437 / 543
新章 青色の智姫
第68話 シアン、一年次の夏合宿
しおりを挟む
ついに夏合宿が始まる。
学生たちは一度学園に集まり、そこから馬車に分乗して目的地を目指す。
夏合宿の目的地はアクアマリン子爵領にあるサファイア湖。青色の澄んだ湖のほとりで行われる合宿は、サンフレア学園の行事の中でも人気は高い。
王都を西側へ出てから北上し、そこから複雑な地形を通ってアクアマリン領へと入る。少しは改善されるかと思ったのだが、そこはまったく変わっていないようだった。
アクアマリン子爵領に入る時だった。シアンは何かをぴくりと感じ取った。
「どうしたのですか、シアン様」
「いえ、なんでもありません」
ブランチェスカに尋ねられて、ごまかすシアン。
(今のはなんでしょうか。以前に来た時には何もありませんでしたのに。軽く頭痛が起きたような気がします)
何かを敏感に感じったようなのだが、一瞬だったせいで気のせいかと考えるシアン。
「ちょっと疲れたのかもしれませんね。休ませて頂きます」
「承知致しましたわ」
同乗するブランチェスカとプルネに断りを入れて、シアンは軽く眠ることにしたのだった。
王都を発つこと七日後、サンフレア学園の学生一同はアクアマリン子爵領のサファイア湖の近くにある子爵の別荘へとたどり着いていた。
ほぼ王国内の貴族たちの子女だけとはいえ、六年次まである学園の学生全員ともなると相当な人数である。それを受け入れられるアクアマリン子爵というのは、本当に子爵なのかと疑いたくなるものである。
シアンたちが馬車を降りて別荘に入っていく最中、それを遠くから見守る人影があった。
「まったく、王妃様もアイリス様も心配性なんだから」
「そうも言ってられないものだぞ、ライ。ペシエラ様の勘を侮ってもらっちゃ困るってものだ」
「分かっているわよ、キャノル」
ペシエラの命を受けたハイスプライトのライとアイリスの侍女であるキャノルが、合宿に参加する学生たちの後をつけて来ていた。ちなみにこの追跡はガレンだけが知っている。
この監視をつけた理由としては、先日突如として顔を見せたケットシーが原因だ。ペシエラにも会って何かを漏らしていたらしい。
ケットシーは幻獣の中でもかなり気ままではあるものの、ことの本質はきっちり見抜いてくるタイプだ。そんなケットシーが何度となく合宿に対して言及していたので、ペシエラが何かを察してライとキャノルを監視に寄こしたのである。
「あのフリーダムな猫のせいでこんな用事を押し付けられるなんて……。今度会ったらひげを引っこ抜いてやるんだから」
「まぁ怒るのは分かる。あたいもできればアイリスのそばを離れたくなかったんだが、手の空いているのがいない以上仕方がない。これだけ暗器を仕込むのは久しぶりだよ」
キャノルはスカートを持ち上げて軽く左右に振る。すると、金属が当たる音が響き渡っていた。
「なんでメイドスタイルのままなのよ」
「仕方ないだろ。この格好じゃなきゃ、フューシャお嬢様やプルネお嬢様に会った時にどう言い訳するんだよ」
「うっ……それもそうか」
アイリスの子どもたちは、侍女のキャノルが元々暗殺者であったことを知らない。ただ、小さい頃から護身術を教えてもらっているので、それとなく察している可能性はあるかもしれない。
「アイリス様の話では、ケットシーは意味のない行動はあまり取らないらしいからな。となると、今回は何かが起こる可能性は十分あり得る。かつてのあたいが事を起こしたようにね」
「あなた、暗殺未遂なんかやってくれたの?」
「まぁな。とはいえ失敗には終わったけどね。こうして生きているのは運がよかったさ」
ふぅっと安心したようにため息をついたキャノルだったが、ふと合宿の現場となる場所へと目を向ける。そして、何かに気が付いたのか、眉間にしわを寄せて表情を険しくしている。
「やれやれ、あたいがやらかした時のように、何かしら仕込んでるっぽいね。ライ、蒼鱗魚と連絡は取れるかい?」
「一応できるわよ。私はアイリス様の眷属だし、幻獣や神獣と念話で話をするくらい造作もないことよ」
キャノルがシアンたちの同行を見張る中、ライは早速蒼鱗魚と連絡を取り合う。とはいえ、蒼鱗魚はずいぶんとのんびりとした老夫婦なので、ライはあまり期待はしていないようだ。それでもあのサファイア湖の辺りは蒼鱗魚の縄張り。だったら働いてもらうしかないのである。
『おやおや、この魔力はいつぞやの妖精かな』
『よかった。反応してくれたわ』
『あれだけ大声で呼ばれればのう……』
ほっとしたのも束の間、あまりにものんびりとした様子にライは複雑な心境のようである。
『……まあいいわ。今サファイア湖にアイリス様のご息女たちがやって来ているの。彼女たちが無事に過ごせるように、サファイア湖近隣の調査をお願いできないかしら』
『おやおや、そうかい。アイリス様のご息女であるなら、頑張らなきゃいけないわねぇ』
『うむ、そうじゃな』
ライがかなり真剣に話しても、のんびりした様子の蒼鱗魚である。
『期間は人間たちの時間で一週間。私たちも近くに来ているとはいえ、サファイア湖とその周囲はあなたたちの領域なんですから、お願いしますよ』
『心得た。年寄りではあるが、精一杯やってみせようではないか』
蒼鱗魚たちがやる気になって、元暗殺者と妖精と幻獣による合宿の見守りが始まった。
この一週間、本当に何も起きないでいてほしいと祈るライとキャノルなのであった。
学生たちは一度学園に集まり、そこから馬車に分乗して目的地を目指す。
夏合宿の目的地はアクアマリン子爵領にあるサファイア湖。青色の澄んだ湖のほとりで行われる合宿は、サンフレア学園の行事の中でも人気は高い。
王都を西側へ出てから北上し、そこから複雑な地形を通ってアクアマリン領へと入る。少しは改善されるかと思ったのだが、そこはまったく変わっていないようだった。
アクアマリン子爵領に入る時だった。シアンは何かをぴくりと感じ取った。
「どうしたのですか、シアン様」
「いえ、なんでもありません」
ブランチェスカに尋ねられて、ごまかすシアン。
(今のはなんでしょうか。以前に来た時には何もありませんでしたのに。軽く頭痛が起きたような気がします)
何かを敏感に感じったようなのだが、一瞬だったせいで気のせいかと考えるシアン。
「ちょっと疲れたのかもしれませんね。休ませて頂きます」
「承知致しましたわ」
同乗するブランチェスカとプルネに断りを入れて、シアンは軽く眠ることにしたのだった。
王都を発つこと七日後、サンフレア学園の学生一同はアクアマリン子爵領のサファイア湖の近くにある子爵の別荘へとたどり着いていた。
ほぼ王国内の貴族たちの子女だけとはいえ、六年次まである学園の学生全員ともなると相当な人数である。それを受け入れられるアクアマリン子爵というのは、本当に子爵なのかと疑いたくなるものである。
シアンたちが馬車を降りて別荘に入っていく最中、それを遠くから見守る人影があった。
「まったく、王妃様もアイリス様も心配性なんだから」
「そうも言ってられないものだぞ、ライ。ペシエラ様の勘を侮ってもらっちゃ困るってものだ」
「分かっているわよ、キャノル」
ペシエラの命を受けたハイスプライトのライとアイリスの侍女であるキャノルが、合宿に参加する学生たちの後をつけて来ていた。ちなみにこの追跡はガレンだけが知っている。
この監視をつけた理由としては、先日突如として顔を見せたケットシーが原因だ。ペシエラにも会って何かを漏らしていたらしい。
ケットシーは幻獣の中でもかなり気ままではあるものの、ことの本質はきっちり見抜いてくるタイプだ。そんなケットシーが何度となく合宿に対して言及していたので、ペシエラが何かを察してライとキャノルを監視に寄こしたのである。
「あのフリーダムな猫のせいでこんな用事を押し付けられるなんて……。今度会ったらひげを引っこ抜いてやるんだから」
「まぁ怒るのは分かる。あたいもできればアイリスのそばを離れたくなかったんだが、手の空いているのがいない以上仕方がない。これだけ暗器を仕込むのは久しぶりだよ」
キャノルはスカートを持ち上げて軽く左右に振る。すると、金属が当たる音が響き渡っていた。
「なんでメイドスタイルのままなのよ」
「仕方ないだろ。この格好じゃなきゃ、フューシャお嬢様やプルネお嬢様に会った時にどう言い訳するんだよ」
「うっ……それもそうか」
