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第二部 王太子妃ゼリア
第53話 あまーい、かな?
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この日から数日泊まるのは、カギョクの街の中でも一番しっかりとしたきれいな宿である。王族が泊まりに来るなど初めてなものだし、領主の館は自国の王族や関係者しか泊めたがらなかったので、仕方なく普通のいい宿を選んだのである。ちなみにリョブクたちは領主邸に泊まっている。
「せっかくの新婚旅行だからな。こっちが気を遣わなくて済むならこの方がいい」
アレスはそう言って、領主を特に責めはしなかった。というか気にしていない。
「うちに他国の王族が泊まりに来るのは、別に初めてじゃないのですよ」
そう話すのは宿の女将である。
「他の国は泊まっていったのか?」
「ええ、ビボーナ以外の隣国とはいざこざが少なかった事もあって早めに国交を樹立しましたからね。それにしても、いよいよビボーナの王族まで来られたので、これでカギョク一の宿と自負できますよ」
女将は自慢げに笑っている。その気持ちは分からなくはないので、アレスは適当に相槌を打っておいた。
「うわぁ、おいしそう」
夕食を目の前にしたゼリアが、どうやら興奮しているようである。
「お魚料理は初めて見ました。これって焼いてあるんですよね?」
ゼリアが女将に確認している。
「ああ、そうだよ。ただ、内臓と大きな骨は取り除いてあるけど、小さな骨は残ってるかも知れないから気を付けなよ。刺さると痛いからね」
「ええ、そうなんですか?」
「どんなに頑張っても完全に除くのは難しいね。あたしらみたいな一般人には魔法なんて便利なものは無いしね。目で見てできる限り除く事しかできないのさ」
ゼリアの反応に、女将は一つ一つ細かく答えてくれた。ショークアでは魔法は一般的な認識で広まっているようである。
「ん、どうした、ゼリア」
女将が出ていってから、様子のおかしいゼリアに声を掛けるアレス。
「いや、魔法についてビボーナじゃあまり言う様子が無かったから、どうなのかなと思っただけです」
「ああ、そうだな。ビボーナはあまり魔法という力は一般的に話に出てこないな。私も使えるが、使わないで済むなら使わないという傾向にある」
「そうなんですね」
「唯一水系統の使い手だけは、日常的に使ってはいるがな。肉や野菜の運搬の冷蔵技術や、渡した王族の風呂の支度なんかも担当している」
アレスに確認したところ、水魔法以外はあまり出番がなく、魔法が廃れていく傾向にあるようである。なるほど、カレンのような脳筋が出てくるわけである。水以外ではせいぜい怪我や病気を治す光魔法の使い手が脚光を浴びる程度のようだ。
「ふぅん、魔法の価値はないっていうスタンスなのかな?」
ゼリアは疑問をぶつけてみる。
「いや、魔法はあくまで付帯的な感じかな。人間本来の力でどうにかしようという感じだ」
まぁ単純に魔法は邪道な位置づけというところだろうか。自分の肉体でどうにかできるのなら、その方がよいという考えらしい。
「ふーん。まあ、身体能力を増強できる魔法だけでも、あればだいぶ違うものね」
「そんなものがあるのか」
「あるわよ。アレス様だって使ってますよ?」
ゼリアに言われて驚くアレス。
「身体強化は自身の身体能力を引き出すものですからね。分かりやすい例といえば、カレン様でしょうね」
「あ、ああ……」
魔物を素手で殴り倒したり、城の壁を破壊したり、まあ身体強化という点では納得のいく人物である。
「カレン様の場合は強化し過ぎなんで、本来ならとっくに肉体が崩壊してるレベルなんですよ。大体物理無効のスライムを拳一発で殴り飛ばせる時点でおかしいですからね」
興奮気味に話すゼリアだが、殴られた衝撃を思い出して身震いをしている。
「カレン様の場合は、同時に自動回復が発動している可能性があるんですが、不思議と魔力の流れを感じませんからね。本当に特異な人間ですよ。魔王様が恐れるくらいには」
「ふむ……」
ゼリアの説明に、アレスは少し考え込んだ。
「まぁその話は興味深いが、今は新婚旅行の最中だ。せっかくなのだから二人水入らずの時間を過ごそうではないか」
だが、すぐに本来の目的に戻って、その話を打ち切りにしたのだ。
「そ、そうですね。やっとごたごたが片付いてゆっくりできますものね。ふふっ」
アレスに言われて、ゼリアは頬を染めながら嬉しそうにしている。これでも冷徹な魔物のはずなんだが、どうしてここまで乙女になっているのだろうか。本当に不思議なものである。
突如として目の前で繰り広げられるイチャイチャに、従者二人は目を背け始めた。「アレス様、ゼリア様、我々は隣室で食事をさせて頂きます」
「さすがに邪魔をするのは気が引けますので」
フレンとルチアはどうにも居た堪れなくなって、部屋から出ていってしまった。夫婦の甘い空間に居るのだから、そりゃ独身には精神的ダメージがきつすぎたのだ。
とまあ、結婚初めてゆっくりと過ごすアレスとゼリアだったが、対照的にその空気は耐えられないものだった。フレンとルチアは隣室で、カギョク滞在中の計画を調整しながら気を紛らわせるのだった。
