逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第68話 シアン、一年次の夏合宿

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 ついに夏合宿が始まる。
 学生たちは一度学園に集まり、そこから馬車に分乗して目的地を目指す。
 夏合宿の目的地はアクアマリン子爵領にあるサファイア湖。青色の澄んだ湖のほとりで行われる合宿は、サンフレア学園の行事の中でも人気は高い。
 王都を西側へ出てから北上し、そこから複雑な地形を通ってアクアマリン領へと入る。少しは改善されるかと思ったのだが、そこはまったく変わっていないようだった。
 アクアマリン子爵領に入る時だった。シアンは何かをぴくりと感じ取った。
「どうしたのですか、シアン様」
「いえ、なんでもありません」
 ブランチェスカに尋ねられて、ごまかすシアン。
(今のはなんでしょうか。以前に来た時には何もありませんでしたのに。軽く頭痛が起きたような気がします)
 何かを敏感に感じったようなのだが、一瞬だったせいで気のせいかと考えるシアン。
「ちょっと疲れたのかもしれませんね。休ませて頂きます」
「承知致しましたわ」
 同乗するブランチェスカとプルネに断りを入れて、シアンは軽く眠ることにしたのだった。
 王都を発つこと七日後、サンフレア学園の学生一同はアクアマリン子爵領のサファイア湖の近くにある子爵の別荘へとたどり着いていた。
 ほぼ王国内の貴族たちの子女だけとはいえ、六年次まである学園の学生全員ともなると相当な人数である。それを受け入れられるアクアマリン子爵というのは、本当に子爵なのかと疑いたくなるものである。

 シアンたちが馬車を降りて別荘に入っていく最中、それを遠くから見守る人影があった。
「まったく、王妃様もアイリス様も心配性なんだから」
「そうも言ってられないものだぞ、ライ。ペシエラ様の勘を侮ってもらっちゃ困るってものだ」
「分かっているわよ、キャノル」
 ペシエラの命を受けたハイスプライトのライとアイリスの侍女であるキャノルが、合宿に参加する学生たちの後をつけて来ていた。ちなみにこの追跡はガレンだけが知っている。
 この監視をつけた理由としては、先日突如として顔を見せたケットシーが原因だ。ペシエラにも会って何かを漏らしていたらしい。
 ケットシーは幻獣の中でもかなり気ままではあるものの、ことの本質はきっちり見抜いてくるタイプだ。そんなケットシーが何度となく合宿に対して言及していたので、ペシエラが何かを察してライとキャノルを監視に寄こしたのである。
「あのフリーダムな猫のせいでこんな用事を押し付けられるなんて……。今度会ったらひげを引っこ抜いてやるんだから」
「まぁ怒るのは分かる。あたいもできればアイリスのそばを離れたくなかったんだが、手の空いているのがいない以上仕方がない。これだけ暗器を仕込むのは久しぶりだよ」
 キャノルはスカートを持ち上げて軽く左右に振る。すると、金属が当たる音が響き渡っていた。
「なんでメイドスタイルのままなのよ」
「仕方ないだろ。この格好じゃなきゃ、フューシャお嬢様やプルネお嬢様に会った時にどう言い訳するんだよ」
「うっ……それもそうか」
 アイリスの子どもたちは、侍女のキャノルが元々暗殺者であったことを知らない。ただ、小さい頃から護身術を教えてもらっているので、それとなく察している可能性はあるかもしれない。
「アイリス様の話では、ケットシーは意味のない行動はあまり取らないらしいからな。となると、今回は何かが起こる可能性は十分あり得る。かつてのあたいが事を起こしたようにね」
「あなた、暗殺未遂なんかやってくれたの?」
「まぁな。とはいえ失敗には終わったけどね。こうして生きているのは運がよかったさ」
 ふぅっと安心したようにため息をついたキャノルだったが、ふと合宿の現場となる場所へと目を向ける。そして、何かに気が付いたのか、眉間にしわを寄せて表情を険しくしている。
「やれやれ、あたいがやらかした時のように、何かしら仕込んでるっぽいね。ライ、蒼鱗魚と連絡は取れるかい?」
「一応できるわよ。私はアイリス様の眷属だし、幻獣や神獣と念話で話をするくらい造作もないことよ」
 キャノルがシアンたちの同行を見張る中、ライは早速蒼鱗魚と連絡を取り合う。とはいえ、蒼鱗魚はずいぶんとのんびりとした老夫婦なので、ライはあまり期待はしていないようだ。それでもあのサファイア湖の辺りは蒼鱗魚の縄張り。だったら働いてもらうしかないのである。
『おやおや、この魔力はいつぞやの妖精かな』
『よかった。反応してくれたわ』
『あれだけ大声で呼ばれればのう……』
 ほっとしたのも束の間、あまりにものんびりとした様子にライは複雑な心境のようである。
『……まあいいわ。今サファイア湖にアイリス様のご息女たちがやって来ているの。彼女たちが無事に過ごせるように、サファイア湖近隣の調査をお願いできないかしら』
『おやおや、そうかい。アイリス様のご息女であるなら、頑張らなきゃいけないわねぇ』
『うむ、そうじゃな』
 ライがかなり真剣に話しても、のんびりした様子の蒼鱗魚である。
『期間は人間たちの時間で一週間。私たちも近くに来ているとはいえ、サファイア湖とその周囲はあなたたちの領域なんですから、お願いしますよ』
『心得た。年寄りではあるが、精一杯やってみせようではないか』
 蒼鱗魚たちがやる気になって、元暗殺者と妖精と幻獣による合宿の見守りが始まった。
 この一週間、本当に何も起きないでいてほしいと祈るライとキャノルなのであった。
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