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Mission128
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「それでは、挨拶に向かいましょうか」
そう宣言してギルソンが席を立つ。
「いやいや、どこへ行くというのかな」
ギルソンが椅子から立ち上がるものだから、大公が思わず声を掛けてしまう。
「どこって、荷下ろしを手伝いに行くんですよ。アリス、行こうか」
「はい、マイマスター」
ところが、ギルソンはそう答えると、止まる事なくそのまま外へと歩いて行ってしまった。
会場には大公とその関係者だけが残されてしまった。
「……仕方がない。我々はいつも通りに支度をしておくぞ」
「御意に」
ギルソンはイレギュラーな参加者なので、止める事は諦めていつものように商談相手を迎え入れる最終準備をする大公だった。
ギルソンが向かった波止場では、係留された船から積み荷が次々と運び出されていた。
その船の所有者と見られる人物は、ファルーダンなどでは見た事のない服装に身を包んでいる。その人物は部下や港の者たちに荷下ろしを任せると、港町を取り仕切る人物と話を始めた。
ギルソンは、責任者と見たその人物へと近付いていくと、軽く頭を下げて声を掛ける。
「失礼致します。この船団の責任者と思われますが、お間違いないでしょうか」
丁寧な声掛けを心掛けるギルソン。さすがここまで大物と散々対話をしてきただけある。その表情も態度も、実に落ち着き払っていた。
「ええ、私がこの船団の責任者であるフォリンと申す者でございます。失礼ですが、どちら様でしょうかな?」
見知らぬ少年が声を掛けてきたのだから、当然誰なのか気になるものだ。
「申し遅れました。ボクはこのソルティエ公国の隣国のファルーダン王国第五王子で、ギルソンと申します。こちらは従者のアリスでございます。今回はソルティエ大公様のご好意により、商談に参加させて頂く事になっております」
正直に自己紹介と目的を話すギルソンである。アリスは紹介に合わせてしっかりと頭を下げて挨拶をしている。
一方のフォリンは、ものすごく疑わしい目でギルソンの事を見ている。
そうなるのも仕方のない事だろう。ギルソンはまだ12歳という子どもなのだ。そんな幼さゆえに、商談に参加するとは何事なのだと思われているのである。
どうせ子どもだろう。
フォリンはそのように考えて、ギルソンの事を適当にあしらおうとする。だが、フォリンが動く前にギルソンが動いた。
「アリス、ボクの事は平気だから、積み荷を降ろすのを手伝ってあげて下さい」
「畏まりました、マイマスター」
一礼をしたアリスが早速向かおうとすると、ギルソンは思い出したかのように呼び止める。
「それと、ボクたちは先に会場に向かっていますので、手伝いが終わったらアリスも来て下さい」
「改めて畏まりました」
追加で指示を受けたアリスはもう一度頭を下げると、こつこつと船員たちの方へと近付いていく。
「おい、何を勝手な事をさせているんですか。ご婦人ができるような事は何もない。今すぐやめさせなさい」
フォリンが止めようとするが、ギルソンはにこっと笑うだけで止めようとはしなかった。
「大丈夫ですよ、アリスでしたら。海向こうまではオートマタの話は伝わっていないのですね」
「オートマタ?」
ギルソンの放った単語に、フォリンは表情を歪ませている。これは本当に初耳の単語のようだった。
フォリンと取引のあるこのソルティエ公国においても、オートマタはつい最近までは都市伝説的な扱いだったのだ。そんな状態なわけだから、海向こうまで話が伝わっているわけがないのである。顔を歪ませるのも当然というわけだった。
「オートマタとは自分で考えて動く人形です。魔法石という不思議な石を動力としていまして、魔法と呼ばれる不思議な力を使うんですよ」
「そのようなものが……。それは詳しく聞きたいですな」
フォリンが興味を示したようである。
「それでは、それは商談の後にでもごゆっくりと致しましょう」
ギルソンは小悪魔じみた笑みを浮かべると、フォリンに対してそのように約束したのだった。そして、商談の行われる会場まで黙り込んだまま向かっていった。
会場に到着すると、すっかり準備を終えた大公が部下たちと一緒に待ち構えていた。
「ただいま戻りました」
ギルソンは大公に対して頭を下げている。勝手に出ていったのだから、謝罪をしているのだ。
ところが、ギルソンの後ろに居た人物を見つけると、さすがに大公も怒る気が失せたようだった。
「1年ぶりでしょうかね、アンカー大公」
「そのくらいぶりですかな、フォリン商会長」
大公は立ち上がって、フォリンを笑顔で出迎える。そして、挨拶と同時に握手も交わしていた。
どうやらソルティエ大公とフォリンはそのくらいに仲が良いようである。まあ、そうでもないと年1回だとしても交易が続けられるわけがないのだ。
「ところでアンカー大公。あの少年は一体何なのですかな?」
フォリンがギルソンをチラ見しながら大公に問い掛ける。
「ああ、彼は隣国のファルーダン王国の第五王子だよ。今回は事情あって参加を許可したのだ」
「なんと……」
ソルティエ大公の説明に、驚きを隠しきれないフォリンだった。
「ギルソンも席に着きなさい。これから商談を始める」
