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最終章 乙女ゲーム後
最終話 逆行令嬢と転生ヒロイン
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見送りから戻ったロゼリアは、なんとか気を保ちながらも自分の部屋へと戻って来る。その様子をディーネは心配そうに見ていた。
ディーネが淹れた紅茶を飲みながら、ロゼリアは椅子にもたれ掛かって天井を見ていた。だが、その焦点はいまいち合っていない。まるで虚空を眺めているようだった。
しばらくすると、部屋の扉を叩く音が聞こえる。だが、ロゼリアはまだ呆けていたので、ディーネが独断で対応する。というのも、ディーネも妖精なので外に誰が居るのかすぐ分かったのだ。
「やあ、ロゼリアくん。約束通り、話をしに来たよ」
ケットシーの声が外から響いてくる。だが、ロゼリアの反応はなく、ここでもディーネが独断で扉を開けてケットシーを招き入れた。
「やっぱりチェリシアくんだったね。こういう時に気遣いをできないのは本当に困ったものだよ」
愚痴を漏らしながら、ロゼリアの隣に座るケットシー。
「ディーネ。ボクとクロノアにも紅茶を淹れてくれるかい?」
「はい、畏まりました」
ぱたぱたと部屋を一度出ていくディーネ。それと入れ替わるようにして、一人の女性がロゼリアに近付いてきた。その姿がロゼリアの目に入った時、ロゼリアはまるで生き返ったかのようにがばっと姿勢を直してその女性を見た。
「スミレさん?」
ロゼリアが口にした名前。それは、かつてカイスの村で会った女性の名前である。特に、チェリシアが一週間眠り続けた時にお世話になったので、強く印象に残っているのである。
「そちらの名前、よく覚えておいでですね」
スミレと呼ばれた女性は、テーブルの横で立っている。ケットシーなら勝手に座っていたが、スミレの方はそこは弁えているのである。
「あっ……、どうぞお掛け下さい」
「では、失礼しますね」
ロゼリアが思い出したかのように言うと、スミレはゆっくりと椅子に座った。
「改めまして、ご結婚おめでとうございます。スミレというのは偽名でして、私は時の幻獣クロノアと申します」
クロノアは祝辞を述べてから、改めて自己紹介をする。よく見ると、クロノアの周りには何やら文字と針からなる不思議な図形が浮かんでいた。
時の幻獣と聞いて、姿があの時と変わっていない事にすんなり理解ができるロゼリア。
「シアンはあなたの事を大変大切に思われていたようですよ。ですので、本当はいけないのですが、私も微力ながら手助けさせて頂きました」
クロノアの証言では、パープリアの一件が片付くきっかけを作ったらしい。禁法に手を出した男爵とインディの時を止めて、城の地下に送り込んだのがクロノアなのだそうだ。それ以外でもいろいろと絡んできていたそうだ。
「シアンは代償の事は重々承知していましたし、今回の事態も想定していたようです。その時のフォローも頼まれておりましたので、これと一緒に伺った次第というわけです」
「おいおい、これ呼ばわりは酷いなぁ」
淡々と話すクロノアに、ケットシーは文句を言う。だが、いつものやり取りなのか怒っている様子はなかった。
「シアンが居なくなってつらいのはとてもよく分かりますが、あなたの幸せこそがシアンの願いでした。そこはどうかご理解下さい」
クロノアは大きく頭を下げた。まさか幻獣が頭を下げてくるなんて思わなかった。横に居るディーネも焦ったように慌てている。だが、ここまでされてしまっては、ロゼリアもこの状況を受け入れるしかなかった。シアンのためにも精一杯幸せに生きる。それこそがシアンの忠義に対する答えなのだから。
それから年月が過ぎ、その年の年末を迎える。
寒さも厳しい冬の月だが、モスグリネの王城内は大忙しであった。
というのも、ロゼリアが産気づいて、出産が始まったからである。王子か王女かは分からないが、王太子と王太子妃との間の最初の子どもである。大慌てになるのも当然というわけだ。
この状況下ではペイルも落ち着いてはいられなかったが、王太子としての仕事は山積みである。なので、何としても出産に立ち会えるようにと頑張って仕事を片付けていっていた。
ようやく仕事を片付けて、ペイルは落ち着きなくお産の行われる部屋へと移動していく。
「どうだ、生まれたか?」
部屋の前で待ち構えているのはどういうわけかガレンである。どうやらケットシーに誘われて戻ってきているようだ。
「いや、まだだな。私たち多くの加護を受けているとはいえ、出産はそうたやすいものではないからな。とにかく、今は落ち着いて待つしかできん。ディーネも居るから、そう大ごとにはならないだろう」
ガレンがペイルを落ち着ける。そう言われたペイルは、廊下に待合室のように備え付けられた椅子におとなしく座った。
静まり返る廊下。
もうどれくらい経ったのだろうか。突如として赤ん坊の産声が響き渡る。
「殿下、お生まれになりました! 元気な女の子ですよ!」
「おお、生まれたか!」
お産を手伝っていた侍女が廊下に飛び出て伝える。しかし、どういうわけか顔は困惑した感じだった。
「どうしたんだ、その顔は」
「いえ、確かにお生まれになったのですが……」
侍女が言いよどむので、ペイルは仕方なく中へと入っていく。
そこで目にしたのは、生まれたばかりの赤ん坊を横目に見ている妻ロゼリアの姿だった。
「おお、その子が俺の子か。よく頑張ったな、ロゼリア」
子どもの誕生に喜び、ロゼリアを労うペイル。だが、すぐに何かの違和感に気が付いた。
そう、生まれた子どもの髪色である。
「そうか……、この髪色は」
ペイルはすぐに何か思い当たったようだ。
子どもの髪色は青色なのである。ロゼリアは赤色、ペイルは緑色。どちらとも違う髪色だったのだ。だが、周りが戸惑う中、ペイルとロゼリアだけが、この髪色が産まれた理由に思い当たりがあるようだった。
「……帰ってきたようだな」
「そうですね。このような事があるなんて、思いもしませんでした」
ロゼリアとペイルは、生まれたばかりの我が子を優しく見ている。
「この子の名前はもう決まっています」
「ああ、そうだな」
確認し合うと、二人は声を揃えていった。
「名前は……、シアン」
『逆行令嬢と転生ヒロイン』・完
ディーネが淹れた紅茶を飲みながら、ロゼリアは椅子にもたれ掛かって天井を見ていた。だが、その焦点はいまいち合っていない。まるで虚空を眺めているようだった。
しばらくすると、部屋の扉を叩く音が聞こえる。だが、ロゼリアはまだ呆けていたので、ディーネが独断で対応する。というのも、ディーネも妖精なので外に誰が居るのかすぐ分かったのだ。
「やあ、ロゼリアくん。約束通り、話をしに来たよ」
ケットシーの声が外から響いてくる。だが、ロゼリアの反応はなく、ここでもディーネが独断で扉を開けてケットシーを招き入れた。
「やっぱりチェリシアくんだったね。こういう時に気遣いをできないのは本当に困ったものだよ」
愚痴を漏らしながら、ロゼリアの隣に座るケットシー。
「ディーネ。ボクとクロノアにも紅茶を淹れてくれるかい?」
「はい、畏まりました」
ぱたぱたと部屋を一度出ていくディーネ。それと入れ替わるようにして、一人の女性がロゼリアに近付いてきた。その姿がロゼリアの目に入った時、ロゼリアはまるで生き返ったかのようにがばっと姿勢を直してその女性を見た。
「スミレさん?」
ロゼリアが口にした名前。それは、かつてカイスの村で会った女性の名前である。特に、チェリシアが一週間眠り続けた時にお世話になったので、強く印象に残っているのである。
「そちらの名前、よく覚えておいでですね」
スミレと呼ばれた女性は、テーブルの横で立っている。ケットシーなら勝手に座っていたが、スミレの方はそこは弁えているのである。
「あっ……、どうぞお掛け下さい」
「では、失礼しますね」
ロゼリアが思い出したかのように言うと、スミレはゆっくりと椅子に座った。
「改めまして、ご結婚おめでとうございます。スミレというのは偽名でして、私は時の幻獣クロノアと申します」
クロノアは祝辞を述べてから、改めて自己紹介をする。よく見ると、クロノアの周りには何やら文字と針からなる不思議な図形が浮かんでいた。
時の幻獣と聞いて、姿があの時と変わっていない事にすんなり理解ができるロゼリア。
「シアンはあなたの事を大変大切に思われていたようですよ。ですので、本当はいけないのですが、私も微力ながら手助けさせて頂きました」
クロノアの証言では、パープリアの一件が片付くきっかけを作ったらしい。禁法に手を出した男爵とインディの時を止めて、城の地下に送り込んだのがクロノアなのだそうだ。それ以外でもいろいろと絡んできていたそうだ。
「シアンは代償の事は重々承知していましたし、今回の事態も想定していたようです。その時のフォローも頼まれておりましたので、これと一緒に伺った次第というわけです」
「おいおい、これ呼ばわりは酷いなぁ」
淡々と話すクロノアに、ケットシーは文句を言う。だが、いつものやり取りなのか怒っている様子はなかった。
「シアンが居なくなってつらいのはとてもよく分かりますが、あなたの幸せこそがシアンの願いでした。そこはどうかご理解下さい」
クロノアは大きく頭を下げた。まさか幻獣が頭を下げてくるなんて思わなかった。横に居るディーネも焦ったように慌てている。だが、ここまでされてしまっては、ロゼリアもこの状況を受け入れるしかなかった。シアンのためにも精一杯幸せに生きる。それこそがシアンの忠義に対する答えなのだから。
それから年月が過ぎ、その年の年末を迎える。
寒さも厳しい冬の月だが、モスグリネの王城内は大忙しであった。
というのも、ロゼリアが産気づいて、出産が始まったからである。王子か王女かは分からないが、王太子と王太子妃との間の最初の子どもである。大慌てになるのも当然というわけだ。
この状況下ではペイルも落ち着いてはいられなかったが、王太子としての仕事は山積みである。なので、何としても出産に立ち会えるようにと頑張って仕事を片付けていっていた。
ようやく仕事を片付けて、ペイルは落ち着きなくお産の行われる部屋へと移動していく。
「どうだ、生まれたか?」
部屋の前で待ち構えているのはどういうわけかガレンである。どうやらケットシーに誘われて戻ってきているようだ。
「いや、まだだな。私たち多くの加護を受けているとはいえ、出産はそうたやすいものではないからな。とにかく、今は落ち着いて待つしかできん。ディーネも居るから、そう大ごとにはならないだろう」
ガレンがペイルを落ち着ける。そう言われたペイルは、廊下に待合室のように備え付けられた椅子におとなしく座った。
静まり返る廊下。
もうどれくらい経ったのだろうか。突如として赤ん坊の産声が響き渡る。
「殿下、お生まれになりました! 元気な女の子ですよ!」
「おお、生まれたか!」
お産を手伝っていた侍女が廊下に飛び出て伝える。しかし、どういうわけか顔は困惑した感じだった。
「どうしたんだ、その顔は」
「いえ、確かにお生まれになったのですが……」
侍女が言いよどむので、ペイルは仕方なく中へと入っていく。
そこで目にしたのは、生まれたばかりの赤ん坊を横目に見ている妻ロゼリアの姿だった。
「おお、その子が俺の子か。よく頑張ったな、ロゼリア」
子どもの誕生に喜び、ロゼリアを労うペイル。だが、すぐに何かの違和感に気が付いた。
そう、生まれた子どもの髪色である。
「そうか……、この髪色は」
ペイルはすぐに何か思い当たったようだ。
子どもの髪色は青色なのである。ロゼリアは赤色、ペイルは緑色。どちらとも違う髪色だったのだ。だが、周りが戸惑う中、ペイルとロゼリアだけが、この髪色が産まれた理由に思い当たりがあるようだった。
「……帰ってきたようだな」
「そうですね。このような事があるなんて、思いもしませんでした」
ロゼリアとペイルは、生まれたばかりの我が子を優しく見ている。
「この子の名前はもう決まっています」
「ああ、そうだな」
確認し合うと、二人は声を揃えていった。
「名前は……、シアン」
『逆行令嬢と転生ヒロイン』・完
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