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Mission117
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翌日は、大公や大公妃も同行する形で、ソルティエ公国の港へと向かうギルソンたち。ただし、近いとはいっても1日で往復できるかといったら微妙な距離である。
首都の港に近い場所に建設した駅の屋根の上から見てギリギリに見えるのだ。港までの高低差を考慮すると、少なくとも10kmは離れている事だろう。馬車で2時間もかからないといったところだが、滞在時間がどのくらいになるかというのがその理由だった。
行きは勾配を下っていくので、それほど時間はかからなかった。城から見えていた港へは、特に問題なく到着できたのだった。マリカが緊張で馬車酔いを起こしかけたくらいだったが、ジャスミンのおかげで大事にはならなかったのである。
ソルティエ公国の港町ベイガルフである。海の方へ目を向ければ、大きな帆船が何隻も係留されており、それを見つけたイスヴァンが目を輝かせていた。
「うおおっ、これが船というやつか!」
イスヴァンは大はしゃぎである。まだ港町に着いたばかりで波止場まではかなり距離がある。気が早すぎるというものだ。
「イスヴァン殿下、少しは落ち着いて下さい。物事には順序というものがあるんですから」
ギルソンが諫めると、
「むぅ、それもそうだな」
どうにかはしゃぐのをやめてくれたのだった。その様子を見ていたアリスは、ついついおかしくて心の中で笑っている。
なぜ心の中かというと、アリスは一応オートマタだからである。下手に感情を表に出していけないのだ。なので、アリスは目の前のやり取りを見せつけられても、必死に耐えなければいけないのである。ある種の拷問である。
(はあ、オートマタの体はなにかと不便ですね……)
心の中でため息を吐くアリス。そのアリスの肩をポンと叩くジャスミン。振り返ったアリスに対して、目を閉じて首を横に振っていた。
さすがはアリスの事を『お姉様』と慕うジャスミンである。アリスの事はかなりお見通しのようである。
それに対して、アリスはジャスミンの手に自分の手を重ねて静かに微笑みをこぼしていた。
馬車から降りると、まさかの大公自らの案内である。ギルソンやイスヴァンといった他国の面々は当然の事だが、ポルトとマリンの実子たちも驚いていた。誰が大公自ら町の紹介をすると思っただろうか。
国王や皇帝というなら分かる。相手は王子や皇子である。それこそ大臣たちに任せておけばいい話である。それを大公自ら行うという事は、彼に取ってギルソンたちがそれだけ重要だと見たという事だ。この評価には驚くなという方が無理な話だった。
しかし、さすが案内を買って出た大公である。きちんと町のあちこちのちゃんと説明して回っている。付き添いの大臣たちからの指摘がまったくない。おそらく、今日のためにしっかり覚え込んできたのだと思われる。
「すごいですね。こんなに魚が並んでいるなんて、内陸国であるファルーダンではとても考えられませんよ」
露店に魚がずらっと並ぶ光景に、ギルソンは圧倒されていた。ギルソンでこれなので、その兄であるアワードはまったく言葉にならなくなっていた。
「マスカードも海はないからな。これだけの魚というのは見た事がない。海があるというのはまたずいぶんと違いが出るものだな」
イスヴァンもこんな感じである。
「うう、お魚……。食べてみたいです……」
マリカが地味に食い意地が張っていた。
それもそうだろう。騎士爵の娘なのでそれほど金銭的に余裕はない。魚など、このソルティエ公国に来るまで食べた事がなかったのだ。
その様子を見ていたアリスは、ふと不思議な感覚に襲われた。
(何か……引っ掛かりますね)
しばらくマリカを見ていたアリスだが、マリカの方がその視線に気が付いて、アリスを見ながら目を丸くしてこてんと首を傾げていた。その動作を見たアリスは、思わず視線を逸らしてしまった。
結局アリスはその違和感が何か分からないまま、港町の案内を受けていた。
波止場近くの食堂でお昼を食すと、いよいよ午後は船の見学だ。
「ひゃっほうっ!」
船に乗れると分かったイスヴァンの喜びようは異常である。どれだけ楽しみにしていたのが分かるくらい、喜びを全身で表していた。
だが、すぐに注意が入ってしまう。
「マスター。船はよく揺れますゆえに、飛び跳ねたりするのはおやめ下さい」
フラムからのお小言である。
実にその通りだ。船は海の上に浮かんでいるだけなので、波に揺られて簡単にバランスを崩してしまう事がある。そんな時に飛び跳ねていようものなら、思わぬ事故になりかねないのである。
「ぐぬぬぬ、分かった。飛び跳ねる事は絶対しない」
イスヴァンは納得しない感じを見せながらも、フラムのお小言を受け入れたようだった。
その様子がどうもおかしかったのか、ギルソンたちは笑ってしまっていた。
「お、おい、お前らなぁ……」
あまりの笑いように、イスヴァンは顔を真っ赤にして怒っている。
「いやはや、申し訳ありませんね」
笑い過ぎたせいであふれてしまう涙を拭いながら謝るギルソン。
このやり取りを大公と大公妃はにこやかに見守っていた。
「では、そろそろこちらの話に戻ってもいいかな?」
「は、はい。申し訳ございませんでした」
