逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第34話 懐かしのアクアマリン子爵領

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 モスグリネを発ち、あっという間にアクアマリン領へとやって来た。シルヴァノやペシエラたちも付き合っての訪問である。
 アクアマリン領への移動は相変わらず面倒な道で、複雑な経路をたどってようやくアクアマリン子爵邸へとたどり着いた。
「アクアマリン子爵と話がしたい。いいだろうか」
「はっ、しばしお待ち下さいませ」
 アクアマリンの私兵が屋敷の中へと駆け込んでいく。
 しばらくして私兵が戻ってくると、シアンたちは中へと招き入れられた。
 シルヴァノやペイルたちは堂々としているものの、シアンだけは久しぶりの前世での実家だ。不安そうに胸の前で手を握っている。
 すると、急に誰かに抱き寄せられる。
 シアンが顔を上げると、そこにロゼリアの顔があった。安心させようとにっこりと優しい笑顔を向けていた。そのおかげか、シアンは少し落ち着きを取り戻した。
「子爵様、失礼致します」
「うむ、案内ご苦労だった。中へお通ししなさい」
「はっ」
 やり取りを終えた私兵は扉を開けて中へとシアンたちを通す。
 扉を開けた先には、ずいぶんと老け込んだ男性が立っていた。
(お兄……様……!)
 その姿を見て、懐かしさのあまり思わず声を上げそうになるシアン。
 だが、今下手に行動を起こしても周りを驚かせてしまうだけだ。シアンはぐっと堪える。
 その理由は、ここにやって来た人間のうち、ロゼリア、ペシエラ、それとチェリシア以外、シアン・アクアマリンの事を忘れてしまっているからだ。
 禁法が望みを叶え、その代償にシアン・アクアマリンは一部の面々を除いてその記憶から存在と名前のすべてが消えてしまったのである。
 つまり、シルヴァノやペイルやおろか、実兄であるマーリンですらシアンの事を覚えていないのである。
「お久しぶりでございます、アクアマリン子爵」
 挨拶をするシルヴァノ。
 先程まで座っていたアクアマリン子爵は、立ち上がってシルヴァノたちの前に跪く。
「わざわざのご訪問、誠にありがとうございます。まさか、我がアクアマリン領にお越し頂けるとは光栄の限りでございます」
 深々と頭を下げているマーリンである。
「しかしでございます。なにゆえこのアクアマリン領へとお越しになられたのですか?」
 当然ながら抱く疑問だ。
 その質問にはペイルが答える。
「我が娘であるシアンがここに来たがってな。それで即位後の家族旅行としてやって来たのだ」
「なにゆえに、でございますでしょうか」
 マーリンが再び問うと、ペイルは首を左右に振っている。
「理由は分からない。だが、シアンのところにはケットシーが何度となく足を運んでいる。おそらくは彼の入れ知恵のせいだろう」
「なるほど、でございますな」
 ケットシーのせいにするのは都合がよすぎる。マーリンはあっさりと納得してしまっていた。
「シアンも十三歳になるとアイヴォリーの学園へと通うことになりますから、その話をした事も大きいでしょうね。このアクアマリン領は合宿の定番の地なのですから」
 ロゼリアは笑いながら付け加えている。マーリンはこれにも納得したようだった。
「そうだ。サファイア湖のほとりの別荘に泊めさせてもらっても構わないかな?」
「ええ、構いませんとも。すぐに使用人を派遣させて頂きます。合宿の後、手を入れ損ねておりますゆえ」
「おや、珍しいな。一体どうしたんだい?」
 マーリンが気になることを言うものだから、シルヴァノが問い掛けている。
 すると、マーリンはちょっと言いづらそうにしている。いくら相手が新しい国王とはいえ、言ってもいいのかと迷っているようだ。
「別に言わなくてもよろしいですのよ。魔法に長けたアクアマリン子爵家なら、秘密のひとつやふたつあっても不思議ではございませんからね」
 そこに口を挟んだのはペシエラだった。表情を見る限り、何かに気が付いたような感じだった。
「いやはや、王妃殿下には敵いませんな。お心遣い、痛み入ります」
 マーリンはそう言うと、別荘へと魔法の使える使用人を派遣し、ひとまずはシルヴァノたちを本邸でもてなすことにした。
 すぐさま応接間に移動しようとするマーリンたちだったが、その時にシアンが何かを感じて足を止める。
「シアン、どうかしましたか?」
 急に立ち止まったシアンにロゼリアが気が付く。声を掛けられたシアンは、
「ううん、なんでもない」
 ごまかしてロゼリアへと駆け寄っていく。しかし、歩きながらちらりとそちらへと視線を向けている。
(間違いありませんね。あそこは前世の私が使っていた部屋です)
 そう、何かを感じた部屋は、まだアクアマリン子爵四女だった自分が使っていた部屋だった。
 しかし、シアン・アクアマリンの存在が消えた今となっては、ただの空き部屋に過ぎないはず。だというのに、なぜこんなに気になるのだろうか。
(隙をみて調べてみる必要がありますね。ただ、お母様やペシエラ様を欺きながら向かうことなんてできるのかしら……)
 ロゼリアに手を引かれながら考え込んでしまうシアン。
 かつての自分の部屋だった場所。奇跡の転生を果たしたシアンにとっては、その中身が気になって仕方ないのであった。
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