アイリスの子どもたちは、侍女のキャノルが元々暗殺者であったことを知らない。ただ、小さい頃から護身術を教えてもらっているので、それとなく察している可能性はあるかもしれない。
「アイリス様の話では、ケットシーは意味のない行動はあまり取らないらしいからな。となると、今回は何かが起こる可能性は十分あり得る。かつてのあたいが事を起こしたようにね」
「あなた、暗殺未遂なんかやってくれたの?」
「まぁな。とはいえ失敗には終わったけどね。こうして生きているのは運がよかったさ」
ふぅっと安心したようにため息をついたキャノルだったが、ふと合宿の現場となる場所へと目を向ける。そして、何かに気が付いたのか、眉間にしわを寄せて表情を険しくしている。
「やれやれ、あたいがやらかした時のように、何かしら仕込んでるっぽいね。ライ、蒼鱗魚と連絡は取れるかい?」
「一応できるわよ。私はアイリス様の眷属だし、幻獣や神獣と念話で話をするくらい造作もないことよ」
キャノルがシアンたちの同行を見張る中、ライは早速蒼鱗魚と連絡を取り合う。とはいえ、蒼鱗魚はずいぶんとのんびりとした老夫婦なので、ライはあまり期待はしていないようだ。それでもあのサファイア湖の辺りは蒼鱗魚の縄張り。だったら働いてもらうしかないのである。
『おやおや、この魔力はいつぞやの妖精かな』
『よかった。反応してくれたわ』
『あれだけ大声で呼ばれればのう……』
ほっとしたのも束の間、あまりにものんびりとした様子にライは複雑な心境のようである。
『……まあいいわ。今サファイア湖にアイリス様のご息女たちがやって来ているの。彼女たちが無事に過ごせるように、サファイア湖近隣の調査をお願いできないかしら』
『おやおや、そうかい。アイリス様のご息女であるなら、頑張らなきゃいけないわねぇ』
『うむ、そうじゃな』
ライがかなり真剣に話しても、のんびりした様子の蒼鱗魚である。
『期間は人間たちの時間で一週間。私たちも近くに来ているとはいえ、サファイア湖とその周囲はあなたたちの領域なんですから、お願いしますよ』
『心得た。年寄りではあるが、精一杯やってみせようではないか』
蒼鱗魚たちがやる気になって、元暗殺者と妖精と幻獣による合宿の見守りが始まった。
この一週間、本当に何も起きないでいてほしいと祈るライとキャノルなのであった。
0
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw
かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます!
って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑)
フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

ドアマット扱いを黙って受け入れろ?絶対嫌ですけど。
よもぎ
ファンタジー
モニカは思い出した。わたし、ネットで読んだドアマットヒロインが登場する作品のヒロインになってる。このままいくと壮絶な経験することになる…?絶対嫌だ。というわけで、回避するためにも行動することにしたのである。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

かみたま降臨 -神様の卵が降臨、生後30分で侯爵家を追放で生命の危機とか、酷いじゃないですか?-
牛一/冬星明
ファンタジー
神様に気に入られた悪女令嬢が好きな少女は眷属神にされた。
どう見ても人の言う事を聞かなそうな神様の下で働くなって絶対嫌だった。
少女は過労死で死んだ記憶がある。
働くなら絶対にホワイトな職場だ。
神様のスカウトを断った少女だったが、人の話を聞かない神様が許す訳もない。
少女は眷属神の卵として転生を繰り返す。
そいて、ジュリアーナ・マジク・アラルンガルはこの世界に転生された。
だが、神々の加護を貰えないジュリアーナはすぐに捨てられた。
この可哀想な神様の卵に幸はあるのだろうか?

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる