転生オートマタ

未羊

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Mission056

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 馬車で1日の距離をたったの1時間で移動してしまう列車。最初の街を過ぎれば、いよいよ例の水位変動の激しい湖の辺りに差し掛かる。ここは馬車で移動する際には気を付けないと、移動中に水没する事も考えられる交通の難所だ。それがゆえに普段は迂回ルートを通る事が推奨されている。
 だが、そんな難所もアリスの手に掛かれば何の問題もなかった。一部には魔法で造った橋が架かっているものの、馬車などでは難所とされる場所をものともせず列車は走っていく。湖面の変動も魔法で計測済みなので、予測される湖面の最高地点でも線路が水没する事はないようになっている。
「すごい、この湖をこんなにじっくり見る事ができるなんて思ってもみなかったぞ」
 イスヴァンは相変わらず興奮気味である。同乗している大臣が一生懸命控えるように説得しているが、まったく聞く様子がなかった。このイスヴァンのはしゃぐ様子に国境警備に向かう兵士たちは呆気に取られているものの、兵士たちも初めて見る湖の景色に感動しているようだった。
 ここまで乗ってきて、アリスの魔法技術の高さがよく窺える。まったくと言っていいほど揺れないのだ。これは列車の運転をするオートマタの技術の高さもあるだろう。絶妙な感覚で加減速をしていている。
「そういえば、ストライの街まで運転しますが、兵士のお二方は一度国境を越えられますか?」
 湖を過ぎて第二の停車駅に着く前に、アリスは確認を入れる。そこを過ぎれば、その次が国境の街となるからだ。早いうちに確認を取って、進行方向の運転士と反対方向の車掌を務めるオートマタに連絡を入れておくためである。確認を取った結果、兵士たちは国境を越えずに手前で降りる事になった。ならば、そこで予定を調整する必要がありそうだ。アリスは早速予定を組み替える。とはいっても、あらかじめ決めておいた複数の予定から該当のものに切り替えるだけなのだが。
「それでは、マスカード帝国内の最後の駅で降りて、そこから一度国境まで歩きましょう。列車はオートマタたちに任せておけば安全ですのでね」
「そうですね。イスヴァン殿下もそれでよろしいですか?」
「構わない」
 ギルソンもイスヴァンもアリスからの提案を断らなかった。というわけで、マスカード帝国内の最後の停車駅となる街で一度降りる事になった。列車はそのまま、その街まで向かって走り続けた。
 そうしているうちに国境の手前、マスカード帝国の国境の街シドールに着いた。列車が到着すると、街の人たちが物珍しそうに列車を眺めていた。これほどまでの巨大なものは見る事がまずないからだ。せいぜい自分たちの街の建造物くらいなものだろう。しかし、この巨大な塊は動くのだ。それがゆえに多くの見物人が集まってきているのである。
「マイマスター、イスヴァン殿下、足元にお気を付け下さい」
 アリスが一足先に降りて、注意を促す。なにぶん、勅命状を持って造ったとはいえども、だだっ広い空間に急ごしらえのホームだ。何かがあってはいけないのである。
 イスヴァンがホームに降りた瞬間、集まっていた野次馬たちから驚きの声が上がる。自国の皇子の登場なのだ、騒がない方が無理というものだろう。何かと勝気な性格の皇子だが、国民たちからは慕われているのがよく分かる光景である。本当に大騒ぎである。それに対してイスヴァンが手を振ると、野次馬たちからは歓声が上がっていた。
「イスヴァン殿下は人気者ですね」
「まあな。他国では恐れられている俺たちだが、国では英雄として崇められているからな。俺もそんな父上を尊敬しているし、あのような皇帝になりたいと考えているのだ」
 イスヴァンはドヤ顔で将来の夢を語っていた。
「その中で、この鉄道はきっと帝国の繁栄にも繋がると考えている。しばらくはお前たちファルーダンの世話になる事にはなるが、この判断が間違っていなかったと証明してみせる」
 集まるシドールの街の住民を眺めながら、イスヴァンは胸を張って堂々とそう言い切ってみせた。
(ただのわがまま皇子かと思いましたが、なかなかに考えておりますね。私の考えた小説の中では、ファルーダンに戦争を仕掛けてきた憎き存在ですけれど、国を思うからこそなのかも知れませんね)
 アリスはイスヴァンを見ながらそんな事を思っていた。さすがは原作小説『機械仕掛けの魔法と運命の王子』の作者である。
 とはいえども、ここはその小説に登場したキャラ以外にもたくさんの人たちが自由に動く現実世界だ。アリスはその違いも重々に承知している。それでも、どうしても小説の筋書きと比べてしまうのは、その創作物を生み出したがゆえの悪癖なのだろう。
(いけませんね。現実と創作を比べてしまうのは……)
 アリスは首を左右に振ってその思考を散らす。
「どうしたんだい、アリス?」
「いえ、何でもございません。ご心配なく、マイマスター」
「そう?」
 作者がゆえにアリスはついいろいろと考えてしまうところだが、今はイスヴァンの突然の訪問に沸くシドールの街の様子を静かに見守る事にしたのだった。
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