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第二部 王太子妃ゼリア
第52話 期待の港町へ
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到着初日は、王城の客室で泊まる事ができた。予想外にふかふかのベッドで、ゼリアはとても喜んでいるようである。
「このふかふか具合は、すごいわね。どんなものを使ってるのかしら」
ぼよんぼよんとベッドで跳ねるゼリア。その様子に、ルチアは頭を押さえている。
「ゼリア様、王太子妃なのですから、そういう行動は慎んで下さい」
お小言を言うルチア。
「ごめんなさい。あまりに気持ちよくって、ついはしゃいじゃったわ」
言われたゼリアはぴたっと跳ねるのをやめた。スライムとしては長寿だが、さすがに人間経験が少ないのか、どこか子どもじみた真似をしてしまうようである。正直、頭の痛い話だった。
だが、魔物であるスライムにもかかわらず、ゼリアはかなり人間社会に溶け込んでいる。なにより、あの難しそうなアレスを射止めてみせたのだから大したものである。
今のゼリアは気を抜かなければ、そこらの貴族よりは高貴に思える立ち振る舞いをしている。まぁ、食事会の食べっぷりは驚きはしたが、それ以外では本当に優雅なものである。カレンのフリをするという事も手伝ったのだろう。その経験が王太子妃としての振る舞いを支えていると思われる。
「ルチア、明日の予定はどうなってる?」
「明日の予定でございますか? 少々お待ちを」
ゼリアに尋ねられて、ルチアはメモを確認する。
「明日は、港町カギョクへの移動でございますね。途中一泊の旅程となっております」
どうやら、海へ行く事になりそうである。魔族領には海はあるが、ゼリアは内陸育ちで見た事がない。今回の旅行で密かに楽しみにしている事の一つなのである。
「海かぁ。話によるとスライムの種類によっては合わないらしいけど。それよりもどんな所か楽しみだわ」
「そうですね」
海と聞いて楽しそうに笑うゼリアを見て、ルチアもつられて笑顔になってしまった。
翌日、楽しみなあまりよく寝付けなかったようだが、ゼリアはスッキリした顔だった。そもそもスライムはあまり寝ない。それを考えれば当然なのかも知れなかった。
朝食は、ショークアの王族と一緒だった。港町カギョクについて、簡単に説明されたのである。朝の食卓に並んだ食材には、そのカギョクで獲れた物も混ざっていたそうだ。なんでも水属性の魔法の派生で物を凍らせて、鮮度を保ったまま輸送する技術を確立しているらしい。2日の距離にあるカギョクから、物を腐らせずに運べるのはそのためなのだそうだ。
(水魔法の応用で物を凍らせるかぁ。私も使えそうね)
話を聞きながらゼリアはそう思った。
なぜならアサシンスライムは悪食である。悪食がゆえにいろんなものを捕食している。ゼリアたちが使える魔法はそうした捕食の成果であり、そのためにゼリアもいろんな魔法を習得しているのだ。物真似だけに終わるミミックスライムとは違い、技術の修練もできるアサシンスライムは、覚えた魔法を応用できる。その成果が普段から使っている”発声”という能力なのである。キャンディたちが使えるのは、ゼリアたちが教えたためである。
それはそれとして、ゼリアがこの技術に目を付けたのは、ビボーナ国内の流通を考えたからである。ビボーナもそれなりに長距離運搬の技術は持っているが、物自体を凍らせるという発想には至っていない。氷を生み出して冷やすくらいである。しかし、冷やしたところで物の腐敗を完全に防ぐ事はできず、運び込まれた頃にはいくらか腐っているという事がしばしばあった。凍らせた上で冷やせば、物の腐敗はかなり防げると考えたのだ。
そうこう考えているうちに、気が付けばゼリアたちが王城を出発する時刻になった。ショークアの国王夫妻に挨拶をすると、一行は王都を発った。
「アレス様、カギョクの街は楽しみですね」
「ん? ああ、そうだな」
ゼリアのあまりに嬉しそうな様子に、アレスはちょっと戸惑ったようである。
カーダインを発ってからというもの、ゼリアはずっと浮かれているのだ。ただ、完全に浮かれているというわけではない。
「はぁ、アレス様とせっかくの海だというのに、なんであれ、ついてくるんですかね」
「カギョクでの産業の紹介をしたいらしいからな。まあ、あまりしつこいようなら国王たちのところに怒鳴り込むとしようか」
困った顔をするゼリアに、アレスは真顔で言っていた。
この理由は、リョブクたちがついてきたからである。そうなるとキャンディたちもついてくるので、ゼリアとしては複雑な心境である。なにぶん、リョブクの事は使節団の一件でよく思っていないためだ。リョブク一人のおかげで、うきうき気分が半減どころではなかった。
「せっかくの新婚旅行だというのに、こんなんじゃ先が思いやられるわ……」
ゼリアは肩をすくめてため息を吐くと、そのまま馬車にもたれ掛かった。
「まったくだ」
アレスも腕を組んで、同じように馬車にもたれ掛かる。それを見ていた従者組は、ただただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
こうした複雑な空気のまま、一行は一泊を挟んで2日目の夕方には港町カギョクにたどり着いた。港近くの宿屋まで移動した馬車の窓からは、夕焼けに輝く海の景色が広がっていた。
