邪神ちゃんはもふもふ天使

未羊

文字の大きさ
上 下
213 / 290

第213話 邪神ちゃんのトレジャーハンター

しおりを挟む
『で、どうなの? いい感じなの?』

 電話の向こうの弘子は声色だけでもわかるぐらいノリノリだ。涼香はため息混じりに言葉を返す。

「いや、だからさ……友達だって言ってんじゃん」

 何回言わせれば気がすむのだろうか。
 一昨日はメールで、昨日は会って直接、そして今電話で確認を取られている。お見合いおばさんのしつこい勧誘を受けているようで涼香は額に手を当ててもう一度大きく息を吐く。

『だって、こんなに会うなんて今までないでしょ?』

「それは──なんでもない」

 弘子には言えない。お互い自分に振り向かないだろうと分かっているから一緒にいられる……だなんて。

『とにかく、すぐに言いなさいよ。ね?』

 弘子は母親のようだ。適当に相槌を打ち電話を切る。

 ベッドに横になると大輝の切なそうな顔を思い出した

 大輝くんは……どんな人を愛したんだろう……。

 涼香は少し過去の女性が気になった。あの大輝の想い人だ、きっと見た目も心もきれいで素敵な人なんだろう。

 でも、振られちゃったんだよな……。

 詳しくは聞けない。だって、自分だってまだ軽く人に言えない。

 涼香は携帯電話を手に取ると大輝にメールを送る。

──明日仕事終わりに飲み行かない?

 すぐに返信が来た。

──了解。どこ行く?

──大輝くんが言ってた韓国料理の店はどう?

──OK。また連絡する


 短いやり取りを終え携帯電話を置く。そのまま涼香は眠りについた。




 その店は平日にもかかわらず大盛況だった。韓国人の店主が作るチゲ鍋や、海鮮チヂミが絶品らしい。二人掛けの狭い席に座ると慣れたように大輝が注文していく。

「やっぱ混んでたか……荷物、下に置いて」

「あぁ、ありがとう」

 二人は互いにビールを傾けた。

「お疲れさん」
「お疲れ!」

 ぐいっと飲むと一気に背筋が伸びた気がする。一日の終わりを感じてしまう。
 運ばれてきた料理はどれも最高に美味しかった。辛いのに旨味があってすっかり気に入ってしまった。上機嫌で頬張っていると大輝が涼香の顔をじっと見つめていた。

「うん?」

「……美味しそうに食べるよな……いや、美味しいけど」

 そういうとチヂミを飲み込んですぐの私の口元に次のチヂミを差し出す。一瞬躊躇うもそのまま凄い勢いでかぶりつくと大輝が満面の笑みでそれを見ている。
 まるで餌付けだ。

 少し恥ずかしくて顔が熱くなるが、大輝はお構いなしなようだ。誤魔化すようにビールも飲んでいると、横を通りかかった人影が立ち止まる。

「……涼香?」

「え……あ──武、人」

 そこには二年前よりも髪が短くなり爽やかな香りを伴った元彼の林 武人はやし たけとが涼香を見下ろしていた。

 大輝は二人の様子からなんとなく察しがついたのか気まずそうに横を向きビールを飲む。

「元気、そうだな……」

「あ、武人も……」

「彼氏?」

武人が大輝の方を一瞬見る。大輝はニコッと微笑んでいる。

「俺は涼香ちゃんの友達ですよ」

「あ……そうなんですね」

 武人はなぜか表情を緩める。彼氏か彼氏じゃないかを気にする立場にもないはずだが、明らかに大輝を見る目が優しくなったのに気付く。

 奥の席で武人を呼ぶ声が聞こえると慌ててポケットからボールペンを出しそこにあった紙ナプキンに電話番号を記入する。

「ごめん、よかったら連絡して? じゃ──」

 そのまま幻のように武人が店の奥へと消えた……。

 なんだったんだ、今のは。

 机に置かれた見慣れたはずの武人の字が別人のように見える。

「……よかったじゃん、今の人、二年前の人でしょ? やり直したい感じ出してたけど。俺の事も気になってたみたいだし」

「え? あ……いや、そうだけど。違うよ、だって……私捨てられ──」

「ずっと忘れられなかったんだろ? 素直になれって……チャンスだろ?」

 大輝の顔は真剣そのものだった。やり直せばいい──そう言ってるようだ。

「……まだいいよ──会えたら……」

「え?」

 大輝がまたあの時みたいに俯いて遠い目をしている。

「涼香ちゃんは、こうしてまだ会える。憎んでいても、愛していても……俺は違う」

 心臓が痛くなる。
 大輝の心が痛みで悲鳴を上げているのが聞こえる。まさか、まさか──。

「俺の彼女はもう、この世にいない──会いたくても、会えない。嫌いにもなれない──忘れられない」

 大輝の顔が苦しげに歪むのを見て私の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。泣くつもりなんてなかった。きっとこれは大輝の涙だ。

 どうして彼が私と同じだと似ていると思ったのだろう。愛している人の死を体験し、愛する気持ちをぶつける矛先を失った彼の心は、私の悲しみを優に超えている。

 彼の心は深く深く、囚われたままだ──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

悪役令嬢は始祖竜の母となる

葉柚
ファンタジー
にゃんこ大好きな私はいつの間にか乙女ゲームの世界に転生していたようです。 しかも、なんと悪役令嬢として転生してしまったようです。 どうせ転生するのであればモブがよかったです。 この乙女ゲームでは精霊の卵を育てる必要があるんですが・・・。 精霊の卵が孵ったら悪役令嬢役の私は死んでしまうではないですか。 だって、悪役令嬢が育てた卵からは邪竜が孵るんですよ・・・? あれ? そう言えば邪竜が孵ったら、世界の人口が1/3まで減るんでした。 邪竜が生まれてこないようにするにはどうしたらいいんでしょう!?

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...