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Mission075
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ギルソンはこの日は鉄道の収支をまとめている。
アリスが仕入れた各駅に常駐するオートマタたちから集めた情報を、一生懸命帳簿にまとめ上げているのである。
利用客数、切符の売上高、貨物の取扱量、貸出馬車の利用状況などなど、まとめる情報は多岐に渡っている。それがゆえに、さすがにギルソン一人では処理に困ってしまっているようだった。
そもそも12歳の王子にさせる内容ではない。文官を手配しようとしたのだが、どういうわけかそれは却下されてしまい、今もギルソンはアリスの手を借りながら一人で帳簿の整理にあたっているのである。
けれども、アリスの前世は機械技師と小説家だ。経理など専門外なのでさすがに苦戦をしているようである。
(うう、こういう事なら簿記くらい取っておきたかったわね……)
オートマタらしく無表情にしながらも、心の中では泣いているアリスである。
「はあ、さすがに疲れましたね。こんな数字とにらめっこだなんて、実に初めてですよ」
「それでは、飲み物をご用意致します」
「うん、頼んだよ」
ギルソンが背伸びをして首を鳴らしているので、アリスは疲れに効く飲み物を用意しようとして部屋を出ていった。
しばらくすると、学園から戻ってきたイスヴァンがギルソンの部屋を訪れた。
「よう、ギルソン。戻った、ぞっ!?」
部屋の中でぐったりするギルソンに、さすがのイスヴァンも慌てた。
「おい、どうしたんだ。誰かに何かされたのか?」
ゆさゆさとギルソンを揺らすイスヴァン。動揺しているのでその手がなかなか止まらない。
「や、やめて……」
ギルソンは抵抗しようとするが、疲れのせいで抵抗できないし、揺さぶられて声も出ない。
「マイマスター、飲み物をお持ち……って、イスヴァン殿下、何をなさっているのですか!」
アリスは飲み物を近くのテーブルに置いて、イスヴァンを止めに行く。ギルソンは揺さぶられた事により、顔面が青くなってきていた。
「イスヴァン殿下、おやめ下さい。このままではマイマスターが死んでしまいます」
アリスが必死に止めると、ようやくイスヴァンが冷静になって動きを止めた。
「マイマスターは帳簿の整理でお疲れになっているのです。そんなに揺さぶってはいけません」
「う、それはすまなかったな……」
顔面蒼白のギルソンを前に、アリスはまずイスヴァンを叱っておとなしくさせる。そして、
「マイマスター、少し失礼致します」
あまりに状態が厳しいと見たアリスは、治癒魔法をギルソンに施した。完全回復とはいかないが、それでも今の危機的状態を脱出させなければならないのだ。どうにか顔色が戻って、ギルソンの呼吸も安定したようだ。この状態を見て、アリスはようやく安心した。
「まったく、なんて事をなさるのですか。ぐったりしている人を強く揺さぶってはいけませんよ。声を掛けて状態を確認するくらいにしておいて下さい、いいですね!」
アリスはイスヴァンを強く叱っておいた。これにはさすがのイスヴァンもおとなしく「はい」とだけ頷いていた。
「しかし、どうしてこんな状態になってるんだ?」
おとなしくなったイスヴァンは、ギルソンに飲み物を飲ませているアリスに問い掛けている。
「鉄道事業の収支のまとめをしていたのです。ファルーダンの文官を何名かお借りしようとしたのですが、どういうわけか拒否をされてしまいましてね。それで私とマイマスターの二人で処理をしていたのです」
アリスは状況を説明する。すると、イスヴァンは少し考えてこう提案した。
「だったら、マスカードの方から文官を何名か出そうか。その鉄道はわずかではあるものの俺の国にも通っている。ならば、マスカードの人間が関わっても問題はないだろうからな」
イスヴァンはそう言うと、自分のお付きでやって来ている従者を呼び寄せる。そして、さらさらと文章を認めると、従者に持たせてすぐに国へと向かわせた。
「鉄道があるから、早ければ明日には文官がやって来るだろう。お前はもう今日は休んでおけ」
「……ありがとう、恩に着ます」
どうにか落ち着いたギルソンは、イスヴァンに礼を言う。
「まあ気にするな。お前の事は友人だと思っているからな。頼れる時には頼ってくれよな、わはははは!」
笑い方を聞く限り、やっぱり性格の根本は直っていないようだが、今回ばかりは実にありがたい話だった。
「ところで、やっぱりマスカードの部分の鉄道の税金はマスカードに納めるんだろ?」
「ええ、そうですね。事業としての帰属先はファルーダン王国ですが、一部はマスカード帝国から土地をお借りしていますし、筋はちゃんと通しておきませんとね」
律儀なギルソンである。
「ですが、手をお借りするのは正直……」
ギルソンが言いかけるが、
「なあに、リリアンと婚約をした以上、将来的に俺はお前の兄になるんだ。兄貴ってのは弟を助けるもんだろ? 遠慮なく受け取っておけ」
わははと笑いながらイスヴァンはそう言い切っていた。
これは将来頼れる人物になりそうだと、アリスは強く感じたのである。
