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第9話 邪神ちゃんの恵み
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翌日、朝から村の中は大騒ぎになっていた。
「た、大変です。天使様!」
フェリスの家に村人の一人が押し掛けてきた。とても慌てているようで、ただならぬ雰囲気である。
「どうしたのかしら。まだ寝ていたいのに……」
フェリスがまぶたを擦りながら起き出すと、メルもつられたように目を覚ましていた。
とにかく村人が騒がしいので、顔も洗う事もできずにフェリスは対応に玄関へ向かった。
「朝からうるさいですね。一体何があったのです」
少々不機嫌そうにフェリスは応対する。
「おお、天使様。お休みのところ大変申し訳ございませんが、ちょっとご一緒に来て頂きたいのです」
村人の慌てぶりに、フェリスは仕方なくそれを了承する。メルが起きてくるのを確認すると、フェリスはメルも連れて村人の案内について行った。
フェリスたちが案内されたのは、昨日の小麦畑だった。
「はい?」
たどり着いたフェリスたちは目を疑った。昨日はまだ青々とした若い小麦だったはずなのに、どういうわけか金色色に輝く小麦となっており、収穫可能な状態になっていた。昨日から半日程度である。
「いや、これどういう事?」
フェリスが小麦畑を指を差しながら村人たちの方を見ている。
「私どもの方が聞きたいですよ。通常ならまだ100日くらい先なんですけれどね、収穫ができるのは」
フェリスに尋ねられた村人たちも困っている。それは誰だってこんな現実離れした現象に出くわしたら戸惑うに決まっているのだ。ところが、これにいち早く対応してしまう人物が居た。
「これがフェリス様の恩恵なのですね!」
「えっ?!」
他でもないメルだった。半ばなりゆきでフェリスの巫女なったメルは、熱心なフェリス信者なのである。この結論は当然のものなのだ。
「私の家の牛の事を考えれば、フェリス様の恩恵に間違いありません!」
メルは重ねて強調した。
「いや、あたしは邪神だから、いい恩恵は普通もたらさないものなんだよ?」
「いいえ、これは間違いなくフェリス様のお力です!」
否定しようとしたフェリスだったが、メルにきっぱり言い切られてしまった。
「ま、まあ、確かに、あたしは昨日この小麦畑を歩いて回ったけど、こんな事あると思う?」
「あると思います!」
「……」
どんなに本人が否定しようとも、頑なにフェリスの力だと主張するメルの勢いは止まらなかった。
(あー、これ、認めないといけない方向? 邪神たるプライドをかなぐり捨てる事になりそうで、なんか嫌なんだけど……)
メルの勢いに、フェリスはドン引きである。ところが、フェリスがどんなに否定的な方向にもっていこうとしても、状況的にはフェリスが原因としか考えられなかった。正直逃げたくなる気分だ。
そんな時だった。
「た、大変だ。オレンジやリンゴの木ももう実を付けておるぞ!」
「な、なんだってーっ!」
フェリスは吐血寸前になった。なにせ、オレンジやリンゴの木も昨日回った所である。しかも、何の気なしに木の幹を優しくさすったのだ。これではもはや言い逃れはできない。
ちらりと、フェリスはメルの方に目を遣る。すると、やはりメルは目を輝かせてフェリスを拝んでいた。
このやり取りの後ろでは小麦の収穫が始まっており、まずはその出来栄えを確認したらば、例年にもない上質の小麦らしくて大騒ぎになっている。手の空いた村人で一斉に刈り取る作業へ入り、すぐに挽いて粉にする事が決まった。
(あたしは無関係、あたしは無関係……)
オレンジやリンゴの果樹園へ向かう中、フェリスはひたすらこんな事を思っていた。
だが、問題の果樹園に着いてフェリスは愕然とした。ものの見事に自分が触った木々だけがたわわに実を付けていたのである。実に異様な光景だが、事実なのである。
