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第二部 王太子妃ゼリア
第48話 そういえばスライムです
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王妃とのお茶会から解放されたゼリアが、自室に向かって歩いていると、目の前からアレスが近付いてきた。
「ゼリア、ちょうどよかった。話がある」
「アレス様、話って何でしょうか」
「私の部屋に来てくれ。廊下でする話じゃない」
「畏まりました」
何の話だろうかと思ったが、ゼリアはとりあえずアレスの部屋へと一緒に移動する。後ろにはしっかりルチアがついて来ていた。
アレスの部屋に到着すると、アレスの侍従が何やらバタバタと忙しそうにしていた。
「母上から多分聞かされたと思うが、新婚旅行の行き先と日取りが決まった」
とりあえず予想通りの話だった。本当はアレスは自分から話を出したかったのだろう。なんとも悔しそうな表情をしていた。
「確かにお伺いしましたね。ショークア王国に交渉を兼ねて向かうとの事だそうですが」
「ああ、そうだ。結婚したての私たちに面倒事を押し付けてきたというわけだ。ただでさえ、今まで国交が絶たれていた国だというのにだぞ」
ゼリアはどちらかといえばのんびり構えているが、アレスは少々荒れているような感じである。
「でも、この交渉をうまくまとめれば、アレス様の次期国王としての地位が安泰となるのではございませんか?」
「それはそうだがな。私一人ならまだしも、お前を巻き込むのが嫌なんだよ」
「あら、ご心配頂けてるのですね、嬉しい限りですわ」
さらっと本音をぶちまけたアレスだが、ゼリアの反応はちょっと軽かった。
「アレス様が心配されるのは分かりますし、嬉しいのですが、私は私で眷属をあそこに送り込んでるので心配なんですよね。二人とも正直だし、念話で聞く限りは大丈夫なんでしょうけれど、実際に見てみないと何とも安心できないんですよね」
ゼリアの言葉はどこか親バカめいたものが含まれていた。人間の生活が長くなって、どこか人間染みてきたのかも知れない。
「それに、アレス様との旅行は楽しみですから。行き先に不安があるのは確かですけれど、そこはうまく乗り切ってみせます」
人差し指を立てて不安そうに語っていたかと思うと、後ろで手を組んで笑顔になるゼリア。どこからどう見ても人間っぽい仕草である。スライムの要素はどこ行った。
「……そうか。細かい日程はこれから詰めるところだ。ゼリアも一緒に話をするか?」
「そうですね。名目上は新婚旅行なんですし、参加させてもらいます。キャンディとガムからの情報も、もしかしたら役に立つかもしれませんからね」
少々心配そうに話し掛けてきたアレスだったが、ゼリアはちょっと悩むような仕草を見せたが、はにかんだ笑顔を見せながら参加の意思を示した。
というわけで、食事を挟んで新婚旅行兼ショークア王国との交渉事業の細かい打ち合わせが始まった。
旅行の出発日は更に7日後であり、一応挨拶の品も持っていく事になった。メインの目的はあくまでも新婚旅行である。だから交渉といってもついでであり、挨拶の品の数もそれほど多くならなかった。その代わり、日程は行き来の14日間以外にも10日ほどを組んでいる。かなりの日数が費やされるようだ。
詳細な日程も決まった事で、部屋に戻ったゼリアがベッドの上で悶えていた。これでも冷徹なアサシンスライムだったはずなのだが、その面影は一体どこに行ったのだろうか。テーブルに紅茶を用意しながら、ルチアはため息交じりにゼリアを見ている。
「本当にゼリア様ってスライムなんですかって疑いたくなりますね。実際にスライムの状態を見た事ありますのに」
ベッドで悶えてごろごろするゼリアに、ルチアは冷めた口調で話し掛ける。
「あー、確かに今の状態だとそう思われちゃうわね。私も人間の状態が長いせいか、普通に人間かなって思う時があるもの」
ゼリアはそう言って、ベッドに腰掛けた状態になる。
「ただ、私の声って人間と同じように喉から出してるんじゃなくて、風魔法に言葉を乗せているだけだからね。こうやって口をふさいだ状態でも普通に喋れちゃうのよ。これをやると、ああ自分って魔物だったんだわって思い出せるのよね」
ゼリアもだいぶ感覚が狂ってきているようである。
だが、これからは王太子妃として人間形態でいる事が多くなるので、こういう感覚ももしかしたら消えてしまうかも知れない。それはそれでアイデンティティの危機である。
「ゼリア様、でしたらこの部屋に居る時くらい、元の姿に戻ってもよろしいかと思います。王太子であられるアレス様とは違って、王太子妃にはそれほど火急の用事は舞い込みませんし、なにより城の者はゼリア様の正体をご存じなのですから」
見かねたルチアがゼリアにそう進言する。すると、
「あ、そっか。それはいいかも知れないわね」
ゼリアはぐにゃあと赤色のアサシンスライムへと姿を戻す。
「うん、快適」
言葉を話しながらぴょんぴょんと跳ねる大きなスライムは、傍目には不気味だった。だが、これが今のビボーナの王太子妃の真の姿なのである。
「ありがとう、ルチア」
「いえ、主のためを思って行動するのは、侍女として当然ですから」
スライムの姿では分からないが、ゼリアは間違いなく微笑んでいるし、ルチアも顔を背けているがおそらく照れている。
