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Mission028
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アリスたち三人で作り上げたオートマタがついに起動した。女性型のオートマタは、目の前のマリカを見て、彼女をマスターとして認識したようである。
工房の中に居る職人たちは、その光景を見て何か神秘的なものを感じたようで、口を開けて呆然としていた。とても作業をしていられるような光景ではなかったのだ。
「あなたが、私のオートマタ……」
「はい、そうです。マスター、なにとぞご命令を」
感動で呆けるマリカ。しかし、起動したばかりのオートマタにはそういう感情が理解できないのか、淡々とマリカに指示を仰いでいる。
「お待ちなさい、目覚めたてのオートマタ」
この状況を見て、すぐに間に割って入るアリス。今のマリカでは間違いなくすぐさま対応できそうになかったからだ。となれば、先輩オートマタの出番というわけである。
「何でしょうか、あなたは」
目覚めたばかりのオートマタが、少々不機嫌気味にアリスに食ってかかる。
「私はこちらのギルソン殿下のオートマタで、アリスと申します。今回、あなたの部品の一部を作るお手伝いをさせて頂きました」
「……」
アリスが頭を下げて挨拶をすると、目の前のオートマタは反応に困ったのか黙ってしまった。やはり、自分を作った内の一人という文言が、オートマタの判断を混乱させたのだろう。その結果が無言という無難な結果なのである。
その黙り込んだオートマタを、ギースがじろじろと見て回っている。
「はやりこの素体はすごい……。ここまでの精巧なオートマタを作り上げるなんて、あんた一体どこのこの技術を身に付けたんだ?」
ギースはアリスに問い掛けている。アリスはそれに対して、
「それはぜ……」
「ぜ?」
「……全部言わなければならない事でしょうか。私はこう見えてもオートマタです。魔法石に込められた記憶という事で、納得は頂けないという事なんですよね?」
危うく『前世の記憶で』と言いかけたアリスだったが、とにかく強引にごまかす。ギースに対して深く追及するなという脅しを掛けているのだ。
オートマタを扱う者とはいえど、オートマタの内情に関わる事は禁忌扱いとされている。唯一許されるのはマスターのみだ。だからこそ、アリスはギースを強く牽制したというわけである。
実はこのオートマタの作製には、前世での機械技師の技術が役に立っている。その緻密な作業の腕を買われて、知り合いから頼まれて義手や義足といった医療品の作製までした事があるのだ。その時の経験が、このオートマタの製作にも活かされたというわけである。
さて、アリスはギースの牽制をうまくすると、再び目覚めたてのオートマタに対して一度目を向ける。そして、感動で戻ってこないマリカの顔を両手で挟んで自分の方へと向けた。
「マリカさん、戻ってきて下さい」
アリスが強くそう言うと、マリカははっとして我に返っていた。本当にどれだけ感動で飛んでいたのだろうか……。
「はっ、私、一体何を……」
「はははっ、自分の手でオートマタを作る事ができて感動してしまったようだね。その気持ちはボクもよく分かりますよ」
きょろきょろと辺りを見回すマリカに、ギルソンは笑いながら同情の声を掛けていた。
「こほん、マリカさん」
「あっはい、アリスさん」
「無事に現実に戻って来れたようですし、改めて、このオートマタに名前を付けてあげて下さい。それでようやく主従契約が完了します。ただ、その名前は変更する事が叶いませんので、慎重に名前を決めて下さい」
アリスからすごい剣幕でこう言われて、マリカはとても悩みだした。人間もそうだが、オートマタにとっても名前というのはものすごく重要なものなのである。こうして、マリカが悩みに悩んで考えた名前とは……。
「ジャスミン……。決めたわ。あなたの名前はジャスミンよ」
「ジャスミンですね。畏まりました、マイマスター」
「私の名前はマリカよ。よろしくね、ジャスミン」
このマリカとジャスミンのやり取りを見たアリスに、在りし日の記憶がよみがえる。
「こら、茉莉花。まーた犬を拾ってきて、育てられる自信はあるのかい?」
「物がないのは分かってるよ、お母さん。でも、このワンちゃんだって、もの凄く飢えてて見捨てられなかったの」
「ようやく生活が持ち直してきたとはいっても、まだまだ大変だっていうのに……。犬の一匹でも食い扶持が減るのは大変なんだ。捨ててらっしゃい」
「やだよ。お母さん、私が面倒を見るから、飼っていいでしょう?」
「……、そこまで言うんだったら、ちゃんと面倒を見るんだよ。私らは知らないからね」
「やったあ。ありがとう、お母さん。あっ、そうだ。それなら名前を付けないとね。ん……と、だったら私の名前から連想して……」
「アリス? どうしたんだい?」
ギルソンから声を掛けられて急に現実に引き戻されるアリス。
「いえ、何でもありません。心配をお掛けして申し訳ございません」
ギルソンに対して謝罪をするアリス。しかし、唐突に降って湧いた前世の記憶に、いまだに混乱をしていた。
(今の記憶は茉莉花が犬を拾ってきた時の記憶? もう70年近い昔の事なのに、急に思い出すなんて……)
アリスは今は存在しないはずの心臓に手を当てながら、じっとマリカを見る。
(確か、あの時の娘、茉莉花が犬に付けた名前が……、確か『ジャスミン』。これは偶然の一致なのかしら?)
しかし、アリスが大往生で亡くなった時、娘の茉莉花は70歳前後でまだまだ元気だった。とはいえ、転生で時代がずれる事などよくある事だし、自分が同じ名前の人物に転生した事を考えると、マリカにもそういった疑惑を持ってしまうのは自然な流れなのだ。
無事にマリカの処女作となったオートマタが誕生したのはいいが、それがかえってアリスの心の中をかき乱す事となったのだった。
工房の中に居る職人たちは、その光景を見て何か神秘的なものを感じたようで、口を開けて呆然としていた。とても作業をしていられるような光景ではなかったのだ。
「あなたが、私のオートマタ……」
「はい、そうです。マスター、なにとぞご命令を」
感動で呆けるマリカ。しかし、起動したばかりのオートマタにはそういう感情が理解できないのか、淡々とマリカに指示を仰いでいる。
「お待ちなさい、目覚めたてのオートマタ」
この状況を見て、すぐに間に割って入るアリス。今のマリカでは間違いなくすぐさま対応できそうになかったからだ。となれば、先輩オートマタの出番というわけである。
「何でしょうか、あなたは」
目覚めたばかりのオートマタが、少々不機嫌気味にアリスに食ってかかる。
「私はこちらのギルソン殿下のオートマタで、アリスと申します。今回、あなたの部品の一部を作るお手伝いをさせて頂きました」
「……」
アリスが頭を下げて挨拶をすると、目の前のオートマタは反応に困ったのか黙ってしまった。やはり、自分を作った内の一人という文言が、オートマタの判断を混乱させたのだろう。その結果が無言という無難な結果なのである。
その黙り込んだオートマタを、ギースがじろじろと見て回っている。
「はやりこの素体はすごい……。ここまでの精巧なオートマタを作り上げるなんて、あんた一体どこのこの技術を身に付けたんだ?」
ギースはアリスに問い掛けている。アリスはそれに対して、
「それはぜ……」
「ぜ?」
「……全部言わなければならない事でしょうか。私はこう見えてもオートマタです。魔法石に込められた記憶という事で、納得は頂けないという事なんですよね?」
危うく『前世の記憶で』と言いかけたアリスだったが、とにかく強引にごまかす。ギースに対して深く追及するなという脅しを掛けているのだ。
オートマタを扱う者とはいえど、オートマタの内情に関わる事は禁忌扱いとされている。唯一許されるのはマスターのみだ。だからこそ、アリスはギースを強く牽制したというわけである。
実はこのオートマタの作製には、前世での機械技師の技術が役に立っている。その緻密な作業の腕を買われて、知り合いから頼まれて義手や義足といった医療品の作製までした事があるのだ。その時の経験が、このオートマタの製作にも活かされたというわけである。
さて、アリスはギースの牽制をうまくすると、再び目覚めたてのオートマタに対して一度目を向ける。そして、感動で戻ってこないマリカの顔を両手で挟んで自分の方へと向けた。
「マリカさん、戻ってきて下さい」
アリスが強くそう言うと、マリカははっとして我に返っていた。本当にどれだけ感動で飛んでいたのだろうか……。
「はっ、私、一体何を……」
「はははっ、自分の手でオートマタを作る事ができて感動してしまったようだね。その気持ちはボクもよく分かりますよ」
きょろきょろと辺りを見回すマリカに、ギルソンは笑いながら同情の声を掛けていた。
「こほん、マリカさん」
「あっはい、アリスさん」
「無事に現実に戻って来れたようですし、改めて、このオートマタに名前を付けてあげて下さい。それでようやく主従契約が完了します。ただ、その名前は変更する事が叶いませんので、慎重に名前を決めて下さい」
アリスからすごい剣幕でこう言われて、マリカはとても悩みだした。人間もそうだが、オートマタにとっても名前というのはものすごく重要なものなのである。こうして、マリカが悩みに悩んで考えた名前とは……。
「ジャスミン……。決めたわ。あなたの名前はジャスミンよ」
「ジャスミンですね。畏まりました、マイマスター」
「私の名前はマリカよ。よろしくね、ジャスミン」
このマリカとジャスミンのやり取りを見たアリスに、在りし日の記憶がよみがえる。
「こら、茉莉花。まーた犬を拾ってきて、育てられる自信はあるのかい?」
「物がないのは分かってるよ、お母さん。でも、このワンちゃんだって、もの凄く飢えてて見捨てられなかったの」
「ようやく生活が持ち直してきたとはいっても、まだまだ大変だっていうのに……。犬の一匹でも食い扶持が減るのは大変なんだ。捨ててらっしゃい」
「やだよ。お母さん、私が面倒を見るから、飼っていいでしょう?」
「……、そこまで言うんだったら、ちゃんと面倒を見るんだよ。私らは知らないからね」
「やったあ。ありがとう、お母さん。あっ、そうだ。それなら名前を付けないとね。ん……と、だったら私の名前から連想して……」
「アリス? どうしたんだい?」
ギルソンから声を掛けられて急に現実に引き戻されるアリス。
「いえ、何でもありません。心配をお掛けして申し訳ございません」
ギルソンに対して謝罪をするアリス。しかし、唐突に降って湧いた前世の記憶に、いまだに混乱をしていた。
(今の記憶は茉莉花が犬を拾ってきた時の記憶? もう70年近い昔の事なのに、急に思い出すなんて……)
アリスは今は存在しないはずの心臓に手を当てながら、じっとマリカを見る。
(確か、あの時の娘、茉莉花が犬に付けた名前が……、確か『ジャスミン』。これは偶然の一致なのかしら?)
しかし、アリスが大往生で亡くなった時、娘の茉莉花は70歳前後でまだまだ元気だった。とはいえ、転生で時代がずれる事などよくある事だし、自分が同じ名前の人物に転生した事を考えると、マリカにもそういった疑惑を持ってしまうのは自然な流れなのだ。
無事にマリカの処女作となったオートマタが誕生したのはいいが、それがかえってアリスの心の中をかき乱す事となったのだった。
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