「いや、こんなの嘘よ。あたしは邪神であって、恵みをもたらすなんてあり得ないわ……」
フェリスは目の前の現実に頭を抱えて座り込んでしまった。
果樹園の持ち主が、実った果実を1つもぎ取って食べてみる。
「こ、これはっ!!」
「ど、どうだ?」
「極上のリンゴじゃーーっ!」
いちいちオーバーリアクションをする果樹園の主。すぐさまリンゴをさらに1個もぎ取って、切り分けてみんなにも食べてもらった。
「うまい!」
「甘いぞ!」
「こんなリンゴが存在しているなんて……」
たちまち大好評である。
「ささっ、天使様もぜひ」
フェリスにも切り分けられたリンゴが回ってきた。フェリスは仕方なく受け取って口に入れると、その甘さとみずみずしさに思わず立ち上がってしまった。
「こ、これがリンゴなの?」
当のフェリスも驚愕の味なのである。しかし、次の瞬間、フェリスは自分の周りの光景に驚く。なんと、果樹園にやって来た村人が全員跪いているではないか。この光景にフェリスはさすがに慌てた。
「これは天使様がもたらされた恵みで間違いございません」
「村人一同、天使様を精一杯崇めさせて頂きます」
なんともとんでもない話である。しかし、女神ではなく天使なのは背中に羽を持つせいなのかも知れない。
「いや、だからあたしは邪神で、天使じゃないから……」
「いいえ、フェリス様は何と言おうとも天使様に相違ないのです」
フェリスが必死に否定するも、メルの一言でフェリスの絶望が確定的になってしまった。
「もう、いいわよ。天使でいいわよ……」
フェリスが諦めて項垂れると、対照的に村人たちは一斉に盛り上がって、また宴会を開きそうな勢いになった。
フェリスはメルに引っ張られて例の木像の下まで連れていかれた。そして、再び村では宴が開かれたのであった。
こうしてフェリスは、村では邪神ではなく天使として完全に定着したのである。
「どうしてこうなった……」
村人が浮かれる中、フェリスは悲しみに泣きながら宴会を眺めていたのであった。
「た、大変です。天使様!」
フェリスの家に村人の一人が押し掛けてきた。とても慌てているようで、ただならぬ雰囲気である。
「どうしたのかしら。まだ寝ていたいのに……」
フェリスがまぶたを擦りながら起き出すと、メルもつられたように目を覚ましていた。
とにかく村人が騒がしいので、顔も洗う事もできずにフェリスは対応に玄関へ向かった。
「朝からうるさいですね。一体何があったのです」
少々不機嫌そうにフェリスは応対する。
「おお、天使様。お休みのところ大変申し訳ございませんが、ちょっとご一緒に来て頂きたいのです」
村人の慌てぶりに、フェリスは仕方なくそれを了承する。メルが起きてくるのを確認すると、フェリスはメルも連れて村人の案内について行った。
フェリスたちが案内されたのは、昨日の小麦畑だった。
「はい?」
たどり着いたフェリスたちは目を疑った。昨日はまだ青々とした若い小麦だったはずなのに、どういうわけか金色色に輝く小麦となっており、収穫可能な状態になっていた。昨日から半日程度である。
「いや、これどういう事?」
フェリスが小麦畑を指を差しながら村人たちの方を見ている。
「私どもの方が聞きたいですよ。通常ならまだ100日くらい先なんですけれどね、収穫ができるのは」
フェリスに尋ねられた村人たちも困っている。それは誰だってこんな現実離れした現象に出くわしたら戸惑うに決まっているのだ。ところが、これにいち早く対応してしまう人物が居た。
「これがフェリス様の恩恵なのですね!」
「えっ?!」
他でもないメルだった。半ばなりゆきでフェリスの巫女なったメルは、熱心なフェリス信者なのである。この結論は当然のものなのだ。
「私の家の牛の事を考えれば、フェリス様の恩恵に間違いありません!」
メルは重ねて強調した。
「いや、あたしは邪神だから、いい恩恵は普通もたらさないものなんだよ?」
