逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第69話 到着の日の夜

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 到着した日は部屋割りを発表してのんびりするだけ。なにせ王都からここまでまるっと一週間の馬車の旅だったのだ。まだ十三歳の学生たちにはつらいものである。
 明日からはいよいよ合宿が本格的に始まる。
 基本的には武術タイプと魔法タイプに分けられ、馬車の割り振りと同じような感じで部屋も割り当てられている。つまり、シアンはプルネとブランチェスカと同じ部屋となっている。
「はあ、疲れました……」
 部屋のベッドにお行儀悪く体を放り出すブランチェスカ。さすがのお嬢様も疲れ切ってはなりふり構ってられないというところだろうか。
「ブランチェスカ、疲れているのは分かりますけれど、さすがにそれはお行儀が悪いですよ」
「うう、申し訳ございませんわ」
 もぞもぞと動いてベッドに腰掛けるブランチェスカ。
 ブランチェスカを窘めながら、シアンは別荘の事を懐かしく感じていた。なにせ、ペイルの即位の後に旅行で一度訪れているのだから。
(この建物、さすがに数年では変わりませんね。まあ、私がシアン・アクアマリンだった頃の令嬢時代と比べてもまったく変わっていませんからね。よくもっているものですよ)
 椅子に座って内装を見回しながら、ついつい微笑んでしまうシアンなのである。
「お母様たちもここに泊まられたのですよね」
「そうですね。あの頃も合宿といえばここだったそうですからね。さすがにいろいろあったせいで、私の両親の三年次からは場所が変わったらしいですが……」
「ああ、パープリア男爵家の謀反ですか……」
 シアンが話をするとブランチェスカが呟く。
 パープリア男爵家がシルヴァノたちの命を狙っていろいろ仕掛けていたことは、それなりに知られている。なにせ学生たちどころか多くの貴族や商人たちも巻き込まれたので、かん口令を敷こうとも無意味だったのだ。そのくらい前代未聞の規模のテロだったのである。
 当然ながら、そのパープリア男爵の孫にあたるプルネも事件のことは知っているし、なんなら自分がその血筋である事も知っていた。そのために、プルネはついふさぎ込んでしまう。
「他の貴族のことは分かりませんが、私の両親、それとアイヴォリーの王族が許しているのです。あなたは堂々と生きていればいいのですよ、プルネ」
「シアン様ぁ……」
 シアンに抱きつくプルネ。その様子を見ながら、ブランチェスカは楽しそうに笑っていた。
 ひと通りの話を終えた三人は、翌日からの合宿に備えて早めに休むことにしたのだった。

 その頃、教官たちの集まる部屋では……。
「ふむ、妙な魔力が集まっているな」
「どうなさったのですかな、ガレン教官」
 机に向かいながら唸り声を上げるガレンに、合宿の担当官の一人が話し掛けてきた。
「これはグール教官」
 くるりと振り返って反応するガレン。そこにはひと房だけ前に垂れた、炎のように逆立った髪型の男性が立っていた。
 彼はグール公爵家の当主の弟だ。真っ白な色が特徴的なスノーフィールド公爵家とは違い、鮮血のような赤色が特徴的な公爵家である。あまり表舞台に出てこないし、普段は公爵家を名乗らないので知らない人も多い一族である。
 ついでに言えばスノーフィールド公爵家は魔法が得意であり、グール公爵家は剣術を得意としている。アイヴォリー王家の剣というのがグール公爵家の立ち位置なのだ。
「サファイア湖に近付いてからというもの、どうも気持ち悪い魔力が辺りを漂っていましてね。探ってはいるのですが、どうも妨害魔力が働いているらしく、特定ができないのですよ」
「ふむ、ガレン教官が特定できないとなると、これまた面倒だな」
 ガレンの説明を聞いて、顎を触りながら困った表情をするグール教官。
「昔、シルヴァノ陛下がまだ学生だった頃にいろいろあっただけに、早めに特定しなくてはなりませんが、合宿の特訓があっては厳しいやもしれません」
「アクアマリンとは話はしたのか?」
「いえ、まだですな。仕事に追われてここを離れられませんでしたからね」
「ふむ……」
 ガレンに言われて、グール教官は少し考え込む。
「まだ時間的には大丈夫だろう。ここは俺に任せて、早めに伝えに行った方がいいだろう。子どもたちに何かあってからでは遅い」
「それはそうですが、こちらは大丈夫ですかね」
 困った顔を向けると、グール教官はちょっと反応に困っていた。まるで信用されてないような言い方をされたからだ。
「俺がなんとかしよう。魔法には疎いが、これでも公爵家の人間だ。どうにかしてみせる」
「分かりました。では、こちらはお任せします」
 ガレンは心配に思いつつも、部屋を出てアクアリマン子爵の本邸を目指す。
「この精霊王たる私ですらぎりぎり感じ取れたくらいだ。いくら魔法の素養が高いアクアマリン子爵家とはいえ、厳しいだろうな」
 夜道を馬を駆って急ぐガレン。
「だが、過去の過ちを繰り返させるわけにはいかない。なんとしても阻止をしなければな」
 シアンの母親であるロゼリアたちが学生時代に起きた事件。あの忌まわしき過去が、また起こりかねない状況にある。
 ガレンの精霊王としての意地、教官としての責任感。これが今のガレンを突き動かしているのだった。
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