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第一章
第9話 新たなる味
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父親である魔王にはっきりと宣言をしたミルフィは、その日から料理の特訓を始めた。
知識はピレシーが持っているのだが、自分はなにせ料理をしたのは最近が初めてだ。あの時はたまたまうまくいったものの、それがいつまでも続くとは限らない。ミルフィは必死である。
”主よ、冷却魔法の温度が低すぎますぞ。冷ますのが目的であって凍らせるわけではないのですぞ”
「うーん、加減が難しいわね……」
ミルフィはピレシーという鬼コーチの下で、この日はデザート作りに励んでいた。
なぜデザートか。
実は料理を始めてから数日が経った日のこと、ピレシーからデザートなる甘いものの話を聞いたのである。興味を示したミルフィは、試しに作り始めたというわけなのだ。
ところが、これが意外と難しいものだった。
パンやシチューなど、今までは問題なく進めてこれたというのに、ここにきて壁にぶつかってしまった。
それというのも、甘いものというのは実は魔界では未知の味覚だったからだ。大体は「苦い」「辛い」「酸っぱい」といった感じである。
ピレシーから甘いものに関しての情報を得たミルフィは、先日訪れた人間の街に出向いて甘いものの元を購入して帰ってきた。それを使って、今まさに悪戦苦闘中なのである。
「この苦いチェチェカの実が、本当に甘い食べ物に変わるの? 知識を貰ったからとはいっても半信半疑なんだけど……」
”うむ、なるぞ。そのためにスェトーの粉末を購入してきたのではないか。それに、最後の食べやすいように固める作業まで来ておるのだ。今さら何を言っておる”
疑問を口にするミルフィを、ピレシーは容赦なく叱りつけていた。
そうこうしているうちに、目の前の茶色い物体が固まっていた。見た目だけなら甘いどころかおいしそうにも見えなかった。
”これで完成したな。これが我がレシピの中にある甘味の一つ『チョコレート』なるものだ。混ぜ合わせるスェトーやミルクの量を調節すると、甘みやまろやかさを変えられるのだよ”
「……見た目的においしそうに見えないんですけどね」
ミルフィは眉間にしわを寄せて、実に嫌そうな顔をしていた。
”そこまで疑うのなら、主の侍女に試食をしてもらえばいい。我の食に関する魔法の中には、解毒や鎮痛といった回復魔法も存在しておるからな”
ピレシーの言葉に露骨に表情をさらに歪めるミルフィである。
しかし、自分たちのような身分の高い者には毒見役なる使用人がつく事がある。侍女を毒見役にするのは正直気が進まないミルフィだが、他に頼む相手も居ないのでやむなくティアを厨房へと呼んだのだった。
「お呼びでしょうか、姫様」
「ティア、雑用中にごめんなさいね。新しい料理を作ったから、感想を貰いたいのです」
「まあ、姫様の新作でございますか?!」
申し訳なさそうに指を突き合わせているミルフィだが、ティアは目を輝かせて喜んでいた。
目の前に茶色いものを出されても、ティアの喜びようは変わらなかった。
「まあ、意外といい香りがしますね。これを食べて感想を言えばいいのですね?」
ティアの質問に、ミルフィは黙ってこくりと頷く。
すると、ティアは躊躇する事なく茶色い物体をつまみ上げると、それを口に放り込んだ。
……緊張の一瞬である。
ピレシーは(本なので表情は分からないものの)自信たっぷりに宙に浮かんでおり、ミルフィは両手を握って祈るような気持ちでその姿を見守った。
もぐもぐと口の中を転がすように味わうティア。そして、その表情は満面の笑みを浮かべた。
「姫様、この甘い食べ物は何ですか? ものすごくおいしいですよ!」
ティアは、不敬にもミルフィの肩を掴んで迫っていた。その勢いに、ミルフィは思わず顔を引きつらせてしまった。
”主の侍女よ。それは魔界に自生するチェチェカの実の粉末に、ミルクとスェトーの粉末を混ぜ合わせて作った「チョコレート」なるものだ。我がレシピの中にあるものとは少々違うものを使ったのだが、味はほぼ同等のものが再現できたようだな。我もひと安心だ”
