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新章 青色の智姫
第1話 舞い戻る青
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ここはどこだろうか。
何も見えない、何も聞こえない。実に不思議な空間だった。
全身に感覚はあるものの、何一つ動かせない。それに加えて、なんとなくふわふわと空中に漂っているような感覚を覚える。
――私は、一体どうなったのでしょうか。
漂う意識は、ふとそんな事を思い浮かべる。
そこに強力な魔力が急激に集まってくる。
虚ろな意識は、急激な状況の変化にも驚きも慌てもしなかった。
「禁法に触れし魂がこのような虚無の空間で漂っているとは、聞いたことがないな」
――一体誰なのかしら、私に呼び掛けるのは。
「よほど強い未練があると見えるな。まったく、我が娘の未熟さゆえの現象か……」
虚ろな意識の考えなど、相手に届くはずもなかった。
だが、呼び掛ける存在が呟いた言葉に、その正体を示す内容があった。
虚ろな意識がその答えにたどり着こうとしている。それを察知したのか、呼び掛ける存在は次の言葉を投げかけてくる。
「禁法を犯してまで願いを叶えたというに満たされぬ心。その心があれば、今ひとたびの奇跡を手繰り寄せる事ができるだろう」
その言葉と同時に、辺りが急激に眩い光にあふれていく。
「行け、時の彼方に追いやられし者よ。その真なる願い、叶えてみせるがよいぞ」
虚ろの意識は、光が自分の中に流れてくるのを感じる。
――待って。もしやあなた、いえ、あなた様は……。
「目覚めるのだ。そこには我が娘も待っているぞ」
そこで虚ろであった意識は、光に飲み込まれてすっと消え去ってしまったのだった。
―――
ふと景色が明るくなる。
そこはモスグリネの王城、第一王女の私室だった。
「おはようございます、シアン王女殿下。朝の支度に伺いました」
部屋に侍女が入ってくる。
部屋の中を見た侍女は、その光景に驚く。
いつもならまだ眠っているはずのシアンが、立ち上がって窓の外を見ていたのだから。
「お、王女殿下。起きてらして大丈夫なのですか」
慌ててシアンへと駆け寄っていく侍女。
すると、シアンはくるりと振り返ってにこりと笑う。
「大丈夫よ、クロノア。いえ、今はスミレでしたっけ」
「えっ……」
シアンの口から出てきた言葉に、思わず固まってしまう侍女。
「そんな、まさか……。ありえないわ、虚無に消えた魂が戻って来るだなんて……」
そんな風に言うのも無理はない。
今のシアンはまだ5歳児なのだ。だというのに、口調が大人のそれなのである。
「……正直、私も驚きました。こんなやり直しの機会が与えられるなんて。禁法を使った私が、こんな形とはいえお嬢様のもとに戻ってこれるなんて……」
シアンは下を向いて大きくため息をつく。
そして、スミレの方へと顔を上げて振り向くと、にこりと笑顔を向ける。
「せっかくお嬢様の娘として生まれたのですから、恩返しをしませんとね。スミレ、手伝ってもらえますか?」
手を差し伸べてくるシアンの姿に、思わず息を飲んでしまうスミレ。
「私は……」
言い淀むスミレ。その表情はなんとも苦しそうである。
「お父さんから咎められて、幻獣からただの人間に落とされた身です。以前のような能力も魔法も最低限しか使えません。こんな私では、いかほどご協力できたものか……」
今のスミレは禁法に対して協力した罰として、その力のほとんどを取り上げられてしまっていた。そのために、シアンの言葉に素直に答えられない状態だった。
「いいのですよ、スミレ。私のために一生懸命尽くしてくれたこと、感謝しておりますとも」
シアンはスミレに近寄っていく。
「今の私は、ペイル王太子とロゼリア王太子妃の娘であるシアン・モスグリネなのです。以前のような目的はございません。王族の娘としての役割を果たすだけなんですよ」
そっとスミレの頬を撫でたシアンは、その手を今度は自分の頬に当てている。
「時渡りの秘法を使った上に転生まで……。今は5歳の幼子だというのに、私ってば年相応に振る舞えるのでしょうか……」
なまじ今までの記憶が戻ってしまっただけに、シアンは困ってしまっていた。
「大丈夫ですよ。ロゼリアさんを助ける時にあれだけしっかりと禁法の事を隠し通したんですから」
手の甲を腰に当てて悩むシアンの姿に、スミレはついつい笑いながら話し掛ける。
確かにそうなのだ。
時渡りの秘法における留意点はふたつあったのだが、それをシアンは最後まで隠し通したのだから。
一つは、時渡りのために自身の持つ魔力をすべて失ってしまうこと。もう一つは、秘法の対象者に知られてしまうこと。
もっとも、両方ともロゼリアは薄々気が付いていたようだが、お互いの信頼関係もあって最後まで守り通せたのだ。おそらくまったく気が付いていなかったのは、異世界転生してきたチェリシアくらいだろう。
「いえ、きっとお嬢さ……お母様なら気が付いてしまいます。……私、今日から大丈夫なのかしら」
「できる限りフォロー致します。シアン様をお守りする事が、私に課せられた幻獣に戻るための条件なのですから」
まるで貴族のように跪いて頭を下げるスミレ。
(まさか、あのまま消え去ると思っていたのに、こうやって生まれ変わって二度目……、いえ、時渡りをしたのですから三度目の人生でしょうかね。とにかく新しい人生を送れることになるなんて思ってもみませんでした)
スミレの頭をひと撫でしたシアンは、窓際へと歩いていく。
