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Mission097
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翌日、ギルソンとアリスは久しぶりに孤児院へと顔を出していた。今日は孤児院の子どもたちに剣を教える約束になっていたのだ。
実は鉄道事業が落ち着いた頃から、ギルソンはマリカと約束をしていたのである。
身寄りのない子どもたちとはいえど、彼らもまた王国の民である。生きていくための術を施すのは為政者としての務め、ギルソンはそのように考えているのである。
「ギルソン殿下だー」
孤児院の子どもたちがギルソンに走り寄ってくる。マリカとはよく居るし、ギルソン自身も結構面倒見がいいので、こうやって子どもたちにも人気になっているのだ。
「ははは、元気にしていましたか?」
「うん、元気だよー」
ギルソンが呼び掛けると、子どもたちは口々にそう答えていた。本当に元気が有り余っているようだ。
マリカが鉄道事業関連で手伝うようになってからというもの、マリカの家は当然ながら、孤児院にもかなり影響を及ぼしていた。
以前は食べるものだって着るものだって困っていたというのに、今ではその辺りの心配がまったくなくなっていた。身なりは平民たちに見劣りしないくらいのレベルになったし、ギルソンとアリスが孤児院を手伝うようになってからは読み書きもそこそこできるようになっていた。これなら将来的には手に職をつけて独り立ちする事も可能だろう。
子どもたちの触れあう様子を見守っているアーロンは、その光景に思わず何度も首を縦に振ってしまっていた。長年孤児院の経営で苦労してきただけに、この光景に対する感激は相当なものだったのだ。
「マスター、今戻りました」
「お帰りなさい、ジャスミン」
そこへ、どこかに出掛けていたジャスミンが戻ってきた。その手には籠が見えるので、おそらくは買い出しに行ってきたのだろう。
「おお、ジャスミン。買い出しを頼まれて下さって、ありがとうございます」
「いえ。マスターの信頼している方の頼みです、断れません。それに、ちょうど街に用事がございましたので、ついででございます」
買い出しをついでと言い切ってしまうジャスミンである。こういう変なところで気遣いをミスるのがオートマタらしいところだ。
「お姉様、ちょっとお話がございます」
「あら、ジャスミン。何の話かしら」
ジャスミンが話し掛けてくるので、アリスは淡々と反応する。
「マイマスター。ジャスミンと話をしてきますので、少々ばかり離席致します。ご容赦下さいませ」
「分かった。ボクたちだけでこっちの相手はできるから、行っておいで。重要な話なのでしょう?」
「感謝致します、マイマスター」
ギルソンが気前よく許可してくれたので、アリスは頭を下げてジャスミンと奥へと移動していった。
孤児院の奥で椅子に座るアリスとジャスミン。その間には何か張り詰めたような空気が漂っていた。
「駅で働くのオートマタから、何か情報が入りましたか?」
アリスが単刀直入に話を切り出した。
本来ならこうやって直接聞かなくても、念話で話はできるはずである。しかし、重要の度合いが高くなりすぎると、逆に念話が使えなくなったのだ。なにせ、オートマタによっては可能性が低いとはいえ、その念話に介入ができるからだ。傍受されて困るような話は、こうやって直接口頭でやり取りをするわけである。
「鉄道に関しまして、他国からの打診も起きております。駅で働くオートマタから聞いた話では、何度となく質問を受けているそうです」
「それは商人からでしょうか?」
「そのようですね。商売というのは移動が速ければ速いほどいいですから。鉄道ネットワークの促進を望むのは当然と言えると思います」
「ふむ、そうなのですね……」
ジャスミンからの報告に、アリスは考え込む。
さすがにこれまでにやりたい放題だったし、シュヴァリエの問題が浮き彫りになったので、アリスも慎重にならざるを得なかったのだ。下手な事をして、これ以上ファルーダンの国内を掻き乱す事になってしまっては、はっきり言って本末転倒ともいえる。
「これ以上の鉄道事業の拡大は、さすがに国王陛下の許可を頂いてからですね。私はあくまでも第五王子のオートマタですし、国政に関しての決定権は国王陛下と宰相にございますからね」
アリスはちょっと残念そうにジャスミンに話す。
「では、どのようにさせましょうか」
「事業の拡大の予定はない事を伝えればいいと思います。切実に願う商人たちなら、国に陳情を上げるでしょうからね」
「なるほど。では、そのように駅のオートマタたちに伝えておきます」
「ええ、頼みますよ。今の私はちょっと余裕がありませんのでね」
「わかりました。お任せ下さい」
話を終えたアリスとジャスミンは、立ち上がってギルソンたちのところへ戻っていく。
鉄道事業はこの世界においてかなりの影響力を及ぼしている実感を感じるアリス。だが、ギルソンの実績を確定的にした今、これ以上は急いで建設する必要はないと考えている。