カギョクでの滞在は3泊4日。目的地はもう一か所あるので短めである。その中で海を堪能してもらおうと、従者二人はあーだこーだと案を練った。
そして、夜が明けた。
「せっかくの新婚旅行だからな。こっちが気を遣わなくて済むならこの方がいい」
アレスはそう言って、領主を特に責めはしなかった。というか気にしていない。
「うちに他国の王族が泊まりに来るのは、別に初めてじゃないのですよ」
そう話すのは宿の女将である。
「他の国は泊まっていったのか?」
「ええ、ビボーナ以外の隣国とはいざこざが少なかった事もあって早めに国交を樹立しましたからね。それにしても、いよいよビボーナの王族まで来られたので、これでカギョク一の宿と自負できますよ」
女将は自慢げに笑っている。その気持ちは分からなくはないので、アレスは適当に相槌を打っておいた。
「うわぁ、おいしそう」
夕食を目の前にしたゼリアが、どうやら興奮しているようである。
「お魚料理は初めて見ました。これって焼いてあるんですよね?」
ゼリアが女将に確認している。
「ああ、そうだよ。ただ、内臓と大きな骨は取り除いてあるけど、小さな骨は残ってるかも知れないから気を付けなよ。刺さると痛いからね」
「ええ、そうなんですか?」
「どんなに頑張っても完全に除くのは難しいね。あたしらみたいな一般人には魔法なんて便利なものは無いしね。目で見てできる限り除く事しかできないのさ」
ゼリアの反応に、女将は一つ一つ細かく答えてくれた。ショークアでは魔法は一般的な認識で広まっているようである。
「ん、どうした、ゼリア」
女将が出ていってから、様子のおかしいゼリアに声を掛けるアレス。
「いや、魔法についてビボーナじゃあまり言う様子が無かったから、どうなのかなと思っただけです」
「ああ、そうだな。ビボーナはあまり魔法という力は一般的に話に出てこないな。私も使えるが、使わないで済むなら使わないという傾向にある」
「そうなんですね」
「唯一水系統の使い手だけは、日常的に使ってはいるがな。肉や野菜の運搬の冷蔵技術や、渡した王族の風呂の支度なんかも担当している」
アレスに確認したところ、水魔法以外はあまり出番がなく、魔法が廃れていく傾向にあるようである。なるほど、カレンのような脳筋が出てくるわけである。水以外ではせいぜい怪我や病気を治す光魔法の使い手が脚光を浴びる程度のようだ。
「ふぅん、魔法の価値はないっていうスタンスなのかな?」
ゼリアは疑問をぶつけてみる。
「いや、魔法はあくまで付帯的な感じかな。人間本来の力でどうにかしようという感じだ」
まぁ単純に魔法は邪道な位置づけというところだろうか。自分の肉体でどうにかできるのなら、その方がよいという考えらしい。
「ふーん。まあ、身体能力を増強できる魔法だけでも、あればだいぶ違うものね」
「そんなものがあるのか」
「あるわよ。アレス様だって使ってますよ?」
ゼリアに言われて驚くアレス。
「身体強化は自身の身体能力を引き出すものですからね。分かりやすい例といえば、カレン様でしょうね」
「あ、ああ……」
魔物を素手で殴り倒したり、城の壁を破壊したり、まあ身体強化という点では納得のいく人物である。
「カレン様の場合は強化し過ぎなんで、本来ならとっくに肉体が崩壊してるレベルなんですよ。大体物理無効のスライムを拳一発で殴り飛ばせる時点でおかしいですからね」
興奮気味に話すゼリアだが、殴られた衝撃を思い出して身震いをしている。
「カレン様の場合は、同時に自動回復が発動している可能性があるんですが、不思議と魔力の流れを感じませんからね。本当に特異な人間ですよ。魔王様が恐れるくらいには」
「ふむ……」
ゼリアの説明に、アレスは少し考え込んだ。
「まぁその話は興味深いが、今は新婚旅行の最中だ。せっかくなのだから二人水入らずの時間を過ごそうではないか」
だが、すぐに本来の目的に戻って、その話を打ち切りにしたのだ。
「そ、そうですね。やっとごたごたが片付いてゆっくりできますものね。ふふっ」
アレスに言われて、ゼリアは頬を染めながら嬉しそうにしている。これでも冷徹な魔物のはずなんだが、どうしてここまで乙女になっているのだろうか。本当に不思議なものである。
突如として目の前で繰り広げられるイチャイチャに、従者二人は目を背け始めた。「アレス様、ゼリア様、我々は隣室で食事をさせて頂きます」
「さすがに邪魔をするのは気が引けますので」
フレンとルチアはどうにも居た堪れなくなって、部屋から出ていってしまった。夫婦の甘い空間に居るのだから、そりゃ独身には精神的ダメージがきつすぎたのだ。
とまあ、結婚初めてゆっくりと過ごすアレスとゼリアだったが、対照的にその空気は耐えられないものだった。フレンとルチアは隣室で、カギョク滞在中の計画を調整しながら気を紛らわせるのだった。
カギョクでの滞在は3泊4日。目的地はもう一か所あるので短めである。その中で海を堪能してもらおうと、従者二人はあーだこーだと案を練った。
そして、夜が明けた。
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