スライム姉妹の受難

未羊

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第一部 スライム姉妹、登場

第36話 渦巻く思い

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 場所はビボーナ王国に戻る。
 ショークア王国に隊商を派遣する日まで、キャンディ、マシュロ、ガムの勉強会が行われていた。ゼリアの眷属である三体はとても優秀で、教えた事をどんどんと吸収していった。読み書き計算も当たり前にこなせるレベルである。ゼリアより優秀ではなかろうか。
「誰の頭が悪いというのです!」
 ゼリアがアレスに対して怒鳴っている。ゼリアの眷属の学習スピードを目の当たりにしたアレスが、うっかりゼリアに対して「お前より覚えが早い」とか言うからである。
 ゼリアだってカレンに比べればどんどんと学習していく。ゼリアたちのこの学習能力の高さは、種族由来のものである。生き残るために知識や能力を吸収しやすい状態にあるのである。実は、この能力はアサシンスライムよりミミックスライムの方が高いのだ。アサシンスライムは捕食能力を高めた代わりに、学習能力がミミックスライムに劣るというわけである。悲しいかな、進化の代償というわけなのだ。
「私の方が上位種なんですよ! 私の眷属だからあの子たちが褒められるのは嬉しいんですけど、なんで私を貶すんですか!!」
 ゼリアは怒って、ずかずかとがに股で歩いて行った。お姫様プレイを忘れないでほしいものである。その姿を見送ったアレスは思わず吹き出していた。
「ふっ、なかなか愛い奴め」
 なぜか満足そうなアレスは、ゼリアとは反対方向へと歩いて立ち去った。

「お、おいっ。今日のカレン様、かなり荒れてるな」
「本当だ……。一体何があったのだろうか」
 ゼリアはいつものように訓練場にやって来ていた。そして、今回もデコイをフルボッコにしている。カレン用にかなり丈夫に作られたデコイなのだが、それでもぼこぼこと凹んでいる。
 この日の最後はアッパーからの踵落としだった。すると、地面に叩きつけられたデコイは、きれいなまでに縦に真っ二つとなっていた。
「ふぅ、すっきりした。あっ、片付けをお願いしますね」
 ゼリアは笑顔で言うと、訓練場を後にしたのだった。
 ゼリアが立ち去った後に、ゼリアがフルボッコにしたデコイを見た兵士たちは、その状態に震え上がった。
「ひぃぃ……」
「特別に作らせたデコイが……、真っ二つ……」
「こう言っちゃ不敬なのは百も承知だが、姫様、本当に俺たちと同じ人間なのか?」
 カレンの時からずっと見てきた兵士たち。途中からゼリアに成り代わっているのだが、どちらもあまりに人外な事をやってくれているのでまったく気が付かないようである。こうまで言われるカレン、どれだけの脳筋姫なんだか……。

 この日の運動を終えて、湯あみですっきりしたゼリア。部屋に戻る最中にキャンディたち眷属三体に出くわした。
「主人」
 ゼリアを見つけた三人は駆け寄ってくる。
「あら、あなたたち。今日の分の勉強は?」
「今しがた終わりました。勉強は楽しいですので、もうしばらくしていたかったです」
 ガムがそんな事を言ってくる。まったく勤勉なスライムである。
「ははっ、あなたたちが大丈夫だからと言っても、教える方の人間の体力を考えなきゃね。そういうところも学ばなきゃ」
「そうでしたか。人間って貧弱なんですね」
「そうね。……まぁ、例外も居るだろうけど」
 眷属とやり取りしながら、ゼリアの目が泳いだ。ゼリアの言う例外は、間違いなくカレンの事だろう。まぁ、視線を逸らしたのは周りの確認というのもあるだろう。廊下で眷属三体と長々と話をするわけにもいかないのだ。ゼリアはカレンモードになる。
「では、お父様とお母様のところに参りましょう。きちんと今日の事は私たちからも報告しておきませんとね」
「はい、主人」
 ゼリアは眷属三体を連れて、国王と王妃にそれぞれ報告するために部屋に向かった。

「ふむ、これならもう問題ないかな」
 国王がミミックスライム三体の教育状況の報告書を見ながら、大臣と話している。今回の隊商は国家戦略の一環なので、相手国にスパイを送り込む話は主要大臣には話してある。だが、このスパイ、ショークア王国より優位に立つ事が目的ではなく、相手国に居る不穏分子を潰すためである。どちらかと言えば平和維持のためである。せっかく停戦状態が続いているのに、たった一人の人物のせいでそれを狂わされるのは笑い話にもなりやしないのだ。割と深刻な話である。
「キャンディ、マシュロ、ガム、三人とも本当に飲み込みも理解も早くて、隊員たちの中に入っても違和感がありませんね。そのまま相手国の中に置いていくのがもったいなく思います」
 大臣はこう話しているが、国王もほぼ同じ感想だった。
「一応、向こうから定期連絡を入れてくる事になっている。有用な情報を引き出してくれると嬉しいのだがな」
 国王は報告書を読み終わって、横のテーブルへと置いた。
「左様でございますな。使節団の中のリョブクという男の態度、あればかりはどうしても目に余りましたからな」
「うむ、あの男の持つ商業ノウハウは役に立つというのに、それだけにあの態度はもったいないというものだ」
 国王がこう言うと、大臣は軽く頷いて同意した。
「何にしても、明日はいよいよ出発の日でございます。いい交渉ができるといいですな」
「うむ、そうだな。お前は明日に備えてもう休め」
「はっ、そのように致します」
 大臣が部屋から出て行く。
 しばらく黙って座っていた国王は、突然ため息を吐いた。
「カレンが魔族に命を狙われ、こっちはこっちで急に隣国が使節団を寄こしてきた。父上の時代から何も起きていなかったというのにな……」
 国王はくいっとグラスの水を口に含む。
「やれやれ、これは何か大ごとの前触れだというのだろうかな……」
 国王は窓の外を眺めてしばらく黙り込んだのだった。
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