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第120話 邪神ちゃんと昔の聖女
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ドラコが語り出したのは、腕輪を授けた昔の聖女の事だった。
「名前も思い出せたのう。当時の聖女の名はマリアといったか。そこの聖女と違って、それはどちらかというと荒くれ者に近い感じじゃったなぁ……」
いきなり突拍子もない事を言うドラコ。それだけにマイオリーもメイベルも面食らっていた。聖女が荒くれ者というのにいまいちピンとこないからである。
大体、聖女というのはすべてを慈しむような存在である。対極にあるような野蛮な人物像など、誰が想像できようかというのだ。
「まぁ分からんじゃろうなぁ。まぁだいぶ思い出してきたから、ゆっくり話を聞かせてやろう」
というわけで、改めてドラコによる昔語りが始まった。
ある晴れた日の事だった。ドラコはフェリスと初めて会った場所を巣として生活していた。
そこではほかの魔物や魔族、それに人間もしばしばちょっかいを掛けにやって来ていた。ドラコ自体はそれらを暇つぶしに軽くあしらう日々を送っていた。
「つまらん。弱すぎるくせにどうしてこうもちょっかいを掛けてくる。もう少し実力差をしっかり認識せねばならんぞ」
誰が聞いているわけでもないが、そのあまりの虚しさに、ドラコは愚痴を漏らしていた。
それからも、実力に見合わぬ無謀な挑戦を受け続け、そのすべてを灰塵と化していた。
実は、こういう無謀な挑戦を仕掛けられる原因は、挑戦してきたものをすべて葬ってきたが故だった。強さが分からないのだから、命を投げ捨てに来る愚か者が後を絶たなかったのである。
正直そういった事に辟易していたドラコだったが、そこへとある一人の女性がやって来た。
「何用じゃ。おぬしもその命を儚く散らせに来おったのか?」
ドラコはその女性を睨み付ける。しかし、女性はまったく動じる様子はなかった。
「その方、古龍とお見受けします。この辺りに大きなドラゴンが居ると聞き及んでおりましたが、魔力の感じからすると、始祖龍ほどではないですが、かなり古株のドラゴンのようですね」
「なんじゃ、わしの噂が出ておるのか。じゃが、どうしてこうも、その命を捨てに来るのやら……。まったくもって理解ができんな」
やって来た女性の言葉に、ドラコはまったくもって不可解だと言い放つ。すると、それを聞いた女性はおかしそうに笑っていた。
「何がおかしい」
「いえ、確かにその通りだと思いましてね。ですが、私は死ぬつもりはありませんよ。皆の平和を守るのが、聖女たる私の務めなのですから」
女性はにっこりと微笑んでいた。
「聖女とな。そんな存在が居るとはなぁ。見た感じは、魔力が多いただの人間にしか思えんのだがな」
「確かにそうでしょうね。ですが、聖女と呼ばれるには理由があるのですよ」
目の前の女性は変わらずにっこりと微笑み続けていた。
「そうか。……ならば、その余裕がどこまで本物か、聖女とやらの実力、このわしが直に確かめてやろう」
ドラコは伏せていた体を起こす。起こした体は大きく、その聖女と名乗る女性と比べても、その大きさの差は歴然としていた。
「はははっ、本当に大きいですね。……これは、戦いがいがありそうです」
「その余裕、いつまでもつかな?」
顔を引きつらせながらもまだ笑っている聖女に対して、ドラコは初手からブレスを吐く。すべてを一瞬で灰と化してきたブレスだ。ドラコからすれば、この一撃で終わるはずだった。
「はあっ!」
聖女の一声で、驚くべき事が起きた。なんと、ドラコの吐いたブレスが霧散してしまったのだ。
はっきり言って、何が起こったのか分からなかった。ドラコ自身も目を白黒とさせていた。
「なっ! わしのブレスをかき消すとはな。こんな事をできた奴は初めて見たぞ」
「ふふっ、修行を重ねてきたかいがあるというものです。さあ、尋常に勝負と行こうではありませんか」
