神槍のルナル

未羊

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第二章『西の都へ』

ユグドラシルの精霊

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 ルルは大々的に自分の正体を明かすと、その使命を語り始めた。
「『ユグドラシルの精霊』というのは、母なる世界樹であるユグドラシルの代わりに、世界の姿を見聞きしてそれを伝える役割を持った存在です。お姉ちゃんも私も人の姿を取っていますが、そういった事は実は稀なんです」
 ここまで説明をして、なぜかドヤ顔を決めるルル。どうやら人の姿を取っている事が自慢のようだった。
 とんでもない話ではあるが、こうやって語られるルルの話は信じるしかないだろう。ルルの姿は10歳くらいの少女なのだが、人間と魔族の両方の魔法を操り、宿り木の杖という特殊な装備を持っている。それに加えて誰も知らない未知の魔法を使っているのだから。
 それにしても、ルルというのは実はすごい存在だったのだと、認識させられる話である。
「私が仰せつかったのは、人として生き、その生活を見届ける事でした。それであの村が選ばれたんですが、まさかあんな事になるとは思ってもみませんでした」
 ルルが言っているのはゴブリンの一件だろう。あれは確かに予測できたものではなかった。
「人として馴染み過ぎてしまったですし、あそこで精霊だと知られるわけにもいかなかったので、何もできなかったのはとても悔しかったです」
 ルルは手に持っている杖をぎゅっと握りしめる。
「お父さんやお母さんたちに自分の正体を知られた時の反応が、怖かったんです。だから、みんなを酷い目に遭わせてしまった。私、どうしたらよかったんでしょうか……」
 そう言いながら泣きそうになるルル。その年相応な姿に、ルナルたちはどう声を掛けていいのか分からなかった。
「そうですね、正体を知られる事を恐れる気持ちは分かりますよ。私だってそうですからね」
 おそるおそるルナルは、涙ぐむルルの頭に手を置きながら声を掛ける。
 確かにその通りである。ルナルの正体は魔族を統べる魔王である。人間を知るべく自分の正体を隠したまま、ハンターとして活動するルナルの姿は、今のルルと重なるのである。
「でも、みんなを守るだけの力があるのですから、使える時はちゃんと使いませんとね。あの時、グランドフラッドを防いだのはルルちゃんだったのですね」
「あはは、あれはうまくいってよかったです。……はい、あの時はみんなを守れて、とても安心しました」
 ルルは顔を上げて、にこりと笑っていた。さっきまで泣いていたので目じりに涙が溜まっている。
「それにしても、そういった事情があるにも関わらず、私について来たのはどういう事なのでしょうか」
 そこへすかさずルナルが質問をぶつける。すると、ルルはすっかり泣き止んで真剣な表情をしていた。
「はい、それはちゃんと理由があります」
 きっぱりと言い切るルル。
「それはお姉ちゃんが原因です。私たちユグドラシルの精霊は、互いに念話による意思疎通ができるんです。それで、お姉ちゃんからルナル様の事を聞かされていたんです。それで、私自身もルナル様に興味を強く持ったからなんです」
 真剣に話すルルなのだが、ルナルはさっきからルルが使っている『お姉ちゃん』という単語が気になっていた。しかし、ルナルには思い当たる存在が一人居た。なにせ、ルナルはその正体に勘付いた相手なのだから。
「……なるほど、お姉ちゃんとは『還らずの森』の事なんですね」
「はい、その通りです。ルナル様から『フォル』という名前を貰ったとか言って、とても喜んでいましたから。会ったのは私の方が先なのに、なんか悔しくなっちゃいましたよ」
 ルルはそう言って、口先を尖らせて少し不機嫌そうにしていた。そういうところを見ると、見た目の年齢相応なところが見て取れるのである。
「でも、こうとも言っていましたね。魔王と勇者なのに一緒に居て、それでいて互いに悪い影響が出ない。普通はあり得ない事だって」
「まあ、確かにそうですね。でも、破邪の剣の影響はちゃんと受けますよ」
