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Mission054
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クリムは執務室に戻り、一人で考え事している。
(何なのだ、あのオートマタは。オートマタは忠実に任務をこなすだけの人形だと思っていたが、余との謁見中、常に周りに気を張り巡らしておった。いつでも魔法を放てるようにしておるとは、想像以上にただの人形ではないな……)
そう、クリムが最大に気になったのは、アリスとジャスミンの二体のオートマタの事だった。その放つ雰囲気は、クリムが放っていた支配者のオーラを平気ではねのけそうなくらい厳しいものだったのだ。
(実に素晴らしい。あのオートマタたちを、どうにかして余の帝国に引き込めぬものか?)
考えれば考えるほどに、あの二人から感じた気配にただならぬ魅力を感じるクリム。焦っていたかのような表情はすっかりと消え去り、すっかり不気味なレベルの笑みに切り替わっていた。マスカード帝国をここまで強大にした稀代の皇帝は、今回使節団としてやってきたオートマタたちにご執心のようである。まさか、クリムの強欲さがオートマタたちに向くとは誰が思っただろか。だが、クリムは知らない。オートマタは一度主従を結んでしまうと、主人を二度と変えられないという事を。
「くっくっくっ……。オートマタを手に入れて、ファルーダンも我が手中に収めてくれようぞ。ふはははははっ!」
クリムは執務室の中で大きな声で笑うのだった。
一方のギルソンたちは、イスヴァンやマスカード帝国の大臣と一緒に帝都から国境までの地図を見ていた。帝都からファルーダン国境までは馬車で4日の距離である。滅多に使えないルートを使えば、3日で移動ができる。ギルソンたちがやって来たルートも、通常の4日掛かる方のルートだった。
滅多に使えないルートというのも、実は理由があった。
「父上が最短と仰ってられたので、こちらのルートを使う事になる。俺がそっちの式典に行くために使ったルートだ」
地図を指差しながら、イスヴァンが説明をしている。イスヴァンが指差したその場所には楕円に近い形の何かが描かれていた。
「これは、湖でございますね」
「そうだ。ちょうどあの頃は湖が干上がって道が現れるんだ。先日の雨のせいでまた水位が上がってしまって、今はもう水没してしまっているがな」
アリスの指摘に、イスヴァンが肯定する。わがまま皇子かと思ったイスヴァンだが、こうやって話をできるくらいには地頭は良さそうだった。話術も悪くはなかった。
「それに、ちょうどこの辺りは岩場だからな。安全に通れる保証が無さすぎるんだ」
説明も分かりやすい。
それにしても最短でという事は、その岩場の辺りに鉄道を通せという事になるのだろう。なるほど、普通に考えれば無理難題といったところだろう。ギルソンもそういった表情で話を聞いている。
「まったく、あの父上がそんな簡単に了承するのはおかしいと思ったんだ。なあ、大臣」
「さ、左様でございますね」
ため息を吐くように話すイスヴァンに、戸惑いながらも同意する大臣。まあ、普通の感覚ならそう思うのだろう。
しかし、対するギルソンは余裕綽々だった。
「イスヴァン殿下、お忘れですか?」
「何をだ?」
ギルソンの言葉に、イスヴァンは不機嫌そうに反応する。ところが、今のギルソンはその程度の凄みになど屈しなかった。
「鉱山都市ツェンまでの鉄道に乗られたのです。その程度の障害、苦になると思いますか?」
この言葉に、イスヴァンはハッとした。
「た、確かに。あそこの街は標高が高い位置にあった。そこまでの鉄道を敷いたのであれば……」
イスヴァンはもしかしてと思って、そのまま固まってしまった。
「ええ。ですから、問題になるのは街に設置する駅の位置ですね。今の市街地をあまり切り崩すわけにはいきませんから」
ギルソンはにっこりと微笑んでいる。
(楽しそうに話をしていますけれど、それを造るのは私なんですけれどね……)
アリスは内心そんな事を思っている。だが、オートマタである以上、表情や声に出す事はできなかった。魔法で何もかもがある程度自由にできるというのに、オートマタという機械人形であるがために、こういう点で苦労を重ねるアリスなのである。
「しかし、父上からは細かい指定は受けていないからな。正直場所には悩むところだ……」
駅の設置場所となれば、イスヴァンもさすがに頭を悩ませているようである。
「大臣、街に駅を設置するならどの辺りがよいか?」
「ええ、そうでござますね……」
大臣は帝都の地図を出しながら指を差す。
「この平民街と貴族街の境目あたりなら、可能かと存じます。ちょうどファルーダン方向に向けて土地も空いておりますし、建設するとなればここが最適でございましょう」
ギルソンたちも地図を覗き込む。確かに、その辺り一帯だけ、どういうわけか何もない状況になっていた。
「どうしてこの辺りは何もないのですか?」
「元々は畑か何かにしようとしていたのですが、そちらが農作物の輸入を減らした事で陛下が激怒されてそのまま放置されてしまったのです」
ギルソンの問い掛けに、大臣はそのように答えていた。アリスの初期の暴走がまさかこのような形で影響していようとは、これはさすがに想像すらできなかった。
となれば、この土地を活用させてもらいましょう。話が進んだ事で、アリスは駅の位置とルートの選定に入ったのだった。
(何なのだ、あのオートマタは。オートマタは忠実に任務をこなすだけの人形だと思っていたが、余との謁見中、常に周りに気を張り巡らしておった。いつでも魔法を放てるようにしておるとは、想像以上にただの人形ではないな……)
そう、クリムが最大に気になったのは、アリスとジャスミンの二体のオートマタの事だった。その放つ雰囲気は、クリムが放っていた支配者のオーラを平気ではねのけそうなくらい厳しいものだったのだ。
(実に素晴らしい。あのオートマタたちを、どうにかして余の帝国に引き込めぬものか?)
