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Mission092
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「アルヴィン、どうだったか?」
シュヴァリエは王子としての一日の活動を終えて部屋でくつろいでいた。そこへ、彼のオートマタであるアルヴィンが現れた。
「ただいま戻りました。ダメですね。これといった噂はありません。かなり誠実な活動をしてきたのだという事しか分かりませんでしたね」
「そうか……。あいつがあんなにできるわけがないのだが、実力だったというのか……」
アルヴィンの報告に、シュヴァリエはギリッと爪を噛む。
「それよりもマスター」
「なんだアルヴィン」
改まったように発言するアルヴィンに、不機嫌そうにシュヴァリエが問い掛ける。
「やはり、あのアリスとかいうオートマタ、あれが怪しいように思います」
アリス。それはギルソンの5歳の誕生日に贈られた女性型のオートマタである。
アルヴィンの指摘に、シュヴァリエはふと思い出した。
確かに、あのアリスとかいうオートマタが来てからというもの、ギルソンの周りの環境が変わり始めた。あのオートマタは程度の落ちる工房で作られた粗悪品だったはずである。それが、他の王族のオートマタをも上回る活躍をしているのだから、これ程までに気に食わない状況はない。この事を思い出したシュヴァリエはにやりと笑みを浮かべていた。
「そうか……。今までギルソンをどうにかする事ばかり考えていたが、周りから切り崩す方法があったか……」
今までに見た事もないような表情に、さすがのアルヴィンも反応に困っているようである。
アルヴィン自身はシュヴァリエを王位に就けるために奮闘する気持ちはあるのだが、最近のシュヴァリエの様子には苦言を抱かずにはいられなかった。だが、オートマタである以上は、主の意向には逆らえないのである。
オートマタは魔法石の恩恵によって様々な魔法を行使する事ができる。だが、その制約はもちろんあって、アリスの前世の世界のロボット工学の三原則のようなものがあるのだ。
主人に逆らわない、主人の命を守る、そのために自分の身も守るというものだ。だからこそ、アルヴィンにはアリスの様子が異質のように映っているようだった。
だが、実際にアリスはかなり異質な存在だった。なにせ、別世界の魂が紛れ込んでいるのだから。その異質さに、アルヴィンは少しずつ迫っているのである。
「だったらアルヴィン、そのアリスとかいうオートマタを消してしまえ。そうすればあいつはオートマタを失い、弱体化するはずだからな」
「畏まりました。すべてはマスターの望むがままに」
そう言い残して、アルヴィンはシュヴァリエの前から消えたのだった。
一人となったシュヴァリエは、両肘をついて荒くため息を吐く。相当に気を揉んでいるように思える仕草である。
「……まったく忌々しい。本当は俺がすんなり王位を継承するはずだったんだ。それを、出来損ないの末弟ごときが……」
シュヴァリエはギルソンに対してかなり苛立ちを募らせているようである。
そもそも小説でもギルソンが歪む原因は上の兄弟全員が絡んでいるので、途中から主人公と化したシュヴァリエも、実はそもそもギルソンにいい感情を持っていなかった。
この世界ではギルソンが歪まなかったので、その歪みがそのまま上の兄弟に跳ね返ったような感じなのである。
第一王子アインダードはさっさと割り切ってしまったので難を逃れた感じである。
とはいえ、シュヴァリエがここまで歪むなど予想できただろうか。しかし、歪んでしまうくらいに、アリスはギルソンの功績を作りすぎてしまったのである。
「ふぅ……、スーリガンの奴も利用してやりたいが、あいつはおとなしいからな。俺一人になろうとも、必ずギルソンの奴は蹴落としてくれる」
そう呟いたシュヴァリエは、気持ちを落ち着けるように背もたれに思い切りもたれ掛かって背筋を伸ばす。そして、再び正面を見たシュヴァリエの顔は、これまで以上に鋭い光を目に湛えていた。
一方その頃、シュヴァリエから命令を受けたアルヴィンは城の中を歩いている。その表情は実に冷静そのものではあるが、心の中では楽しそうにほくそ笑んでいる。
(くくくく……、正式にマスターから許可を頂いたい事だしな、たっぷりと遊んでやりたいものだ。簡単に壊れてくれるなよ、アリス……)
そう、アルヴィンは嗜虐趣味があったのだ。オートマタとしてはかなり歪んでいるが、これもシュヴァリエが歪んでいった事による影響なのだ。一心同体とまではいかなくても、オートマタはマスターとなる人物の影響を少なからず受けるものなのである。どのように影響されるかは個体差があるが、アルヴィンは同じような方向に影響されてしまったようだった。
「やあ、アエスじゃないか。どうしたんだい、こんなところで」
「ひうっ!」
アルヴィンに声を掛けられて、アエスは驚いて変な声を出す。
「ま、マスターのために、お飲み物を用意しようとしていたところです……」
アエスはまごまごとしながら答える。
「そうか。それは殊勝だな」
「あ、アルヴィンはどうしてここに?」
「ただ歩いていただけだ。マスターに城の警備の手伝いをするように言われているからな」
「そ、そうでしたか。では、頑張って下さい。私はマスターに飲み物を届けねばなりませんので」
そそくさと走り去っていくアエス。その姿を、アルヴィンは舐めるような視線で見送っていた。
(ふん、オートマタのくせに軟弱な奴だ)
