと私どもや寺の世話を焼いてくれておりました。檀,家の皆さんからも若奥さんと呼ばれ、寺の家族のひとりとして常に笑顔で接してくれまして、本当に有難いことだと思っておりました。」。ほぅ。と思ってフクを横目で見たら、僕の視線に気付いたフクは慌てて視線を落とした。「ただ、雅子は大学の先生と言う立派な仕事をしており、不出来な息子とは遅かれ早かれ釣り合いが取れなくなるのではないかと親として危惧しておりました。雅子には本当に申し訳ないことをしたと思っております。」と神妙に顔を伏せているフクに視線を止めた。住職はそこで話を止めてしまったので、僕は先を促すために、「はい。」と相槌を打つしかなかった。何を言いたいのだろうと思っていたら、「三村さんは、人の五欲というものをご存じでしょうか。」と住職は法衣を改めて問うてきた。いきなりの質問で戸惑ったが、「えぇ、確か、食欲、性欲、睡欲、それと、名欲、利欲だと思います。」と答えると、「そう、財、色、名、食、睡への欲望を仏の道では煩悩と呼んでおります。まぁ、人として生まれた故に背負わねばいけない苦しみでして、こうした煩悩を前にして、仏の道に使える者は、五戒としてこれらを戒めております。もちろん、煩悩があるからこその人であり、人から煩悩をとったらそれこそ何も残らなくなってしまうのですが、あまりに煩悩のままであると邪鬼となってその人、家族、周りの人々を業相(ごうそう)と呼ばれる苦しみ続ける地獄に落としてしまいます。先ほど、雅子のことを可愛い嫁と申しましたが、雅子の心と体はいつからか邪淫(じゃいん)、つまり色欲に犯されておりました。戒めのための修業を繰り返した身共にとって、面相を見ればその女子(おなご)が色欲にまみれた心かどうかはすぐに分かります。ただ、雅子は頭の良い女子であり、自らもそのことを理解しているようで、ある日、私に救いを求めてまいりました。」と多分予め考えて来たであろうことを淀みなく言った。
 住職はすでに冷めているだろうお茶を吹いてから、がぶりと一口飲むと、「教義では色欲などの煩悩は、苦しみの原因と教えられているのですが、お釈迦様は、苦しみの根本原因は、煩悩ではなく別にあると説かれています。」と続けた。「苦しみの根本原因をなくせば、煩悩あるがままで煩悩がそのまま喜びの元となる。絶対の幸福の身になれるのです。一方、仏道の修行には、ほどこしというものがあります。ほどほどを越えてしまった欲は、他人にほどこして、利他することで逆に自分の心が救われるようになるということです。雅子の苦しみの訴えを聞きまして、煩悩は苦しむことではなく、そのまま受け止めても良いのだよ、と説きましたら、雅子は涙を流しまして、私の苦しみの根本は美しい如来様とお義父さまにあります。お義父さまの話が本当であるのなら私の煩悩が喜びとなるようお救いくださいと着ているものを脱ぎました。当たり前のことですが、息子と別離するとはいえ、これまで嫁として接してきた女子とそのようなことを行えば、私こそが不邪淫の戒めを犯すこととなります。とんでもないことだ。と固辞しますと、雅子は、この時にお義父さまに見捨てられたら私は死ぬしかありません、とまさしく邪鬼となって泣き叫びます。奇妙なもので、一旦覚悟を決めてしまいますと、お釈迦様は苦行を経て禁欲は覚りに関係ないことを体得されたものだという言い訳が思い浮かび、雅子の色欲を足るべく導いてあげるのも私の仏の道ではないのかと、今思うとまことに自分勝手な理屈で、不邪淫(ふじゃいん)戒(かい)を破ってしまったのです。」
 住職の言い訳じみた話を前にして、このことを破戒と呼ぶのだなと納得したが、仏の道に帰依した者でない僕が聞いても仕方のない話であった。それに、フクが住職に体を差し出したのは、僧侶へのフェティシズムと、フクは言わないが、多分この上品な義父への愛憎が複雑に募ったものであろうと考えていた。仏の道では罪かも知れないが、そのことを俗世間に居る僕に対して気に掛けろというこの僧侶の真意が分からなかった。「ご住職。」と話を遮って、「言い辛いお話痛み入ります。お苦しみは理解します。ただ、先ほども申しましたが終わった話であり、本当に気にしていませんのでどうかご放念ください。」と言うと、住職は、「終わった話ではないのです。」と上気した顔で訴えた。なんだ、フクと義父の関係は続いていたのかと思って、フクを見ると、フクも僕の視線の意味を察したみたいで首を横に振ってから元義父に縋るような目を向けた。「私はただただ雅子が色欲の苦しみから逃れられればと願っていたのですが、雅子はその日以来、二人になると私に己の観音を晒すようになりました。そして邪淫を鎮めて欲しいと股を開いて願うのです。私とて男であり、雅子のように愛らしい邪鬼を前に心を乱してしまい、なんとかしてやれないものかと思案しました。」
 面白くなってきた。
「三村さんは密教のことをご存じでしょうか。」と聞くので、「言葉としては知っていますがどういうものかはまったく知りません。」と正直に言うと、住職は頷いて、「密教とは、衆生救済のために説いた教えと異なり、大日如来が説いた言うなれば秘密の教えであり、仏道修行を求める者への教えとご理解ください。」と解説した後、「私は若い頃煩悩を払えない自分にほとほと愛想が尽きまして、藁をもすがる気持ちで密教の勉強にのめり込みました。それこそ邪教と呼ばれるものにまで手を出したのですが、その中に、文殊滅淫慾我慢陀羅尼(だらに)という色欲を断つ真言陀羅尼があったことを思い出しまして、垢離(こり)を行ったうえで雅子の観音を前にして一心に真言を唱えたのです。この呪術を執行いましたところ、幸いにも雅子の言動に落ち着きが見られるようになり、やがて私の元を離れていきました。ただ、雅子の邪淫は一度は業相まで落ちたものであり、その後どうなったものかと心配になりまして、こうして恥を忍んでお伺いした訳です。一度は縁あって親子となった元義父(ちち)の気持ちとご理解いただけたらと思っております。三村さんとの生活が健やかなものとなっているのであれば、もう私ごときが何も言うことはございません。」と合掌をした。元義父の話の最中フクは顔を伏せたままであった。
 面白いなと思った。なんということはない、どういう形かなのかは分からないがフクと元義父は愛欲にまみれているのである。語った出来事は事実に沿ったものかもしれないが元義父の話は嘘である。ただ、騙す嘘ではなく、嘘ですよと手の内を晒して嫁を試しただけであり、フクも嘘と理解して騙されていませんよと元義父に嘘を付いている話である。そしてこの狡猾な坊主は目の前の僕が自分の嘘に気付いていることも理解して、しゃあしゃあと小難しい理屈を並べている。ただ、僕が面白いと思ったのは目の前の茶番ではなく、嘘の中に面倒でも真実を作らなければ立っていけない人の不思議さである。人はパワースポットなる場所を訪れて力を得たみたいなことを言うが、誰もその土地に行ってパワーが得られるなど本気で思っていない。ただ全否定するならば誰もそんな辺鄙(へんぴ)な場所には行かないのである。信じてはいないが、人知を超えた何物かのパワーに頼りたいから行くのであって、人は誰しも嘘の中にそれなりの真実を創造したいのである。
 さて、と僕は返す言葉に迷った。お気遣いありがとうございます。幸いにも仲良くやらせてもらっていますと言えば、この生臭坊主はすごすごと帰るしかないのだろうが、フクがわざわざ義父と僕を会わせたということはフクなりの覚悟と何らかの期待があるのだろう。フクを失望させないためにこの茶番から僕だけが降りるわけにはいかなかった。しばしの沈黙の後、「ご住職。」と切り出し、「雅子さんのことを良く知るご住職だからこその打ち明け話として聞いていただきたいのですが。」と続けた。住職の顔に期待が浮かんだ。「実は、先日、彼女は家に来た見知らぬ作業員の男と関係を持ちました。」。住職は、「ほぅ。」と唸った。「ただ、、彼女が望んだのではなく、私の性癖と言いますか、結果として私が無理強いした行為です。それでも彼女は依然として色欲に犯されているということになるのでしょうか。」。僕は二人の意図するまま茶番劇の大根役者になり下がったが、僕の出番はここまでである。まさかこの坊主が、僕の色欲を払いたいとは言うまい。住職は暗うつな表情を作り、血圧が上がったのか顔を赤らめたが、間を置いて、世間話でもするように、「時が少し経ちましたからな、折角の機会ですので真言陀羅尼を唱えさせてもらいましょう。雅子、宜しいか。」とフクに告げた。フクは視線を落としたまま、「はい。お願いします。」と小さな声で答え、社会的にはタブーに属するであろう二人の性愛劇は幕を上げた。
 フクが、「準備してまいります。」と椅子を立つと、住職が「必要なものは佛(ぶっ)鞄(ほう)に入っているから座布団と浄水だけ持ってきておくれ。」とフクの背中に声を掛けた。なんだ、坊さん、最初からやる気満々じゃないかと可笑しくなったが、顔に出さないよう我慢して、「ご住職、私は席を外していた方が良いでしょうか。」と確認すると、住職は考える振りをしてから、「居て下さって結構ですが、秘儀になりますので撮影などはご遠慮いただければ。」と言った後、「三村さん。」と改めて僕を見て、「お釈迦さまは心口各異言念無実と人間の姿を説いています。思うところもおありでしょうが陀羅尼は霊験を引き出す呪文です。途中何が起きましても驚かれぬようお願いします。」と付け加えた。僕が帰宅する前にフクとどんな話をしていたのか知る由もないが、なかなかに喰えない坊主だ。
 住職は持参した白布を座布団の前に敷き、これも持参した香炉の上で炭に火を付け、小さく刻んだ香木を炊いた。一筋の煙が立ち、香の種類は分からないが寺で良く嗅ぐ甘酸っぱい匂いが部屋に広がった。火立てを対で2つ置き、大きめのろうそくに火を付けるとフクはリビングのドアを閉めた。香の匂いが一気に部屋にこもった。カーテンを引くと外の明かりは隙間から漏れてくるものの、ろうそくの薄い明かりに支配された呪術を行うに相応しい空間が出来上がったようだった。住職が、「では始めますかな。」と誰に言うともなく切り出すと、フクは住職に対峙して正座し、深々と住職に頭を下げた。水色のワンピースを着て手を合わせたフクの姿はろうそくの灯の向こうで揺らめいて見えた。住職は懐から数珠を出すと経を読み始めた。僕も神妙に聞いていたが、しばらくしてこれは寺で良く聞く阿弥陀経ではないかと気が付いた。呪術に至るにはそれなりのプロセスが必要なようだった。住職が金剛鈴を鳴らして経を終えると合掌し、布の上に置いた仏具の配置を直しながら、「雅子。」と名を呼んだ。いよいよ始まるなと僕は緊張と期待で唾を飲んだ。

 フクは名を呼ばれるとふわりと立ち上がり、着ていたワンピースの両肩を器用に抜いて足元に落とすと下着姿になった。ワンピースを手早く畳むと、後ろを向いてショーツ、ブラの順に脱ぎ全裸になり正座の姿勢に戻ると合掌し、住職に対座して背筋を伸ばした。フクの裸体はカーテンから漏れる光で十分確認できたが、ろうそくの揺れる灯が裸体に妖しい陰影を付けていた。住職はここ数日の間渇欲してきたであろうフクの裸体を正面から凝視していたが、気を改めるように、「陀羅尼の一語が一語が雅子の中でうごめくが何も怖がることはない。一字の中に千理を含む。苦しさでうごめき、表に出たがるものは雅子の邪淫の心であり、止めることなく出してあげなさい。ひとしきりうごめいた後は闇が除かれる。」と意識的にであろう押さえた声で説いた。フクは、「はい。」と頭を垂れて、「お見苦しいところをお見せするかもしれませんが最後までお導きくださいますよう。」と目を閉じた。住職は、「では。」と禿頭を僕に向けて下げると手印を結んで聞こえるか聞こえないかの声で陀羅尼を唱え始めた。クリクリテイノウ・ウドウドテイノウ・ドコドコテイノウ、唇をあまり動かさないまま多分サンスクリット語であろう言葉を刻むように唱えた。ジャビトジャビトテイノウ・クタコクタコテイノウ・ウシュウシュテイノウ、フクは合掌したまま、目を閉じてひたすら念じている。ヤビジャヤビジャテイノウ・トコタ・クタタ・ソワカ。しばらく聞いていたら陀羅尼は反復であり、唱えの抑揚を少しずつ変えているだけだなと分かったが、住職の念を込めたであろう低声で唱えられると意味は分からずとも言葉が一種の不可思議な霊力を持ち始めるのは理解できそうな気にもなってきた。陀羅尼が繰り返される度に目を閉じたフクの体はゆっくりと前後に揺れ始め、フクがトランス状態に入ったことが見て取れた。更に住職が声高に強く唱え始めると、フクの上半身は前後左右に揺れ出し、たまらず足を崩して横座りになり、合掌の手を解いて後ろに手をついて体を支えるような姿勢になって全身がうねり始めた。住職は頃合い良しと見たのか、「雅子。」と名を呼んで陀羅尼を止めた。フクは目を開けて体の動きを止め、「はい。」と答えると住職ににじり寄ってろうそくの灯の前で後ろ手に足を開き、「お義父さま、雅子の色欲の源をご覧になって。」と妖艶な笑みを浮かべた。住職はフクの股間に目を向けたまま、更に陀羅尼を一回繰り返すと、「雅子、女陰(ほと)がもう口を開けておるではないか。」と女性器の淫猥(いんわい)な形姿をなじった。フクは、「はい。」と頷き、「もっと近くで視姦(しかん)いただけますよう。」と更ににじり寄り腰を浮かせた。住職はフクの股間に顔を近づけると、「雅子、臭うのう。」と鼻を鳴らした。「臭い臭い。陽物(ようぶつ)を求めて女陰が肉臭を漂わしておるわ。男を求めて涎を垂らしておるわ。この色狂い女が。」と声を高めた。フクは、「あぁ、酷い。」と洩らした後、「お義父さま、もっとおなぶりになって、もっと、もっとひどい言葉で雅子をおなぶりになって。」と更に腰を上げ股を開いて懇願した。住職はニヤリと露骨に笑って、「おうおう、何もせぬのに陰核(いんかく)が顔を出しておる。雅子の陰核は大きいのう、邪淫に犯された女子の陰核は大きくなるものじゃ、おや、また肉芽が伸びたぞ、女陰を見せて嬉しいか、垂れた女汁を見せて嬉しいか、この畜生女(め)が。」と喚くと、フクは、「あぁ、ひどい、嬉しい。」と声を漏らして、「お義父さま、早く、早く。」と持ち上げた股間を上下させると住職は、よしよし、と頷いて、手印を結び股間に更に近づけ陀羅尼を唱え始めた。クリクリテイノウ・ウドウドテイノウ・ドコドコテイノウ・ジャビトジャビトテイノウ・クタコクタコテイノウ・ウシュウシュテイノウ・ヤビジャヤビジャテイノウ・トコタ・クタタ・ソワカと女陰に向けて繰り返し唱えると、フクは完全に体を後ろに倒し、体を両手で支えて股を広げ、持ち上げた腰を激しく回し、上下に振った。半開きになった口からは長い母音とともに涎が垂れロウソクの明かりで光った。フクは何者かに犯されていた。
 フクは喘ぎながら女陰を突き出し、陀羅尼の調子に支配されるように腰を振っていたが、突然、「駄目ぇ、逝く、逝く、逝くぅー。」と叫んで女陰を突き出し、二、三度中空で腰を痙攣させると、ペタンとフロアーに尻を落とした。フクは愛撫もなく元義父である住職に股間を晒しただけで女のエクスタシーを迎えていた。足が奇妙な方向に曲がって大丈夫かと心配したが、しばらくして何回か呼吸を深く繰り返し、息を整えるとのろのろと起き上がり、気だるげに正座し、肩を上下させながら合掌して、「ありがとうございました。」と体を丸めるように頭を下げた。住職はしばしフクの滑らかな背中を見ていたが、しばらくすると水差しに指を付け、低声で「エイ・エイ・エイ。」とフクの頭に三度水を濯(そそ)いで合掌し、短い経を唱えて秘術は終了したと思われた。住職が叩頭(こうとう)するフクの頭に手を添えて、「雅子、気分はどうかな。」と問うと、フクは、「はい。」とは言ったが顔を伏せたまま躊躇する諷で、「久しぶりなもので。」と言葉を濁らせた。「まだ、疼くか。」と住職が聞くと、フクは恥じるように裸体を赤く照らして、「はい。」と首を垂らし、「申し訳ありません、尻穴も疼いて仕方ありません。」と消え入りそうな声で訴えた。住職は、「ほっほっほっ。」と声を出して笑い、「そうじゃった、そうじゃった。久しぶりで忘れておったわ。雅子は尻穴が好みじゃったの、どれ、視(み)て進んぜよう。」と言うと、フクは歯を見せて妖しい笑みを浮かべ、後ろを向いて四つん這いなると、尻を突き出し足を開き気味に双丘を割って、「お義父さま、雅子の恥ずかしい尻穴を良く視てくださいませ。」とねだった。住職は、「よしよし、待ちなさい。」と陀羅尼を一回唱え、「雅子、もっと尻肉を広げぬと色欲の源が見えんぞ。」と意地悪く催促すると、フクは、「あぁ、恥ずかしい。」と尻を振りながら、両手を後ろに回して双丘を左右に引っ張り薄茶色の尻穴を広げた。住職は、これは堪らんとばかりに顔を近づけフクの尻穴の匂いを鼻を鳴らして嗅ぎ、「おぉ、芳香じゃ。」と漏らしたがハッと我に返り、危ないところじゃ。とひとりごちると、「雅子、尻穴は不浄のものを捻り出す隠(いん)穴(けつ)じゃ、女人(にょにん)のお前が人前に晒してなんとするぞ。」と叱ると、フクは、声を震わして、「申し訳ありません、でも、お義父さま、疼いて熱くて仕方ないのです。」と顔をフロアに付けたまま訴えた。「雅子、不浄はいつのことだ。」と住職が聞くと、フクはその問いは予想していなかったのか黙り込んだ。住職が焦れて声高に、「雅子。」と叱責すると、観念したのか、「お義父さまが来られる少し前に済ませました。」とこれも震える声で答えた。「ほれほれ、どうりで尻穴が盛り上がって臭うわい、野太い不浄をひねり出したのじゃろう。」と住職が卑下た笑い声をあげると、フクは、「嫌、お義父さま、酷いっ。」と更に尻穴を広げて甘えた声を出した。
 陀羅尼朗唱の効き目は深いようで、住職が再度陀羅尼を唱え始めるとフクは直ぐにトランス状態に戻り、手を前に伸ばして四つん這いになり、尻だけを高く掲げる得意の体位で尻を回すように振りながら夢想の快楽に酔っていた。もっとも陀羅尼は被験者の意識を異常性に導く単なるツールに過ぎず、陥(おちい)ったトランス状態のためにフクが潜在意識にアクセスし易くなっている結果であることは疑いなかった。その意味において、特に陀羅尼でなくても催眠や瞑想でも起こりうる事象だろうなと僕は見ていた。また、フクの潜在意識にある色欲が人と比べて異常だからトランス状態のフクが痴態を晒すのではなく、当のフクとその先達である義父が潜在意識の中の色欲を引き出すためにやっているのでフクの性欲望を異常に晒させているだけであり、誰もが隠し持つであろう性欲を上手く誘起してやれば普段は取り澄ました女性達も信じられない肉欲を示すことになるはずだった。もっともフクは性に奔放であり、性欲も旺盛なので痴態を晒す垣根は低そうだった。分からなかったのは、住職がフクを陀羅尼で支配しているのではなく、雅子という名の呼びかけで支配していることだった。雅子と呼ばれることで、フクの体と精神は住職の卑わいな指示を求めるように躾けられていた。フクの話を聞く限りではあるが、義父との関係はあったものの、義母も暮らす実家で度々密に接する機会もないであろうに、一種の主従契約じみた関係まで作りあげたこの元義父は確かに喰えない坊主であった。
 悲鳴のような嬌声を上げて尻穴でも逝ったらしいフクは蛙が潰れたような恰好でうつ伏せになり、住職に向けてひくつく尻穴を晒していた。屈伸して極限まで張った白い尻の双丘にろうそくの灯が揺らめき淫猥な裸体に影を落としていた。住職は自分の秘儀が十分な効力を示したことを確認すると、フクの尻に誘われるようにふらりと立ち上がり、かすれた声で、「雅子。」とフクを呼んだ。フクはピクリと反応して体を起こし、住職の足にすがって対峙すると住職の切袴(はかま)の紐を解き始めた。切袴が足元に落ちると法衣の前がはだけて仁王立ちする住職の褌(ふんどし)が露わになった。フクが住職の股間に顔を寄せようとすると、住職は自らが求めたフクの所作(しょさ)に驚いたように、「陰虚すれば陽虚し、陽虚すれば陰虚する。陰実すれば陽実し、陽実すれば陰実する。」と片合掌で唱え、「六根清浄、六根清浄、ならぬ、ならぬ。」と続けると、フクは恨めしそうな顔で住職を見上げ、「お義父さまの精をくださいませ。」と褌を解いた。褌から顔を出した住職の勃起した陰茎は包茎気味の皮から亀頭が覗く程度の一物で、これでフクが逝かされたのかと不思議にも思ったが、睾丸は住職の強い性欲を誇示するような大きさで、納める陰(いん)嚢(のう)の皮もぱんぱんに張っており、小柄な住職の体と不釣り合いな奇形であった。住職は六根清浄、六根清浄。と唱えながら元嫁への劣情を押さえきらぬ諷(ふう)であったが、「ならぬ。」ともう一度覚悟を込めて言うと、「三村さん。」と僕に振り返った。「僧は女犯(にょぼん)を戒められておる。犯したものは羅(ら)切(せつ)じゃ。」と控えめに笑った。「残念ながら、後は貴君の珍宝で雅子の色欲を払ってやってくれぬか。」と言った。坊さん、二度も三度も同じじゃないかと思ったが、繰り返し陀羅尼を聞かされていた僕も、多分軽いトランス状態にあったのだと思う。フクを抱くよりも、住職の前で性器を晒したいという奇妙な欲望が沸き立ち、逆らうことなく椅子から立ち上がり、服を脱ぐと、「住職。」と呼んで固く勃起した性器を振って見せた。住職は、「おお、さすがに若い珍宝じゃ、元気な珍宝じゃ。」と褒めた。「雅子、見てみい。」とフクを促すと、「お義父さま、酷い。」とフクは嫌嫌(いやいや)をしたが、疼きは我慢できないらしく僕の性器を咥えると強く口で扱きはじめた。音を立てて男性器を吸うフクの横顔を住職はなんとも言えない切なそうな顔で見ており、陰茎も起立させたままであった。代わりましょうかと言いたがったが、羅切されるのも困るのだろうなと自重した。住職が、「雅子。」と再び言うと、フクは性器から口を離して、僕を仰向けに寝かせ、天を突いた僕の性器に跨った。フクは両手を僕の胸の横のフロアに付けて上半身を固定し、跨いだまま中腰で尻だけを激しく上下させて摩擦による女陰への刺激を貪ったが、「あぁぁ、逝く―。」と簡単に絶頂を迎えると、振り返り、「お義父さま。」と義父を叱咤した。呆けた顔で僕とフクの性交を見ていた住職は、「おっ、おう。」と正気に戻り、手印を結んで再び陀羅尼を唱え始めた、クリクリテイノウ・ウドウドテイノウ・ドコドコテイノウ、住職の声の抑揚に合わせフクが尻を振り、浅く深く女陰が僕の珍宝を飲み込むリズミカルな動作を続けていると、フクが「あっ、あっ、あっ。」と痙攣を始め、尻の動きを止めると代わりに女陰の中が突然うねり始めた、突然の変化に驚いて、何事とフクの顔を見ると口角が上がって、眼球が細かく動いており、フクは完全にトランス状態に入っていた。女陰の肉壁は僕の珍宝を締め付け、解き、波うち、また締めた。陀羅尼が凄いのか、この坊主の秘術が長けていのか、これが極楽かと至福の感触に身を委ねているとフクはパタリと前に上半身を被せて僕と体を密着させた。逝ったのかと思ったら、フクは、「お義父さま。」と叫び、「尻穴が熱い。」と切迫した声で訴えた。住職は、「ほぅほぅ。」と嬉しそうな声を出し、「尻穴が疼くか。」と聞くと、フクは、「はい、疼いてたまりません。女陰の珍宝だけでは極楽が見えません。」と元義父の住職にねだった。「雅子の色欲の業は深いのう。救ってやりたいのはやまやまじゃが、僧は女犯を戒められておる。」と住職が言うと、フクは、「尻穴は女陰ではありません。」と訴えた。「なに、女陰ではないのか、では何じゃ。」と住職が揶揄(やゆ)すると、フクは、「お義父さまの意地悪。」と甘えた声を出し、「尻穴は隠穴と先ほど教えてくださいました。」と尻を振った。「隠穴は不浄の出口ぞ、その穴に義父(ちち)の珍宝をねだるのか。疼きを鎮めてやっても良いが不浄の始末はできておるのか。」と住職が責めると、フクは、「ちゃんと始末できてないかも知れません、お義父さまの珍宝を不浄で汚(けが)すかも知れません。でも、もう我慢できない、尻穴に珍宝を突っ込んで、雅子の尻穴を犯して、お義父さまの精を注いで、もう意地悪しないで。」と涙を落とした。住職は、「おうおう、よしよし、泣かずとも良い。雅子は仕様のない嫁じゃ。」と言って、フクの背中を押して垂らした女汁にまみれていたであろうフクの尻穴への狙いを定めて陰茎を押し込んだ。フクは、「あぁ。」と大きな声を出し、「入った。お義父さまの珍宝が雅子に入りました。」と感極まった声を出した。フクの女陰の肉壁の隣に住職の珍宝が割り込んできたのが僕にもはっきりと分かった。
 住職の射精はあっけなかった。フクの尻にしがみつくように腰を振った住職は十回ほど珍宝を出し入れすると、うぅぅ。と声を漏らしてフクの尻穴に精を漏らした、僕も併せて突き上げてみるかと思っていた矢先で終わってしまった。フクは目を閉じて義父の射精が終わるのを待っていた。住職がしぼんだ陰茎を尻穴から抜くと、フクも立ち上がったので、勃起している僕の性器だけが惨めに残された。フクは、「お義父さま、ありがとうございました。」と呆けたような表情をした住職に笑みを投げ、「清めてまいります。」とバスルームに消えた。えっ、終わりなのか、終いの儀式とかないのかと心配するほどのあっけなさであった。一人で股間を晒していても仕方ないので、勃起を静め、手早く下着を履いて、部屋に強く立ち込めている香の匂いに我慢できずに、窓を開けた方が良いなとカーテンを開けたら、住職が、褌の紐を締めながら、「三村さん。」と弱々しく声を掛けてきた。初老の男は陀羅尼を唱えてフクと対している時に比べて体が一回り萎んだのかと思うほど肩を落とし、しょぼくれて見えた。身にまとった気品も消えていた。薄笑いで、「軽蔑しますか。」と聞くので、「とんでもない、ご住職の呪術には驚きました。大変なものですね。」と否定した。住職は、「自分でもみっともないことをしているは分かっております。ただ、ただ、雅子が愛おしく。最初からこんな態(てい)ではなかったのです。明るく、優しい嫁を大事にしなければならないと気にかけておりました。老いた自分は色だの恋だの終わったことだと思っておりました。でも、雅子はお義父さま、お義父さまと慕ってくれるのです。老臭漂う自分に体を寄せて、お義父さまの匂いが好きと言ってくれるのです。息子と別れると聞いて私の心は震えました。そんな私の心を見透かしたように、どうぞ好きに抱いてくださいと何事もなく言うのです。雅子は邪鬼です。その邪鬼をたまらなく愛おしく思う私は既に仏の道から外れた畜生道を彷徨う醜悪な老人なのです。年甲斐もない嫉妬で本日お訪ねしましたところ、貴君の寛大な心に導かれ、もう思い残すこともないと思います。ありがとうございました。」と深々と禿頭を下げた。嘘と誠をごちゃまぜにしてマウントを取りに来る喰えない坊主だ。僕も頭を下げて、「しばらくすると彼女もまた色欲で苦しみ始めることになるでしょう。何事も彼女が決めることですが、ご住職に縋った時にはどうぞお見捨てなきよう。」と返した。「歳を取るということは残酷なことです。」と初老の男は自嘲気味に笑った。フクは元義父がいる間はバスルームから出る気がないのか、いつまで待っても戻らなかった。身仕舞いを済ませた住職は、「ではこれで。」と席を立った。「もう戻ると思いますが。」と引き留めると、「そろそろ次の檀家もお待ちでしょうから。」と住職は帰っていった。何処にいたのか、開け放した窓から羽虫が飛んで逃げていった。

 フクはしばらくしてからいつものルームウェアに着替えて戻ってきた。「お義父さん帰ったよ。」と言うと、「こりゃ、しばらく抹香臭いな。」とクンクンと鼻を鳴らして、「みたいだね。」と返してから、「結構すごかったでしょう。満足できた?。」とソファに座った僕の膝の上にドンと乗ってきた。「すごかった。」と正直に答えると、「お義父さまは密教とか言っていたけど、あれ、邪教でやばいらしいよ。自分で言っていた。なにか密教と陰陽道をミックスした男女和合のなんとかと自慢していた。初めて本堂で呪術受けた時は完全にトリップもんだったよ、ただ、昔のインテリだから話が長くてね。」と笑った。「度々やってもらっていたみたいだけど、お義母さんとか大丈夫だったの。」と聞くと、「度々じゃないよ。ちゃんとやったのは今日で確か三度目だよ。」と訂正してから、「お義母さんねぇ、どうだろう、何も言われなかったけど、呪術を受けていたことは知っていたのじゃないかな、もっともここまで過激になっていたとは知らないだろうけど、多分ね。」と事も無げに言った。「へーぇ。」と驚くと、「お義父さまの呪術は知る人は知るみたいで、檀家の奥様達にも法要のアフターケアで頼まれればこっそりやってあげていたみたいだよ。皆、欲求不満なのだろうね。ちょくちょく実家に顔を出していた時にある檀家の奥様に施しているのを偶然見ちゃってね。興味津々で、ちょっとお義父さまを脅したら、最初は仕方なくみたいな感じでやってくれたんだけど、バッチリ嵌(はま)ったみたいで、こんなに導けたことはなかったとお義父さまも驚いてらした。」。要は、君が凋落(ちょうらく)したということねと思ったが、言うとフクの気分を害しそうなので黙っていた。「あれ、ちょっとコツがあってね、入り方に失敗すると駄目なんだよ。最初の垣根があってね、プライドとか羞恥心とか倫理観とか色々なものが邪魔をするのだけど、ゲームみたいにひたすら消去、消去して心を空っぽにして陀羅尼の言葉で埋めていくとヒョイっと飛び越える瞬間があって、それを超えてしまうと後はガーっと行けるのだよね。心理的にサポートするため、暗くして香を焚いたり、鐘鳴らしたりするみたいだけど、駄目な人は何をしても駄目なのだって、お義父さまが言っていた。ただね、最初の時は本当に衝撃で意識飛んじゃうのだけど、二回目以降になると、確かにトランス状態にはあるのだけど、あぁ、そうだったなと呪術の進行を確認している自分を意識してしまって、単なるプレイになって衝撃は薄れるんだよ。」。「でも、フクの錯乱ぶりはすごかったぜ。」と言うと、「うーん、あれはね、ああでもしないとお義父さまはなかなか射精してくれないんだ。射精させてあげないと延々と続くからね。疲れてしまって、最後の方は別の意味で早く、早くって感じだね。で、どうだった。私が義父(ちち)になぶられるのを見て興奮した?。」とフクが目にからかうような笑いを写した。「うん、興奮した。妖艶だった。お義父さんの前で尻を掲げたフクは美しかった。俺まで呪術に翻弄された感じだったな。」と隠すことなく言ったら、「勃起すごかったものね。」とフクが嬉しそうに触ってきた。住職に見せたくて勃起したとは間違っても言えない。「お義父さまとお会いするのもこれが最後かな。どこかで線は引かないとね。お義父さまの想いが伝わってくると、もうやたら重いのだよね。」
 歳を取るということは残酷なことと呟いた元義父がなんだか可哀そうになってきた。面倒なことになるかもしれないと思って仕込んでおいた隠しカメラに今日の痴態の様子は録画済のはずだが、そのことを住職に伝える機会はなさそうだった。



    
  
 Ⅵ

 フクがたんぽぽロードと名付けた用水路沿いの未舗装の道がある。季節になってもたんぽぽの黄色い花をその道沿いに一輪も見止めたことがなく、僕は、何故フクがこの道がたんぽぽロードと呼ぶのかさっぱり分からなかった。ただ、フクなりの理由があるのだろうと何も聞かなかったら、フクの方が我慢できずに教えてくれた。たんぽぽが咲いていたら最も似合う道だからたんぽぽロードなんだと言うので、フクの中ではそうなのだろうなと思って、そうなんだと気のない返事を返したら、三村のそういうところが嫌なのだと怒られた。



 フクから飲んでいるスナックまで迎えに来て欲しいと頼まれたのは、持ち回りでやっている学会の開催がフクの所属する大学の順番で、その最終日に名のあるゲストを迎えた懇親会があるらしく、「初日の食事会キャンセルしちゃったから申し訳なくてね。ホスト側として顔だけでも出してくるわ。」と言われた日であった。「全国から哲学者が集まっているのか?。」とシュールな集合写真をイメージして聞いたら、「うーん。」と唸り始め、「その皮肉はキツイね。」と勝手に解釈されてしまった。「哲学者と呼んでも良さそうな人はいるのだろうけど、一般には評論家やら思想家として評されているし、まぁ、ほとんどは哲学研究者というか、過去世界の哲学者のテクストを解釈している翻訳家の集まりだよ。」と言い、「私もね。」と付け加えた。「皆さん長老の解釈を傾聴しましょうってさ、典型的な村社会だよ。」。僕が拝聴して楽しい話ではなさそうだった。夜の十時過ぎにフクから電話があり、「三村飲んでないよね。」と確認され、「素面(しらふ)だ。」と答えると、住んでいる都市一番の繁華街と呼ばれる通りの名を言われ、「ミスド知ってるよね、その横に通りがあるから、五十メートルぐらい入るとアルファベットでMIMURAというスナックの看板があるから。今そこで飲んでいるから迎えに来て。」と言われた。「素敵な名前の店だな。」と言うと、「素敵だよ、店もマスターも素敵。」とかなり出来上がっているようだった。タクシーにしてくれと頼んだらエンドレスで飲むなと思い、「わかった、三十分ぐらいで行けると思う。」と伝えた。
 ミスドに一番近いコインパーキングに車を入れて、五分も歩くと飲み屋が多く入った雑居ビルの二階の白く照らしたボードにMIMURAの文字を見つけた。外付けの階段を上り、重厚だがよくあるタイプの木製のドアを押すと、馴染みのあるドアベルの後に女性ボーカルのボサノバが聞こえ、「いらっしゃい。」とカウンターの中から白いシャツを着たマスターが出迎えた。客は一人で、入り口に近いカウンター席にフクが座ってマスターと何かの話をしている最中だった。かなりの数の洋酒の瓶がカウンターの上部と背面のシェルフに奇麗に並べられており、一目見て、ここはスナックではなくショットバーと呼ばれるタイプの店だなと思った。客ではなく迎えにきましたと告げる前に、フクが振り返って嬉しそうに、「来た来た。座って、座って。」と隣のスタンドチェアを後ろに引くので、誘われるまま座ると、フクが、「この男が私の初恋の人。」とマスターに多分僕のことを紹介した。「お噂さは伺ってました。」とにこやかに言うマスターは僕らより幾分年上の、仕事柄なのか元々そういう人なのか落ち着いた雰囲気を醸す人だった。「何か飲みますか。」と聞くので、「これなんで。」とハンドルを回すジェスチャーをすると、「ノンアルコールビールありますよ。」と言うので、「じゃぁそれで。」と頼むと、フクが、「なんだ付き合い悪いな。」と飲んでないよねと運転手を命じたことなど忘れた素振りで言った。マスターが僕に白く冷えたグラスとボトルを出すと、「それでね。」とフクは待ちきれないように僕の到着で中断されたらしい話の続きをマスターに始めた。「下を見るとね、ちょうど真下が断層の境目なんだ、そこまではサンゴがいっぱいあってね、熱帯魚も沢山いて、とてもカラフルなのにその先から暗くて深くて静かに何処までも落ち込んでいるんだ。浮かんでいるから関係ないと思っていてもその境を超えてしまうと足がじんじんして、不安で、もう戻れないような気持になって、怖いんだけど暗い海の底から視線が外せないんだ。あれってなんなのだろうね。」。どうやら先々週に行ったセブ島でやったシュノーケリングの話をしているようだ。「海の透明度が高いとサンゴが綺麗でしょうね。ダイビングはやらなかったの?。」とマスターが琥珀色の液体に満たされたグラスを僕にサーブしながら聞くと。「無理、無理。初心者でも半日講習を受けたらインストラクターが一緒に潜ってくれるらしいけど、そんな暇ないもの。」。嘘である。フクはセブ島に滞在したほとんどの時間をヴィラの部屋で寝て飲んで過ごしていた。
 フクから、旅行に行こうと誘われたのは突然であった。学会での発表準備に追われていたフクは、その夜ブリブリ怒りながら帰ってきて、「冗談じゃないよ。やってられないよ。三村、旅行に行こう。」と意味の繋がらない語句を並べた。聞くと、学会の重鎮からフクの大学の教授に電話があり、すでに学会のアジェンダに入っていたフクの発表について、発表は構わないが中身は君がよく精査してからにしてくれよ。という話だったらしく、これは、止めろという重鎮のシグナルと読んだ教授から、済まないが今回の発表は見送ってくれないか、と頼まれたということだった。「ということで、予定していた作業が全てなくなったから溜まった年休の消化に努めることにした。」とフクは理由を言った。「気持ちは分かるけど、不満や怒りを態度で示してしまうことは、それが正論であっても将来的には絶対にマイナスになる。それが組織というものだ。」と数少ない経験も踏まえて諭すと、「いいんだよ。実はそれ以外にも私色々と追い込まれていてね。メンタル的にちょっとやばいんだ。」とフクは呟いた。そういうことなら僕は大賛成だった。嫌なことはやらない。それはそれで賢い生き方である。我慢が足りないとか、もっと辛抱が必要だとか、機会を待つべきだとか小さな成功を収めた年配者達が自慢げに言う。彼らみたいに何の才能もない人は耐えることで浮き上がるしか手段がなかったのかも知れないが、自分の才能を信じて勝負できる人は自分を我慢させる必要はないのである。「三村がこれまで見た中で一番きれいな海を見せてよ。」とフクは主張した。いつから何日休めるのかと期間を確認し、僕の作業進捗と旅程を素早く重ね、さも一番の海を推薦するように日本から直行便のあるセブ島に決めた。諸島であれば好みの別はあっても世界の海は等しくきれいで魅力的なのである。
 適当に価格で選んだヴィラは格式はなくとも清潔で各棟に熱帯植物で目隠しされたプライベートプールも付いており、「旅慣れた人はさすがに違うね。」とフクは褒めてくれたが、庭続きでビーチに出られるロケーションにもかかわらず、フクは着いたその日からベットの上でビールを飲みながら持ち込んだ本ばかり読んでいた。「ビーチに出よう。」と誘うと、「紫外線が怖いから遠慮する。」とごねる。「あのね、ソバカスは年取ると染みになるんだよ。母親を見ているから分かるんだ。」と解説された。シュノーケリングはこのままだとセブまで来た意味がないし、絶対に後悔させないからと説得し、実現したデイ・トリップであった。僕はフクに着せようと密かに通販でTバック水着を購入しており、ビーチで意味もなく寝そべっているであろう欧米人に大和撫子のすべすべした綺麗な尻を鑑賞させてやろうと楽しみにしていたのだが、フクは、「絶対に嫌だ。」と文句を言った。「隠すべきところはちゃんと隠しているじゃないか。」と言うと、「そんなのじゃなくて、Tバックは腰の位置が高くてプリッとしたお尻のためにあるもので、私みたいな小さい垂れたお尻ではみっともなくて嫌だ。」と言う。どんなに頼んでもフクは頑として拒否し、持参したフィットネスタイプの水着を着込んだ。「僕の望むことは何でもするって言ったよね。」と最後の札を切ると、「人としてやれることは何でもやってあげるけど、これは限度を超えている。」と一蹴された。フクの限度の基準が分からなくなった。ただ無人島でのバーベキュー昼食付シュノーケリングツアーには甚(いた)く満足していた。

