スライム姉妹の受難

未羊

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第二部 王太子妃ゼリア

第55話 海を眺めて

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「うわぁ、これが船なんですね」
 港に係留されている船に乗り込んだゼリアが、とてもはしゃいでいる。
「ゼリア様、走ると危ないですよ」
 ルチアはその後を追って、ゼリアを捕まえていた。その様子を見ていたアレスは、ゼリアに声を掛ける。
「お前、船は知ってたんじゃないのか?」
 アレスの質問に、ゼリアはぴたりと止まって振り返る。
「見た事があるだけで、乗るのは初めてなんですよ」
「なるほどな」
 きょとんとした表情のゼリアの答えにアレスは納得した。
「はっはっは、喜んで頂けてなによりですな」
 リョブクは満足そうに笑っている。
「それでは港湾内だけですが、船を出しましょうか」
 リョブクが合図を送ると、接岸側の杭から係留している縄を外していく。そして、素早くその縄を回収していく。
「この船は帆船ですが、船を操る操舵士の他に風魔法と水魔法の使い手が乗っております。その使い手のおかげで、常に船を運航できるようになっております。そうでなければ、ひとたび無風になれば船は進みませんし、嵐になればあっさり沈んでしまいますからな」
「ほぉ、そういうものなのか」
「ええ、そういうものなのです」
 意外とアレスは、リョブクの説明を熱心に聞いていた。
『人間、面倒』
『ん、魔物を使役できないのは不便』
『あなたたちねぇ……』
 急に念話を飛ばしてくる眷属に、ゼリアはちょっと困惑しているようだった。魔族たちの間では、船に魔物を繋げて航行している事を二人は知っていたようである。
 それにしても、キャンディとガムの二人は、周りに関係性を悟られないように、言いつけを守って念話でゼリアと会話をしている。本当に素直でいい子たちである。
 この間も、船はカギョクの港湾内を航行している。さすがに港湾内の波は穏やかで、船の揺れはかなり少なかった。甲板に出ていれば海鳥たちが飛んでいるのもよく見える。実にのんびりとした時間である。そして、ものの1時間程度の遊覧を終えると、船はカギョク港に戻ってきた。
「接岸の際に少々揺れますのでご注意下さいませ」
 リョブクからの注意が飛ぶ。
 その言葉の通り、接岸の際に圧縮された水によって、船は少し大きく揺れた。その衝撃で、ゼリアがちょっとふらついた。
「おっと、大丈夫か、ゼリア」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、アレス様」
 アレスに抱きとめられて、ゼリアは顔を赤くしていた。隙あらばいちゃつくよ、この夫婦。ちなみに周りの反応は様々だった。
 とりあえず船から降りた一行は、今度は近くの浜辺へと向かった。浜辺の辺りは船が近付けないようにしてあって、この日は近所の子どもたちが大人たちが見守る中、楽しそうに遊んでいた。
「ずいぶんと歩くのが大変だな」
「そうですね。靴に砂が入ってきて少し痛いです」
 アレスとゼリアは少し浜辺を歩いてそういう感想を話している。
「ええ、浜辺はこういう場所がために、足裏を保護するためだけの簡単な履物を履きます。それと、ちょっとした機密ではあるのですが、兵士が足腰を鍛えるためにこの場所で訓練をする事があるのです」
 ここでもリョブクによる説明が行われる。兵士が鍛えるために浜辺を使う事もあると聞いて、アレスが興味を示したようである。だが、「他国の兵士にここは貸し出せませんよ」とやんわりどころかストレートに断られていた。
 浜辺で遊ぶ子どもたちが多かったので、囲まれる前に一行は次の目的地へと向かった。午前中はスルーした、この街にしかない物を扱う服屋である。
「あの浜辺一帯だけは安全が確保されていますので、泳ぐ事ができるんです。それで、泳ぐための専用の衣服がこちらでは売られておるのです」
 リョブクの説明が入る。
 店の中には、確かにドレスとも街の人の服とも違った、まるで下着のような服が売られていた。説明では水着といわれる物らしく、水を吸いにくい素材でできているそうだ。
 普通の素材の服では、水に入るとどんどんと水を吸って、最終的には重くなって身動きが取れなくなる。
 だが、水着であれば水は吸うものの、そのほとんどをそのまま吐き出してしまうので重くなるという事はないのである。
 水着を見て回るゼリアたち。最初に目についた下着のような物から、普段の貴族たちが着るような服まで種類は豊富にあるようだ。ただ、その素材となる物の量がそう多くないので、まるで下着のような着衣面積の少ない物が増えてしまうのだそうだ。今の供給量では需要に追いつかないという事である。
 アレスとゼリアはせっかくという事で、とりあえず一着ずつ購入していった。ちなみに一着なのは購入数制限のせいである。ルチアも嬉々として買っていたのだが、一体どんな物を買ったのやら……。
 水着を購入した一行は、最後は近くの高台に到着する。ここは見張り台も兼ねており、近くにはそのための詰所も設置されていた。
「ここからの眺めは実に最高でございまして、この街一番のおすすめの場所でございます。カギョクの街を一望できるほか、遠くに見える海と空の境目も絶景なのでございます」
 確かにこの場所は、リョブクが言う通りに素晴らしい場所だった。波止場からでも海と空の景色は見られたのだが、高台に上がってみたその景色は、また違って見えたのだ。
 こうして、海に暮れゆく陽を見ながら、カギョクでの二日目は暮れていったのだった。
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