嘲笑するような表情を見せると、アルヴィンは警備を装いながら、再び城の中を歩き出したのだった。
シュヴァリエは王子としての一日の活動を終えて部屋でくつろいでいた。そこへ、彼のオートマタであるアルヴィンが現れた。
「ただいま戻りました。ダメですね。これといった噂はありません。かなり誠実な活動をしてきたのだという事しか分かりませんでしたね」
「そうか……。あいつがあんなにできるわけがないのだが、実力だったというのか……」
アルヴィンの報告に、シュヴァリエはギリッと爪を噛む。
「それよりもマスター」
「なんだアルヴィン」
改まったように発言するアルヴィンに、不機嫌そうにシュヴァリエが問い掛ける。
「やはり、あのアリスとかいうオートマタ、あれが怪しいように思います」
アリス。それはギルソンの5歳の誕生日に贈られた女性型のオートマタである。
アルヴィンの指摘に、シュヴァリエはふと思い出した。
確かに、あのアリスとかいうオートマタが来てからというもの、ギルソンの周りの環境が変わり始めた。あのオートマタは程度の落ちる工房で作られた粗悪品だったはずである。それが、他の王族のオートマタをも上回る活躍をしているのだから、これ程までに気に食わない状況はない。この事を思い出したシュヴァリエはにやりと笑みを浮かべていた。
「そうか……。今までギルソンをどうにかする事ばかり考えていたが、周りから切り崩す方法があったか……」
今までに見た事もないような表情に、さすがのアルヴィンも反応に困っているようである。
アルヴィン自身はシュヴァリエを王位に就けるために奮闘する気持ちはあるのだが、最近のシュヴァリエの様子には苦言を抱かずにはいられなかった。だが、オートマタである以上は、主の意向には逆らえないのである。
オートマタは魔法石の恩恵によって様々な魔法を行使する事ができる。だが、その制約はもちろんあって、アリスの前世の世界のロボット工学の三原則のようなものがあるのだ。
主人に逆らわない、主人の命を守る、そのために自分の身も守るというものだ。だからこそ、アルヴィンにはアリスの様子が異質のように映っているようだった。
だが、実際にアリスはかなり異質な存在だった。なにせ、別世界の魂が紛れ込んでいるのだから。その異質さに、アルヴィンは少しずつ迫っているのである。
「だったらアルヴィン、そのアリスとかいうオートマタを消してしまえ。そうすればあいつはオートマタを失い、弱体化するはずだからな」
「畏まりました。すべてはマスターの望むがままに」
そう言い残して、アルヴィンはシュヴァリエの前から消えたのだった。
一人となったシュヴァリエは、両肘をついて荒くため息を吐く。相当に気を揉んでいるように思える仕草である。
「……まったく忌々しい。本当は俺がすんなり王位を継承するはずだったんだ。それを、出来損ないの末弟ごときが……」
シュヴァリエはギルソンに対してかなり苛立ちを募らせているようである。
そもそも小説でもギルソンが歪む原因は上の兄弟全員が絡んでいるので、途中から主人公と化したシュヴァリエも、実はそもそもギルソンにいい感情を持っていなかった。
この世界ではギルソンが歪まなかったので、その歪みがそのまま上の兄弟に跳ね返ったような感じなのである。
第一王子アインダードはさっさと割り切ってしまったので難を逃れた感じである。
とはいえ、シュヴァリエがここまで歪むなど予想できただろうか。しかし、歪んでしまうくらいに、アリスはギルソンの功績を作りすぎてしまったのである。
「ふぅ……、スーリガンの奴も利用してやりたいが、あいつはおとなしいからな。俺一人になろうとも、必ずギルソンの奴は蹴落としてくれる」
そう呟いたシュヴァリエは、気持ちを落ち着けるように背もたれに思い切りもたれ掛かって背筋を伸ばす。そして、再び正面を見たシュヴァリエの顔は、これまで以上に鋭い光を目に湛えていた。
一方その頃、シュヴァリエから命令を受けたアルヴィンは城の中を歩いている。その表情は実に冷静そのものではあるが、心の中では楽しそうにほくそ笑んでいる。
(くくくく……、正式にマスターから許可を頂いたい事だしな、たっぷりと遊んでやりたいものだ。簡単に壊れてくれるなよ、アリス……)
そう、アルヴィンは嗜虐趣味があったのだ。オートマタとしてはかなり歪んでいるが、これもシュヴァリエが歪んでいった事による影響なのだ。一心同体とまではいかなくても、オートマタはマスターとなる人物の影響を少なからず受けるものなのである。どのように影響されるかは個体差があるが、アルヴィンは同じような方向に影響されてしまったようだった。
「やあ、アエスじゃないか。どうしたんだい、こんなところで」
「ひうっ!」
アルヴィンに声を掛けられて、アエスは驚いて変な声を出す。
「ま、マスターのために、お飲み物を用意しようとしていたところです……」
アエスはまごまごとしながら答える。
「そうか。それは殊勝だな」
「あ、アルヴィンはどうしてここに?」
「ただ歩いていただけだ。マスターに城の警備の手伝いをするように言われているからな」
「そ、そうでしたか。では、頑張って下さい。私はマスターに飲み物を届けねばなりませんので」
そそくさと走り去っていくアエス。その姿を、アルヴィンは舐めるような視線で見送っていた。
(ふん、オートマタのくせに軟弱な奴だ)
嘲笑するような表情を見せると、アルヴィンは警備を装いながら、再び城の中を歩き出したのだった。
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