困ったように尋ねる大公も、それに対して謝罪するギルソンも、言葉を交わした後はお互いにこやかにしていた。
いろいろあったものの、気を取り直して港町の案内が再開されたのだった。
首都の港に近い場所に建設した駅の屋根の上から見てギリギリに見えるのだ。港までの高低差を考慮すると、少なくとも10kmは離れている事だろう。馬車で2時間もかからないといったところだが、滞在時間がどのくらいになるかというのがその理由だった。
行きは勾配を下っていくので、それほど時間はかからなかった。城から見えていた港へは、特に問題なく到着できたのだった。マリカが緊張で馬車酔いを起こしかけたくらいだったが、ジャスミンのおかげで大事にはならなかったのである。
ソルティエ公国の港町ベイガルフである。海の方へ目を向ければ、大きな帆船が何隻も係留されており、それを見つけたイスヴァンが目を輝かせていた。
「うおおっ、これが船というやつか!」
イスヴァンは大はしゃぎである。まだ港町に着いたばかりで波止場まではかなり距離がある。気が早すぎるというものだ。
「イスヴァン殿下、少しは落ち着いて下さい。物事には順序というものがあるんですから」
ギルソンが諫めると、
「むぅ、それもそうだな」
どうにかはしゃぐのをやめてくれたのだった。その様子を見ていたアリスは、ついついおかしくて心の中で笑っている。
なぜ心の中かというと、アリスは一応オートマタだからである。下手に感情を表に出していけないのだ。なので、アリスは目の前のやり取りを見せつけられても、必死に耐えなければいけないのである。ある種の拷問である。
(はあ、オートマタの体はなにかと不便ですね……)
心の中でため息を吐くアリス。そのアリスの肩をポンと叩くジャスミン。振り返ったアリスに対して、目を閉じて首を横に振っていた。
さすがはアリスの事を『お姉様』と慕うジャスミンである。アリスの事はかなりお見通しのようである。
それに対して、アリスはジャスミンの手に自分の手を重ねて静かに微笑みをこぼしていた。
馬車から降りると、まさかの大公自らの案内である。ギルソンやイスヴァンといった他国の面々は当然の事だが、ポルトとマリンの実子たちも驚いていた。誰が大公自ら町の紹介をすると思っただろうか。
国王や皇帝というなら分かる。相手は王子や皇子である。それこそ大臣たちに任せておけばいい話である。それを大公自ら行うという事は、彼に取ってギルソンたちがそれだけ重要だと見たという事だ。この評価には驚くなという方が無理な話だった。
しかし、さすが案内を買って出た大公である。きちんと町のあちこちのちゃんと説明して回っている。付き添いの大臣たちからの指摘がまったくない。おそらく、今日のためにしっかり覚え込んできたのだと思われる。
「すごいですね。こんなに魚が並んでいるなんて、内陸国であるファルーダンではとても考えられませんよ」
露店に魚がずらっと並ぶ光景に、ギルソンは圧倒されていた。ギルソンでこれなので、その兄であるアワードはまったく言葉にならなくなっていた。
「マスカードも海はないからな。これだけの魚というのは見た事がない。海があるというのはまたずいぶんと違いが出るものだな」
イスヴァンもこんな感じである。
「うう、お魚……。食べてみたいです……」
マリカが地味に食い意地が張っていた。
それもそうだろう。騎士爵の娘なのでそれほど金銭的に余裕はない。魚など、このソルティエ公国に来るまで食べた事がなかったのだ。
その様子を見ていたアリスは、ふと不思議な感覚に襲われた。
(何か……引っ掛かりますね)
しばらくマリカを見ていたアリスだが、マリカの方がその視線に気が付いて、アリスを見ながら目を丸くしてこてんと首を傾げていた。その動作を見たアリスは、思わず視線を逸らしてしまった。
結局アリスはその違和感が何か分からないまま、港町の案内を受けていた。
波止場近くの食堂でお昼を食すと、いよいよ午後は船の見学だ。
「ひゃっほうっ!」
船に乗れると分かったイスヴァンの喜びようは異常である。どれだけ楽しみにしていたのが分かるくらい、喜びを全身で表していた。
だが、すぐに注意が入ってしまう。
「マスター。船はよく揺れますゆえに、飛び跳ねたりするのはおやめ下さい」
フラムからのお小言である。
実にその通りだ。船は海の上に浮かんでいるだけなので、波に揺られて簡単にバランスを崩してしまう事がある。そんな時に飛び跳ねていようものなら、思わぬ事故になりかねないのである。
「ぐぬぬぬ、分かった。飛び跳ねる事は絶対しない」
イスヴァンは納得しない感じを見せながらも、フラムのお小言を受け入れたようだった。
その様子がどうもおかしかったのか、ギルソンたちは笑ってしまっていた。
「お、おい、お前らなぁ……」
あまりの笑いように、イスヴァンは顔を真っ赤にして怒っている。
「いやはや、申し訳ありませんね」
笑い過ぎたせいであふれてしまう涙を拭いながら謝るギルソン。
このやり取りを大公と大公妃はにこやかに見守っていた。
「では、そろそろこちらの話に戻ってもいいかな?」
「は、はい。申し訳ございませんでした」
困ったように尋ねる大公も、それに対して謝罪するギルソンも、言葉を交わした後はお互いにこやかにしていた。
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