メシマセ!魔王女ちゃん

未羊

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第二章

第35話 ピークの谷間の一幕

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 この日のカフェ『ミルフィ』は忙しかった。朝から昼間でまったくの休みなし。途中で参戦したティアも入店に苦戦するくらいの人だかりで、朝に仕込んだ分では朝のピークを乗り切れなかった。開店ギリギリまで仕込みを増やしたというのに、それですらあっという間に飲み込まれてしまったのだ。

「な、なんなのですか……」

 手伝いに来ていたミルフィは、厨房の片隅で邪魔にならないようにぐったりしていた。
 魔族のお姫様とはいってもやっぱりまだ子ども。体力はそう多くないようだった。

「ミルフィ様、大丈夫ですか?」

「ありがとう、ティア」

 メイド服を着たティアが水を差し出している。それを受け取って、ミルフィは一気に飲み干していた。
 朝のピークが落ち着いたものの、ゆっくりもしていられない。すぐに昼ピークの支度をしなければならない。
 ミルフィが動こうとすると、ティアがそれを止める。

「ミルフィ様、あなたは大事な方なのです。無理して倒れられては困りますので、そのままお昼まで休憩なさっていて下さい。ねえ、みなさん」

 くるりと振り向いて厨房を見ると、厨房のスタッフはみんなしてこくりと頷いていた。
 その姿を見たミルフィは、嬉しくてつい涙を浮かべてしまう。

「み、ミルフィ様……」

「ははっ、ごめんなさい。優しさが嬉しくて、つい……」

 ミルフィはそう言って立ち上がる。

「ちょっと裏で休ませて頂きますね。ここに居てはみなさんの邪魔になりますから」

「はい、承知致しました。ピークの前にはお呼び致しますね」

 ティアの了承を貰うと、そのまま厨房を出て行く。
 この建物を改装した際に設置した設備が、実は厨房の裏にあった。

「ここを使う時が来ますとはねぇ……」

 それは小さな休憩室だった。ベッドが1台と大きな机1つを囲むように4脚の椅子置いてあるので、小さいとはいってもそれなりに広さはある。
 休憩も無しに働くのは無理だし、食事をするスペースも要るだろうとして追加した部屋なのだ。
 これまでは忙しいとはいっても、厨房の片隅で代わる代わる食事を取る事は可能だった。
 しかし、今日の賑わいでは完全に無理である。厨房は隅から隅までてんやわんやの大騒ぎ。そんな状況なので、ついにこの休憩室の出番が来たというわけだった。

「ふぅ、みなさんには悪いですけれど、少し休ませて頂きますか。でも、その前に……っと」

 ベッドに腰掛けたミルフィは、ピレシーを召喚する。

”どうされたかな、主よ”

「食材のストックを、厨房の冷蔵庫に出しておいて下さい。今日のこの様子では閉店まで恐らくもちません。補充の際にはティアに声を掛けて頂ければ、おそらく大丈夫なはずです」

”確かにそうであるな。我に任せて、ゆっくり休んでおくとよいぞ”

「頼みましたよ」

 そう言って横になるミルフィ。ミルフィから頼まれたピレシーは、ふよふよと浮かびながら厨房へと向かっていった。
 ピレシーが厨房に入ると、料理人たちがバタバタと動き回っている。お昼のピークに向けた仕込みの真っ最中なのだ。今はさすがに店内は落ち着いているので、新規に作る料理は一人が担当すればどうにか回る状態だった。
 明らかに服装の違う女性を見つけたピレシーは、ゆっくりと近付いていく。

”主の従者よ、ちょっといいかな?”

 声に驚いてくるりと振り向くティア。

「これは、ピレシー様ではないですか。どうなされたのですか?」

 しかし、そこはさすがに魔王女のメイドだ。すぐに冷静さを取り戻して対応している。

”主から頼まれた。我の収納魔法に眠る食材を補充してくれとな。冷蔵庫まで案内願えるか?”

「ミルフィ様からですか。畏まりました」

 ピレシーの頼みを了承するティア。

「こちらです。扉をお開けしましょうか?」

”うむ、頼む”

 確認を取ると、ティアは冷蔵庫の扉を開ける。
 その中にあった食材を確認すると、ピレシーは対応する食材を冷蔵庫の中に出していく。こういうところは実に器用な魔導書なのである。

”実に助かったぞ。我では扉を開ける事はできぬからな”

「でしたら、どうやってここまで入ってきたんですか」

”ぐぬっ”

 鋭い質問を食らってしまうピレシーである。

”我はこの世のものではないからな、その辺の障害物はものともしない。だが、冷蔵庫は別だ。中には冷やすための魔法が展開されている。我は魔導書がゆえに、魔法の影響を受けてしまうのだ”

「なるほどです、理解しました」

 中身を確認して、冷蔵庫の扉を閉めながら頷くティアである。

「とりあえず、今日のこの量を覚えて商会に発注を頼まねばなりませんね」

”とりあえずそうだな。明日は間に合わぬだろうから、明後日からになるであろうな”

「これは、しばらくは忙しくて何もできなくなりますね」

 冷蔵庫の扉に手を触れたまま、厨房の中を見回すティアとピレシー。
 厨房の中はお昼に向けて激戦を繰り広げている。

「それでは、私はみなさんをお手伝いして参りますので、ピレシー様はミルフィ様をよろしくお願い致します」

 そうとだけ告げると、ティアは厨房の仕込みを手伝い始めた。
 この日の戦いは、まだ終わりそうにない。
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