それよりも、第二王子であるシュヴァリエの問題の方が先決なのだ。
一体どうすべきなのか、アリスは頭を悩ませるのだった。
実は鉄道事業が落ち着いた頃から、ギルソンはマリカと約束をしていたのである。
身寄りのない子どもたちとはいえど、彼らもまた王国の民である。生きていくための術を施すのは為政者としての務め、ギルソンはそのように考えているのである。
「ギルソン殿下だー」
孤児院の子どもたちがギルソンに走り寄ってくる。マリカとはよく居るし、ギルソン自身も結構面倒見がいいので、こうやって子どもたちにも人気になっているのだ。
「ははは、元気にしていましたか?」
「うん、元気だよー」
ギルソンが呼び掛けると、子どもたちは口々にそう答えていた。本当に元気が有り余っているようだ。
マリカが鉄道事業関連で手伝うようになってからというもの、マリカの家は当然ながら、孤児院にもかなり影響を及ぼしていた。
以前は食べるものだって着るものだって困っていたというのに、今ではその辺りの心配がまったくなくなっていた。身なりは平民たちに見劣りしないくらいのレベルになったし、ギルソンとアリスが孤児院を手伝うようになってからは読み書きもそこそこできるようになっていた。これなら将来的には手に職をつけて独り立ちする事も可能だろう。
子どもたちの触れあう様子を見守っているアーロンは、その光景に思わず何度も首を縦に振ってしまっていた。長年孤児院の経営で苦労してきただけに、この光景に対する感激は相当なものだったのだ。
「マスター、今戻りました」
「お帰りなさい、ジャスミン」
そこへ、どこかに出掛けていたジャスミンが戻ってきた。その手には籠が見えるので、おそらくは買い出しに行ってきたのだろう。
「おお、ジャスミン。買い出しを頼まれて下さって、ありがとうございます」
「いえ。マスターの信頼している方の頼みです、断れません。それに、ちょうど街に用事がございましたので、ついででございます」
買い出しをついでと言い切ってしまうジャスミンである。こういう変なところで気遣いをミスるのがオートマタらしいところだ。
「お姉様、ちょっとお話がございます」
「あら、ジャスミン。何の話かしら」
ジャスミンが話し掛けてくるので、アリスは淡々と反応する。
「マイマスター。ジャスミンと話をしてきますので、少々ばかり離席致します。ご容赦下さいませ」
「分かった。ボクたちだけでこっちの相手はできるから、行っておいで。重要な話なのでしょう?」
「感謝致します、マイマスター」
ギルソンが気前よく許可してくれたので、アリスは頭を下げてジャスミンと奥へと移動していった。
孤児院の奥で椅子に座るアリスとジャスミン。その間には何か張り詰めたような空気が漂っていた。
「駅で働くのオートマタから、何か情報が入りましたか?」
アリスが単刀直入に話を切り出した。
本来ならこうやって直接聞かなくても、念話で話はできるはずである。しかし、重要の度合いが高くなりすぎると、逆に念話が使えなくなったのだ。なにせ、オートマタによっては可能性が低いとはいえ、その念話に介入ができるからだ。傍受されて困るような話は、こうやって直接口頭でやり取りをするわけである。
「鉄道に関しまして、他国からの打診も起きております。駅で働くオートマタから聞いた話では、何度となく質問を受けているそうです」
「それは商人からでしょうか?」
「そのようですね。商売というのは移動が速ければ速いほどいいですから。鉄道ネットワークの促進を望むのは当然と言えると思います」
「ふむ、そうなのですね……」
ジャスミンからの報告に、アリスは考え込む。
さすがにこれまでにやりたい放題だったし、シュヴァリエの問題が浮き彫りになったので、アリスも慎重にならざるを得なかったのだ。下手な事をして、これ以上ファルーダンの国内を掻き乱す事になってしまっては、はっきり言って本末転倒ともいえる。
「これ以上の鉄道事業の拡大は、さすがに国王陛下の許可を頂いてからですね。私はあくまでも第五王子のオートマタですし、国政に関しての決定権は国王陛下と宰相にございますからね」
アリスはちょっと残念そうにジャスミンに話す。
「では、どのようにさせましょうか」
「事業の拡大の予定はない事を伝えればいいと思います。切実に願う商人たちなら、国に陳情を上げるでしょうからね」
「なるほど。では、そのように駅のオートマタたちに伝えておきます」
「ええ、頼みますよ。今の私はちょっと余裕がありませんのでね」
「わかりました。お任せ下さい」
話を終えたアリスとジャスミンは、立ち上がってギルソンたちのところへ戻っていく。
鉄道事業はこの世界においてかなりの影響力を及ぼしている実感を感じるアリス。だが、ギルソンの実績を確定的にした今、これ以上は急いで建設する必要はないと考えている。
それよりも、第二王子であるシュヴァリエの問題の方が先決なのだ。
一体どうすべきなのか、アリスは頭を悩ませるのだった。
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