367 / 534
番外編集
番外編 ルゼとグレイア(前編)
しおりを挟む
時はロゼリアたちが学園を卒業した後の春の二の月。
ロゼリアがモスグリネ王家に、ペシエラがアイヴォリー王家に嫁いでしまい、最近のマゼンダ商会の中はすっかり静かになっていた。
「ですから、もう少し大豆の量を増やせませんか? これじゃ味噌も醤油も豆腐も増産できませんよ」
「そうは言われましてもね。モスグリネでの作付け面積は限界なんです。それこそアイヴォリー王国内で生産して頂きませんと……」
「うぎぎぎぎ……」
チェリシアが怒鳴っていた。自分の前世の世界の味を再現しようとして躍起になっているのだ。
味噌も醤油もコーラル領のシェリアで獲れる魚とは相性がいいので、もっと広めようと躍起になっているのである。
なにせロゼリアもペシエラも嫁いでいなくなってしまったので、チェリシアを止められる人物がいなくなってしまった。その結果がこの暴走なのである。
その騒ぎを気にする事なく、一人の女性が部屋を訪ねてきた。
「チェリシア様、工房に出かけてきますね」
「ルゼ、今日もグレイアのお手伝い?」
「はい、そうですよ。学園を卒業されて、家業を継ぎたいといわれていましたので、その手伝いですね」
「そっか、頑張ってね」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
ルゼが部屋を出ていくと、再び部屋の中からチェリシアの大声が響き渡っていた。
素知らぬ顔でマゼンダ商会を後にしたルゼは、今日もリード工房のグレイアを訪ねていた。
「グレイア様、いらっしゃいますか?」
「ルゼ、いらっしゃい」
工房に顔を覗かせると、グレイアが出迎えてくれた。
吊りズボンにシャツ、ごつい革の手袋とすっかり鍛冶職人のような姿である。卒業頃には伸びていた髪の毛は、後ろでまとめてポニーテールになっていた。
「これから始めるところですかね」
「ええ、いい加減に剣のひとつでも打ってみようと思うの。手伝ってもらえるかしら」
「構いませんよ。金属なら私の得意分野ですから」
どうやらこれから剣を打つらしく、そのための道具が炉の前に集められていた。
父親のリードも40歳を超えてくるので、工房としては跡継ぎが問題になっていた。そこで、学園を卒業したグレイアがひとまず家業を継ごうとしているである。
「それはそうと、リード様はいらっしゃいませんのですね」
「お父さんはちょっと……ね」
きょろきょろと工房を見回すルゼに、グレイアは恥ずかしそうに頬をかきながら言葉を濁していた。
「ああ、腰ですか」
「ぎくっ」
「腰をいわしてはハンマーは振れませんものね。あとでライにでも頼むとしましょう」
「ご、ごめんね……」
グレイアは恥ずかしそうに縮こまっていた。
しかし、ルゼはまったく動じていなかった。
「けがや病気の時は無理をしないに限ります。今日はリード様に代わって私がグレイア様に鍛冶をお教えしますね」
「は、はい。よろしくお願いします。というか、ルゼって鍛冶ができるの?」
「いえ、できません。けれど、私は金属のエキスパートですからね。お任せ下さい」
不安げになるグレイアに、ルゼは自信たっぷりだった。
ルゼは世界中のありとあらゆる金属を食らってきたメタルゼリーという魔物だ。
メタルゼリー自体、金属を主食とするスライムの一種なのだが、その中でもルゼは世界中を旅して金属を食べて回った特殊な個体なのである。まさに金属を知り尽くした女なのだ。
「では、始めましょうか」
「は、はい」
ルゼは体を自由に変えられるスライムの特性を使って、服を作業に適したものへと変化させる。
「扱いたい金属を仰って下さいね。魔力が続く限り、どんな金属でもご用意できますから」
「そ、それだったら、魔法銀をお願いします」
「魔法銀ですね。剣が作れるくらいの量あればいいですかね」
「はい」
ルゼは突然自分の体の一部を変化させると、その部分が金属のインゴットに変わる。切り離された体の部分はあっという間に再生してしまっていた。
「相変わらず……慣れませんね」
「人間から見ればただの自傷行為ですからね。私からすればただ単に体の一部を分離させてるだけですが、なまじ人間の姿をしているのがよくありませんか」
ルゼは淡々と語っている。
「それはそうと、剣1本分の魔法銀が用意できましたので、早速始めましょうか」
ルゼが見守る中、グレイアが鍛冶を始めようとする。
「やり方も分からんで、何ができるというのだ、グレイア」
「お、お父さん!」
つらそうな表情をしながら少し前かがみになっているリードが奥から出てきた。
「リード様、休まれないで大丈夫なのですか?」
淡々と問い掛けるルゼ。
「娘が剣を打つといっているのに、寝ていられるわけがない。さすがに作業を手伝う事はできんが、口を挟むくらいはできるぞ」
そう答えるリードではあるものの、顔が本当にきつそうである。その様子を見かねたルゼは、額に指先を当てながらリードに話し掛ける。
「ちょっとお待ち下さいね。ライを呼びかますから。そんな状態で指導をされても、気になって失敗する可能性が高まってしまいます」
無理をして悪化させてはいけないので、まずはライに治療を頼むことにしたのである。
はたしてこんな状態でまともな剣が打てるというのだろうか。幸先はとても不安なのであった。
ロゼリアがモスグリネ王家に、ペシエラがアイヴォリー王家に嫁いでしまい、最近のマゼンダ商会の中はすっかり静かになっていた。
「ですから、もう少し大豆の量を増やせませんか? これじゃ味噌も醤油も豆腐も増産できませんよ」
「そうは言われましてもね。モスグリネでの作付け面積は限界なんです。それこそアイヴォリー王国内で生産して頂きませんと……」
「うぎぎぎぎ……」
チェリシアが怒鳴っていた。自分の前世の世界の味を再現しようとして躍起になっているのだ。
味噌も醤油もコーラル領のシェリアで獲れる魚とは相性がいいので、もっと広めようと躍起になっているのである。
なにせロゼリアもペシエラも嫁いでいなくなってしまったので、チェリシアを止められる人物がいなくなってしまった。その結果がこの暴走なのである。
その騒ぎを気にする事なく、一人の女性が部屋を訪ねてきた。
「チェリシア様、工房に出かけてきますね」
「ルゼ、今日もグレイアのお手伝い?」
「はい、そうですよ。学園を卒業されて、家業を継ぎたいといわれていましたので、その手伝いですね」
「そっか、頑張ってね」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
ルゼが部屋を出ていくと、再び部屋の中からチェリシアの大声が響き渡っていた。
素知らぬ顔でマゼンダ商会を後にしたルゼは、今日もリード工房のグレイアを訪ねていた。
「グレイア様、いらっしゃいますか?」
「ルゼ、いらっしゃい」
工房に顔を覗かせると、グレイアが出迎えてくれた。
吊りズボンにシャツ、ごつい革の手袋とすっかり鍛冶職人のような姿である。卒業頃には伸びていた髪の毛は、後ろでまとめてポニーテールになっていた。
「これから始めるところですかね」
「ええ、いい加減に剣のひとつでも打ってみようと思うの。手伝ってもらえるかしら」
「構いませんよ。金属なら私の得意分野ですから」
どうやらこれから剣を打つらしく、そのための道具が炉の前に集められていた。
父親のリードも40歳を超えてくるので、工房としては跡継ぎが問題になっていた。そこで、学園を卒業したグレイアがひとまず家業を継ごうとしているである。
「それはそうと、リード様はいらっしゃいませんのですね」
「お父さんはちょっと……ね」
きょろきょろと工房を見回すルゼに、グレイアは恥ずかしそうに頬をかきながら言葉を濁していた。
「ああ、腰ですか」
「ぎくっ」
「腰をいわしてはハンマーは振れませんものね。あとでライにでも頼むとしましょう」
「ご、ごめんね……」
グレイアは恥ずかしそうに縮こまっていた。
しかし、ルゼはまったく動じていなかった。
「けがや病気の時は無理をしないに限ります。今日はリード様に代わって私がグレイア様に鍛冶をお教えしますね」
「は、はい。よろしくお願いします。というか、ルゼって鍛冶ができるの?」
「いえ、できません。けれど、私は金属のエキスパートですからね。お任せ下さい」
不安げになるグレイアに、ルゼは自信たっぷりだった。
ルゼは世界中のありとあらゆる金属を食らってきたメタルゼリーという魔物だ。
メタルゼリー自体、金属を主食とするスライムの一種なのだが、その中でもルゼは世界中を旅して金属を食べて回った特殊な個体なのである。まさに金属を知り尽くした女なのだ。
「では、始めましょうか」
「は、はい」
ルゼは体を自由に変えられるスライムの特性を使って、服を作業に適したものへと変化させる。
「扱いたい金属を仰って下さいね。魔力が続く限り、どんな金属でもご用意できますから」
「そ、それだったら、魔法銀をお願いします」
「魔法銀ですね。剣が作れるくらいの量あればいいですかね」
「はい」
ルゼは突然自分の体の一部を変化させると、その部分が金属のインゴットに変わる。切り離された体の部分はあっという間に再生してしまっていた。
「相変わらず……慣れませんね」
「人間から見ればただの自傷行為ですからね。私からすればただ単に体の一部を分離させてるだけですが、なまじ人間の姿をしているのがよくありませんか」
ルゼは淡々と語っている。
「それはそうと、剣1本分の魔法銀が用意できましたので、早速始めましょうか」
ルゼが見守る中、グレイアが鍛冶を始めようとする。
「やり方も分からんで、何ができるというのだ、グレイア」
「お、お父さん!」
つらそうな表情をしながら少し前かがみになっているリードが奥から出てきた。
「リード様、休まれないで大丈夫なのですか?」
淡々と問い掛けるルゼ。
「娘が剣を打つといっているのに、寝ていられるわけがない。さすがに作業を手伝う事はできんが、口を挟むくらいはできるぞ」
そう答えるリードではあるものの、顔が本当にきつそうである。その様子を見かねたルゼは、額に指先を当てながらリードに話し掛ける。
「ちょっとお待ち下さいね。ライを呼びかますから。そんな状態で指導をされても、気になって失敗する可能性が高まってしまいます」
無理をして悪化させてはいけないので、まずはライに治療を頼むことにしたのである。
はたしてこんな状態でまともな剣が打てるというのだろうか。幸先はとても不安なのであった。
1
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説

かみたま降臨 -神様の卵が降臨、生後30分で侯爵家を追放で生命の危機とか、酷いじゃないですか?-
牛一/冬星明
ファンタジー
神様に気に入られた悪女令嬢が好きな少女は眷属神にされた。
どう見ても人の言う事を聞かなそうな神様の下で働くなって絶対嫌だった。
少女は過労死で死んだ記憶がある。
働くなら絶対にホワイトな職場だ。
神様のスカウトを断った少女だったが、人の話を聞かない神様が許す訳もない。
少女は眷属神の卵として転生を繰り返す。
そいて、ジュリアーナ・マジク・アラルンガルはこの世界に転生された。
だが、神々の加護を貰えないジュリアーナはすぐに捨てられた。
この可哀想な神様の卵に幸はあるのだろうか?

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

転生してモンスター診療所を始めました。
十本スイ
ファンタジー
日本で普通の高校生として日常を送っていた三月倫斗だったが、ある日、車に引かれそうになっていた子犬を助けたことで命を落としてしまう。
気づけばそこは地球ではない異世界――【エテルナ】。
モンスターや魔術などが普通に存在するファンタジーな世界だった。
倫斗は転生してリント・ミツキとして第二の人生を歩むことに。しかし転生してすぐに親に捨てられてしまい、早くもバッドエンディングを迎えてしまいそうになる。
そこへ現れたのは銀の羽毛に覆われた巨大な鳥。
名を――キンカ。彼女にリントは育てられることになるのだ。
そうして時が経ち、リントは人よりもモンスターを愛するようになり、彼らのために何かできないかと考え、世界でも数少ないモンスター専門の医者である〝モンスター医〟になる。
人とのしがらみを嫌い、街ではなく小高い丘に診療所を用意し腕を揮っていた。傍には助手のニュウという獣人を置き、二人で閑古鳥が鳴く診療所を切り盛りする。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました
言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。
貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。
「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」
それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。
だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。
それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。
それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。
気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。
「これは……一体どういうことだ?」
「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」
いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。
――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる