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Mission122
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ようやくソルティエ公国から帰還の途に就くギルソンたち。
今回は少しばかりソルティエ公国の海産物を仕入れており、それを今回の列車の編成に含まれている食堂車の冷蔵庫で保管している。
ソルティエ公国の首都からまるっと1日でファルーダン王国の王都まで戻ってくるギルソン一行。馬車であれだけ時間をかけてやって来たのが、まるで嘘のように早い帰国となった。
「帰省する時も思ったけど、信じられないよな……」
「ええ、まったくですね。鉄道というものは、人や物の流れを一気に変えてしまいそうです」
ポルトとマリンはぽつりと感想を漏らしている。
「まぁそうだろうな。実際マスカード帝国との間の流れはすっかり変わってしまったからな」
一足先にファルーダンとの間で鉄道によって結ばれたマスカード帝国のイスヴァンが、その二人の呟きに反応していた。
「ファルーダン国内でもずいぶんと変わりましたからね。鉱山の街ツェンとの間の坂道の移動とか、川が跨るリーヴェンの街とか、すっかり様変わりしてしまいましたから」
イスヴァンの反応を受けて、ギルソンも話に加わる。その話を聞きながら、ジャスミンがアリスの方へと視線を向けている。なにせその鉄道を実質一人で敷設したのは、ギルソンのオートマタであるアリスなのだから。
そのアリスはというと、まったく鼻にかける様子もなくおとなしく座っている。
そもそもアリスの行動の原動力は、ギルソンを幸せにする事だ。すべてはそこに帰結するので、その途中の事など些事に過ぎないというのである。やってくれた事はとんでもないのに、その意識がどこか欠如しているようである。
まったく、元々は人間だったというのに、その人間的な部分が徐々に消えていっているような感じすらあるアリスである。
王都まで戻ってきたところで、ジャスミンはアリスへと声を掛ける。
「お姉様、ちょっとよろしいでしょうか」
「何ですか、ジャスミン」
ジャスミンの声に特に驚いた様子もなく反応するアリス。感情が乏しくなっているのか、それとも分かっていたのか。どちらにしてもオートマタのような反応である。
「こちらでお話をしましょう。みなさま、私たちはちょっと用事がございますので、先に戻って下さいませ」
「分かりました。でも、できるだけ早く戻ってきて下さいね」
「承知致しました、マスター」
マリカの声に素直に返事をするジャスミンである。
王都の駅から馬車に乗り換えて帰っていくギルソンたち。その姿を見送ったジャスミンは、アリスと一緒に駅舎の一室へと入っていった。
「ジャスミン、急にどうしたのですか」
椅子に座ったアリスはまったく動じていない。しっかりとした目でジャスミンを見据えている。
一方のジャスミンは、どこか哀れむような様子でアリスを見ている。その視線の意味を、アリスは理解できていないようである。
「お姉様、すっかりオートマタになってしまっていますね」
向かい合ったジャスミンの第一声がそれだった。
アリスにしてみればすごく意外な言葉なはずなのに、まったく動じる様子はなかった。
「やはり、使命感に溺れて人間らしさを失っていますか。何のためにこちらの世界に来られたのですか、お姉様は」
こう言われて、ようやく初めてアリスの表情が変わる。
「どうって……。自分の小説の本当の主人公であるマイマスター……、ギルソンを幸せにするためです」
戸惑ったかのように反応するアリスである。まさかすっかりいい慣れていた『マイマスター』という単語で言い淀むとは思ってもみなかったようだ。
だが、それよりも目の前にいるジャスミンが何者なのかが気になって仕方がない。
ジャスミンが言い放った『こちらの世界』という単語がものすごく引っ掛かっているのだ。アリスが転生者である事を知っているという事になるのだから。