「くはははっ! こいつは面白い。その余裕の顔を、苦痛で歪めてやろうじゃないか!」
それからというもの、聖女とドラコは肉弾戦を繰り広げていた。聖女は器用にも、巨体から繰り出される攻撃を躱し、小刻みに打撃を打ち込んでいく。よく見ると武器は持っていないし、魔法も身体強化や防御にしか使っていない。これにはドラコは疑問を感じていた。
「攻撃魔法は持ち合わせておらんのか」
「聖女は皆を救うものです。護りの魔法は持てど、攻撃魔法は持ち合わせておりません。そう呼べるものは不死者を浄化する魔法くらいです」
戦いながらドラコが問えば、聖女もまた、戦いながら答えていた。問答をしているというのに、まったく戦いの勢いは衰えない。だが、それでいてなぜか楽しそうだった。
しばらくこの戦いは続けられたが、やがてその戦いは終わりを迎える。ドラコが攻撃の手を止めたのだ。
「ふっ、ここまでやるとは思わなかったぞ。だが、これ以上はやめておこう。おぬしはもう限界じゃろうて」
「いえ、まだまだやれますよ」
強がる聖女だが、よく見れば脚がふらついている。体力的に限界なのだった。
「ここまでわしとやり合ったのだ。長引けばわしの勝ちじゃろうが、今回ばかりはおぬしの勝ちでよいぞ」
ドラコは不思議とそんな気持ちになっていた。
「はははっ、まさか古龍に気遣われるなんて、思ってもみませんでしたね」
聖女はドラコの足元で寄り掛かって座り込んだ。ドラコが言ったように、すでに限界だったのだろう。
「待て待て、このままではおぬしを潰してしまう。うーむ、どうしたものか」
足元に聖女が座り込んでしまったがために、ドラコは慌てていた。
そして、しばらく悩んだドラコはある方法を思いついた。思いついた瞬間、ドラコはそれをすぐに実行に移す。
ドラコは聖女の姿を参考にして、人間の姿へと変身していたのだった。
「これなら、おぬしを踏み潰す心配はない。すぐに食べるものを用意しよう。とにかくここで休んでいけ」
そう言ってドラコは、聖女を自分の巣へと運び、食事を用意して介抱したのだった。
「名前も思い出せたのう。当時の聖女の名はマリアといったか。そこの聖女と違って、それはどちらかというと荒くれ者に近い感じじゃったなぁ……」
いきなり突拍子もない事を言うドラコ。それだけにマイオリーもメイベルも面食らっていた。聖女が荒くれ者というのにいまいちピンとこないからである。
大体、聖女というのはすべてを慈しむような存在である。対極にあるような野蛮な人物像など、誰が想像できようかというのだ。
「まぁ分からんじゃろうなぁ。まぁだいぶ思い出してきたから、ゆっくり話を聞かせてやろう」
というわけで、改めてドラコによる昔語りが始まった。
ある晴れた日の事だった。ドラコはフェリスと初めて会った場所を巣として生活していた。
そこではほかの魔物や魔族、それに人間もしばしばちょっかいを掛けにやって来ていた。ドラコ自体はそれらを暇つぶしに軽くあしらう日々を送っていた。
「つまらん。弱すぎるくせにどうしてこうもちょっかいを掛けてくる。もう少し実力差をしっかり認識せねばならんぞ」
誰が聞いているわけでもないが、そのあまりの虚しさに、ドラコは愚痴を漏らしていた。
それからも、実力に見合わぬ無謀な挑戦を受け続け、そのすべてを灰塵と化していた。
実は、こういう無謀な挑戦を仕掛けられる原因は、挑戦してきたものをすべて葬ってきたが故だった。強さが分からないのだから、命を投げ捨てに来る愚か者が後を絶たなかったのである。
正直そういった事に辟易していたドラコだったが、そこへとある一人の女性がやって来た。
「何用じゃ。おぬしもその命を儚く散らせに来おったのか?」
ドラコはその女性を睨み付ける。しかし、女性はまったく動じる様子はなかった。
「その方、古龍とお見受けします。この辺りに大きなドラゴンが居ると聞き及んでおりましたが、魔力の感じからすると、始祖龍ほどではないですが、かなり古株のドラゴンのようですね」