 ルナルは苦笑いを浮かべている。ルルも釣られるように笑う。
「それで、ルナル様はハンターとして活動しているので、あちこちに出向くわけですから私の使命に影響はないだろうって事で、それでルナル様に同行したんです。ちなみに勧めたのはお姉ちゃんですけどね」
 ルルがルナルたちに同行する事になった裏には、そんな事情があったのだった。
「それから、先程も申しましたが、ユグドラシルの精霊は念話で互いに意思疎通ができるんです。さすがに距離が離れてしまうなどの要因で、全員というわけにはいきませんけれど。ちなみに私が意思疎通できる相手は、お母様とお姉ちゃんの二人だけなんですよ」
 ルルが何かとんでもない事を喋っている。その言葉に全員が言葉を失ってしまっている。つまり、今のはこういう事だ。ルルがその気になれば、すべて世界樹に筒抜けになるというわけなのである。
「あ、あの! ぜ、全部話すわけじゃないですから。ただ、私たちが見聞きした事はお母様、つまりは世界樹の中に世界の記憶として蓄積されていくだけなんです。別に行動に対して罰が下るとかそういう事はないですから、あ、安心して下さい!」
 ルルがめちゃくちゃ繕うように補足を入れている。そのルルが慌てる様子に、ルナルたちはつい吹き出してしまった。
「むぅ……、何がおかしいんですか……」
「いやすまない。必死に取り繕う姿がつい面白く映っただけだ。気を損ねたのならすまないな」
「ルナル、なんかとんでもない子に懐かれちゃいましたね」
「ええ、その通りですね」
 ルルがむくれると智将が謝罪し、サキはルナルに同情にも近い声を掛けていた。
「もしかして……嫌いになっちゃいました?」
 ルルが上目遣いでルナルたちを見てくる。
「そんなわけないじゃないですか。安心して下さい、ルルちゃん」
 ルナルがそう言ってルルに抱きつくと、ルルは嬉しそうに笑ったのだった。
「さて、ルルくんの正体も分かった事だし、率直に君たちの能力を評価をしようか」
 話がひと区切りついたところで智将がそう口にすると、セインとルルの表情が強張った。
「ルルくんの魔法の腕前の根拠も分かったわけだけど、二人の能力は問題と思う。問題があるとすれば、それは経験不足だな。初手でうまく連携できていただけに、経験不足が露骨に影響したといった感じだったよ」
「確かにそうですね。つい最近までは戦いとはほとんど無縁でしたから、そこは仕方のない部分ですね」
 智将とルナルは二人に対して、能力は及第点だが、経験不足は深刻だという評価で一致していた。
 そして、揃って頷き合うと、セインとルルの方へと振り向いた。
「お二人に提案があります」
 ルナルが発言する。
「一体なんだよ」
 セインがふて気味に反応する。
「私と智将様は、これから一緒にイプセルタでの会議に向かいます。そこで二人はこのままシグムスに残って、一緒に訓練を受けて下さい。魔族や魔物との戦いで鍛えられたシグムス軍です。きっといい勉強になると思いますよ」
「うむ、いい考えだな。サキ、早速手配してやってくれ」
「畏まりました」
 ルナルの提案に、智将たちが素早く動く。サキは返事をすると、風のように部屋から出ていった。
「確かに、いいように扱われちまったな」
「私も、完全に冷静さを失ってました」
 二人揃ってさっきの戦いを反省している。
「反省できるって事は、成長の見込みがある。これは鍛えがいがありそうだな」
 智将は腕を組みながら楽しそうに笑っていた。
「二人とも頑張って下さいね」
「ああ、きっと強くなってやる」
「はい、もっとルナル様のお役に立てるように頑張ります!」
 頼もしい反応をした二人を見て、ルナルもまた過去を反省する。
「自分の言葉には、責任を持ちませんとね……」
 ペンタホーンの驚異的な脚により、シグムスまで二日で来てしまったルナルたち。つまり、イプセルタでの会議まであと八日である。その頃には、自分の中で一定の結論を出せているのだろうか、ルナルは改めて自問自答をするのだった。
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