「南の島に行っていた割には日焼けしていませんね。」とマスターが至極まともなことを聞き、「そうかな、これでも焼けたほうだよ。」とフクが二の腕を晒し変な見栄を張って、そろそろ連れて帰るかと腰を上げようとした時にドアベルが鳴って、「ああ、居る、居る。」と賑やかな声がし、三人の中年男がどかどかと入ってきた。「ほら、言ったとおりやろう、今日あたりマーちゃん来ているのじゃないかと思ったんだ。」と太った丸顔の男が言った。マスターの顔に一瞬不味いなという戸惑いが浮かび、「残念でしたもうお帰りですよ。」とフクが何か言う前に口を挟むと、先頭になって入ってきた派手な開襟シャツを着た小柄な男が、「何言うてんの。やっとマーちゃんに会えたのにつれない事言うなよ。」と喚(わめ)くと、「よーし、今日は貸し切りや。マスター、ヘネシーボトルで出して。これで文句ないやろう。」と続けた。フクが、「うるさいなぁ、静かに飲んでいたのに、ホントにもう帰るとこなんだって。」と振り返ると開襟シャツは、「へッ、じゃあヘネシーなし。」とマスターに惚(とぼ)け、「マーちゃん冷たいこと言うなよ。じゃあ、こうしよう。ヘネシー、プラス迷惑料でお客五人分これでどうだ。」と言って、「お前らもそれでいいよな。」と残りの二人に声を掛けると、丸顔の男が、「お前高い酒ヘネシーしか知らねえな。」と笑った。どうやら、マーちゃんとはフクのことで、フクと男たちはこの店での知り合いのようであった。フクはキャハと笑って、「マスターどうする?。」と聞くと、マスターは、「それはウチは有難いですけど。」と僕を見て、良いのかという表情で言った。「仕方ないなぁ、じゃあ、しばらく付き合うよ。」とフクが言うと、開襟シャツは、パンと手を叩いて、「それでこそ菩薩のマーちゃんだ。マスター、良かったな。閉めて、閉めて、店閉めて。」と催促した。マスターがカウンターから外にでると、開襟シャツはやっと僕の存在に気を止めてくれて、「兄ちゃんはマーちゃんのお連れさん?。」と聞いてきた。どう返すか迷ったが、店がMIMURAという名だったのでちょうど良いやと思って、「マスターの従弟です。飲みに来いと言われて来ているだけですので気を使わないでください。」と棒読みのセリフで言ったら、男はもうかなり酔っているらしく、「そうなの。そういえばなんとなく似てるな。身内なら帰れとは言えんか。いいや、兄ちゃんも一緒に飲もう。」と誘ってもらえた。フクはキャハと笑い。スタンド看板を仕舞い込んだマスターが複雑な顔を見せた。
 男たちはフクを取り囲むように勝手にスタンドチェアーを移動して座った。大柄な男が何処に座ろうかと戸惑っている諷(ふう)だったので、僕は、「どうぞ。」とひとつ席を空けてカウンターのL字の短い方に移動した。男は長い顔をペコリと下げて、もごもごと多分、「ありがとう。」と言った。マスターは人数分のグラスを用意して、ご丁寧に僕の前にも置いてくれたので、車は明日取りにくれば良いかと遠慮なく高い酒をいただくことにした。マスターは、「すいません。」と小声で謝ってくれたが、フクが付き合うと言ったのだからマスターが謝る話でもなかった。開襟シャツが大きな声で、「再会を祝って乾杯。」と音頭を取ると、フクは「ハイハイ。」と面倒そうにグラスを上げた。太った男が、「マーちゃんが来てんじゃないかと思って、最近は飲みに出たら必ず最後にMIMURAに寄るようになったのよ。マスター売上増えたやろ。」と恩着せがましくと言うと、マスターは苦笑して、「おかげさまで。」と頭を下げた。「マーちゃんはちょくちょく来てるの?。」。「ううん。ポツ、ポツって感じかなぁ。おっちゃん達みたいに毎晩飲み歩ける結構な身分ではないよ。」とフクは太った男に言って、「ねっ。」とマスターに向き直った。「えぇ、ポツ、ポツという感じで、お忙しそうですね。」とマスターは言葉そのままに同意する。飲み屋のマスターとはなかなかに捌(さば)きが難しそうな仕事だ。それからは男たちの下ネタ連発で、フクは大口を開けて笑って聞いており、際どい話にもノリノリで応えていた。「女房が、あんたまだオナニーやってるの?って聞くのよ。やべぇ、ひょっとして見られたかと焦ったら、男は何歳になってもやる行為だって女性何とかという週刊誌が知恵付けたらしく、変なもの使わないでね、やるなら協力するから遠慮しないで。ってビヤ樽の腹をクネるんだ、俺の密(ひそ)やかな楽しみを邪魔するんじゃないよ。」と太った男が言うと、開襟シャツが、「まだマシだって。俺のとこなんか、家(うち)はレスだ。とか言い出して、解消のためには夫婦のスキンシップが大切なのよ。って手とか握ってくるんだ。俺、ビビッてダッシュで逃げたら、何ハズがってるのよ。と笑いながら追いかけてくるんだぜ。まじゾンビ映画思い出して恐怖で死ぬかと思ったぜ。」と訴え、皆で大笑いした。フクはあからさまには言わないが、実は同性を貶(けな)す話が嫌いではない。フェニミズムにも辛辣で、男にかまってもらえない女が騒いでいるだけだと切り捨てる。イケメンがやったらサプライズと喜び、ブサイクがやったらストーカーと通報し、中年男がやったらセクハラと泣く。女はホント厄介だと切り捨てる。フクは、「自分で扱(しご)くぐらいならたまには奥さん抱いてやれよ。」とひとしきり笑った後、「ウマちゃん家(ち)はどうなの。」と大柄な男に話を振ると、ウマちゃんと呼ばれた男は狼狽(ろうばい)して、「オレ?。オレは、なんだな。」と言葉に詰まり、開襟シャツの男が、「ウマはひとりもんだよ。」と話を引き取った。フクが、「へー、ウマちゃん独身なんだ。」と言うと、マスターが、「皆さんは地元中学の同級生で街の旦那衆ですよ。」と多分僕に教えるために言った。自分に言われたのかと思ったフクは、「知ってるよ。この前紹介してもらったもの。」と開襟シャツの男を見て、「ヤスさんが建具屋でしょう、ハジメさんが工務店でウマちゃんがお風呂屋さん。」と言うと、ヤスが、「ウマは窯焚きだよ。」と言い、ウマは、「ボイラーマンと言って欲しいな。」と控えめに訂正し、ハジメが、「ウマのとこは兄貴がやってるからな。ウマはいいように安くで使われているのよ。」と付け加えた。「でも俺それしかできないからな。」とウマは笑った。「嫁どころかウマはこの歳になっても素人童貞だよ。」とヤスが突っ込むと、ウマは、「マーちゃんの前で変な事言うなよ、女はいるよ。」とムキになったが、フクが、「それはどっちでも良いよ。」と右手を振って気の無い返事をすると、ムニョムニョと言って後の言葉を濁した。ハジメが、「ヒロ子のことか?。」と言い、「ありゃパンスケだろう、抜くのに金払ってたら彼女じゃねえよ。」とからかうと、フクは、「なんて言いぐさだろうね、ウマちゃん可哀そう。」。よしよしと隣の席のウマの長い顔を抱えて胸に抱いた。ヤスが僕を見て、「マーちゃんはね、こう見えても学校の先生なんだよ。」と言うので、僕が、「そうなんですか。」とフクを見ると。「こう見えてもは余計だろう。」とフクがヤスに異を唱えた。ウマが自慢そうに、「中学校の先生なんだな。」とフクが出まかせに言ったであろう話を教えてくれた。「こんなに優しくて、楽しい先生がいたら俺はグレたりしなかったのにな。」とヤスが昔を語ると、「お前は勉強に付いていけなくて不登校になっただけじゃないか。」とハジメが暴露して、ウマが、「そうだった。」と笑った。「インテリな先生がこんなに気さくでエロいなんて、マーちゃんのギャップに燃えるんだよ。」と更にヤスがフクを持ち上げる。「普通な、学校の先生がこんなむさいおっさん達の酒の相手しないよ。」。どうもヤスは聖職としての女先生への思い込みが深いようだ。「菩薩様みたいに慈悲深い。」とハジメが続ける。「そうそう、もっと言って。」とフクがキャハ、キャハ喜ぶ。「観音様もきれいだ。」とウマが言うと皆黙り込んだ。そういうことね。フクはヘネシーをゴクと飲んで、「む・か・し・の・こ・と。」と口の形を作った。マスターが素早くコクコクと首を縦に振った。
「マーちゃん、何故こいつがウマなのか分るかい。」とハジメが聞いた。「名前じゃないの、馬之助とか、ぴったりじゃない。」とフクが自分の答えがツボに入ったのか大笑いした。ハジメはフクが喜んだので嬉しそうに、「惜しい。」と言って、「こいつのあそこがね馬並みだから昔からウマって呼ばれてるんだよ。」と男性器の名称を言った。フクが、「またまた。」と言って、「すぐにエロい話にしようとするんだから駄目だよ。」と続けると、ヤスが、「嘘じゃないって、吃驚するから、マーちゃんも見たいだろう。」と囃(はや)した。フクは、「見たい、見たい。」と言って、「ウマちゃん、見せて、見せて。」とせがんだ。ウマは、「駄目だよ、嫌だよ、無茶を言うなよ。」と真顔になった。途中で気が付いたが、ウマは少し魯鈍(ろどん)な質(たち)らしくフクもさりげなく気を使っている諷(ふう)だった。他の二人の男もそうしたウマを弄りながらも多分三十有余年付き合ってきたのだろう、男達には男達の歴史とルールがあるのだ。「嘘、嘘、ウマちゃん、冗談だよ。」とフクが優しく言うと、ヤスが、「ウマ、いつも誰がお前の飲み代払ってやってるんだ。」と脅した。ハジメが、「自分だけマーちゃんの観音様拝ませてもらってお前は見せないってそりゃ酷くないか。」と責めたので、僕は口に含んだヘネシーを気管に入れて激しくせき込んだ。フクが、ヒッと漏らして、「ちょっ、ちょっと。」と呻き、マスターが手を滑らせてタンブラーを床に落としてガラン、ギャランと盛大な音が鳴った。ウマは困った様子で、なんとなく一物を出すしかない状況だと覚悟を決めたらしく、「分かったよ。出すから、もう怒るなよ。」と言って、ベルトを外し作業ズボンとパンツをまとめて下すと、ダランとした長い性器が垂れた。確かに交配時の牡馬ってこんな感じだったなとフクを見たら、「キャーァ。」とは叫んで目を両手の指で隠していたが、指の間はしっかりと開いて、真ん丸になった眼でウマの股間の垂れたものを観察していた。
 ヤスとハジメは見慣れたものらしく、「なんだウマ、息子寝んねしてるじゃないか、折角マーちゃん先生が見たいとおっしゃっているのだからもうちょっと張り切ってくれよ。」と囃した。「無理だって、もういいかい。」とウマがズボン上げようとしたら、「待て待て、ヒロ子とやる時思い出して見ろや。」とハジメが無茶ぶりすると、ヤスが、「それじゃ起ったものも萎むぜ。」と笑って、「マーちゃん、ちょっとで良いから手伝ってやってくれよ。」と最初からそのつもりでいただろうセリフを口にした。「マーちゃんも見たいだろう、馬並みとはどんなものか。」。「嫌だよ。見せたいなら見てあげるけど手伝いなんかしないよ。」とフクが素っ気なく返すと、ヤスは、「ウマ、喜べ、マーちゃんが見てくれるってよ。」とはしゃぎ、「じゃあ、こうしよう。マーちゃん、ちょっとパンティ脱いでくれよ。そのホカホカパンティをウマのものに巻きつけたら絶対ムクムクってなるから。新しいパンティ買う金は払うからよ。」と頼んだ。強引な話だが、フクの今履いているパンティが見知らぬ男の勃起した男性器に巻かれることを思い描くとそれなりに刺激的で、僕も野暮なことは言いたくなかった。「俺、そう言えば昔、姉ちゃんのパンツ巻いて扱いたことあったな。」とハジメが懐かしそうに言うと、「お前のとこのパンスケ姉ちゃんとマーちゃん先生を一緒にするんじゃないよ。」とヤスが喚(わめ)き、ハジメは、「てめえが姉ちゃんのパンツ盗んだの知ってんだからな。」と隣のヤスに蹴りを入れた。フクは、「お姉さんのパンツ使ったの?。あんた達頭おかしいよ。」と苦笑した。「マーちゃん頼むよ、この前はウマのために一肌脱いでくれたじゃないか。」とヤスが言うと、フクはカミングアウトやむなしと覚悟したらしく、「あのね、あの時は夕方にシャワー浴びて着替えて来てたの。今日は朝から立ちっぱなしで仕事して、そのまま来ているから下着が汚れているんだよ。そんな下着を他(ひ)人(と)様に見せられると思うの?。頭おかしいよ。」と訴えると、ヤスとハジメは、「汚れた下着。」と声を揃えた後、口々に、「見たい、見たい。何でもするよ、見せてくれよ。脱いでくれよ、頼むよ。」とフクに手を合わせ、次の展開を待って立つウマの視線はソワソワと宙を彷徨い異様な雰囲気になった。男が女性の汚れた下着に何故執着するのか明確な説明は難しい。程度の幅も大きく、その頂点に立つ猛者が下着泥棒として君臨するのだが、その衝動は多様で単なるフェチズムでは説明できない難しさがある。ただ傾向として言えることは、汚れた下着を欲しがるのは、女性にモテる男よりも女性から相手にされず悶々と性欲の塊となっている男の方が圧倒的に多いのは間違いなく、僕から見てもこのおっさん達は後者であろうということであった。散々お願いされたフクは聞こえない振りでグラスを傾けていたが、突然、僕に向かって、「お兄さん、バッグを置きたいのだけど隣良いかな。」と言いながら椅子の下に置いたトートバッグを取って立ち上がった。僕が、「どうぞ。」と言うと、「サンキュー。」と言いながら隣の席にバッグを置き、素早く左手の指で僕の股間を触った。十分に固くなっている僕の性器を確かめると、あぁーあ、とため息をついて、座っていたスタンドチェアに戻った。僕の性癖はまたフクの言い訳に使われそうだった。
 フクは席に座ると、「男ってどうしてこんなに馬鹿なのかね。」と多分僕も含めたであろう男への評価を漏らしてから、「分かったよ、脱いであげるよ。」と言うと、三人のおっさんは歓声をあげて小躍りした。「脱ぐから向こう向いていて。」と僕を含めた全員の視線を壁側に向けさせて、ゴソゴソやって、「脱いだよ。」と言われて向き直ったヤスに、「はい、勝負下着なんだから丁寧に扱ってよ。」と言って畳んだ白色のパンティを渡した。ヤスは感極まった様子で、「マーちゃん、ありがとう。暖かいよ。」と言って、待ちきれないように手の中のパンティを見て、「マーちゃん、すごいよ、この染みは宝物だよ。」と至福の笑みだった。そのまま上着のポケットに仕舞い込みそうになったヤスの手首をハジメが飛び上がるようにグッと掴んで、「お前、何勝手に自分のものにしようとしてんだよ。」と唾を飛ばした。「皆のものやろが。」と喚いて、それでも無理やりパンティをポケットに入れようとしたヤスに掴みかかった。フクが、「私のものだよ、喧嘩するなら返して。」と言うと、二人は先生に叱られたようにシュンとなり、「マーちゃんごめんな。」と謝った。ハジメは、舌打ちしたヤスから渡されたパンティを大事そうに開いて、「本当だ。本物の染み付きパンティだ。」と鼻を近づけて、「マーちゃんのあそこの臭いってこんなんや、ツンとして良い匂いや。」とクンクンと鼻を鳴らした。「ちょっとやめてよ。」と叫ぶフクをさておき、「何やってんだよ。」とヤスがハジメから再び奪い返して、鼻を付けて、「ホントだ、あぁ、エッチな匂いだ。」と嗅いだら、後ろからウマが、「お前ら、お前ら。いい加減にしろよ。」と大きな歯を剥いた。「てめぇら、ぶっ飛ばすぞ。そのパンティはマーちゃんが俺のために脱いでくれたんだぞ。何勝手なことしてんだ。ぶっ、ぶっ殺すぞ。」。当人たちは至極まじめにやっていた。多分、フクのスイッチはこの辺りで入ったはずだ。「怒るなよ、ものには順番ってものがあるんだよ。」とヤスが訳の分からないことを言い、「ほら、汚すんじゃねえぞ。」と訳の分からないことを重ねてパンティを差し出すと、ウマは奪い取るように顔の前で広げるとパンティの染みに鼻を付けて、うぅ、と呻(うめ)きながらフクの股間の臭いを深く吸った。その時ウマの陰茎は如意棒のようにグッグッと伸び、蛇が威嚇するように立ち上がった。ヤスとハジメは、「ほら、起った起った。」と手を叩き、フクはキャッと驚きウマの如意棒を凝視して固まっていた。「マーちゃん、どうだいすごいだろう。」と何故かヤスが自慢すると、フクは、凝視したまま、「ヤバすぎる。」と目を丸くして生唾を飲んだ。「ウマちゃん立派だよ、凄いよ。」と上ずった声を出すと、ウマは、「マーちゃんの良い匂いがするからだよ。」と嬉しそうな顔をした。「そうなんだ。でも、汚れているでしょう、ごめんね。」とフクが言うと、ウマは長い顔をブルブルと振って、「マーちゃんは汚なくないよ。マーちゃんはいつも素敵だよ。良い匂いだよ。」と言った。フクの目が何回かしばたいて、「ウマちゃんありがとう。ウマちゃんの男も素敵だよ。」とウマの如意棒に視線を落として、「苦しくない?。出してあげようか。」と優しく言った。「ほら、これだ。マーちゃんはいつもウマにだけ優しいんだ。」とヤスがぼやくと、フクは、「そうだよ。私は単純で純粋な男が好きなんだ。」と立ち上がった。「仕方ねぇよ、マーちゃんは菩薩様なんだから。」とハジメが言うと、ヤスが、「本当にそうやなぁ。」と呟いた。「ヤスさんもハジメさんもそれなりに好きだよ。ほら。」とフクはスカートをめくって白い太ももをチラリと二人に見せた。
「こんなに長いと、どこをどうすれば良いのか分からないな。」とフクがウマの如意棒を前に扱いを迷う素振りを見せると、ウマは、「マーちゃん、いいよ、いいよ。後で自分でやるから。」と焦って辞退した。「そうだ、ハジメさんが昔やったみたいに、パンティで扱いてあげようか。」とフクが楽しそうに提案すると、ヤスとハジメは、「止めてくれよ、折角のパンティが汚れて使えなくなるじゃないか。」と文句を言った。「やだ、何に使うつもりなのよ。」とフクはウマの手からパンティを取り上げて、「返してもらうね。」と言って器用に右手首にクルクルと巻いた。ヤスとハジメが、「そりゃないよ、マーちゃん。」と抗議するのを無視して、「グロいけど可愛いね、ウマちゃん先っぽからお汁出してる。」と言うと、フクはウマの如意棒を両手で持っていきなり蛇頭を大口を開けて咥えた。ウマが、「マーちゃん、汚いよ。」と驚くと、「ふうの、ふうの。」とフクは唸った。多分、いいの、いいの、と言ったつもりのようだった。フクは一生懸命奥まで入れようとしていたが、それでもウマの如意棒の三分の一ぐらいを飲み込むのが精いっぱいのようだった。残りの二人のおっさんは茫然とフクの如意棒への奉仕を見ていた。マスターはカウンターの中で手を止めていたが、僕と目が合うと慌てて視線を床に落としてそのまま固まった。讃美歌の代わりにボサノバが流れてはいたが、ウマの如意棒の前にひざまずいて奉仕するフクの姿は店内のライトを浴びて、教会で祈りを捧げる修道女のようにも見えた。しばらくして、ウマが、「俺、口でしてもらったの初めてだよ。マーちゃん、ごめん、ありがとう。」と言うと、ヤスが突然、ウッウッと口を押えて、「マーちゃん、ありがとう。ありがとう。ウマよかったな、生きててよかった。大好きなマーちゃんに咥えてもらって。」と泣いた。フクは咥えたまま、「ふがんふがん。」と呻(うめ)いたが、これは僕にも何を言っているのか分からなった。想像するに、泣くの程のことかい。と言いたかったに違いない。ヤスはズズッと鼻水をすすると急に狡猾な交渉人の目になり、「マーちゃん、ウマは素人童貞なんだ、その、なんだな、ついでといったらなんだが、そっちのほうの面倒も見てもらえんだろうか。」と巧妙にハードルを上げてきた。フクが再び、「ふがんふがん。」と返したところで、マスターが我に返ったように何か言いたそうに動いたので、僕は右手を小さく上げてマスターの口出しを止めた。後はフクが決めることだ。
 フクが喉奥を突かれて何度かえずき、心配したウマが腰を引いて蛇頭をフクの口から抜いて、「マーちゃん、ありがとう、気持ちよかったよ。もう十分だよ。」と涙目のフクに言った。フクは首を振って、「大丈夫だよ。」と言って、「ヤスさんからも頼まれたし、最後まで面倒見てあげる。」とスカートのホックを外して脱ぎ落し、裸の下半身を出した。フクは口淫性交を始めた時点で、ウマの如意棒を受け入れる覚悟はあったのだろう、垣根を飛び越えたフクは止まることなくのめり込んでいく。「裸の方が嬉しいよね。」とウマの希望を先取りしてブラウスを脱ぎ、ブラジャーも外して全裸になった。白い裸身を晒して滑らかな曲線の中心に控えめな陰りを見せるフクの裸体は綺麗で、照明をフクの斜め後ろから見る位置に座るヤスとハジメにとっては幻想的にすら映ったはずだ。ヤスとハジメはフクが脱衣するのを黙って凝視していたが、フクがライトの下で一糸まとわぬ姿で佇(たたず)むと、ヤスは堪らずに「綺麗や。」と感動を漏らし、ハジメは、「菩薩様だ。」と何度目かの言葉を呟いた。フクは四つん這いになると、尻をウマに向けて、「ウマちゃん、もう準備できてるから入ってきて。でも、ゆっくり、優しく入れてね。慣れたら大丈夫だと思うけど、最初は怖いから。」と諭すように頼んだ。ウマは、もう何も言わずに如意棒の先を持つとフクの女性器の中に、本当に少しずつゆっくりと押し込んで行った。フクも深い呼吸だけを繰り返していた。ウマの如意棒が半分ほど埋まったところでフクの奥に届いたらしい。フクが、「入ったね。」と嬉しそうに言った時、ウマは泣いていた。ウマは声を出して泣いた。ウマの嗚咽が不規則に何度か店の中に響いた。「ウマちゃん、男が泣いてどうするんだ。男が女を泣かせるんだ。私をあんたの男で泣かせてみなよ。」。フクの叱咤(しった)がウマの嗚咽に重なった。ウマの涙で皆が奇妙な感動に包まれていた。もっとも、インチキな宗教画を見せられているような気もしないではなかったが。
 ウマはゆっくりと腰を動かして如意棒を出し入れ始めた。フクは控えめにウンとアンの声で悦びを表現していた。性に奔放で時には性器の俗称を叫びながら昇っていくこともあるフクにしては珍しいことだったが僕にはその理由が分かっていた。フクはおっさん達から菩薩と呼ばれることを心地良く意識していた。菩薩様がセックスをしたかどうかは置いといて、菩薩様が、凄い、大きい、突いて、と騒ぎながら如意棒を求めてはいけないのである。慎ましく受け入れて、無償の歓びを与えてこその菩薩である。ただ、その覚悟の崩壊が時間の問題であることも確かであった。ウマの如意棒の出し入れが早くなり、更に奥を付き始めると、宗教の時間は終わったらしくフクは、「アアン、イイ、イイ、堪らない。」と慎みを忘れて尻を振り始めた。ウマは腰を振りながら着ているシャツをはぎ取って全裸になった。肉体労働者らしい盛り上がった筋肉を晒した。征服者としてのオスの本能に目覚めたように内側から生じる狂暴性を押さえきらないような唸り声を出し始めた。挿入したままフクを仰向けに返し、正常位から如意棒を突き上げるとフクは堪らず奇声を上げた。フクの両足を肩に担ぐと体を折りたたむようにして、如意棒を更に奥に差し込みながら、「マーちゃん、気持ち良いか。」と何度も聞いた。フクは、「気持ちいいよう。」と繰り返し、「もっとやって、私を壊して。」と女性器の俗称をやっぱり叫んだ。「ああ、壊してやるよ。」とウマは叫び、「マーちゃん、俺の女になれ。」と腰を振った。フクは、「なる、なる。ウマちゃんの女になるからもっとやって。」と如意棒をせがんだ。ウマは、挿入したままフクの足の下に手を入れて、フクの体を楽々と浮かせて立ち上がった。すごい力だ。ヤスとハジメが、「おおっ。」と呻き、這うように近づいて、結合部を覗き込み、「こりゃスゲーや丸見えだ。」とヤスが喜んでフクの尻に手を伸ばすと、ウマは、「俺の女に触るんじゃねえ。」と大声で吠えてヤスを蹴り飛ばした。ヤスは後ろ向きに吹っ飛んでハジメを巻き込んで二人は床に転がった。フクはウマの首に縋りついて、「ウマちゃん、邪魔されないところでやって。」とウマの耳朶を噛んだ。ウマは、「そうだな。」と言って、「てめえら覗くんじゃねえぞ。ぶっ殺すぞ。」と怒鳴って、フクを如意棒で串刺しにしたまま抱えて、ノシノシと歩いてトイレに消えた。二人が消えた空間にボサノバが空しく響いていた。
 取り残されたヤスとハジメは茫然と床に座っていたが、やがてのろのろと椅子に戻って、気が付いたように目の前のカウンターに置かれた酒を口に含んだ。「いやはや、なんだろうね。」とヤスが言い。ハジメが、「あんなウマはじめて見たな。」と言った。トイレからフクの嬌声が聞こえた。「いやはや、なんだろうね。」とヤスが再び言い。ハジメが、「マーちゃんもまるで売女(ばいた)やな。」とため息を漏らした。フクが指示したこととはいえ、ウマがフクを連れ去って僕の目の届かないところでフクの体を貪っているかと思うと、僕は少し動揺していた。冷静さこそが自分を支えていると信じてきた僕の立ち位置をフクが挑発して試しているような気がして、少しイライラした。昔に止めた煙草が急に吸いたくなり、マスターに、「煙草ある。」と聞いたら、ヤスとハジメがギョッとして存在を忘れていた僕を見た。マスターが、「メビウスしか置いてないですけど。」と不愛想に言って、僕の前にマッチを添えて乱暴に置いた。久しぶりの煙草は上手かった。「兄ちゃんはマスターの親戚やと言うとったね。」とヤスが僕に聞くと、僕が答える前にマスターが、「マーちゃんの彼氏さんですよ。」と不機嫌そうに言った。ヤスとハジメは絶句して僕を見ていたが、ヤスが、「どうりで親戚のくせにあんまり似てないなと思ったんや。」と笑わせてくれたので、僕は自分を少し取り戻せたような気がした。ハジメが、「良いんかい。」とトイレを顔で指した。想定問の一番目に設けられるだろう質問に対して僕は不覚にも何の回答も用意していなかった。「どうなんでしょうか。僕にもよく分からないんです。」と正直に答えた。「兄ちゃんは、あれか。何だ、寝取られってやつか。」とヤスが遠慮なく聞いてくる。そうだよな、まっとうな質問だよなと思う。マスターの遠慮のない非難を込めた視線が痛い。「否定はしませんけど、彼女が持つ資質の全てが好きなんです。お互いに間違えて、許して、望んだら、今日はこうなったというのが一番近いですかね。もっとも彼女に言わせたら僕に合わせているんだと主張すると思いますけど。」。「インテリの言うことはさっばり分からん。」とヤスは文句を言った。「でも、僕は彼女とウマさんのセックスを見て興奮するのかというと、実はそうでもないんです。それより合間に見せる彼女の感情の揺らめきや仕草に興奮するんです。例えば、さっきお二人が彼女の股間を下から覗き込みましたよね。ウマさんは怒りましたけど。彼女はその時にこころもち尻を上げてお二人に見え易くしたんです。無意識なものでしょうけど、僕はそうした彼女のメスの性(さが)の揺らめきに堪らなく興奮し、彼女を愛しく思うんです。」。「なんや兄ちゃんほんまもんの変態やな。」とヤスは笑って、「おかげでマーちゃんのきれいな尻穴まで見せてもろうたわ、眼福、眼福。」と満足そうだった。「そんなところが、マーちゃんが菩薩様に見えるところなんやろな。キモイおっさん達に慈悲を与えてくれてる。今夜でウマは生まれ変わるやろう。マーちゃんのおかげや。ほんまもんの菩薩様やで。」とハジメがしみじみと言葉を継いだ。「菩薩ですか。そんな彼女を邪鬼と呼んだ男もいましたよ。」と言うと、「邪鬼か、分かるような気もする。ウマを抱き寄せたマーちゃんは菩薩に見えたけど、心の中に邪鬼がおるからウマの男であんな売女みたいに変わるのかも知れんな。」とハジメが呻(うめ)いた。「いやいや、マーちゃんだけやない。すべての女がある時は菩薩になり、ある時は邪鬼になる。自由自在や。恐ろしいもんや。」とヤスが言って、「俺たちも家(いえ)の菩薩様をもっと大事にせんと邪鬼に変えてしまうかもしれんな。もっとも、もう菩薩には見えんが。」と皆を笑わせて話を締めくくった。
 フクの嬌声が止んでしばらくして、ウマがぐったりしたフクを横抱にしてトイレから出て来て、裸のフクをスタンドチェアにそっと降ろした。射精を済ませたのだろう、如意棒は垂れさがり太ももに当たって揺れた。フクが、「脚がつっちゃった、イタタ。」と顔をしかめてカウンターに突っ伏して滑らかなうなじと背中を見せた後、顔を上げて、「お水ちょうだい。」とマスターに頼んだ。フクは今更取り繕っても仕方ないということか、「煙草吸っているんだ一本もらうね。」と裸のまま煙草を咥えた。ヤスとハジメはチラチラとフクの裸体を覗き見していたが、煙草の火を揉み消したフクから、「どうする?。」と聞かれると葛藤で狼狽した。ハジメがちらりと僕を見て、勢いを付けて残った酒を飲み干すと、「マーちゃん、今日は引き上げるわ。今夜は無理を言って済まんかった。」と頭を下げた。フクは、「ああっ。」と大きな声を出して、「三村、何か言ったね。」と叫んだ。マスターが自分のことかと慌てて首を横に振ったが、僕のことだと分かると不思議そうな顔をした。「変なことは何も、俺の女だとは言ったかな。」と言うと、フクは声を落として、「あぁっ。」と今度は語尾を下げて、「そういうことね。了解。私この男の女に戻るから。こちらこそお世話さま、じゃあバイ、バイ。」と頭の上で手を振った。ウマがズボンを穿きながら慌てて、「マーちゃんは俺の女だろう。」と喚(わめ)くと、ハジメが、「馬鹿やろう、身分が違うんだよ。」と頭を叩(はた)いて、騒ぐウマを強引にドアに引っ張った。「あのね、ウマちゃんセックス下手すぎ、ヒロ子に教わって出直しておいで。」とフクがウマの背中に声を掛けると、ハジメが、「こりゃとんでもない菩薩様だ。」と洩らした。締まったドアの外から、「やっぱりあいつマスターの親戚じゃねえか、どうりで似ていると思ったんだ。」というヤスの声が聞こえた後、鉄骨階段を降りる乱れた足音が響いてやがて静かになった。カチャンとマスターが鍵を閉めた音が今夜のちょっとした騒ぎに終わりを告げた。
「ねぇ、ねぇ、ネトラレさん。自分の女が人前で逝かされて興奮できた?。」とフクが探るような目で聞いてきた。「逝かされたのは菩薩様だろう。」とフクの力量不足を皮肉ってから、「興奮はしたよ、でも一番興奮させられているのは今だよ。」と答えると、フクは「どういうこと。」と首を傾げた。説明は難しい。「そうだな、今夜のプロセスはなかったことにして、この状況だけを絵画で切り取ると、バーという社交的オープンスペースで着衣した男達の中に混じって何故か俺の彼女が全裸で座っているという興奮かな。」と説明すると、フクは、「そのモチーフってマネの草上の昼食でしょう。」と聞くので、「バレたか。」と正直に言って、「日常生活の中であり得ない姿の君を他人に見せるという崩れたバランスの興奮。」と解説すると、「それって自分の性的興奮のために私に露出しろっていうこと?。そう言えば、人前でTバックの水着を履けと強要したんだよ、この男。」とマスターに訴えた。マスターは無理に笑ってから、「でも、彼氏さん。三村さんでしたね。三村さんの言わんとする意味はなんとなく分かりますよ。男は女性の瑕疵のないバランスの美しさに美は感じても、痺れるようなエロティシズムは得られないかもしれませんね。ハジメさんはマーちゃんのことを菩薩様と言っていましたけど、怒らないでくださいね。私は汚れた花だと感じていました。泥水の中に花が落ちてしまって、悔しくて残念なのだけど、泥水の中だからこそ余計に美しく妖しく見せる花もあるのかなって。言葉にするのは難しいですけど、男にとって美とエロティシズムは必ずしも同義語ではないんです。」と言ってから、やっとフクに目を向けて、「一杯奢りますから、少しの時間、私に汚れた花を観賞させてくれませんか。下ばかり向いていたので良く見ていないんです。」と申し訳なさそうに言った。「要は、男のフェチズムを満足させるためにしばらく裸のままで静かにしてろということね。男って難しすぎるよ。」とフクは不満顔だった。
「それで汚れた花にマスターは勃起したの。」とフクが新たにサーブされた酒を口に含みながら聞いた。マスターは、「もちろん、今でも興奮していますよ。」とズボンの股間を指した。「可哀そう。何なら抱いてもいいよ。」とフクが茶化すと、「えぇ、正直に言うと、昔から抱きたいと思っていました。でも、今晩は家内を抱こうと決めているのです。」と格好良くキメてくれた。フクは、「フーン。」と漏らしてから、「良(い)い男だね。でもつまらない男だ。」と立ち上がり、「帰るわ。」と脱ぎ捨てた服を拾いながら、「バックの中に財布あるから飲み代払っておいてくれる。」と僕に頼んだ。「ヤスさんから頂いていますよ。」とマスターが言うと、「冗談じゃない。自分の飲み代(しろ)は自分で払うよ。」と言い捨てて、裸のフクはトイレに消えた。

