転生オートマタ

未羊

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Mission131

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 交渉を終えたギルソンは、フォリンやアンジーたちと別れて、大公と一緒に首都へと戻っていく。
 確かな手応えを感じたギルソンの表情は、とてもにこやかである。それはもう、機嫌がよさそうな感じだった。
「いやはや、まったく恐ろしい12歳ですな。娘と同い年というのが信じられない限りだよ」
「まぁ、そうでしょうね。でも、ボクはマスカード帝国の皇帝とも交渉をした事がありますからね。相手が商人ならまだ気持ちが楽ですよ」
 まったく、とんでもない事をさらっという12歳の王子である。
 ここまではっきり言うギルソンだが、それは先程の交渉でしっかりとした手応えを感じていたからだ。
 船に乗って海外にまで商売を広げた相手でも、まったく臆することなく交渉を行えるとは、本当に末恐ろしい王子としか言いようがない。
「それでもよろしいのですかな。魔法石はファルーダンの国家機密でしょうに」
「まぁそうですね。産出もどこまで続けられるかは分かりませんが、この列車の動力も魔法石なんです。ただ、動かすためにはオートマタが魔法を込めなければならないという欠点はありますけれどね」
 困惑している大公に対して、しっかりとした口調で説明をするギルソンである。
 しかし、大公がまったく落ち着く様子がないので、ギルソンは言葉を付け足す。
「正式に交渉のネタにするかどうかは、父親とも相談します。長年培ってきたファルーダンの技術ですから、ボクの一存でどうにかできる範疇を越えていると思いますので」
「ああ、その方がいいぞ。うん、そうだぞ」
 念を押すかのような反応をする大公である。そのくらいには今回の交渉に度肝を抜かれたという事だろう。
 付き添っているアリスも、正直言って同じような気持ちでいた。
(ちょっとやりすぎな気がしますね。マスターには生き残って幸せになってもらおうと思ってあれこれ手を尽くしてきましたが、さすがに今回のは度を越えたような感じがします。……私もオートマタとして、時には諫めないといけませんね)
 ギルソンの後ろで反省しきりのアリスであった。

 大公の館に戻り、ギルソンたちと別れた大公はさっさと自室に引きこもってしまった。
 というのも、予想以上にギルソンが交渉上手だったがために、大公も大公で頭が痛かったのである。
(さすが、あの飢きんから国を立て直したという第五王子だな。切れ者とは思っていたが、予想以上だった……)
 顔を上げる余裕もなく、ひたすらため息が出てしまう。
 今回の交渉は、そもそもソルティエと海向こうの商会との商談なのである。
 ところが、それをたった12歳の少年があっさりと主導権を奪ってしまったのだ。
 勉強になればと思って参加させた大公だったが、結果としては大失敗。後悔する事しかできなかったのである。
 だが、その一方でギルソンが示した低温で物を保管する冷蔵庫、冷凍庫というものに興味を引かれた。
 それというのも、ソルティエ公国は海産物を取り扱う国だ。先日の交渉でもその辺りが出たのだが、距離が短いという事もあって大した事はないと高を括っていたのである。
 ところが、保存状態によっては数日どころじゃないほど鮮度を保てるというのは、信じられない話だった。そんな夢のような技術だったのかと、思い知らされたのである。
 だが、同時にそんな技術を持ち合わせるファルーダンが恐ろしくなった。
 今までは隣国として話に聞くくらいだったのだが、それを目の当たりにした事で一気に身近なものとなってしまったのだ。
(ふぅ……。ファルーダン王国と、今までと同じような感覚で付き合っていく事ができるのだろうか)
 ギルソンと付き合えば付き合うほど、そんな気持ちが大きくなっていく。
 大公の中には、悩ましい感情が膨れ上がっていく。
(息子と娘を留学させたのは間違いだったのだろうか……。これではまるで人質を取られたような気分だ)
 ファルーダンを知れば知るほど、大公の中での気持ちは悪い方へと転んでいく。
 そもそもギルソンたちにそんな気持ちはない。しかし、手の内を見せれられれば見せられるほど、相手の気持ちはねじ曲がっていってしまうのである。
 大公は、かなり拗らせてしまっていたのだ。
(かくなる上は……。いや、オートマタが居る状況では無理か)
 大公が思い悩んでいると、部屋の扉が叩かれる。
「誰だ」
「ギルソン殿下のオートマタであるアリスでございます。お話があって伺いました」
 何の用だと思った大公だが、アリスの入室を許可する。
「面会の許可、ありがとう存じます」
 アリスはちょこんと挨拶をする。
「で、一体何の用なのかな?」
「いえ、お詫びをと思いましてご訪問させて頂きました」
「お詫び?」
 顔をしかめる大公である。
「はい。マイマスターに自重させる事ができなかった事のお詫びでございます。私としてもここまでなさるとは思いませんでした。本当になんとお詫びを申し上げればよいのやら」
 オートマタからの謝罪に、思わず驚く大公である。
 しかし、この後もアリスからの謝罪が続き、大公は目を白黒させるばかりだった。
「もうよい……。そうか、ギルソン殿下は若いがゆえに自重できなかったと」
「はい。私がパートナーたるオートマタとして、精いっぱい自重をお教え致します。どうか今回は、私に免じてお許し下さい」
 アリスの真剣な訴えに、大公は仕方なくその言い分を飲んだ。
「分かった。だが、冷蔵庫だったか冷凍庫だったか、それはきちんと用意してほしい。商談の約束は必ずだからな」
「はい、存じております。その点はご心配なく。……それでは、失礼致します」
 アリスが大公の部屋を去っていく。
 一人になった大公は、再び大きなため息をついて頭を抱えたのだった。
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