「ええ?! これってあのチェチェカの実を使っているのですか? まさか、こんなまろやかな味わいになるだなんて……。すごいですわ、ピレシー様!」
”何を言う。我はただ知識を与えたのみ。作ったのは主だ。褒めるならば、主を褒めよ”
「そうですね。さすがでございます、姫様!」
今度はミルフィの手を握って上下にぶんぶんと振り回すティアである。どうやら相当に気に入ったと思われる。
”気に入ってくれたようで何よりだが、このチョコレートを作る上で問題が一つある”
「何でしょうか、ピレシー様」
ピレシーの意味ありげな発言に、ティアの目がきらりと光る。
”うむ、スェトーの粉末が思った以上に値段がするという事だ。主の父上が魔王であるならさほど気にする事ではないかも知れないが、さすがに継続的に作るには少々どころの価格ではない。そこをどうするかというのが問題だな”
どうやらかなり深刻な話のようだった。
実はこのスェトーの生産というのは意外と安定していないようだった。価格が高いという事は希少というわけだ。
一方のチェチェカの実は、魔界のどこにでもというくらいに自生している。材料として釣り合いが取れないというわけである。
”チェチェカの実が苦すぎるゆえに、ミルクだけでは苦みが抑えきれぬのが難点なのだよ。スェトーは必須だ”
ピレシーが問題点を挙げると、ティアはがっしりとミルフィの手を握りしめていた。
「姫様、スェトーの生産をどうにかしましょう!」
「えぇ……」
ティアの勢いにドン引きである。
しかし、おいしい料理で世界征服という目標を掲げた手前、ここで引くわけにもいかないミルフィである。仕方ないという感じで、ティアの勢いに折れる事にしたのだった。
「そうですね。このチョコレートを売り込むついでに、スェトーの件で人間たちと交渉しましょうか」
ピレシーとティアの様子を見ながら、渋々ではあるもののやる気を見せるミルフィである。
”うむ、そうと決まればもう少し量を作るとしよう。主の侍女よ、おぬしにも少し手伝ってもらっても構わぬか?”
「はい、姫様のためでしたら喜んで!」
ピレシーの呼び掛けに応じるティアであった。
こうして甘味を足掛かりに、人間界への侵略は開始したのであった。
知識はピレシーが持っているのだが、自分はなにせ料理をしたのは最近が初めてだ。あの時はたまたまうまくいったものの、それがいつまでも続くとは限らない。ミルフィは必死である。
”主よ、冷却魔法の温度が低すぎますぞ。冷ますのが目的であって凍らせるわけではないのですぞ”
「うーん、加減が難しいわね……」
ミルフィはピレシーという鬼コーチの下で、この日はデザート作りに励んでいた。
なぜデザートか。
実は料理を始めてから数日が経った日のこと、ピレシーからデザートなる甘いものの話を聞いたのである。興味を示したミルフィは、試しに作り始めたというわけなのだ。
ところが、これが意外と難しいものだった。
パンやシチューなど、今までは問題なく進めてこれたというのに、ここにきて壁にぶつかってしまった。
それというのも、甘いものというのは実は魔界では未知の味覚だったからだ。大体は「苦い」「辛い」「酸っぱい」といった感じである。
ピレシーから甘いものに関しての情報を得たミルフィは、先日訪れた人間の街に出向いて甘いものの元を購入して帰ってきた。それを使って、今まさに悪戦苦闘中なのである。
「この苦いチェチェカの実が、本当に甘い食べ物に変わるの? 知識を貰ったからとはいっても半信半疑なんだけど……」
”うむ、なるぞ。そのためにスェトーの粉末を購入してきたのではないか。それに、最後の食べやすいように固める作業まで来ておるのだ。今さら何を言っておる”
疑問を口にするミルフィを、ピレシーは容赦なく叱りつけていた。
そうこうしているうちに、目の前の茶色い物体が固まっていた。見た目だけなら甘いどころかおいしそうにも見えなかった。
”これで完成したな。これが我がレシピの中にある甘味の一つ『チョコレート』なるものだ。混ぜ合わせるスェトーやミルクの量を調節すると、甘みやまろやかさを変えられるのだよ”
「……見た目的においしそうに見えないんですけどね」