 店を出た後タクシーを止めるまで会話はなかったが、フクが怒っているのは分かっていた。そして、怒りの理由も僕には分かっていた。フクの女のプライドは踏みにじられていた。状況はどうであれ、裸になった自分に男たちが手を伸ばさなかった現実が辛くないはずがない。人生初の経験だろうなと思うと、菩薩と呼ばれてちょっといい気になって羽目を外したフクに相応の罰が当たったようで少し痛快な気もしていた。タクシー運転手の饒舌な不景気話が止んで、一時(いっとき)して、「男は勘違いしている。」とフクはボソッと言った。「男は単純に自分に惚れてるから女は股を開くと思っているのだろうけど、惚れる価値がある男なんて滅多にいない。女は自分の為に勃起した男に申し訳ないから股を開くんだ。甲斐性もない、将来もない、あるのは貧祖なチンコだけの男が一人前にでかい顔できるのは誰のおかげだと思っているんだ。」と怒りを込めた低い声で呻いた。暫く沈黙が続いたが、運転手が、「彼女さん怒ってるね。何かあったの。俺も勃起したら股を開いてくれるの。」と笑った瞬間、フクの体がシートに仰向けに沈み、「てめえは黙って運転してろっ。」と叫んで、足を伸ばして運転手の頭を蹴り飛ばした。僕と運転手は同時に、「ウォオオーー。」と叫んで、運転手は急ブレーキを踏んだ。その反動で体はシートに後ろ向きにすごい力で圧迫されて、瞬時に反動で前方に飛ばされた。足を伸ばしたままのフクの体がそのままの格好で前に飛ばされ、「何を。」と振り返った運転手の顔面にフクの蹴りが見事なカウンターで入ったのが見えた。一瞬で三人が団子状にもみくゃになった車内は一瞬静寂に包まれたが、首が曲がった運転手が、「このアマ何やってんだ。」と怒声を上げて振り返り、「殺す気か。警察行くからな。」と怒鳴った。ひっくり返ったまま、素早く運転手の名前をプレートで確認すると生気の無い顔写真の横に三村真一とあった。何て日だ。「三村さん。」と運転手の名前を叫んで、「いいですよ、警察に行きましょう。会社にも報告しないといけないですよね、会社にも一緒に行きますよ。あなたが女性を性的に侮蔑(ぶべつ)したことを抗議させてもらいます。」と僕も早口に大声で喋(しゃべ)った。運転手が、「このアマ、ブッ飛ばすぞ。」とフクに歯を剥(む)くとフクが、「上等じゃないか。」と更に運転手を蹴ろうとするので足を掴んで、「三村さん、さぁ、会社に連れて行ってください。」と怒鳴ると、運転手はドアを開けて、「降りろ。出ていけ酔っ払い。このブス。消え失せろ。」と叫んだ。