「いいえ、これは間違いなくフェリス様のお力です!」
否定しようとしたフェリスだったが、メルにきっぱり言い切られてしまった。
「ま、まあ、確かに、あたしは昨日この小麦畑を歩いて回ったけど、こんな事あると思う?」
「あると思います!」
「……」
どんなに本人が否定しようとも、頑なにフェリスの力だと主張するメルの勢いは止まらなかった。
(あー、これ、認めないといけない方向? 邪神たるプライドをかなぐり捨てる事になりそうで、なんか嫌なんだけど……)
メルの勢いに、フェリスはドン引きである。ところが、フェリスがどんなに否定的な方向にもっていこうとしても、状況的にはフェリスが原因としか考えられなかった。正直逃げたくなる気分だ。
そんな時だった。
「た、大変だ。オレンジやリンゴの木ももう実を付けておるぞ!」
「な、なんだってーっ!」
フェリスは吐血寸前になった。なにせ、オレンジやリンゴの木も昨日回った所である。しかも、何の気なしに木の幹を優しくさすったのだ。これではもはや言い逃れはできない。
ちらりと、フェリスはメルの方に目を遣る。すると、やはりメルは目を輝かせてフェリスを拝んでいた。
このやり取りの後ろでは小麦の収穫が始まっており、まずはその出来栄えを確認したらば、例年にもない上質の小麦らしくて大騒ぎになっている。手の空いた村人で一斉に刈り取る作業へ入り、すぐに挽いて粉にする事が決まった。
(あたしは無関係、あたしは無関係……)
オレンジやリンゴの果樹園へ向かう中、フェリスはひたすらこんな事を思っていた。
だが、問題の果樹園に着いてフェリスは愕然とした。ものの見事に自分が触った木々だけがたわわに実を付けていたのである。実に異様な光景だが、事実なのである。
「いや、こんなの嘘よ。あたしは邪神であって、恵みをもたらすなんてあり得ないわ……」
フェリスは目の前の現実に頭を抱えて座り込んでしまった。
果樹園の持ち主が、実った果実を1つもぎ取って食べてみる。
「こ、これはっ!!」
「ど、どうだ?」
「極上のリンゴじゃーーっ!」
いちいちオーバーリアクションをする果樹園の主。すぐさまリンゴをさらに1個もぎ取って、切り分けてみんなにも食べてもらった。
「うまい!」
「甘いぞ!」
「こんなリンゴが存在しているなんて……」
たちまち大好評である。
「ささっ、天使様もぜひ」
フェリスにも切り分けられたリンゴが回ってきた。フェリスは仕方なく受け取って口に入れると、その甘さとみずみずしさに思わず立ち上がってしまった。
「こ、これがリンゴなの?」
当のフェリスも驚愕の味なのである。しかし、次の瞬間、フェリスは自分の周りの光景に驚く。なんと、果樹園にやって来た村人が全員跪いているではないか。この光景にフェリスはさすがに慌てた。
「これは天使様がもたらされた恵みで間違いございません」
「村人一同、天使様を精一杯崇めさせて頂きます」
なんともとんでもない話である。しかし、女神ではなく天使なのは背中に羽を持つせいなのかも知れない。
「いや、だからあたしは邪神で、天使じゃないから……」
「いいえ、フェリス様は何と言おうとも天使様に相違ないのです」
フェリスが必死に否定するも、メルの一言でフェリスの絶望が確定的になってしまった。
「もう、いいわよ。天使でいいわよ……」
フェリスが諦めて項垂れると、対照的に村人たちは一斉に盛り上がって、また宴会を開きそうな勢いになった。
フェリスはメルに引っ張られて例の木像の下まで連れていかれた。そして、再び村では宴が開かれたのであった。
こうしてフェリスは、村では邪神ではなく天使として完全に定着したのである。
「どうしてこうなった……」
村人が浮かれる中、フェリスは悲しみに泣きながら宴会を眺めていたのであった。
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