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第四章『運命のいたずら』
優勢のミムニア
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魔界と人間界の境界付近では、魔物とミムニア軍との交戦が続けられている。
魔物との戦いに慣れていないミムニア軍は、最初の頃こそ大型の魔物との戦いで怯みはしたものの、サイキスが合流してからというものは体勢を立て直して連携が取れ始めていた。その事によって、戦いは少しずつミムニア軍の優勢に傾いていた。
その戦いを遠方より見つめる影。
「ほほぉ、なかなかやるではないか」
感心した様子で眺めるその態度は、かなり余裕があるように見える。
「さて、そろそろ頃合いかも知れんな。あれだけ勢いづいているのならば、魔界へ誘うのも容易いだろう」
影はそう呟くと、すっと右手を掲げた。
それと呼応するように、ミムニア軍と交戦を続けていた魔物たちが、一斉にその動きを止める。突然の事にミムニア軍も動きを止めてしまう。
次の瞬間、魔物たちは一斉にミムニア軍に背を向けて走り始めたではないか。その様子を見たミムニア軍の指揮官は、これを好機と捉える。
「追えっ! 一匹たりとも逃がすな、根絶やしにしてやるのだ!」
追撃の指示を出す指揮官だったが、
「待て! 追ってはならぬ、止まるんだ!」
将軍であるサイキスはまったく逆の指示を出す。ところが、サイキスが制止したにもかかわらず、優位に進めて勢いづいていたミムニア軍は、魔物を追いかけて突撃していってしまった。
「サイキス様、なぜ止めるのですか?」
サイキスの横に居た魔術隊の隊員が、その真意をサイキスに尋ねる。その声にサイキスは反応する。
「お前はおかしいと思わんのか?」
「な、何がでしょうか」
サイキスに問い掛けられた隊員は首を傾げている。その隊員の反応に、サイキスは首を左右に振りながら失望の表情を見せていた。そして、すぐさま鋭い目つきで隊員を見る。
「お前は、魔物がなぜ退いたのか分かるか?」
「我々に恐れをなしたからではないのでしょうか」
サイキスの質問に、魔術隊員はきょとんとした表情で答えている。するとどうだろうか、サイキスはその答えを聞いて表情を険しくしているではないか。完全に怒っている状態である。
「お前らはバカか! 逃げていく魔物の動きをよく思い出せ!」
怒号を浴びせられた魔術隊員は、思わず身をすくめてしまう。
「恐れをなしたのであるならば、逃げる方向もタイミングもバラバラになるはずだ。ところはどうだ、奴らの動きは!」
「あっ!!」
サイキスの言葉に、追撃せずにサイキスの命令に従った兵士たちが何かに気が付いたようだ。
「そうだ! 奴らの動きは、タイミングも方向もすべて一緒だった。あれだけ魔物の種類が居て、だ。となると考えられるのは陽動、我々を罠に嵌める意図がある動きという事だ」
「となりますと……」
「これを後ろから操っている者が居るという事だ。まんまと乗せられおって……」
ぎりぎりと歯を食いしばるサイキス。
さすがは軍事国家の将軍を務める男である。魔物の動きを一瞬見ただけで、その動きの異常さを見抜いていたのだ。
だが、このままでは追撃していった兵士たちが危険である。サイキスはすぐさま作戦を立てる。
「機動力のある者はワシについて、すぐさま釣られて追撃した兵士たちを追う。残りの者たちはワシらの後ろからついて来い。ただし、万が一の襲撃に備えておけ」
きびきびと指示を出していくサイキス。
「そして、その後方隊の指揮官はお前がやれ」
「ええ?! わ、私がですか?」
サイキスが後方隊の指揮官に選んだのは、先程問答をした兵士だった。
「そうだ。お前は指揮官志望だっただろうが。ちょうどいい機会だ、ワシの側で培ってきた腕を見せてみろ」
命令を下したサイキスは簡単なアドバイスだけ送ると、すぐさま魔物に追撃を仕掛けた部隊を追いかける。
こうして、ミムニア軍は追撃隊、追走隊、後方隊の三つに戦力が分断されてしまった。
追走隊を指揮するサイキスは、軍の若輩者たちの暴走に苛立ってはいるものの、それを止められなかった自分が悔しくてたまらなかった。その思いを胸に、魔物の毒牙に掛かる前に部下を助けるべく、サイキスはその歩を速めた。
「ほお……、あのサイキスという男はなかなか頭の切れる奴だな。あの動きの意味を正確に読み取り、なんとかして事態に対処しようとしている」
遠くから戦況を観察する影は、そんな感想を漏らしていた。
「くっくっくっ……。さすがは軍事国家というべきかな。……だが、対人戦の戦略がどこまで魔物相手に、しかも魔界の中で通用するかな?」
影の視線が少しずつ魔界の方へと動いていく。
ここはイプセルタの東にある還らずの森よりもさらに東に位置している、小高い丘陵地に挟まれた地帯だ。そこには人間界と魔界との間にある、瘴気の壁という境目がはっきりと見えている。
「ふむ、もう少しで魔界に達するな。妙な動きを見せるミムニアに気が付いて、いろいろ仕掛けさせてもらったが……」
影はとある地点まで視線を動かすと、ぴたりと動きを止める。
「ふっ。なんにせよ、魔界に足を踏み入れた時が、ミムニア軍崩壊の瞬間だ! さあ、ぜひとも美しいハーモニーを聞かせてくれ、ハーッハッハッハッハッ!」
魔界の空に、影の笑い声が大きくこだまする。
この影は、一体どんな罠を仕掛けたというのだろうか。はたして、ミムニア軍の運命はいかに?
魔物との戦いに慣れていないミムニア軍は、最初の頃こそ大型の魔物との戦いで怯みはしたものの、サイキスが合流してからというものは体勢を立て直して連携が取れ始めていた。その事によって、戦いは少しずつミムニア軍の優勢に傾いていた。
その戦いを遠方より見つめる影。
「ほほぉ、なかなかやるではないか」
感心した様子で眺めるその態度は、かなり余裕があるように見える。
「さて、そろそろ頃合いかも知れんな。あれだけ勢いづいているのならば、魔界へ誘うのも容易いだろう」
影はそう呟くと、すっと右手を掲げた。
それと呼応するように、ミムニア軍と交戦を続けていた魔物たちが、一斉にその動きを止める。突然の事にミムニア軍も動きを止めてしまう。
次の瞬間、魔物たちは一斉にミムニア軍に背を向けて走り始めたではないか。その様子を見たミムニア軍の指揮官は、これを好機と捉える。
「追えっ! 一匹たりとも逃がすな、根絶やしにしてやるのだ!」
追撃の指示を出す指揮官だったが、
「待て! 追ってはならぬ、止まるんだ!」
将軍であるサイキスはまったく逆の指示を出す。ところが、サイキスが制止したにもかかわらず、優位に進めて勢いづいていたミムニア軍は、魔物を追いかけて突撃していってしまった。
「サイキス様、なぜ止めるのですか?」
サイキスの横に居た魔術隊の隊員が、その真意をサイキスに尋ねる。その声にサイキスは反応する。
「お前はおかしいと思わんのか?」
「な、何がでしょうか」
サイキスに問い掛けられた隊員は首を傾げている。その隊員の反応に、サイキスは首を左右に振りながら失望の表情を見せていた。そして、すぐさま鋭い目つきで隊員を見る。
「お前は、魔物がなぜ退いたのか分かるか?」
「我々に恐れをなしたからではないのでしょうか」
サイキスの質問に、魔術隊員はきょとんとした表情で答えている。するとどうだろうか、サイキスはその答えを聞いて表情を険しくしているではないか。完全に怒っている状態である。
「お前らはバカか! 逃げていく魔物の動きをよく思い出せ!」
怒号を浴びせられた魔術隊員は、思わず身をすくめてしまう。
「恐れをなしたのであるならば、逃げる方向もタイミングもバラバラになるはずだ。ところはどうだ、奴らの動きは!」
「あっ!!」
サイキスの言葉に、追撃せずにサイキスの命令に従った兵士たちが何かに気が付いたようだ。
「そうだ! 奴らの動きは、タイミングも方向もすべて一緒だった。あれだけ魔物の種類が居て、だ。となると考えられるのは陽動、我々を罠に嵌める意図がある動きという事だ」
「となりますと……」
「これを後ろから操っている者が居るという事だ。まんまと乗せられおって……」
ぎりぎりと歯を食いしばるサイキス。
さすがは軍事国家の将軍を務める男である。魔物の動きを一瞬見ただけで、その動きの異常さを見抜いていたのだ。
だが、このままでは追撃していった兵士たちが危険である。サイキスはすぐさま作戦を立てる。
「機動力のある者はワシについて、すぐさま釣られて追撃した兵士たちを追う。残りの者たちはワシらの後ろからついて来い。ただし、万が一の襲撃に備えておけ」
きびきびと指示を出していくサイキス。
「そして、その後方隊の指揮官はお前がやれ」
「ええ?! わ、私がですか?」
サイキスが後方隊の指揮官に選んだのは、先程問答をした兵士だった。
「そうだ。お前は指揮官志望だっただろうが。ちょうどいい機会だ、ワシの側で培ってきた腕を見せてみろ」
命令を下したサイキスは簡単なアドバイスだけ送ると、すぐさま魔物に追撃を仕掛けた部隊を追いかける。
こうして、ミムニア軍は追撃隊、追走隊、後方隊の三つに戦力が分断されてしまった。
追走隊を指揮するサイキスは、軍の若輩者たちの暴走に苛立ってはいるものの、それを止められなかった自分が悔しくてたまらなかった。その思いを胸に、魔物の毒牙に掛かる前に部下を助けるべく、サイキスはその歩を速めた。
「ほお……、あのサイキスという男はなかなか頭の切れる奴だな。あの動きの意味を正確に読み取り、なんとかして事態に対処しようとしている」
遠くから戦況を観察する影は、そんな感想を漏らしていた。
「くっくっくっ……。さすがは軍事国家というべきかな。……だが、対人戦の戦略がどこまで魔物相手に、しかも魔界の中で通用するかな?」
影の視線が少しずつ魔界の方へと動いていく。
ここはイプセルタの東にある還らずの森よりもさらに東に位置している、小高い丘陵地に挟まれた地帯だ。そこには人間界と魔界との間にある、瘴気の壁という境目がはっきりと見えている。
「ふむ、もう少しで魔界に達するな。妙な動きを見せるミムニアに気が付いて、いろいろ仕掛けさせてもらったが……」
影はとある地点まで視線を動かすと、ぴたりと動きを止める。
「ふっ。なんにせよ、魔界に足を踏み入れた時が、ミムニア軍崩壊の瞬間だ! さあ、ぜひとも美しいハーモニーを聞かせてくれ、ハーッハッハッハッハッ!」
魔界の空に、影の笑い声が大きくこだまする。
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