ゼリアとルチアの間には確かな絆があるようである。
ゼリアの不安もひとつ解消したところで、あれよあれよという間に新婚旅行に出かける日がやって来てしまった。
「ゼリア、ちょうどよかった。話がある」
「アレス様、話って何でしょうか」
「私の部屋に来てくれ。廊下でする話じゃない」
「畏まりました」
何の話だろうかと思ったが、ゼリアはとりあえずアレスの部屋へと一緒に移動する。後ろにはしっかりルチアがついて来ていた。
アレスの部屋に到着すると、アレスの侍従が何やらバタバタと忙しそうにしていた。
「母上から多分聞かされたと思うが、新婚旅行の行き先と日取りが決まった」
とりあえず予想通りの話だった。本当はアレスは自分から話を出したかったのだろう。なんとも悔しそうな表情をしていた。
「確かにお伺いしましたね。ショークア王国に交渉を兼ねて向かうとの事だそうですが」
「ああ、そうだ。結婚したての私たちに面倒事を押し付けてきたというわけだ。ただでさえ、今まで国交が絶たれていた国だというのにだぞ」
ゼリアはどちらかといえばのんびり構えているが、アレスは少々荒れているような感じである。
「でも、この交渉をうまくまとめれば、アレス様の次期国王としての地位が安泰となるのではございませんか?」
「それはそうだがな。私一人ならまだしも、お前を巻き込むのが嫌なんだよ」
「あら、ご心配頂けてるのですね、嬉しい限りですわ」
さらっと本音をぶちまけたアレスだが、ゼリアの反応はちょっと軽かった。
「アレス様が心配されるのは分かりますし、嬉しいのですが、私は私で眷属をあそこに送り込んでるので心配なんですよね。二人とも正直だし、念話で聞く限りは大丈夫なんでしょうけれど、実際に見てみないと何とも安心できないんですよね」
ゼリアの言葉はどこか親バカめいたものが含まれていた。人間の生活が長くなって、どこか人間染みてきたのかも知れない。
「それに、アレス様との旅行は楽しみですから。行き先に不安があるのは確かですけれど、そこはうまく乗り切ってみせます」
人差し指を立てて不安そうに語っていたかと思うと、後ろで手を組んで笑顔になるゼリア。どこからどう見ても人間っぽい仕草である。スライムの要素はどこ行った。
「……そうか。細かい日程はこれから詰めるところだ。ゼリアも一緒に話をするか?」
「そうですね。名目上は新婚旅行なんですし、参加させてもらいます。キャンディとガムからの情報も、もしかしたら役に立つかもしれませんからね」
少々心配そうに話し掛けてきたアレスだったが、ゼリアはちょっと悩むような仕草を見せたが、はにかんだ笑顔を見せながら参加の意思を示した。
というわけで、食事を挟んで新婚旅行兼ショークア王国との交渉事業の細かい打ち合わせが始まった。
旅行の出発日は更に7日後であり、一応挨拶の品も持っていく事になった。メインの目的はあくまでも新婚旅行である。だから交渉といってもついでであり、挨拶の品の数もそれほど多くならなかった。その代わり、日程は行き来の14日間以外にも10日ほどを組んでいる。かなりの日数が費やされるようだ。
詳細な日程も決まった事で、部屋に戻ったゼリアがベッドの上で悶えていた。これでも冷徹なアサシンスライムだったはずなのだが、その面影は一体どこに行ったのだろうか。テーブルに紅茶を用意しながら、ルチアはため息交じりにゼリアを見ている。
「本当にゼリア様ってスライムなんですかって疑いたくなりますね。実際にスライムの状態を見た事ありますのに」
ベッドで悶えてごろごろするゼリアに、ルチアは冷めた口調で話し掛ける。
「あー、確かに今の状態だとそう思われちゃうわね。私も人間の状態が長いせいか、普通に人間かなって思う時があるもの」
ゼリアはそう言って、ベッドに腰掛けた状態になる。
「ただ、私の声って人間と同じように喉から出してるんじゃなくて、風魔法に言葉を乗せているだけだからね。こうやって口をふさいだ状態でも普通に喋れちゃうのよ。これをやると、ああ自分って魔物だったんだわって思い出せるのよね」
ゼリアもだいぶ感覚が狂ってきているようである。
だが、これからは王太子妃として人間形態でいる事が多くなるので、こういう感覚ももしかしたら消えてしまうかも知れない。それはそれでアイデンティティの危機である。
「ゼリア様、でしたらこの部屋に居る時くらい、元の姿に戻ってもよろしいかと思います。王太子であられるアレス様とは違って、王太子妃にはそれほど火急の用事は舞い込みませんし、なにより城の者はゼリア様の正体をご存じなのですから」
見かねたルチアがゼリアにそう進言する。すると、
「あ、そっか。それはいいかも知れないわね」
ゼリアはぐにゃあと赤色のアサシンスライムへと姿を戻す。
「うん、快適」
言葉を話しながらぴょんぴょんと跳ねる大きなスライムは、傍目には不気味だった。だが、これが今のビボーナの王太子妃の真の姿なのである。
「ありがとう、ルチア」
「いえ、主のためを思って行動するのは、侍女として当然ですから」
スライムの姿では分からないが、ゼリアは間違いなく微笑んでいるし、ルチアも顔を背けているがおそらく照れている。
ゼリアとルチアの間には確かな絆があるようである。
ゼリアの不安もひとつ解消したところで、あれよあれよという間に新婚旅行に出かける日がやって来てしまった。
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