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Mission065
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翌日、午前中にリリアンはイスヴァンと(従者が居るものの)二人きりにされてしまった。朝食の席でクリムから突然言い渡されたのである。
さすがにあまりに突然の事に戸惑いを隠せないリリアンだが、オートマタのユーリも正直驚いていた。
それもそうだろう。まさか到着の翌日にいきなりこんな場が与えられるなど、誰が予想できたというのだろうか。国王も国王で、二人きりだしユーリも居るから安心だろうとして、止めもしなかったのである。……帝国の雰囲気に飲まれ過ぎであった。
リリアンはそんな情けない父親に頭を抱えたいところだったが、帝国の皇子であるイスヴァンを目の前にしては、そんな態度を取る事ができなかった。なんだかんだ言って、こういうところは親子なのである。
彼女に付き添うユーリも、あまりのリリアンの緊張っぷりに、正直気が気ではないようである。オートマタだというのにすごく人間っぽい反応をしていた。
(まさかこちらが仕掛ける前に向こうから仕掛けてくるとは……。やはり、帝国。侮れませんね)
ユーリは、イスヴァンとその従者を眺めながらそんな事を考えていた。
「いやはや、そこまで緊張されるとは思ってなかった。すまないな、父上の無茶振りに付き合わせてしまったようだ」
突然、リリアンの様子を見かねたイスヴァンが、予想外な先制攻撃を仕掛けてきた。
鉄道の開業日に招かれた時に見せていた偉そうな態度が、完全になりを潜めていた。初手でまさかのリリアンへの気遣いである。一体この少年に何が起きたのだろうか。ユーリは疑いの目を向けている。
一方のイスヴァンの従者は黙ってその様子を見守っていた。我関せずといったところだろうか。
従者たちの牽制のし合いの中、イスヴァンはリリアンに話し掛ける。
「来年になるとそちらに留学させてもらう事になっている。婚約云々はさておいて、友人として付き合ってもらえるとありがたいかな」
わがまま皇子とは思えない笑みを浮かべるイスヴァン。これは知らない女性が見たらコロッと落とされかねない笑顔だった。
(な、何なのですか! これがあのマスカード帝国の現皇帝クリム・ゾ・マスカードの息子なのですか?!)
ユーリが思いっきり戸惑っている。
それも無理もない話だ。皇帝クリムとその皇子であるイスヴァンは、俺様主義として知れ渡っているからだ。女性相手にこんなに笑顔を見せて気遣いができるなんて、想像できないのである。
しかし、イスヴァンは鉄道によってファルーダンの国力を見せつけられた事で、ずいぶんと軟化してきていたのである。ギルソンたちに対しても笑顔でよく話すようになっていたのだ。
ところが、それをリリアンもユーリも知らないのである。以前のイメージばかりがこびりついているがために、驚きを隠せないというわけなのだ。
「あなたの弟君であるギルソン殿下とは、ずいぶん懇意にさせてもらっているよ。年が近いというのもあるけれどな。あんな素晴らしい弟が居て、あなたは本当に幸せ者だと思うよ」
以前のイメージからではまったく想像すらできないイスヴァンの言葉の数々。リリアンはおろかユーリまでもが、その変貌っぷりに驚いていた。
「正直、来年からの留学に関しては、最初はまったく行く気などなかった。弱小国ごときと見下していたのだ。しかし、あの鉄道を見せられて、すっかり認識が変わったよ。マスカードの持つ農業技術と、ファルーダンの持つ工業技術。組み合わせれば、きっといろんな事が変わっていく気がしたんだ」
最初は愚痴みたいな事を言っていたイスヴァンだが、その言葉にどんどんと熱がこもっていく。
「両国の友好的な関係を築くためにも、ぜひとも、婚約を前提としてお付き合いさせてもらいたい。……いかがだろうか?」
予想外にも、イスヴァンの方から話を振ってきた。これにはリリアンとユーリはおろか、イスヴァンの従者までもが言葉を失っていた。想像だにしていなかったのもあるが、ユーリとしてこちらから持ち掛けようとしていた話だからだ。まさか先手を取られるとは思ってもみなかった。
だが、これはユーリとしては願ってもないチャンスだった。さて、リリアンはどう返事をするのだろうか。ユーリは息を飲んでその様子を見守っている。
「わ……」
「わ?」
リリアンが言葉に詰まる。その様子をじっとイスヴァンは見つめている。よく見るとリリアンの顔は真っ赤である。
「わ、私で……よければ、よ、よろしくお願い致します!」
耳まで真っ赤になりながら、リリアンはイスヴァンのプロポーズを了承していた。ユーリはその様子をオートマタらしく眺めながら、心の中でガッツポーズを決めていた。おそらく、イスヴァンの従者も同じ気持ちだろう。
しばらく無言のままで見つめ合う二人だったが、
「はは、あはははははっ!」
イスヴァンが笑い始めた。
「そうか、俺は嬉しいぞ」
きょとんと首を傾げるリリアン。
「いや、大臣たちからもそろそろ婚約者を決めろとうるさく言われていたんだ。これで黙らせる事ができるよ」
イスヴァンの言い分に怒りたいユーリだったが、よく思えばリリアンも同じような状況だった。となると、イスヴァンの言い分もよく分かるというものである。
「とはいえど、お互いによく知らないからな。これからよろしく頼むよ」
「は、はい。こちらこそ……お願いします」
なんだろうか、部屋の空気がもの凄く甘くなった気がしたユーリだった。
さすがにあまりに突然の事に戸惑いを隠せないリリアンだが、オートマタのユーリも正直驚いていた。
それもそうだろう。まさか到着の翌日にいきなりこんな場が与えられるなど、誰が予想できたというのだろうか。国王も国王で、二人きりだしユーリも居るから安心だろうとして、止めもしなかったのである。……帝国の雰囲気に飲まれ過ぎであった。
リリアンはそんな情けない父親に頭を抱えたいところだったが、帝国の皇子であるイスヴァンを目の前にしては、そんな態度を取る事ができなかった。なんだかんだ言って、こういうところは親子なのである。
彼女に付き添うユーリも、あまりのリリアンの緊張っぷりに、正直気が気ではないようである。オートマタだというのにすごく人間っぽい反応をしていた。
(まさかこちらが仕掛ける前に向こうから仕掛けてくるとは……。やはり、帝国。侮れませんね)
ユーリは、イスヴァンとその従者を眺めながらそんな事を考えていた。
「いやはや、そこまで緊張されるとは思ってなかった。すまないな、父上の無茶振りに付き合わせてしまったようだ」
突然、リリアンの様子を見かねたイスヴァンが、予想外な先制攻撃を仕掛けてきた。
鉄道の開業日に招かれた時に見せていた偉そうな態度が、完全になりを潜めていた。初手でまさかのリリアンへの気遣いである。一体この少年に何が起きたのだろうか。ユーリは疑いの目を向けている。
一方のイスヴァンの従者は黙ってその様子を見守っていた。我関せずといったところだろうか。
従者たちの牽制のし合いの中、イスヴァンはリリアンに話し掛ける。
「来年になるとそちらに留学させてもらう事になっている。婚約云々はさておいて、友人として付き合ってもらえるとありがたいかな」
わがまま皇子とは思えない笑みを浮かべるイスヴァン。これは知らない女性が見たらコロッと落とされかねない笑顔だった。
(な、何なのですか! これがあのマスカード帝国の現皇帝クリム・ゾ・マスカードの息子なのですか?!)
ユーリが思いっきり戸惑っている。
それも無理もない話だ。皇帝クリムとその皇子であるイスヴァンは、俺様主義として知れ渡っているからだ。女性相手にこんなに笑顔を見せて気遣いができるなんて、想像できないのである。
しかし、イスヴァンは鉄道によってファルーダンの国力を見せつけられた事で、ずいぶんと軟化してきていたのである。ギルソンたちに対しても笑顔でよく話すようになっていたのだ。
ところが、それをリリアンもユーリも知らないのである。以前のイメージばかりがこびりついているがために、驚きを隠せないというわけなのだ。
「あなたの弟君であるギルソン殿下とは、ずいぶん懇意にさせてもらっているよ。年が近いというのもあるけれどな。あんな素晴らしい弟が居て、あなたは本当に幸せ者だと思うよ」
以前のイメージからではまったく想像すらできないイスヴァンの言葉の数々。リリアンはおろかユーリまでもが、その変貌っぷりに驚いていた。
「正直、来年からの留学に関しては、最初はまったく行く気などなかった。弱小国ごときと見下していたのだ。しかし、あの鉄道を見せられて、すっかり認識が変わったよ。マスカードの持つ農業技術と、ファルーダンの持つ工業技術。組み合わせれば、きっといろんな事が変わっていく気がしたんだ」
最初は愚痴みたいな事を言っていたイスヴァンだが、その言葉にどんどんと熱がこもっていく。
「両国の友好的な関係を築くためにも、ぜひとも、婚約を前提としてお付き合いさせてもらいたい。……いかがだろうか?」
予想外にも、イスヴァンの方から話を振ってきた。これにはリリアンとユーリはおろか、イスヴァンの従者までもが言葉を失っていた。想像だにしていなかったのもあるが、ユーリとしてこちらから持ち掛けようとしていた話だからだ。まさか先手を取られるとは思ってもみなかった。
だが、これはユーリとしては願ってもないチャンスだった。さて、リリアンはどう返事をするのだろうか。ユーリは息を飲んでその様子を見守っている。
「わ……」
「わ?」
リリアンが言葉に詰まる。その様子をじっとイスヴァンは見つめている。よく見るとリリアンの顔は真っ赤である。
「わ、私で……よければ、よ、よろしくお願い致します!」
耳まで真っ赤になりながら、リリアンはイスヴァンのプロポーズを了承していた。ユーリはその様子をオートマタらしく眺めながら、心の中でガッツポーズを決めていた。おそらく、イスヴァンの従者も同じ気持ちだろう。
しばらく無言のままで見つめ合う二人だったが、
「はは、あはははははっ!」
イスヴァンが笑い始めた。
「そうか、俺は嬉しいぞ」
きょとんと首を傾げるリリアン。
「いや、大臣たちからもそろそろ婚約者を決めろとうるさく言われていたんだ。これで黙らせる事ができるよ」
イスヴァンの言い分に怒りたいユーリだったが、よく思えばリリアンも同じような状況だった。となると、イスヴァンの言い分もよく分かるというものである。
「とはいえど、お互いによく知らないからな。これからよろしく頼むよ」
「は、はい。こちらこそ……お願いします」
なんだろうか、部屋の空気がもの凄く甘くなった気がしたユーリだった。
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