スライム姉妹の受難

未羊

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第一部 スライム姉妹、登場

第44話 そういうサプライズはやめなさい

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 そして、迎えた国王の誕生祭当日。
 ゼリアは給仕としてパーティー会場で忙しく動いていた。首辺りで束ねた赤い髪に赤い瞳という目立つ容姿だが、一人の給仕として動いているためかあまり印象に残らないようである。まぁ貴族たちは給仕の事などあまり見ていないのだ。
 国王たちはまだ会場には居ない。国王の誕生日を祝うために集まった貴族たちがわいわいと談笑している状態である。この自由な時間に、貴族たちは交流したり交渉をしたりする。
 アサシンスライムで聴覚のいいゼリアは、その貴族たちの会話が耳にどんどんと入ってきて、少し気持ち悪くなった。
(よくもまぁこんなに喋れるわねぇ。王命じゃなきゃとっとと逃げてるところだわ)
 人ごみに気持ち悪く思いながらも、ゼリアは仕事と割り切って我慢し続けた。楽団が音楽を演奏してくれているので、多少気にならなくなっているが、早く終わってほしいと心底願った。
 不意に音楽が止まる。それと同時に貴族たちの会話も止まり、ゼリアはほっとする。
 だが、それも束の間。一人の兵士が入ってきて、こう高らかに宣言した。
「国王陛下並びに王妃殿下、王太子殿下の入場でございます!」
 王女殿下という単語がないのは仕方がない。カレンは今王城の外に居るわけだし、まだ戻ってきていない。物理的に居ないのだからこの場に姿を現す事は不可能なのである。
 それはともかくとして、国王、王妃、アレスの三人が会場に姿を現した。それと同時に、それぞれに仕える使用人がバルコニー下の脇から入ってきた。ルチアにマシュロも居る。そして、国王たちは周りより一段高い壇上まで降りてきた。
「皆の者、この私の誕生祭によく集まってくれた。実に嬉しく思う。これだけの臣下が揃う事もまずあるまい。存分にゆっくりしていってくれ」
「国王陛下万歳!」
「国王陛下、お誕生日おめでとうございます!」
 集まった貴族から、お祝いの言葉など、様々な言葉が飛び出している。聞こえる限りは、国王は貴族たちから慕われているようで何よりである。これにはゼリアもほっとしたようである。
 だが、ゼリアは警戒を緩めていない。自分がなぜパーティー会場の中に配置されたのか、ひと晩考えた。それはきっと、アサシンスライムとしての能力を買われたのだろう。
 実は、アサシンスライムというのは他人の殺気には敏感なのだ。耳がよくて他人の言葉を拾い過ぎてしまうのも、ターゲットの動向を拾うのも当然だが、他人に獲物を取られないようにするためでもある。今のところそういう気配がないので、ゼリアは普通に給仕の真似事をしていて、貴族に飲み物を配ったり、空の皿を下げるように他の給仕にお願いしたりしていた。とにかくパーティー会場から外に出るような真似はしなかった。
 そして、乾杯の音頭が取られて盛り上がろうかとしたその時だった。
 突如として、パーティー会場の扉が開いた。
「お父様、お母様、お兄様。カレン、ただいま戻りましたわ!」
 なんと全身ズタボロの汚い格好でカレンが戻ってきた。グミが擬態した服のおかげで、そのズタボロ具合はうまく隠されていたが、ゼリアにはよく分かる。
(マンティコアとの戦いでボロボロになったのね……)
 会場のどよめきをよそに、カレンは会場に入ってきて、何かを床へと大きな音ともに置いた。
「今日はお父様のお祝いのために、魔物を狩ってきましたわ」
 なんといういい笑顔でえげつない事を言い放つのか、この王女。毎年の事とはいえ、今年のさらなる異様な光景に、さすがに貴族たちの間にも動揺が広がっていた。
「今年はなんと、マンティコアを狩ってきましたのよ!」
 カレンの満面の笑みから放たれた言葉に、会場は絶句した。この中でこれを知っているのは、ゼリアとアレスとルチアの三人だけである。同様にあちゃーという表情をしていた。
 マンティコアなんてそもそも、人間たちの住む領域に出る魔物ではない。まれに飛び出てくるが、ある程度獲物を襲えば満足して自分の領域に戻る。それを倒してきたというのだから、この何とも言えない空気になるのはやむを得ないのであった。
「それとお父様には、もう一つご報告がございます」
 マンティコアの肉と爪は近くの兵士に任せて、カレンは国王の方へと歩いていく。その恐ろしい姿から、貴族たちは次々と道を開けていった。
 やがて、国王の目の前までやって来たカレンは、一通の書簡を取り出して国王へと突き出した。国王は恐る恐るそれを受け取ると、それを開いて中身を確認した。
「な、なんだと?!」
 国王は驚いた。
「えっへん。この度、私、カレン・ビボーナは、魔王様と婚約する事となりました」
「はああああぁぁぁっ?!?!」
 カレンの爆弾発言で、会場は阿鼻叫喚となった。そりゃ信じたくはない。自国の姫がよりにもよって魔族の長である魔王と婚約など、前代未聞の話である。
 これにはさすがにゼリアも驚いていた。自分の命を狙って刺客を差し向けた相手との婚約である。正直言って正気を疑うレベルだった。
「お前という奴は、相変わらずそういう突飛もない事が好きだな、カレン」
 アレスの声が近くで聞こえてきたので、ゼリアははっと横を向く。なんとそこには壇上に居たはずのアレスが立っていたからだ。慌てたゼリアが壇上を確認すると、確かにアレスの姿がなくなっていた。カレンが注目を集めている間に移動してきたらしい。
「父上、私からもサプライズを一つ贈ろうと思う」
 アレスが何か言い始めた。これに対して、ゼリアは嫌な予感がよぎった。
「私はこのゼリアを妻に迎えようと思う」
「はぁ?!」
 あの妹にしてこの兄ありである。
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