ミルフィは眉間にしわを寄せて、実に嫌そうな顔をしていた。
”そこまで疑うのなら、主の侍女に試食をしてもらえばいい。我の食に関する魔法の中には、解毒や鎮痛といった回復魔法も存在しておるからな”
ピレシーの言葉に露骨に表情をさらに歪めるミルフィである。
しかし、自分たちのような身分の高い者には毒見役なる使用人がつく事がある。侍女を毒見役にするのは正直気が進まないミルフィだが、他に頼む相手も居ないのでやむなくティアを厨房へと呼んだのだった。
「お呼びでしょうか、姫様」
「ティア、雑用中にごめんなさいね。新しい料理を作ったから、感想を貰いたいのです」
「まあ、姫様の新作でございますか?!」
申し訳なさそうに指を突き合わせているミルフィだが、ティアは目を輝かせて喜んでいた。
目の前に茶色いものを出されても、ティアの喜びようは変わらなかった。
「まあ、意外といい香りがしますね。これを食べて感想を言えばいいのですね?」
ティアの質問に、ミルフィは黙ってこくりと頷く。
すると、ティアは躊躇する事なく茶色い物体をつまみ上げると、それを口に放り込んだ。
……緊張の一瞬である。
ピレシーは(本なので表情は分からないものの)自信たっぷりに宙に浮かんでおり、ミルフィは両手を握って祈るような気持ちでその姿を見守った。
もぐもぐと口の中を転がすように味わうティア。そして、その表情は満面の笑みを浮かべた。
「姫様、この甘い食べ物は何ですか? ものすごくおいしいですよ!」
ティアは、不敬にもミルフィの肩を掴んで迫っていた。その勢いに、ミルフィは思わず顔を引きつらせてしまった。
”主の侍女よ。それは魔界に自生するチェチェカの実の粉末に、ミルクとスェトーの粉末を混ぜ合わせて作った「チョコレート」なるものだ。我がレシピの中にあるものとは少々違うものを使ったのだが、味はほぼ同等のものが再現できたようだな。我もひと安心だ”
「ええ?! これってあのチェチェカの実を使っているのですか? まさか、こんなまろやかな味わいになるだなんて……。すごいですわ、ピレシー様!」
”何を言う。我はただ知識を与えたのみ。作ったのは主だ。褒めるならば、主を褒めよ”
「そうですね。さすがでございます、姫様!」
今度はミルフィの手を握って上下にぶんぶんと振り回すティアである。どうやら相当に気に入ったと思われる。
”気に入ってくれたようで何よりだが、このチョコレートを作る上で問題が一つある”
「何でしょうか、ピレシー様」
ピレシーの意味ありげな発言に、ティアの目がきらりと光る。
”うむ、スェトーの粉末が思った以上に値段がするという事だ。主の父上が魔王であるならさほど気にする事ではないかも知れないが、さすがに継続的に作るには少々どころの価格ではない。そこをどうするかというのが問題だな”
どうやらかなり深刻な話のようだった。
実はこのスェトーの生産というのは意外と安定していないようだった。価格が高いという事は希少というわけだ。
一方のチェチェカの実は、魔界のどこにでもというくらいに自生している。材料として釣り合いが取れないというわけである。
”チェチェカの実が苦すぎるゆえに、ミルクだけでは苦みが抑えきれぬのが難点なのだよ。スェトーは必須だ”
ピレシーが問題点を挙げると、ティアはがっしりとミルフィの手を握りしめていた。
「姫様、スェトーの生産をどうにかしましょう!」
「えぇ……」
ティアの勢いにドン引きである。
しかし、おいしい料理で世界征服という目標を掲げた手前、ここで引くわけにもいかないミルフィである。仕方ないという感じで、ティアの勢いに折れる事にしたのだった。
「そうですね。このチョコレートを売り込むついでに、スェトーの件で人間たちと交渉しましょうか」
ピレシーとティアの様子を見ながら、渋々ではあるもののやる気を見せるミルフィである。
”うむ、そうと決まればもう少し量を作るとしよう。主の侍女よ、おぬしにも少し手伝ってもらっても構わぬか?”
「はい、姫様のためでしたら喜んで!」
ピレシーの呼び掛けに応じるティアであった。
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