この言葉で一気に場の空気が切り替わる。この緊迫した空気が、商談の始まりを告げているのだった。
そう宣言してギルソンが席を立つ。
「いやいや、どこへ行くというのかな」
ギルソンが椅子から立ち上がるものだから、大公が思わず声を掛けてしまう。
「どこって、荷下ろしを手伝いに行くんですよ。アリス、行こうか」
「はい、マイマスター」
ところが、ギルソンはそう答えると、止まる事なくそのまま外へと歩いて行ってしまった。
会場には大公とその関係者だけが残されてしまった。
「……仕方がない。我々はいつも通りに支度をしておくぞ」
「御意に」
ギルソンはイレギュラーな参加者なので、止める事は諦めていつものように商談相手を迎え入れる最終準備をする大公だった。
ギルソンが向かった波止場では、係留された船から積み荷が次々と運び出されていた。
その船の所有者と見られる人物は、ファルーダンなどでは見た事のない服装に身を包んでいる。その人物は部下や港の者たちに荷下ろしを任せると、港町を取り仕切る人物と話を始めた。
ギルソンは、責任者と見たその人物へと近付いていくと、軽く頭を下げて声を掛ける。
「失礼致します。この船団の責任者と思われますが、お間違いないでしょうか」
丁寧な声掛けを心掛けるギルソン。さすがここまで大物と散々対話をしてきただけある。その表情も態度も、実に落ち着き払っていた。
「ええ、私がこの船団の責任者であるフォリンと申す者でございます。失礼ですが、どちら様でしょうかな?」
見知らぬ少年が声を掛けてきたのだから、当然誰なのか気になるものだ。
「申し遅れました。ボクはこのソルティエ公国の隣国のファルーダン王国第五王子で、ギルソンと申します。こちらは従者のアリスでございます。今回はソルティエ大公様のご好意により、商談に参加させて頂く事になっております」
正直に自己紹介と目的を話すギルソンである。アリスは紹介に合わせてしっかりと頭を下げて挨拶をしている。
一方のフォリンは、ものすごく疑わしい目でギルソンの事を見ている。
そうなるのも仕方のない事だろう。ギルソンはまだ12歳という子どもなのだ。そんな幼さゆえに、商談に参加するとは何事なのだと思われているのである。
どうせ子どもだろう。
フォリンはそのように考えて、ギルソンの事を適当にあしらおうとする。だが、フォリンが動く前にギルソンが動いた。
「アリス、ボクの事は平気だから、積み荷を降ろすのを手伝ってあげて下さい」
「畏まりました、マイマスター」
一礼をしたアリスが早速向かおうとすると、ギルソンは思い出したかのように呼び止める。
「それと、ボクたちは先に会場に向かっていますので、手伝いが終わったらアリスも来て下さい」
「改めて畏まりました」
追加で指示を受けたアリスはもう一度頭を下げると、こつこつと船員たちの方へと近付いていく。
「おい、何を勝手な事をさせているんですか。ご婦人ができるような事は何もない。今すぐやめさせなさい」
フォリンが止めようとするが、ギルソンはにこっと笑うだけで止めようとはしなかった。
「大丈夫ですよ、アリスでしたら。海向こうまではオートマタの話は伝わっていないのですね」
「オートマタ?」
ギルソンの放った単語に、フォリンは表情を歪ませている。これは本当に初耳の単語のようだった。
フォリンと取引のあるこのソルティエ公国においても、オートマタはつい最近までは都市伝説的な扱いだったのだ。そんな状態なわけだから、海向こうまで話が伝わっているわけがないのである。顔を歪ませるのも当然というわけだった。
「オートマタとは自分で考えて動く人形です。魔法石という不思議な石を動力としていまして、魔法と呼ばれる不思議な力を使うんですよ」
「そのようなものが……。それは詳しく聞きたいですな」
フォリンが興味を示したようである。
「それでは、それは商談の後にでもごゆっくりと致しましょう」
ギルソンは小悪魔じみた笑みを浮かべると、フォリンに対してそのように約束したのだった。そして、商談の行われる会場まで黙り込んだまま向かっていった。
会場に到着すると、すっかり準備を終えた大公が部下たちと一緒に待ち構えていた。
「ただいま戻りました」
ギルソンは大公に対して頭を下げている。勝手に出ていったのだから、謝罪をしているのだ。
ところが、ギルソンの後ろに居た人物を見つけると、さすがに大公も怒る気が失せたようだった。
「1年ぶりでしょうかね、アンカー大公」
「そのくらいぶりですかな、フォリン商会長」
大公は立ち上がって、フォリンを笑顔で出迎える。そして、挨拶と同時に握手も交わしていた。
どうやらソルティエ大公とフォリンはそのくらいに仲が良いようである。まあ、そうでもないと年1回だとしても交易が続けられるわけがないのだ。
「ところでアンカー大公。あの少年は一体何なのですかな?」
フォリンがギルソンをチラ見しながら大公に問い掛ける。
「ああ、彼は隣国のファルーダン王国の第五王子だよ。今回は事情あって参加を許可したのだ」
「なんと……」
ソルティエ大公の説明に、驚きを隠しきれないフォリンだった。
「ギルソンも席に着きなさい。これから商談を始める」
この言葉で一気に場の空気が切り替わる。この緊迫した空気が、商談の始まりを告げているのだった。
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