(お嬢様。私はあなたの娘として、今度こそお嬢様を幸せにしてみせます)
心に強く誓うシアンなのであった。
何も見えない、何も聞こえない。実に不思議な空間だった。
全身に感覚はあるものの、何一つ動かせない。それに加えて、なんとなくふわふわと空中に漂っているような感覚を覚える。
――私は、一体どうなったのでしょうか。
漂う意識は、ふとそんな事を思い浮かべる。
そこに強力な魔力が急激に集まってくる。
虚ろな意識は、急激な状況の変化にも驚きも慌てもしなかった。
「禁法に触れし魂がこのような虚無の空間で漂っているとは、聞いたことがないな」
――一体誰なのかしら、私に呼び掛けるのは。
「よほど強い未練があると見えるな。まったく、我が娘の未熟さゆえの現象か……」
虚ろな意識の考えなど、相手に届くはずもなかった。
だが、呼び掛ける存在が呟いた言葉に、その正体を示す内容があった。
虚ろな意識がその答えにたどり着こうとしている。それを察知したのか、呼び掛ける存在は次の言葉を投げかけてくる。
「禁法を犯してまで願いを叶えたというに満たされぬ心。その心があれば、今ひとたびの奇跡を手繰り寄せる事ができるだろう」
その言葉と同時に、辺りが急激に眩い光にあふれていく。
「行け、時の彼方に追いやられし者よ。その真なる願い、叶えてみせるがよいぞ」
虚ろの意識は、光が自分の中に流れてくるのを感じる。
――待って。もしやあなた、いえ、あなた様は……。
「目覚めるのだ。そこには我が娘も待っているぞ」
そこで虚ろであった意識は、光に飲み込まれてすっと消え去ってしまったのだった。
―――
ふと景色が明るくなる。
そこはモスグリネの王城、第一王女の私室だった。
「おはようございます、シアン王女殿下。朝の支度に伺いました」
部屋に侍女が入ってくる。
部屋の中を見た侍女は、その光景に驚く。
いつもならまだ眠っているはずのシアンが、立ち上がって窓の外を見ていたのだから。
「お、王女殿下。起きてらして大丈夫なのですか」
慌ててシアンへと駆け寄っていく侍女。
すると、シアンはくるりと振り返ってにこりと笑う。
「大丈夫よ、クロノア。いえ、今はスミレでしたっけ」
「えっ……」
シアンの口から出てきた言葉に、思わず固まってしまう侍女。
「そんな、まさか……。ありえないわ、虚無に消えた魂が戻って来るだなんて……」
そんな風に言うのも無理はない。
今のシアンはまだ5歳児なのだ。だというのに、口調が大人のそれなのである。
「……正直、私も驚きました。こんなやり直しの機会が与えられるなんて。禁法を使った私が、こんな形とはいえお嬢様のもとに戻ってこれるなんて……」
シアンは下を向いて大きくため息をつく。
そして、スミレの方へと顔を上げて振り向くと、にこりと笑顔を向ける。
「せっかくお嬢様の娘として生まれたのですから、恩返しをしませんとね。スミレ、手伝ってもらえますか?」
手を差し伸べてくるシアンの姿に、思わず息を飲んでしまうスミレ。
「私は……」
言い淀むスミレ。その表情はなんとも苦しそうである。
「お父さんから咎められて、幻獣からただの人間に落とされた身です。以前のような能力も魔法も最低限しか使えません。こんな私では、いかほどご協力できたものか……」
今のスミレは禁法に対して協力した罰として、その力のほとんどを取り上げられてしまっていた。そのために、シアンの言葉に素直に答えられない状態だった。
「いいのですよ、スミレ。私のために一生懸命尽くしてくれたこと、感謝しておりますとも」
シアンはスミレに近寄っていく。
「今の私は、ペイル王太子とロゼリア王太子妃の娘であるシアン・モスグリネなのです。以前のような目的はございません。王族の娘としての役割を果たすだけなんですよ」
そっとスミレの頬を撫でたシアンは、その手を今度は自分の頬に当てている。
「時渡りの秘法を使った上に転生まで……。今は5歳の幼子だというのに、私ってば年相応に振る舞えるのでしょうか……」
なまじ今までの記憶が戻ってしまっただけに、シアンは困ってしまっていた。
「大丈夫ですよ。ロゼリアさんを助ける時にあれだけしっかりと禁法の事を隠し通したんですから」
手の甲を腰に当てて悩むシアンの姿に、スミレはついつい笑いながら話し掛ける。
確かにそうなのだ。
時渡りの秘法における留意点はふたつあったのだが、それをシアンは最後まで隠し通したのだから。
一つは、時渡りのために自身の持つ魔力をすべて失ってしまうこと。もう一つは、秘法の対象者に知られてしまうこと。
もっとも、両方ともロゼリアは薄々気が付いていたようだが、お互いの信頼関係もあって最後まで守り通せたのだ。おそらくまったく気が付いていなかったのは、異世界転生してきたチェリシアくらいだろう。
「いえ、きっとお嬢さ……お母様なら気が付いてしまいます。……私、今日から大丈夫なのかしら」
「できる限りフォロー致します。シアン様をお守りする事が、私に課せられた幻獣に戻るための条件なのですから」
まるで貴族のように跪いて頭を下げるスミレ。
(まさか、あのまま消え去ると思っていたのに、こうやって生まれ変わって二度目……、いえ、時渡りをしたのですから三度目の人生でしょうかね。とにかく新しい人生を送れることになるなんて思ってもみませんでした)
スミレの頭をひと撫でしたシアンは、窓際へと歩いていく。
(お嬢様。私はあなたの娘として、今度こそお嬢様を幸せにしてみせます)
心に強く誓うシアンなのであった。
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