「うわぁ、きれい……」
ゼリアは宿に着くまでの間、ここまでの嫌な気分を飛ばすかのにずっと海を眺めていた。
「このふかふか具合は、すごいわね。どんなものを使ってるのかしら」
ぼよんぼよんとベッドで跳ねるゼリア。その様子に、ルチアは頭を押さえている。
「ゼリア様、王太子妃なのですから、そういう行動は慎んで下さい」
お小言を言うルチア。
「ごめんなさい。あまりに気持ちよくって、ついはしゃいじゃったわ」
言われたゼリアはぴたっと跳ねるのをやめた。スライムとしては長寿だが、さすがに人間経験が少ないのか、どこか子どもじみた真似をしてしまうようである。正直、頭の痛い話だった。
だが、魔物であるスライムにもかかわらず、ゼリアはかなり人間社会に溶け込んでいる。なにより、あの難しそうなアレスを射止めてみせたのだから大したものである。
今のゼリアは気を抜かなければ、そこらの貴族よりは高貴に思える立ち振る舞いをしている。まぁ、食事会の食べっぷりは驚きはしたが、それ以外では本当に優雅なものである。カレンのフリをするという事も手伝ったのだろう。その経験が王太子妃としての振る舞いを支えていると思われる。
「ルチア、明日の予定はどうなってる?」
「明日の予定でございますか? 少々お待ちを」
ゼリアに尋ねられて、ルチアはメモを確認する。
「明日は、港町カギョクへの移動でございますね。途中一泊の旅程となっております」
どうやら、海へ行く事になりそうである。魔族領には海はあるが、ゼリアは内陸育ちで見た事がない。今回の旅行で密かに楽しみにしている事の一つなのである。
「海かぁ。話によるとスライムの種類によっては合わないらしいけど。それよりもどんな所か楽しみだわ」
「そうですね」
海と聞いて楽しそうに笑うゼリアを見て、ルチアもつられて笑顔になってしまった。
翌日、楽しみなあまりよく寝付けなかったようだが、ゼリアはスッキリした顔だった。そもそもスライムはあまり寝ない。それを考えれば当然なのかも知れなかった。
朝食は、ショークアの王族と一緒だった。港町カギョクについて、簡単に説明されたのである。朝の食卓に並んだ食材には、そのカギョクで獲れた物も混ざっていたそうだ。なんでも水属性の魔法の派生で物を凍らせて、鮮度を保ったまま輸送する技術を確立しているらしい。2日の距離にあるカギョクから、物を腐らせずに運べるのはそのためなのだそうだ。
(水魔法の応用で物を凍らせるかぁ。私も使えそうね)
話を聞きながらゼリアはそう思った。
なぜならアサシンスライムは悪食である。悪食がゆえにいろんなものを捕食している。ゼリアたちが使える魔法はそうした捕食の成果であり、そのためにゼリアもいろんな魔法を習得しているのだ。物真似だけに終わるミミックスライムとは違い、技術の修練もできるアサシンスライムは、覚えた魔法を応用できる。その成果が普段から使っている”発声”という能力なのである。キャンディたちが使えるのは、ゼリアたちが教えたためである。
それはそれとして、ゼリアがこの技術に目を付けたのは、ビボーナ国内の流通を考えたからである。ビボーナもそれなりに長距離運搬の技術は持っているが、物自体を凍らせるという発想には至っていない。氷を生み出して冷やすくらいである。しかし、冷やしたところで物の腐敗を完全に防ぐ事はできず、運び込まれた頃にはいくらか腐っているという事がしばしばあった。凍らせた上で冷やせば、物の腐敗はかなり防げると考えたのだ。
そうこう考えているうちに、気が付けばゼリアたちが王城を出発する時刻になった。ショークアの国王夫妻に挨拶をすると、一行は王都を発った。
「アレス様、カギョクの街は楽しみですね」
「ん? ああ、そうだな」
ゼリアのあまりに嬉しそうな様子に、アレスはちょっと戸惑ったようである。
カーダインを発ってからというもの、ゼリアはずっと浮かれているのだ。ただ、完全に浮かれているというわけではない。
「はぁ、アレス様とせっかくの海だというのに、なんであれ、ついてくるんですかね」
「カギョクでの産業の紹介をしたいらしいからな。まあ、あまりしつこいようなら国王たちのところに怒鳴り込むとしようか」
困った顔をするゼリアに、アレスは真顔で言っていた。
この理由は、リョブクたちがついてきたからである。そうなるとキャンディたちもついてくるので、ゼリアとしては複雑な心境である。なにぶん、リョブクの事は使節団の一件でよく思っていないためだ。リョブク一人のおかげで、うきうき気分が半減どころではなかった。
「せっかくの新婚旅行だというのに、こんなんじゃ先が思いやられるわ……」
ゼリアは肩をすくめてため息を吐くと、そのまま馬車にもたれ掛かった。
「まったくだ」
アレスも腕を組んで、同じように馬車にもたれ掛かる。それを見ていた従者組は、ただただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
こうした複雑な空気のまま、一行は一泊を挟んで2日目の夕方には港町カギョクにたどり着いた。港近くの宿屋まで移動した馬車の窓からは、夕焼けに輝く海の景色が広がっていた。
「うわぁ、きれい……」
ゼリアは宿に着くまでの間、ここまでの嫌な気分を飛ばすかのにずっと海を眺めていた。
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