考えれば考えるほどに、あの二人から感じた気配にただならぬ魅力を感じるクリム。焦っていたかのような表情はすっかりと消え去り、すっかり不気味なレベルの笑みに切り替わっていた。マスカード帝国をここまで強大にした稀代の皇帝は、今回使節団としてやってきたオートマタたちにご執心のようである。まさか、クリムの強欲さがオートマタたちに向くとは誰が思っただろか。だが、クリムは知らない。オートマタは一度主従を結んでしまうと、主人を二度と変えられないという事を。
「くっくっくっ……。オートマタを手に入れて、ファルーダンも我が手中に収めてくれようぞ。ふはははははっ!」
クリムは執務室の中で大きな声で笑うのだった。
一方のギルソンたちは、イスヴァンやマスカード帝国の大臣と一緒に帝都から国境までの地図を見ていた。帝都からファルーダン国境までは馬車で4日の距離である。滅多に使えないルートを使えば、3日で移動ができる。ギルソンたちがやって来たルートも、通常の4日掛かる方のルートだった。
滅多に使えないルートというのも、実は理由があった。
「父上が最短と仰ってられたので、こちらのルートを使う事になる。俺がそっちの式典に行くために使ったルートだ」
地図を指差しながら、イスヴァンが説明をしている。イスヴァンが指差したその場所には楕円に近い形の何かが描かれていた。
「これは、湖でございますね」
「そうだ。ちょうどあの頃は湖が干上がって道が現れるんだ。先日の雨のせいでまた水位が上がってしまって、今はもう水没してしまっているがな」
アリスの指摘に、イスヴァンが肯定する。わがまま皇子かと思ったイスヴァンだが、こうやって話をできるくらいには地頭は良さそうだった。話術も悪くはなかった。
「それに、ちょうどこの辺りは岩場だからな。安全に通れる保証が無さすぎるんだ」
説明も分かりやすい。
それにしても最短でという事は、その岩場の辺りに鉄道を通せという事になるのだろう。なるほど、普通に考えれば無理難題といったところだろう。ギルソンもそういった表情で話を聞いている。
「まったく、あの父上がそんな簡単に了承するのはおかしいと思ったんだ。なあ、大臣」
「さ、左様でございますね」
ため息を吐くように話すイスヴァンに、戸惑いながらも同意する大臣。まあ、普通の感覚ならそう思うのだろう。
しかし、対するギルソンは余裕綽々だった。
「イスヴァン殿下、お忘れですか?」
「何をだ?」
ギルソンの言葉に、イスヴァンは不機嫌そうに反応する。ところが、今のギルソンはその程度の凄みになど屈しなかった。
「鉱山都市ツェンまでの鉄道に乗られたのです。その程度の障害、苦になると思いますか?」
この言葉に、イスヴァンはハッとした。
「た、確かに。あそこの街は標高が高い位置にあった。そこまでの鉄道を敷いたのであれば……」
イスヴァンはもしかしてと思って、そのまま固まってしまった。
「ええ。ですから、問題になるのは街に設置する駅の位置ですね。今の市街地をあまり切り崩すわけにはいきませんから」
ギルソンはにっこりと微笑んでいる。
(楽しそうに話をしていますけれど、それを造るのは私なんですけれどね……)
アリスは内心そんな事を思っている。だが、オートマタである以上、表情や声に出す事はできなかった。魔法で何もかもがある程度自由にできるというのに、オートマタという機械人形であるがために、こういう点で苦労を重ねるアリスなのである。
「しかし、父上からは細かい指定は受けていないからな。正直場所には悩むところだ……」
駅の設置場所となれば、イスヴァンもさすがに頭を悩ませているようである。
「大臣、街に駅を設置するならどの辺りがよいか?」
「ええ、そうでござますね……」
大臣は帝都の地図を出しながら指を差す。
「この平民街と貴族街の境目あたりなら、可能かと存じます。ちょうどファルーダン方向に向けて土地も空いておりますし、建設するとなればここが最適でございましょう」
ギルソンたちも地図を覗き込む。確かに、その辺り一帯だけ、どういうわけか何もない状況になっていた。
「どうしてこの辺りは何もないのですか?」
「元々は畑か何かにしようとしていたのですが、そちらが農作物の輸入を減らした事で陛下が激怒されてそのまま放置されてしまったのです」
ギルソンの問い掛けに、大臣はそのように答えていた。アリスの初期の暴走がまさかこのような形で影響していようとは、これはさすがに想像すらできなかった。
となれば、この土地を活用させてもらいましょう。話が進んだ事で、アリスは駅の位置とルートの選定に入ったのだった。
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