転生オートマタ

未羊

文字の大きさ
上 下
42 / 189

Mission041

しおりを挟む
 ツヴァイスの駅を出発してしばらくすると、ギルソンたちの個室の扉がノックされた。
「失礼致します。マスターマリカとジャスミンでございます。お食事をお持ちしました」
 どうやらジャスミンのようである。
 貴族用の客車では、食堂で食べる事もできるが、こうやってワゴンを借りれば個室で食べる事もできる。個室にはテーブルもちゃんと備え付けられているからだ。列車の中で作業する事もあるだろうし、当然といえば当然の設備である。ちなみにベッドだってある。そのせいで、貴族用の客車には個室が2~3個しか備え付けられなかった。使用人たちの事もあるし、貴族は注文がうるさいから仕方がない。内装にもだいぶこだわった貴族用の客車は試乗会の時でもそれは好評だった。
 さて、ジャスミンが持ってきた食事は食堂車で貴族用に販売されている値段の高い方の料理だ。コース料理とまではさすがにいかなかったが、普段の食事に負けないくらいの内容の食事となっている。材料にも調理法にもこだわったのでそれは豪華である。
 イスヴァンと大臣にとっては、驚きの連続である。
 巨大な建造物がものすごい速度で移動していて、なおかつその移動している最中に食事が取れる。しかも、振動がほとんどないので移動している事も、外を見ない限り分からない。それでいてまるで家の中のような居住性と、鉄道というものに頭を思いっきり殴られたような衝撃を受けていた。
 そして、出てきた食事にも文句をつけられずに、イスヴァンは沈黙していた。ただただおいしいし、味わった事のない味付けに衝撃を受けていた。衝撃のあまりに言葉が出なくなっていた。これは大臣も同じである。
 貧困の弱小国家と思っていたファルーダン王国だったが、これでは認識を改めざるを得ない。
(ふふっ、こちらの思うように驚いてらっしゃいますね。この分なら、マスカード帝国へ鉄路を延ばす事ができるでしょう。国境での対策をどうするかの詰めは要るでしょうけれどね」
 アリスは謎の自信を覗かせていた。イスヴァンと大臣の二人は確実に落とせたはずだ。こうなると問題はイスヴァンの父親、マスカード帝国の皇帝だけだろう。様子を見るに、イスヴァンと大臣の二人はすでに落とせているようだから。
「イスヴァン様、失礼致します」
「なんだ」
 アリスはイスヴァンに声を掛ける。
「この後、6番目の停車駅であるズィーベからは夜間の運行になります。翌朝にはツェンに到着致しますので、おやすみになられる事を推奨致します」
「なんと。夜の間も移動できるのか!?」
 アリスの提案に、イスヴァンは驚きを示している。夜間の移動など通常は暗くてできないものだからだ。
「この鉄道はレールの上に沿って走っております。速度もありますし、ほとんどが盛土という他の場所より高い場所を走っていますので、外敵に襲われにくいのであります。そして何より、私どもオートマタが列車を操っております。帝国ではどの程度オートマタの事が伝わっているのかは存じ上げませんが、私どもは休息も食事も必要と致しません。ですので、夜間の運行も可能になるというわけです」
「ほお、それは素晴らしいな!」
 アリスの説明を聞いて、イスヴァンが目を輝かせている。すっかり鉄道の虜のようである。
「ギルソン、俺はお前が羨ましいぞ。このような優秀な部下が居てな!」
「ええ、アリスはボクの自慢のオートマタですよ」
 イスヴァンがどういうわけか両手を腰に当てながら、仰け反りながらギルソンに声を掛ける。だが、ギルソンはそれに対して実に冷静に言葉を返していた。すっかり、落ち着いて大人びてきている。まだ11歳だというのがちょっと信じられないくらいである。横で立つマリカも、ちょっと顔を赤くしながらギルソンを見ていた。おやおやおや……。
 小説ではシュヴァリエに惹かれていたマリカだが、アリスの暴走によって、どうやらギルソンに惹かれているようである。ずいぶんと話が変わってしまったようだ。そりゃ、王国の内情もめちゃくちゃ小説とは違っているので当たり前な話である。そこまでめちゃくちゃにしておきながら、いまいち自覚の薄いアリスである。
「で、ここで相談があるわけですよ、イスヴァン殿下」
 急に真剣な表情をするギルソン。その急激な雰囲気の変化に、イスヴァンはすっかり飲み込まれてしまっている。
「ボクとアリスは、この鉄道をマスカード帝国にも引きたいと思っているのです。マスカード帝国の帝都までは、こちらの王都からツェンまでの距離よりも近い。休みなく列車を動かせば、ツェンで産出した鉱石などを2日もしないで帝国まで輸送できるようになるはずです。もちろん、一方的に売るだけではありません。帝国からも何かを買わなければ、対等な取引ではありませんので、その交渉もしたいと考えております」
 ギルソンの真剣な表情に、イスヴァンは少し考え込み、隣に座る大臣に声を掛ける。
「おい、お前はどう思う」
「ファルーダンの鉱石は確かに魅力的ですが、さすがに皇帝陛下と相談をせねばならないと思います。しかし、ファルーダンに借りを作るような真似を、皇帝陛下が許可なさるとは考えにくいですな……」
 大臣からはこう返答があった。
(やっぱり、帝国は一筋縄ではいかないようですね)
 しかし、ここまではアリスにとっては予想の範疇である。さて、ここからどうやって切り崩すか、それをアリスは考えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~

玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。 その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは? ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。

処理中です...