「ジャスミン、あなたは一体何者なのですか?」
訝しむようにジャスミンの顔をじっと見つめるアリス。ジャスミンもそれにはまったく動じない。
「お姉様が私の名前を名付けた時点で、なんとなく分かりませんかね。意味もなくそんな名前にするはずがありませんでしょう?」
質問を投げかけられて、ぼかしながら言葉を返すジャスミン。しかし、その言葉にアリスはすぐに何かに気が付いた。
「……まさか、茉莉花ですか?」
「そうですよ。……正確に言うと違いますけれど」
「どういう意味ですか?」
アリスの問い掛けを肯定するジャスミンだが、すぐに否定もしてきた。まったくもって意味が分からない。
「正確に言えば、お姉様が持っている茉莉花の記憶を受け取った人格になります。おそらくは、お姉様が道を外さないように監視させる意味合いがあったのだと思います。茉莉花さんはお姉様の長女ですから、ストッパーとして最適と見たのでしょうね」
ジャスミンからの説明を聞いて、どうにか納得するアリスである。
「神様からしたら、私に信用がなかったという事ですか?」
「いいえ。お姉様は真面目ですから、こうやって飲まれることを懸念なさったようです。本当は杞憂であってほしかったのですけれどね」
ジャスミンからこう言われると、アリスは少し反省したようだった。
「そうですね。オートマタの便利さに調子に乗りすぎてしまったようですし、反省致します」
諫められて落ち込むアリスである。
「ですが、お姉様が暴走したおかげか、周辺諸国との関係は比較的安定していますから、この辺りは結果オーライといったところでしょうかね」
「ええ、それは頑張ったかいがあるというものです」
少し気をよくするアリス。
「ですが、さすがにこれからは自重して下さい。すっかり世界のバランスが崩れてしまっていますからね。お姉様、オートマタはあくまでも従者です。マスターを支える存在なんです。少しは前世を思い出して自重くださいませ」
「分かりました。気を付けます」
十分に反省の終わったアリスは、ジャスミンと別れて城へと戻っていったのだった。
ソルティエ公国までの鉄道を完成させた今、これ以上は極力自重しようと決意したアリスなのだが、はたしていつまで続けられるのやら……。
今回は少しばかりソルティエ公国の海産物を仕入れており、それを今回の列車の編成に含まれている食堂車の冷蔵庫で保管している。
ソルティエ公国の首都からまるっと1日でファルーダン王国の王都まで戻ってくるギルソン一行。馬車であれだけ時間をかけてやって来たのが、まるで嘘のように早い帰国となった。
「帰省する時も思ったけど、信じられないよな……」
「ええ、まったくですね。鉄道というものは、人や物の流れを一気に変えてしまいそうです」
ポルトとマリンはぽつりと感想を漏らしている。
「まぁそうだろうな。実際マスカード帝国との間の流れはすっかり変わってしまったからな」
一足先にファルーダンとの間で鉄道によって結ばれたマスカード帝国のイスヴァンが、その二人の呟きに反応していた。
「ファルーダン国内でもずいぶんと変わりましたからね。鉱山の街ツェンとの間の坂道の移動とか、川が跨るリーヴェンの街とか、すっかり様変わりしてしまいましたから」
イスヴァンの反応を受けて、ギルソンも話に加わる。その話を聞きながら、ジャスミンがアリスの方へと視線を向けている。なにせその鉄道を実質一人で敷設したのは、ギルソンのオートマタであるアリスなのだから。
そのアリスはというと、まったく鼻にかける様子もなくおとなしく座っている。
そもそもアリスの行動の原動力は、ギルソンを幸せにする事だ。すべてはそこに帰結するので、その途中の事など些事に過ぎないというのである。やってくれた事はとんでもないのに、その意識がどこか欠如しているようである。
まったく、元々は人間だったというのに、その人間的な部分が徐々に消えていっているような感じすらあるアリスである。
王都まで戻ってきたところで、ジャスミンはアリスへと声を掛ける。
「お姉様、ちょっとよろしいでしょうか」
「何ですか、ジャスミン」
