転生オートマタ

未羊

文字の大きさ
上 下
23 / 189

Mission022

しおりを挟む
「ギルソン殿下」
「なんだい、ロドス」
 騎士たちの訓練を見学していると、ロドスがギルソンに声を掛けていた。
「どうでしょうか。この場でそこのマリカ嬢と模擬戦をなされてみては」
「マリカとですか?」
「ええっ?! ここで殿下と模擬戦ですって?!」
 それは驚くべき提案だった。身分制度において平民とほぼ同視される騎士爵。その娘であるマリカと、第五王子とはいえ王族であるギルソンとの模擬戦の提案だ。正直これにはバリスもアリスも驚いていた。孤児院のような場所ならまだしも、王城内の騎士の訓練場での模擬戦なのだから、これにはアリスも予想できない事だった。
「お二人の打ち合いを見れば、騎士たちにもいい刺激になりましょう」
 ロドスが不敵に笑っている。その顔を見て、ロドスには別の目的がありそうな事をアリスは悟った。
(どういう結果に転んでもこの男は関係なく自分が得するように立ち回るんでしょうね。顔にもの凄く出ているわ)
 表情はオートマタらしく無表情を貫くアリスだが、心の中は実に呆れて大きなため息を吐いている。とはいえども、アリスはこの模擬戦にはどちらかといえば賛成だ。将来の事を見据えれば、ともかく二人ともに経験を積んでもらいたいからである。なにせ、物語ではギルソンの反乱だけでは終わらないからだ。序盤山場の中ボスがギルソンなのである。その後にも隣国との戦争があったり魔物の氾濫が起きたり、それは多くの苦難を経験する事になる。
(ギルソン殿下に苦戦しているようでは、先が思いやられます)
 アリスは半ば心を鬼にする。
「マイマスター、ここは模擬戦をしておくべきです」
 強い口調でギルソンに進言するアリス。そのアリスの真剣な眼差しに、ギルソンは少し戸惑いを覚えた。しかし、そうは思いながらもアリスの行動には何か意味があると捉えたギルソンは、
「分かりました。模擬戦をしましょう」
 少し悩みはしたものの、最終的に了承した。これによって、マリカの意思に関係なく模擬戦が行われる事が決定した。すると、騎士たちは訓練の手を止め、孤児院の子どもたちと一緒にギルソンとマリカの模擬戦を見物する事となった。
「あのー……」
 マリカは恐る恐る声を出す。
「ん、何かな?」
「これって絶対しなきゃいけませんか?」
「無論だな。ギルソン殿下は当然だが、ロドスも私の弟で伯爵家の人間だ。騎士爵家の君には拒否権はない」
 バリスは問答無用といった感じである。
「……承知致しました。こうなった以上は引き受けさせた頂きます。その代わり、私が勝ったとしても不敬とか言わないで下さい」
「それも愚問だな。戦いに身分の貴賎はない。思う存分力を発揮してくれ」
 バリスの言葉に、マリカは深く頷いた。
「マリカねーちゃん頑張れー」
「でんかって王子さまでしょ? だいじょうぶかなぁ」
 見守る孤児院の子どもたちはいろいろと話している。そこへアリスが近付いて声を掛ける。
「きっと大丈夫ですよ。勝敗はやってみないと分かりませんが、あなたたちは自分の信じる人を応援してあげなさい」
 その言葉に、子どもたちは「うん」と頷いていた。
 さて、訓練場の真ん中で、ギルソンとマリカが向かい合う。訓練場の全体が使えるので場外はない。気絶するか降参するか、バリスが止めるかのいずれかが決着条件である。
 かくして、ギルソンとマリカの第二回戦が始まった。
 だが、マリカは緊張で動けないでいる。騎士爵の娘として剣を振るってきたとはいえ、いきなりこんな大勢の騎士の中で剣を振るうなど、まだ先の事とまったく考えていなかったのだ。ましてや、今居るのは対戦相手であるギルソンの実家だ。下手な事をしようものなら取り潰しどころでは済まないと、いろいろな事が頭の中を駆け巡っているのである。唯一の救いと言えば、さっきバリスが言った『戦いに身分の貴賎はない』という言葉だった。
(よしっ)
 マリカは意を決したようだ。渡された木剣をしっかりと両手で握って構える。一方のギルソンも同じように構える。この時の二人の間には緊張がほとばしっていた。
「始めっ!」
 バリスの声が響く。
「やああっ!」
 それと同時にギルソンが動いた。前回は様子を見過ぎたものの、その一度の対戦のおかげである程度の動きは予測できる。しかも今回は、相手は乗り気ではない。ならば先制攻撃で主導権を握るべきと考えたのだ。
 だが、マイカの方だって予想できていないわけがなかった。ギルソンが放った振り下ろしを見事に受け止める。前向きではなかったとはいえ、試合が始まってしまえばあっさりと気持ちを切り替えたのである。
 そこからは息もつかせぬ一進一退の攻防。さすが男女差の小さい10歳である。しかし、一方でとても10歳とは思えない攻防の激しさに、周りに居る騎士や兵士たちからどよめきが起こっている。重い防具などがないというのもあるが、その動きは軽やかでいて激しかった。
 その激しい攻防は数分にも及んだ。パリィはするし跳んだり避けたり、一線級の騎士すら青ざめさせるほどの戦いが目の前で繰り広げられているのである。
(うんうん、日頃から鍛えておいたかいがあるというものね。マリカの攻撃がまだ単調だからこそ、余裕を持てているわ)
 アリスはギルソンの動きに大変満足している。自分が手塩にかけて育ててきたからこその喜びなのだ。
 だが、そんな戦いもいよいよ終わりが見えてきた。
「はあはあ……」
 互いに息が上がっているのである。ここまで一撃も相手に命中していないのもすごいのだが、この息の荒さなのにまだ激しく動けるのである。子どもの体力恐るべし。
「そこまでだな」
 だが、非常にもバリスによって終了の合図がなされてしまう。これには子どもたちどころか騎士や兵士たちまでもが残念がった。
「二人ともまだ無事だが、もう息も絶え絶えだ。これ以上続ければ、大怪我は避けられない。最悪の事が起きればそれは国家の大損失だからな」
 バリスが止めた理由を述べると、騎士たちは仕方ないなと納得していた。
 戦いを終えたギルソンとマリカに、アリスはゆっくりと近付く。
「お疲れさまでした、マスター」
「はあはあ……、また、勝てなかったか……」
「はい、勝ててはおりません。ですが、負けてもおりません。おそらくマリカ嬢も同じ事を思われております」
 アリスは洗浄の魔法を掛けながら、ギルソンに声を掛ける。
「そうか……」
 項垂れてはいたが、声はどこか嬉しそうだった。アリスは魔法を使ってコップと水を作り出し、ギルソンに渡す。そして、マリカにも同じ事をしておいた。
 こうして、孤児院の子どもたちによる騎士団の見学は大盛況のうちに終わった。この子どもたちのうち、どのくらいが騎士を志す事になるのか。それはまたのお楽しみである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~

玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。 その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは? ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...