そして、翌日。本当にマスカード帝国から文官が二人到着したのであった。
アリスが仕入れた各駅に常駐するオートマタたちから集めた情報を、一生懸命帳簿にまとめ上げているのである。
利用客数、切符の売上高、貨物の取扱量、貸出馬車の利用状況などなど、まとめる情報は多岐に渡っている。それがゆえに、さすがにギルソン一人では処理に困ってしまっているようだった。
そもそも12歳の王子にさせる内容ではない。文官を手配しようとしたのだが、どういうわけかそれは却下されてしまい、今もギルソンはアリスの手を借りながら一人で帳簿の整理にあたっているのである。
けれども、アリスの前世は機械技師と小説家だ。経理など専門外なのでさすがに苦戦をしているようである。
(うう、こういう事なら簿記くらい取っておきたかったわね……)
オートマタらしく無表情にしながらも、心の中では泣いているアリスである。
「はあ、さすがに疲れましたね。こんな数字とにらめっこだなんて、実に初めてですよ」
「それでは、飲み物をご用意致します」
「うん、頼んだよ」
ギルソンが背伸びをして首を鳴らしているので、アリスは疲れに効く飲み物を用意しようとして部屋を出ていった。
しばらくすると、学園から戻ってきたイスヴァンがギルソンの部屋を訪れた。
「よう、ギルソン。戻った、ぞっ!?」
部屋の中でぐったりするギルソンに、さすがのイスヴァンも慌てた。
「おい、どうしたんだ。誰かに何かされたのか?」
ゆさゆさとギルソンを揺らすイスヴァン。動揺しているのでその手がなかなか止まらない。
「や、やめて……」
ギルソンは抵抗しようとするが、疲れのせいで抵抗できないし、揺さぶられて声も出ない。
「マイマスター、飲み物をお持ち……って、イスヴァン殿下、何をなさっているのですか!」
アリスは飲み物を近くのテーブルに置いて、イスヴァンを止めに行く。ギルソンは揺さぶられた事により、顔面が青くなってきていた。
「イスヴァン殿下、おやめ下さい。このままではマイマスターが死んでしまいます」
アリスが必死に止めると、ようやくイスヴァンが冷静になって動きを止めた。
「マイマスターは帳簿の整理でお疲れになっているのです。そんなに揺さぶってはいけません」
「う、それはすまなかったな……」
顔面蒼白のギルソンを前に、アリスはまずイスヴァンを叱っておとなしくさせる。そして、
「マイマスター、少し失礼致します」
あまりに状態が厳しいと見たアリスは、治癒魔法をギルソンに施した。完全回復とはいかないが、それでも今の危機的状態を脱出させなければならないのだ。どうにか顔色が戻って、ギルソンの呼吸も安定したようだ。この状態を見て、アリスはようやく安心した。
「まったく、なんて事をなさるのですか。ぐったりしている人を強く揺さぶってはいけませんよ。声を掛けて状態を確認するくらいにしておいて下さい、いいですね!」
アリスはイスヴァンを強く叱っておいた。これにはさすがのイスヴァンもおとなしく「はい」とだけ頷いていた。
「しかし、どうしてこんな状態になってるんだ?」
おとなしくなったイスヴァンは、ギルソンに飲み物を飲ませているアリスに問い掛けている。
「鉄道事業の収支のまとめをしていたのです。ファルーダンの文官を何名かお借りしようとしたのですが、どういうわけか拒否をされてしまいましてね。それで私とマイマスターの二人で処理をしていたのです」
アリスは状況を説明する。すると、イスヴァンは少し考えてこう提案した。
「だったら、マスカードの方から文官を何名か出そうか。その鉄道はわずかではあるものの俺の国にも通っている。ならば、マスカードの人間が関わっても問題はないだろうからな」
イスヴァンはそう言うと、自分のお付きでやって来ている従者を呼び寄せる。そして、さらさらと文章を認めると、従者に持たせてすぐに国へと向かわせた。
「鉄道があるから、早ければ明日には文官がやって来るだろう。お前はもう今日は休んでおけ」
「……ありがとう、恩に着ます」
どうにか落ち着いたギルソンは、イスヴァンに礼を言う。
「まあ気にするな。お前の事は友人だと思っているからな。頼れる時には頼ってくれよな、わはははは!」
笑い方を聞く限り、やっぱり性格の根本は直っていないようだが、今回ばかりは実にありがたい話だった。
「ところで、やっぱりマスカードの部分の鉄道の税金はマスカードに納めるんだろ?」
「ええ、そうですね。事業としての帰属先はファルーダン王国ですが、一部はマスカード帝国から土地をお借りしていますし、筋はちゃんと通しておきませんとね」
律儀なギルソンである。
「ですが、手をお借りするのは正直……」
ギルソンが言いかけるが、
「なあに、リリアンと婚約をした以上、将来的に俺はお前の兄になるんだ。兄貴ってのは弟を助けるもんだろ? 遠慮なく受け取っておけ」
わははと笑いながらイスヴァンはそう言い切っていた。
これは将来頼れる人物になりそうだと、アリスは強く感じたのである。
そして、翌日。本当にマスカード帝国から文官が二人到着したのであった。
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