ジャスミンの声に特に驚いた様子もなく反応するアリス。感情が乏しくなっているのか、それとも分かっていたのか。どちらにしてもオートマタのような反応である。
「こちらでお話をしましょう。みなさま、私たちはちょっと用事がございますので、先に戻って下さいませ」
「分かりました。でも、できるだけ早く戻ってきて下さいね」
「承知致しました、マスター」
マリカの声に素直に返事をするジャスミンである。
王都の駅から馬車に乗り換えて帰っていくギルソンたち。その姿を見送ったジャスミンは、アリスと一緒に駅舎の一室へと入っていった。
「ジャスミン、急にどうしたのですか」
椅子に座ったアリスはまったく動じていない。しっかりとした目でジャスミンを見据えている。
一方のジャスミンは、どこか哀れむような様子でアリスを見ている。その視線の意味を、アリスは理解できていないようである。
「お姉様、すっかりオートマタになってしまっていますね」
向かい合ったジャスミンの第一声がそれだった。
アリスにしてみればすごく意外な言葉なはずなのに、まったく動じる様子はなかった。
「やはり、使命感に溺れて人間らしさを失っていますか。何のためにこちらの世界に来られたのですか、お姉様は」
こう言われて、ようやく初めてアリスの表情が変わる。
「どうって……。自分の小説の本当の主人公であるマイマスター……、ギルソンを幸せにするためです」
戸惑ったかのように反応するアリスである。まさかすっかりいい慣れていた『マイマスター』という単語で言い淀むとは思ってもみなかったようだ。
だが、それよりも目の前にいるジャスミンが何者なのかが気になって仕方がない。
ジャスミンが言い放った『こちらの世界』という単語がものすごく引っ掛かっているのだ。アリスが転生者である事を知っているという事になるのだから。
「ジャスミン、あなたは一体何者なのですか?」
訝しむようにジャスミンの顔をじっと見つめるアリス。ジャスミンもそれにはまったく動じない。
「お姉様が私の名前を名付けた時点で、なんとなく分かりませんかね。意味もなくそんな名前にするはずがありませんでしょう?」
質問を投げかけられて、ぼかしながら言葉を返すジャスミン。しかし、その言葉にアリスはすぐに何かに気が付いた。
「……まさか、茉莉花ですか?」
「そうですよ。……正確に言うと違いますけれど」
「どういう意味ですか?」
アリスの問い掛けを肯定するジャスミンだが、すぐに否定もしてきた。まったくもって意味が分からない。
「正確に言えば、お姉様が持っている茉莉花の記憶を受け取った人格になります。おそらくは、お姉様が道を外さないように監視させる意味合いがあったのだと思います。茉莉花さんはお姉様の長女ですから、ストッパーとして最適と見たのでしょうね」
ジャスミンからの説明を聞いて、どうにか納得するアリスである。
「神様からしたら、私に信用がなかったという事ですか?」
「いいえ。お姉様は真面目ですから、こうやって飲まれることを懸念なさったようです。本当は杞憂であってほしかったのですけれどね」
ジャスミンからこう言われると、アリスは少し反省したようだった。
「そうですね。オートマタの便利さに調子に乗りすぎてしまったようですし、反省致します」
諫められて落ち込むアリスである。
「ですが、お姉様が暴走したおかげか、周辺諸国との関係は比較的安定していますから、この辺りは結果オーライといったところでしょうかね」
「ええ、それは頑張ったかいがあるというものです」
少し気をよくするアリス。
「ですが、さすがにこれからは自重して下さい。すっかり世界のバランスが崩れてしまっていますからね。お姉様、オートマタはあくまでも従者です。マスターを支える存在なんです。少しは前世を思い出して自重くださいませ」
「分かりました。気を付けます」
十分に反省の終わったアリスは、ジャスミンと別れて城へと戻っていったのだった。
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