 急発進したタクシーのテールランプが見えなくなると、フクは座り込み、「気持ち悪いや。」と呻くとのろのろと道路脇の生垣ににじり寄って嘔吐し始めた。吐かせるだけ吐かせた後、近くの自販機で買った水を渡すと、フクは歩道に座ったまま何度かうがいした後に水が入ったペットボトルを僕に投げつけて、「三村、私はブスなのか。」と喚(わめ)いた。転がったペットボトルを拾いながら、今、この時にその問いですか、と無性におかしくなって笑った。刹那、僕は思い出した。そうだ、ずっと、ずっと昔に僕はフクからその問いかけを投げられたことがある。『私はブスなのか。』。放課後の教室だったっけ、秘密の場所だったっけ。そしてその時僕は何と返したのだっけ。
『時々、ハッとするくらい綺麗に見える。』。素っ気なくも僕はそう答えた。そしてその時の答えは僕の本心で、今でもその見立は変わっていない。「その答えは昔に言ったよ。」。
「三村、私もう歩けない。おんぶして。」。酔っ払いのフクは泣いた。





     
  
 Ⅶ

 フクは物事に対して好き嫌いをはっきりと言う。ただフクらしいなと思うのは生理的に駄目といった諷に漠然としたものではなく、何故嫌いなのかという明確なフクなりの理由があることである。花の中ではという条件は付けるが、秋桜は嫌いだとフクは言う。群れて咲くからだろう?と、フクの気質を思い計って理由を推察すると、フクは首を横に振って、我がままで負けん気が強すぎるからだと言う。そうかなぁ、僕には可憐な花にしか見えないけれどと感想を述べると、三村は計算高い女にとってありがたい男だとため息を付かれた。



 時間は前後するが、フクとの旅行はセブ島から更にバンコクに足を伸ばして日本に帰るという周回ルートを使った。海外に行くのはなかなか億劫なので、「出たついでにバンコクにある国際機関に行ってひとつ仕事を済ませたいのだけど。」とフクに相談したら、「バンコクには行ったことがないから是非行ってみたい。」と一も二もなく賛成してくれた。到着したスワンナプーム空港は相変わらずの混雑で入国までにたっぷり一時間以上掛かり、疲れ果てたフクは、「信じられない。」と文句を繰り返したが、この空港の機能マヒは日常のことである。更にバンコクは朝夕のラッシュ時に雨でも降ろうものなら一時間以上車がピクリとも動かない都市交通機能停止状態に陥り、時は金なりの日本人的感覚では時間のロスによる経済的損失はいかほどになるのかと要らぬ心配をするのだが、ある意味都市活力の裏返しでもあり、雑踏に多様な人種が溢れ、皆生きていくのに必死で、明らかな犯罪行為以外は何をしてもフリーな東南アジアの都市の活力を僕は嫌いではない。日本で不眠症に苦しんでいた時に、長期出張で訪れたこの街の安ホテルで人ごみに紛れる安心感からか久しぶりに熟睡できたこともあった。時間的にタクシーでダウンタウンに入るルートは自殺行為であり、空港からはエアポートライナーを使って地下鉄に乗り換えて予約したホテルに辿りついた時には既に夜になっていたが、バンコクのグルメ友人が推薦してくれたレストランの激辛タイ料理と香り米、プラス、シンハービールでフクの機嫌はいっぺんに良くなった。「このビール最高じゃない。」とフクは絶賛したが、タイでシンハービールを飲むから美味しいのであり、ラオスで飲む時はラオビールが美味しく感じる。そういえばアジアの友人が、日本で飲むアサヒビールは世界一だと言っていた。その場所の雰囲気なのかなと思っていたが最近は料理の違いじゃないかと感じている。タイ料理の深くてクセのある香辛料の味にはシンハービールが間違いなく合う。翌朝、ホテルにフクを残して僕は訪問先に行った。フクには市内の見どころのメモを渡して、「観光タクシーの手配を頼んでおくから、フロントに部屋番号だけ伝えれば良いから。」と伝えていたのだが、帰ってきたらフクは酔っ払って寝ていた。聞いたら、「ホテルの近所を散歩しようとブラブラしていたら暑くて熱くて、開いていたレストランで涼もうと思ったらシンハービールがあったのでお代りしていたら酔っ払ってしまった。」と申し訳なさそうに言い訳したが、旅行の楽しみ方は人それぞれである。日がとっぷりと暮れるとバンコクは灼熱の街から別の顔を見せ始める。乾季に入れば夜は湿度の関係からか日本の夏よりも過ごしやすいぐらいだ。日中は強烈な太陽光を避けて姿を消していた人々も夕涼みがてら外へ出て群集となり、その人達を目当てに食事や雑貨の屋台が通りに沿って並ぶ。フクは、「折角だから夜は屋台で食べたい。」と言った。東南アジアの料理は冷蔵設備普及の関係もあり、食材の鮮度からいうと日本と比べようもないが、パームやココナツのオイルを使った揚げものをベースとした料理が多く、火の通し方もディープなので牡蠣とか川蟹に手を出さなければ日本人でも腹を下すことは滅多にない。ただ、車の量が半端なく、渋滞だらけなので排気ガスで大気の状態は劣悪である。毎日吸う空気に匂いと味が付いているなんて日本に住んでいると信じられないが、バンコクの淀んだ大気は排気ガスと食用油の匂いに混じって、ほのかに香辛料の香りと味がする。この匂いと見た目の不衛生に我慢できない人は、東南アジアの街が駄目だということになる。適当に座った屋台飯の感想をフクに聞いたら、「味は良いのだけど食器の汚れが気になって微妙だな。」という感想であったが、たらふく食べてビールを飲んで日本円で三百円以下という値段には驚いて、「今人生捨ててもこの街で暮らしていけそう。」と感動していた。確かにこの街には母国での人生を捨てたかなりの数の年老いた男が漂いながら暮らしている。ただ彼らの陰鬱な顔を見る限り幸せそうには見えない。全ての国を回った訳ではないが、アジアの国々は女性のパワーで成り立っていると感じることが多い。朝市で野菜を売り、昼は農作業をして、夜は屋台を引張って家計を支える。亭主たちは一日中木陰でゴロゴロしているか、集まってケチな賭け事をしている。そんな亭主は浮気ばかりしているとタイの知り合いの女性が嘆いていた。日本の男は仕事をちゃんとやるし、奥さんを大事にするから立派だ、と本気で褒めてくれる。日本のフェミニストの方々にも聞いて欲しい限りである。バンコクの夜の活力も女性たちが作っている。彼女たちのほとんどは東北部の貧しい農村から都会に出稼ぎに来ている女性たちである。田舎の家族は彼女たちの稼ぎに依存しているから、彼女たちも必死なのだが、中卒レベルの学歴では中華資本の工場の女工に就くのがせいぜいであり、やがてその多くは高収入を求めて夜の世界の担い手になっていく。ただ彼女たちに悲壮感はない。男に騙されようが、シングルマザーになろうが、金がなかろうが、明日はきっと良くなると信じて食べて笑って、そして嘘を付く。成長している国は、明日を信じる活力を誰にでも与えてくれる。金や仕事はあってもクレームや仲間外れを恐れて他人と目を合さず声を潜めて暮らす日本とは経済力では測れない社会の活力が違う。というような話を二件目のオープンテラスの飲み屋で鶏焼きを片手にボトルのシンハービールを飲むフクに話をしていたら、「夜の女性たちを見てみたいからお店に連れていってくれないか。」と頼まれた。「エステも安いよ。」と勧めたが、「夜のお店の方が面白そう。」と主張する。連れて行くのは構わないのだが、俗に夜の店と呼ばれる風俗店はいくつかのパターンに分かれる。世界語となったカラオケは主に在留日本人ビジネスマン目当ての風俗店であるが、別に酒を飲んでカラオケだけ歌って帰っても金さえ払えば店は文句を言わない。多分8割ぐらいの客は日本で言うところのキャバクラ感覚で利用している。女の子の連れ出しはオプションとして勧められるが、店としては客と女の子の自由恋愛であり売春ではないというスタンスである。フクを連れて行っても問題はない。ただ、女の子たちも日本人の好みに合わせて洗練されているので、フクが面白く感じるかといえばそうではないだろう。マッサージパーラーも金さえ払えば女性の入店も不可能ではないだろうが、交渉が面倒だし、具体的に何をするのか、させるのかの明確な意思と目的がないと単に行っただけとなるだろう。売春目的の女性たちが集まる店やラウンジもあるが、フクを連れて行くと冷やかしと思われてトラブルになる可能性もある。ということで俗に言うゴーゴーバーに連れて行くことにした。
 バンコクのゴーゴーバーのあるエリアはいくつかに分かれるが、近場と言う理由もあったが、もっとも日本人に馴染みの薄いマイナーなエリアを選んだ。ゴーゴーバーは最も安価な風俗で、入店してお姉さんの踊りを見るだけならボトルビール一本の料金で済む。もっとも日本で言うところの遣り手婆みたいな仕切りおばさんがいて、あれやこれやと言ってくるが無視していれば何も言われなくなる。フクは、「へぇー。」とステンレスのポールが何本も立った小さな舞台を囲むようにカウンターが配置された店内を興味津々で見渡し、大音量の音楽の中、ミニスカートで踊っている何人かのお姉さんを見て、「だからゴーゴーバーと呼ぶのだ。」と感心した。フクを連れて行った時間はゴーゴーバーにとっては宵の口で、客もほとんどおらず常連らしい欧米人の年寄りが所在なさげに隅に座ってビールを舐めているだけだった。踊るお姉さん達も本気にはなっていない。男達が今夜の相手を探すようなギラギラした目で舞台を取り囲まないとお姉さんも肌を晒す価値もないし、チップも入らないのである。それでもフクは楽しそうで音楽に合わせて体を動かし、曲が終わると舞台に向かって拍手をした。ゴーゴーバーにも格があり、他のエリアになるが大使館御用達と言われる有名なゴーゴーバーは女の子も若く人数も多いが、このクラスになるとお姉さん達の年齢も上がり、容姿もまちまちである。その代わりサービスや趣向も過激になるのだが、それはまだ先の時間帯のことだった。フクがカウンターに座ったままノリノリで楽しそうにしていると、リーダーらしい年長のお姉さんがフクに、舞台に上がれ、と手招きをした。フクが、ダメダメ、と顔を横に振って笑うと、構わない、と指のジェスチャーで伝えて手を引っ張った。フクが、「大丈夫なの?。」と僕に聞くので、「大丈夫とは思うけど、トラブルにならないようにマネージャーに聞いてみるよ。」とお姉さんに、ちょっと待って、とサインを出し、仕切りのおばさんを呼び止めてチップを渡し、マネージャーに合わせて、と頼むと暗幕で仕切られただけの事務室に案内してくれた。古い事務机に座って携帯で話をしていたマネジャーと呼ばれた男は、最初はクレームかと身構えていたが、「連れの女を舞台に上げて良いか。」と聞くと、「客が舞台に上がるのは駄目だ。」と笑った。「最近はポリスがうるさくなってショーは見せるだけにしろと指導されている。」と建前を言った。「他に客もいないし、短時間ならいいじゃないか。」とタイで最も高額な紙幣を一枚出すと、マネジャーは暗幕を少し捲ってフクの容姿を確認し、「最近自分の女を舞台に上げたがる男が多い。」と言った後、「折角ならダンサーとして客の前で舞台に立たせないか?。」と紙幣をポケットにしまいながら提案してきた。「しばらくするとポリスが巡回するが、その後なら大丈夫だ。二時間後ぐらいに裏から入ってくれ、衣装も用意しよう。待ってるよ。」と肩を叩かれた。意外な展開に驚いたが、まぁ、フク次第だな、と思って、「気が向いたらそうするよ。」と答えてから少し心配になって、「彼女は全くの素人だがいきなり舞台に上がって大丈夫なのか。」と聞いたら、「あいつらがプロに見えるか。」と多分ゴーゴーガール達のことを言って大笑いした。
 店内に戻るとダンサーのお姉さんと話をしているフクの肩を突いて、出よう、と出口を指し、お姉さんにチップを渡してから大音量の店内から解放された。外に出ると、フクは、「お子さんが二人いるらしいけど、夜は友人が面倒見てくれているのだって。子供の父親は違うのだって笑い飛ばしていたよ。すごいバイタリティ―だわ。」と話をしていたお姉さんとの会話を教えてくれた。「客が舞台に上がるのは禁止だと言われた。」と伝えると、「うっかり上がって怒られなくて良かったね。」とフクは言い、「でもあういう店には初めて入ったよ、知らなかった世界だよ。」と満足そうに言った。「客は駄目だけど、遅い時間にダンサーに化けてしまえば大丈夫らしいよ。」と店のマネジャーからの提案を告げ、「どうする?。」と訊ねると、「へぇー。何でもありだね。」と感心してから、「面白そうだけど、他の踊り子さんたちに迷惑になりそうだよね。」と消極的に辞退した。「実は取りあえずオッケイしちゃったのだよね。裏口から入ってくれと言われたから、楽屋を覗くだけでも覗いたら?。その時に断っても良いし。」と勧めたら、「そうだね、たいしてお客さんもいないし、仕事の邪魔にならないなら一生に一度の踊り子体験としてやってみようかな。なんだかドキドキするよ。」とやる気になってくれた。「時間あるなら一度ホテルに帰ってシャワーを浴びて酔いも醒ますよ。」。その時間には店の様子が一変するだろうことは黙っていた。
 アジアの夜の街をうろつくと、不思議なことに気が付く。欧米人が連れて歩いている現地の女性がさっぱり可愛くないのである。女性の好みは人それぞれなのだろうが、マジョリティの意見として、日本人の男性は目のパッチリした鼻と口が小さめなバランスの取れた顔立ちの女性を美人として評価する傾向があると思う。欧米人は真逆で、一重の切れ長の目でパーツも大きな作りの女性を好む。目がパッチリとした美女は欧米には腐る程いて、一重の目をミステリアスな美と感じるからだという話を聞いたことあるが真偽のほどは分からない。ただ、東南アジアの夜の店において欧米人と日本人の男たちの女性選択の住み分けが成立していることは事実だ。フクは一重ではないがまぶたが腫れぼったく、口が大きめでお世辞にも日本で俗に言う美人の部類ではないが、化粧をしたら欧米人が好むようなミステリアスな雰囲気は出そうだ。店のマネージャーもフクをチラリと見ただけで悪くないと思ってくれたのかもしれない。乳液などの基礎化粧品は使っているのだろうが、僕はフクのちゃんとしたメイクを拝ませてもらったことはない。どんなダンサーが誕生するのだろうかと僕も楽しみだった。時間になって店の裏口に行くと、フクと話をしていたお姉さんが大喜びで出迎えてくれて、こっちこっち、とフクを引っ張った。フクに、「店に居るから。」と声を掛けると、「えっえっ。」と不安そうに、「大丈夫かな。」と振り返ったが、お姉さんが、「大丈夫だよ。」とクリアな日本語の発音で喋ったのには驚かされた。夜の世界で生きる女性たちの際立った特技として語学があるが、必要は最大の教師である。マネージャーが居れば、あまり無理はさせるなと釘を刺しておこうと中を覗いたが、事務室には誰もおらず、僕は表に回って客のひとりとして入店した。予想したとおり店の中は欧米人で混んでいた。皆が思うほど一般の欧米人は金持ちではなく、気前も良くない。ビール一本の料金で粘れるゴーゴーバーは彼らにとって好都合の遊び場であり、たまり場でもある。興味本位に来店してくる観光客は比較的まともだろうが、バンコクに住み着いている連中は何で生計を立てているのか不明な者が多いし、ジャンキーも少なくなかった。酔っ払いやジャンキーに対しては無関心に距離を取ることが肝心で、距離を取るアジア人に対して彼らが狂暴性を示すことはまれであることも経験として知っていた。要は相手にされないだけの話なのだが。僕は舞台から一番遠い席を確保して、ボトルビールを注文して店に日本人が来ていないか確認した。この時間帯に日本人観光客がこのエリアのゴーゴーバーに来ることは稀だが、若者が騒ぐためにグループで来ている可能性はあった。その場合は、フクを舞台に立たせることは止めるつもりだった。身バレとかの心配ではなく、何かのアクシデントでフクが嫌な思いをする可能性も考えられるからだ。なるべくリスク無しにフクに楽しんでもらうのが僕の役目であり、非日常な楽しみをフクと共有することが僕の喜びだった。幸いにも東アジア系の客は見る限り僕だけで、ほとんどが欧米人でその連れとおぼしき現地の女性もちらほら居た。舞台では数人のダンサーがシースルーのベビードールの衣装でポールにつかまって体を動かしていた。下着は付けておらず陰毛を処理して剥き出しになった恥部の縦筋がチラチラ見えていた。ベビードールには番号札が付いており、客が気に入った嬢がいれば店の中をウロウロする仕切りのおばさんにその番号を告げて、ペイパーと呼ばれる連れ出し料を払えば嬢を外に連れ出すことができるし、もっと安く済ませたいのであれば店の上にある部屋でセックスすることも可能なシステムらしいが、僕自身嬢たちを買ったこともないし、買われる場面に出くわしたことすらない。店のグレードによるのかもしれないが、このレベルの店だとゴーゴーバーで働く嬢たちは既に別の風俗店を経て来た嬢、言わばベテランが多い。性病検査もきちんと定期的にやっているのかどうか怪しく、ゴーゴーバーで済ませようという男はかなりの強者ではなかろうか。ゴーゴーバーとは妖しい雰囲気を楽しみながら安い金で騒げる場所というポジションにある。面白いのは注文した酒を運ぶウェイトレスが衣装に番号を付けている時があり、その娘を気に入れば同様のサービスを受けることができる。周りの女性が全員裸だと着衣しているウェイトレスの方が妙にセクシーに見えるのも不思議である。曲調がアップテンポなものに変わり、ダンサー達が両手を上にあげて頭上で手を叩いて盛り上げ始めると、舞台を背にして話に夢中だった男たちもやっとショー本番が始まるとばかりに舞台に向かって拳を揚げダンサーたちに指笛を鳴らし始めた。照明が絞られスポットライトが回り出すと、踊り子たちは曲に乗ってベビードールをはぎ取り全裸になった。ダンサーの女の子が若いとトップレスまでの店が主流だが、この店は嬢たちが全裸で踊るのが売りらしく、厳密に言うと法令違反だとは思うのだが、どのエリアにも数店は過激な演出を売りにする店があった。ポールダンサーといっても嬢たちの踊りはポールにつかまって曲に合わせて体を揺らしている時間がほとんどで、後は各自勝手にオリジナリティを加えているだけである。年齢も体型もまちまちのダンサーで踊りの技量を上げる必要もなさそうだった。肌の色もまちまちで、東南アジアの女性は浅黒い肌を連想しがちだが中国系の血が混じっているとおぼしき女性の肌は結構白い。また、色白というのが流行りの美の基準らしく、日本ブランドの美白化粧品も人気である。舞台袖の男たちは斜め下から見上げるようにダンサーの裸体を鑑賞し、バストや恥部の形状を見比べる。気に入った嬢がいれば舞台の袖に呼んでチップを渡せば股を開いて陰唇を見せてくれるし、乳房を触らせたりもしてくれるが、ゴーゴーバーでは店内はあくまでも見物の場所という暗黙の了解が客とダンサーの間にあるようで、見るからに怪しく騒々しい場所ではあっても客と店の間のトラブルは少ないと聞いている。もっともバンコクのマフィアも世のマフィアと同じく恐ろしいらしく、結構安い金で殺人まで引き受けるらしいという都市伝説を聞かせられると屈強な欧米人もなかなか無茶はできないのかもしれない。
 再び曲が変わると、それを合図に踊っていたダンサー達は各々自分が脱いだ衣装を拾って舞台を降りて尻を振りながら暗幕で仕切られた裏手に消えっていった。僕が入店してから30分ぐらいは経っただろうか、次のグループにフクが出てくるのではないかと思うと興奮と緊張で喉が渇きビールをもう一本注文した。仕切りのおばさんがビールを持ってきてくれたが、どうやら僕が連れの女を舞台に立たせる変態男というのは聞かされているらしく、「ネクスト、ネクスト。」と意味ありげな笑いを向けて、「サービス。」と言って金を取らずにビールを置いていった。しばらくすると次のグループのダンサー達がトップレスのシースルーのミニスカートの格好で騒ぎながら暗幕の向こうから現れ、順に舞台に上がった。フクもその一団の中にいて、最後尾のお姉さんに背中を押されるように舞台への階段を昇ったが、予想もしない多い客に腰が引けたらしく一番奥のポールを掴んで動かなくなった。僕の姿を探すようにあたりを見回したが、舞台に向けられた強力なライトのせいで舞台袖の男たちの顔は確認できるものの奥の少し高くなったテーブル席の客は見えないらしく、お姉さんに促されるまま諦めたように後列のポジションに動いた。一見して本当にフクなのかと疑うぐらい濃い化粧をしており、アイシャドウを入れたフクは初めて見たが、ほぅ、と感心するぐらい青いシャドウが真っ赤な口紅と似合って妖しい夜の踊り子に変身していた。もしこの化粧のままのフクと夜道ですれ違ったら、綺麗な娼婦として振り返るだろう程煽情的であった。フクは時折自分のことをブスだと評して拗ねる。テレビに出てくる女優達を美の基準とするのは日本のマジョリティかもしれないが、フクのように洗練されていないアンバランスな美しさを評価する国も多い。少なくともバンコクの場末のゴーゴーバーの舞台に立つ今のフクは官能的で美しかった。フクはトップレスで小振りだが形の良い白い乳房を見せてシースルーの黒のミニスカートを履いていた。色が邪魔をしてその中の様子は僕の席からは確認できないが、前列の踊り子の白いスカートからは透けた恥部の縦筋の存在を確認できることから、フクも下着を付けていないことは確かで、舞台袖から見上げる男達からはフクの性器が覗けるはずだった。背丈やサイズ感は他のダンサーたちと似たり寄ったりで、フクが混じっても舞台に違和感はなかったが、フクは色白なので褐色の肌色が多いダンサー達の中では目立つ存在になっていた。フクは年齢の割には皮下脂肪が薄く、良く言えばスリムな、逆に言うと凹凸が目ただない体形なのだが、東南アジアでは年齢が若く巨乳という女性にはあまりお目にかからない。その一方で年齢とともに皮下脂肪が付き、その結果巨乳になったという女性は多い。フクはそのスリムな体形でかなり若く見られているはずだった。最初はガチガチで動きの少なかったフクも、隣のお姉さんが笑いながら話しかけ、時々ふざけるように肘で突かれたりしているうちに緊張も解けてきたようで、前のダンサーの動きを真似るように体を動かし始めた。頃合い良しと見たのか、フクの隣のお姉さんがダンサーたちに声を掛けると、前列のダンサーたちは後列に下がり、フクは促されて前列に出てポールを握った。舞台の下にはダンサーの股間を覗き込む数人の欧米人の男達が待ち構えており、フクが前列に立つと早速スカートの中を覗きんだが、オッ、という表情を見せて隣の男に耳打ちしながらフクの股間を指さした。ダンサーの陰毛は普通全て処理されているか、あっても上部に申し訳程度にアクセントとして残している程度である。この女、毛があるぜ、というような無遠慮な会話を多分しているのだろうと想像すると、僕だけが見ることが許されて来たフクの秘密の場所が、場末の売春婦の安っぽい性器として無教養な欧米人の目に晒らされていることに呼吸が苦しくなるほどの不安と陶酔を覚えた。フクのスカートに8の番号札が付いているのが見えた。単に借りたスカートに付いたままだった番号札かもしれないが、意図されたものかもしれない。フクは知らないだろうが、客から番号を呼ばれれば数千円で性を処理をする娼婦として扱われることになる。もっとも、ジャンキーの連中は何らかの感染症を保有しているリスクが高く、間違ってもフクがそうしたことに巻き込まれないように僕が控えているのだが、共に暮らすフクが娼婦としてリストアップされている現実に僕の下半身は痺れた。フクは時折笑顔を見せるぐらいに舞台の雰囲気に慣れてきたらしく、隣のダンサーを真似て話しかける男に手を振ったり、ポールに沿って体を絡ませたりして、なんとなくポールダンサーらしい仕草を身に付けつつあった。もっともフクだけがヒールではなく自前のサンダルを履いていたが、多分慣れないハイヒールを準備しても高さのある舞台の上では転倒の危険性もあるので正しい選択であった。
 その後フクが後列に下がっている時に、一瞬スポットライトが落ちて、それを合図に曲調がズンズンズンとベースとドラムのロックの前奏に替わった。ダンサー達は一斉にダンスを止めて、巻きスカートの作りだったらしいミニスカートを外して全裸になった、フクはエッと戸惑ったが隣のお姉さんから早く脱いでみたいなジェスチャーで促されると、躊躇しつつも黒のミニスカートを外して全裸になった。一人だけ陰毛を生やしたフクの白い裸体は嫌でも目立ち、それまで関心なさそうに話に夢中になっていた客たちの視線も一斉にフクの裸体に向けられたのが分かった。フクは最初は片手で股間を隠すような仕草をしたが、フクが舞台に慣れていないことに気が付いた客の女のひとりがフクの股間の手を外すようにジェスチャー入りの声援を送り、周りのダンサーたちが堂々と股間を晒して踊り始めると、覚悟を決めたらしく陰毛を店の客の前に披露すると客たちは拍手と指笛を鳴らしてこの夜一番の盛り上がりとなった。周りのダンサーも盛り上がりを後押しするように、後列にいたフクを前列中央に押し出し、フクは客たちの目前に陰毛を生やした恥部を晒すこととなった。裸が何故にエロティックなのかというと生殖行為のためには性器を露出させなければならないという本能の部分は別として、人は着衣の状態を正常と認識しているために、裸体を他人の前に晒すことを異常な行為と捉えてしまうからではないだろうか。今のフクのように着衣の客の男女の前で全裸になっている状態は、明らかに他人との関係においてバランスを崩していることになる。その状況に対する羞恥心が誘因するフクの仕草がエロティックな雰囲気を醸し出していた。僕がフクに対して執着するのは、フクの物事に対する判断が他人にまったく依存しておらず自分を信じて決めてしまう魅力にある。フクの性欲は強いが、これは他人と比べてフクの性欲が異常だからではなく、自分を抑制する線の引き方が他人とは違うからだ。人が持つ色欲の潜在意識に大きな違いはないはずである。普通の女性なら世間体とか羞恥心から踏み込めない世界にフクは自分の判断基準を信じて平気で踏み込んでくる。そこには興味や性欲に対して取り繕っても仕方ないという強い主張がある。世間的に正しいかどうかではなく、自分はこうなのだから仕方ないという図々しさがあり、そんな私をどう受け止めるのか、と僕にも正面から喧嘩を売ってくるような激しさがある。僕なりに僕の歪んだ性癖でフクの図々しさを受け止めているのだが、フクは踏み込んでしまった分、後悔したり苦しんだりして気持ちが揺らめく。僕にとっては、そんなフクの揺らめきが本当に愛らしくて仕方がない。
 フクの前に何人かの男がチップを置いた。フクは驚いて隣のダンサーに何事かと顔を向けると、ダンサーはこうするのと教えるようにポールを掴んだまま、腰を落として股間を大きく開き客に向かって突き出した。片手をポールから離して、陰唇を指で開き、そのまま少しの時間腰を動かした後、チップの紙幣を一枚取って立ち上がった。チップを出した男が、お前じゃない、と文句を言ったが、教えてやってるんだ、みたいなことを大きな声で言い返した。フクに向かって、さぁ、やってみろ、と肘で突くと、フクは最初は、出来ない出来ない、と顔をこわばらせて手をブルブル振ったが、最初にチップを出した男が、さぁ、これでどうだ、と言わんばかりにもう一枚紙幣を舞台に叩きつけると、周りで歓声が上がり、女性客たちの黄色い声援が掛かった。フクは声援に押されるように腰を落としたが屈みこむのが精いっぱいのようでポールを両足で挟んでしまった。隣のダンサーは笑って両手でフクの股をグイっと開いて、右手をフクの股間に差し込んで客に向かって何か言った。僕の位置からはフクの股間までは見えなかったが、多分陰唇を指で開いて中を見せたのだろう、チップを出した男達が順番にフクの股間を覗き込んでいた。手を伸ばした男もいたが、ダンサーから手を叩かれて叱られていた。続いて声援を送っていた女性客が何人か覗いて、興味深そうにフクの恥部を指してダンサーと話をしたがタイ語だったので内容は分からなかった。その間フクは目を閉じてじっとしていたが、やがて、ダンサーがフクの肩を叩いて腕を取って立たせると客の間で拍手と指笛が鳴り、フクも緊張から解放されたようでホッとしたような笑顔が出た。隣のダンサーから何枚かのチップ紙幣を渡されると扱いに困ったらしく、そのまま金をダンサーに返すと、ダンサーは喜んでフクに抱きついて頬にキスをした。一度股間を客に晒してしまうと、フクは裸で舞台にいることの抵抗が薄れたようで他のダンサー達と楽しそうに尻を振って踊った。天井のミラーボールが回り始めると、次のグループのダンサー達がピンポン玉の入った篭の販売を始めた。僕もひと篭買わされたが、前の男に渡すと、いいのか?と嬉しそうに舞台袖に移動した。籠を売り終わったダンサー達も舞台に上がり、狭い舞台は裸のダンサー達で密集した。何と呼ぶゲームかは知らないが、客がピンポン玉を舞台に投げ込んでダンサー達がそれを奪い合うゲームで、取った数に応じてダンサーはキャッシュが貰えるらしく、結構真剣な奪い合いが裸で行われる。それを客が見て楽しむという品のないゲームなのだが、フクもキャアキャア騒ぎながら四つん這いになって尻を振りながらピンポン玉を楽しそうに奪い合っていた。ゲームも終わり、フクのグループが暗幕の後ろに消えたので、そろそろ頃合いかなと思い、席を起とうとすると何処から現れたのかマネージャーが僕の隣に座って、僕を引っ張って席に座らせた。マネージャーは持ってきたビールを僕に渡しながら、「彼女はいい。」と煙草臭い息を吐きながら言った。「肌が白いし、美人だ。」。フクを褒められて悪い気はしないので、「ありがとう。」とは答えた。「アンダーヘアーがあんなに人気があるのは意外だった。ダンサーの半分はヘアーを処理しないように変えたい。」。どうでも良いことを言い出したので、「今日はありがとう、そろそろ引き上げるよ。」と告げると、まぁまぁ、と両手でジェスチャーをして、「実は、何人かの客から彼女をペイパーしたいと言われた。俺の方で断ったけど、店のシステムと違うじゃないかと散々嫌味を言われたよ。」と恩着せがましく言って、「明日の夜も来てくれるのか。」と聞いてきた。翌日の夜便で帰る予定ではあったが、彼に我々の予定を伝える必要もないことから、「気が向いたら。」と返すと、頷いて、「是非来てくれ。何なら車で迎えに行くから、ホテルは何処だ。」と聞くので、「彼女と相談しなければいけないから。」と断った。更に、マネージャーはあれやこれやと僕に話掛けてきて、適当に相づちを打っていたら、流れる曲が女性ボーカルのバラードに替わり、奥の暗幕が開いて、フクがフクと親しくしていたダンサーに手を引かれながら出て来た。それを確認するとマネジャーは、「じゃあ、楽しんでいってくれ。」と僕の肩を叩くと引き上げて行った。なんのことはない、フクを次のステージに上げるための時間稼ぎをされただけだった。これからフクが何をやらされるのかは予想が付いたが、この状況でフクが舞台に上がるのを止めるにはさすがに無理があり、マネージャーに言われた通り僕も覚悟を決めて楽しむしかないみたいだった。
 フクはシースルーの白いベビードールを着せられ、ダンサーのお姉さんに手を引かれて舞台に上がると、今から何が始まるのかと不安そうな顔をした。舞台中央に座るように指示され、膝を崩して横座りに座った。照明の色が変わりライトがフクにあてられると眩しそうに手でライトを手で遮る仕草が愛らしかった。ダンサーがフクの後ろに回り、フクの乳房を揉み始めた。フクが、エッと驚いてダンサーの手を外そうと身を捩(よじ)るとダンサーは後ろからフクを抱きしめて耳元で何か呟いた。そして前の観客たちに向かって静かにしろと口の前で指を立てた。フクが観念したように静かになると、ダンサーはベビードールを下からまくってフクを全裸にすると、時間を掛けてフクの乳首を後ろから弄った。フクの目が閉じられ、乳首が立ちあがったのを確認するとダンサーも衣装を脱ぎ捨てフクに密着し、フクの背中ら自分の乳房を押し当てて、両足をM字に開脚させて右手を後ろから回してフクの恥部への愛撫を始めた。2、3人の男が舞台袖から顔を突き出すように性器が弄られるのを熱心に見ていたが、しばらくして後ろの客から場所を代われと肩を叩かれ、体はずらしたものの顔の場所を動かさない熱心さには苦笑するしかなかった。ダンサーの中指が挿入されて徐々に指の動きが激しくなるとフクの眉間が歪み、口から声が漏れ始めた。フクの体が斜め後ろに硬直して、両足が一度固く閉じられて、「アー、嫌っー。」っと声を出した後、フクは顔を下に向けて動かなくなった。フクの体の力が抜けると、ダンサーはフクの膣液で濡れた指を勝ち誇ったように客に見せた。客の何人かが拍手をすると、四つん這いなるようにフクの腰を後ろから引き揚げ、フクの尻を客の方に強引に押した。フクはダンサーの指示するまま、尻を客達に向け、これも指示されるままに、足を開き舞台袖で見上げる男たちの前に恥部とアナルを晒し、スポットライトは四つん這いになったフクの股間に充てられた。フクが完全に尻を客に向ける体勢になったのを確認してから、僕は席を離れて舞台前に移動したが、最前列はガタイの良い欧米人達に占拠されていたため、何とか男達の隙間からフクの股間が確認できるポジションを確保するのが精いっぱいだった。多分、この時点ではフクは自分がどういう状況に置かれているのか正確には分かっていなかったと思う。背中を丸くして四つん這いになっていたが、横に居るダンサーがフクの尻をピシャリと叩き、尻を突き出せるために背中を押さえると、ハッ、と正気に戻ったように周りを確認し、「え、何。」と日本語で叫んで体の向きを変えようと動くと、ダンサーは大きな声でフクを叱責し、力任せにフクの尻をパシッ、パシッっと続けさまに叩いた。剣幕に驚いてフクが大人しくなると、優しくフクの尻を撫ぜて、太ももと尻と背中に指を這わせながら、フクの尻が客からもっとも見え易いようにフクの四つん這いのポーズを修正していった。ダンサーはフクの尻に手を回し抱えるようにして、フクの双丘を両手で割って、舞台袖の客にフクの股間を後ろから開いて見せた。フクの恥部の陰唇がパックリと開くと膣液で濡れた内部がスポットライトで悲しく光った。ダンサーは覗き込んでいた男達にジェスチャーで下れ、と手を振り、持参した篭の中から小さ目のディルドを出すとコンドームを付けながら、チップの額を言った。ひとりの男が前に出て札を渡すと篭の中に放り込んでディルドを渡した。男がフクの恥部に後ろからディルドを出し入れ始めると最初は耐えていたフクだったが、暫くすると堪らず尻を動かし始めた。女性客のひとりがダンサーに何か非難めいたことを言ったが、ダンサーは首を横に振って言い返していた。しばらく出し入れさせると、ダンサーは男の手をどかして、周りを見渡し、またチップの額を言った。別の男が近づきチップを渡してフクの恥部に刺さったままのディルドを出し入れ始めたが、途中でフクのアナルを指さして、「ここに入れて良いか。」と聞いたら、ダンサーは首を振って、「駄目だ。」と言い、2倍の額を言った。客の男は苦笑して、ポケットから札を出すとディルドを抜いてフクのアナルに入れようとしたが、ダンサーは制止して、後ろに並んでいた男に新しいディルドを渡した。先に恥部にディルドを入れさせた後、ダンサーがフクの尻にオイルを垂らし両手で引っ張ってアナルを広げ、指で円を書くようにアナルを愛撫してから最初の男に入れろと指示をした。男達の太い二本の腕がフクの尻の前で交錯し、アナルにディルドが押し込まれた瞬間フクの悲鳴と客達の歓声と笑い声が店内に響き、しばらくしてフクの嬌声が続いた。

 汗と涙でシャドウが滲んだままのフクと店からホテルまでの道を歩いた。歩き始めは腰がフラついて僕に縋って歩いていたフクだが、大通りに出る頃にはやっと体に力が入るようになったらしく、一人で歩き始めた。深夜を過ぎたにも係わらず大通りは車が一杯で相変わらず渋滞して排気ガスの匂いが充満していた。「疲れた。」とフクが呟いたので、「そうだね。」と労わると、「どうだった?。」と聞かれた。何を聞かれているのかは十分理解していたが、先ずは、一番言いたかったこと、「舞台に立ったフクがあまりにも綺麗でビックリした。」と素直な感想を述べた。フクは、「ありがとう、私も鏡を見たら別人が居たのでビックリしたよ。意外と捨てたものじゃないね。」と言った後、「それじゃなくて、三村は嫌じゃなかった?。」と改めて聞いてきた。「最初は恥ずかしかったけど楽しめたのだよ。あんなに男達のギラギラした視線を集めたのも初めての経験だったし、悪い気はしなかった。でも、それから後のことは、ライトの熱と周りの喧騒でで何だかボーっとしちゃって。そのうち、どうしようもなくなっちゃって。」と申し訳なさそうに言った。「嫌じゃなかった?。」。何と返事するかはこれからの僕とフクにとって、ささやかながら意味のあることだった。「ホテルに帰ったら勃起を見せるから、それで判断してくれよ。」と言うと、フクは、「そうか。それなら良かったよ。」と呟いて暫く無言で歩いたが、突然、「旅の恥はかき捨てだな。」と小さな声で呟き。それから、僕に向かって、「まぁ、旅の恥はかき捨てだよね。」と声を張った。フクは愛らしく強い。僕は嬉しくなって、フクを抱きしめ、「俺、恐ろしいくらい勃起しているのだけど。」とフクに耳打ちすると、フクは安心したように、「馬鹿。」と笑って、「明日は何時まで寝ていられるの?。」と嬉しそうに聞いた。


「フクと呼ぶ女と暮らしている (上)」 完
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