「なんじゃ、わしの噂が出ておるのか。じゃが、どうしてこうも、その命を捨てに来るのやら……。まったくもって理解ができんな」
やって来た女性の言葉に、ドラコはまったくもって不可解だと言い放つ。すると、それを聞いた女性はおかしそうに笑っていた。
「何がおかしい」
「いえ、確かにその通りだと思いましてね。ですが、私は死ぬつもりはありませんよ。皆の平和を守るのが、聖女たる私の務めなのですから」
女性はにっこりと微笑んでいた。
「聖女とな。そんな存在が居るとはなぁ。見た感じは、魔力が多いただの人間にしか思えんのだがな」
「確かにそうでしょうね。ですが、聖女と呼ばれるには理由があるのですよ」
目の前の女性は変わらずにっこりと微笑み続けていた。
「そうか。……ならば、その余裕がどこまで本物か、聖女とやらの実力、このわしが直に確かめてやろう」
ドラコは伏せていた体を起こす。起こした体は大きく、その聖女と名乗る女性と比べても、その大きさの差は歴然としていた。
「はははっ、本当に大きいですね。……これは、戦いがいがありそうです」
「その余裕、いつまでもつかな?」
顔を引きつらせながらもまだ笑っている聖女に対して、ドラコは初手からブレスを吐く。すべてを一瞬で灰と化してきたブレスだ。ドラコからすれば、この一撃で終わるはずだった。
「はあっ!」
聖女の一声で、驚くべき事が起きた。なんと、ドラコの吐いたブレスが霧散してしまったのだ。
はっきり言って、何が起こったのか分からなかった。ドラコ自身も目を白黒とさせていた。
「なっ! わしのブレスをかき消すとはな。こんな事をできた奴は初めて見たぞ」
「ふふっ、修行を重ねてきたかいがあるというものです。さあ、尋常に勝負と行こうではありませんか」
「くはははっ! こいつは面白い。その余裕の顔を、苦痛で歪めてやろうじゃないか!」
それからというもの、聖女とドラコは肉弾戦を繰り広げていた。聖女は器用にも、巨体から繰り出される攻撃を躱し、小刻みに打撃を打ち込んでいく。よく見ると武器は持っていないし、魔法も身体強化や防御にしか使っていない。これにはドラコは疑問を感じていた。
「攻撃魔法は持ち合わせておらんのか」
「聖女は皆を救うものです。護りの魔法は持てど、攻撃魔法は持ち合わせておりません。そう呼べるものは不死者を浄化する魔法くらいです」
戦いながらドラコが問えば、聖女もまた、戦いながら答えていた。問答をしているというのに、まったく戦いの勢いは衰えない。だが、それでいてなぜか楽しそうだった。
しばらくこの戦いは続けられたが、やがてその戦いは終わりを迎える。ドラコが攻撃の手を止めたのだ。
「ふっ、ここまでやるとは思わなかったぞ。だが、これ以上はやめておこう。おぬしはもう限界じゃろうて」
「いえ、まだまだやれますよ」
強がる聖女だが、よく見れば脚がふらついている。体力的に限界なのだった。
「ここまでわしとやり合ったのだ。長引けばわしの勝ちじゃろうが、今回ばかりはおぬしの勝ちでよいぞ」
ドラコは不思議とそんな気持ちになっていた。
「はははっ、まさか古龍に気遣われるなんて、思ってもみませんでしたね」
聖女はドラコの足元で寄り掛かって座り込んだ。ドラコが言ったように、すでに限界だったのだろう。
「待て待て、このままではおぬしを潰してしまう。うーむ、どうしたものか」
足元に聖女が座り込んでしまったがために、ドラコは慌てていた。
そして、しばらく悩んだドラコはある方法を思いついた。思いついた瞬間、ドラコはそれをすぐに実行に移す。
ドラコは聖女の姿を参考にして、人間の姿へと変身していたのだった。
「これなら、おぬしを踏み潰す心配はない。すぐに食べるものを用意しよう。とにかくここで休んでいけ」
そう言ってドラコは、聖女を自分の巣へと運び、食事を用意して介抱したのだった。
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