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最終章 乙女ゲーム後
第353話 望み、叶う時
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時渡りの秘法。
それは読んで字のごとく、時を渡り歩く禁断の魔法である。
使用するためには、術者の魔力をすべて犠牲にしなければならない。つまりは、たった一度しか使えない究極の魔法なのである。
術者と対象者は指定された時間へと飛び、目的のために動いていく。
ある者は未来を見るため。またある者は過去を変えるため。それぞれの目的に時と飛び越えていく。
ただし、禁法ゆえに制約はある。
対象者が自分の場合、自分が時渡りをした事を周りに悟られてはいけない。
対象者が自分の以外の場合、対象者から時渡りの術者だと指摘されてはいけない。
目的が達成されなかった場合は、捻じ曲げようとした時は元へと戻り、術者は時間軸から消し飛んでしまう。
では、目的が達成された場合はどうなるのか。その場合の結末は……。
ペイルとロゼリアの結婚式が行われた翌日、マゼンダ侯爵家とコーラル伯爵家、それとシルヴァノはまだモスグリネに滞在していた。せっかくなのでヴィフレアの見学を行っていたのだ。
本当に意図の読めないケットシーが案内役を買って出て、誇らしげにヴィフレアの街をあれこれと案内していた。その時のケットシーは、実に満足げに笑っていた。
その際に、モスグリネ王国に出したマゼンダ商会にも寄っていき、そこではコーラル邸を解雇になったストロアが秘書として頑張っていた。ケットシーの下でガンガンに鍛えられたストロアは、それは見違えるほどの人物となっていた。三つ編みの髪型に眼鏡も掛けて、本当に別人という印象である。勢いに任せて処刑しなくてよかったと思われる瞬間だった。まったく、あの猫は無駄に有能である。さすがは幻獣。
結局、シルヴァノたちはもう一泊してからアイヴォリー王国へと帰国する事となった。
その日の夜。
「あら、シアン。どうしたのかしら、眠れないの?」
夜中になって眠っているはずのシアンが、ロゼリアの部屋へやって来ていた。部屋の入口は少し暗いので、顔はよく見えない。
「はい。今夜はロゼリア様に大切なお話がございまして、失礼ながらもこうしてやって参った次第でございます」
ロゼリアは少し首を傾ける。シアンの口調が少々重いからだ。一体何があったのか、疑問に思っても不思議ではない。
しかし、ロゼリアの反応にお構いなしに、シアンはゆっくりと歩み寄ってくる。
「……もう、私には思い残す事はございません」
シアンがこう言うと、ロゼリアは更に首を傾げてシアンを見る。だが、やはりシアンは止まらなかった。
「今日ここで、ロゼリア様にすべてを告げて、私は退場しようかと思います」
「シアン? どういう事?」
ロゼリアの中には、少しずつ嫌な予感が込み上げてきていた。いっその事、何も知らなかった方がよかったとさえ思えるほどに。
「ロゼリア様、『時渡りの秘法』というものをご存じですか?」
ロゼリアの嫌な予感が的中する。
「……いいえ、初めて聞きましたわ」
ロゼリアは内心震える心を必死に堪えて、シアンの質問に答える。そのロゼリアの態度を見て、シアンはどういうわけか安心したように微笑む。
だが、正直ロゼリアはこの先を聞きたくない、聞くのが怖いのである。それでも、シアンが止まるわけではなかった。
「時渡りの秘法は、己の魔力を犠牲にして時間を超える願いをかなえる魔法。アクアマリンの家に保管されている禁法の一つでございます」
淡々とシアンが説明を始める。
「本当はロゼリア様一人だけを過去に戻すつもりでございましたが、急遽チェリシア様を追加する事にしたのですが、まさかこのような事態になるとは思っておりませんでした」
どうやらシアンの時戻りの対象は、当初はロゼリアだけだったようである。だが、根本的な解決には相手が必要と考え、チェリシアを追加したために転生事故を引き起こしたようである。その結果が、異世界転生したチェリシアが生まれ、元のチェリシアはペシエラとなったようだった。
ロゼリアの反応に関わらず、シアンはこれまでの反省のように話を進めていく。ロゼリアはどうとも反応できずに、ただただシアンの話を黙って聞いていた。
「いろいろございましたが、本当にロゼリア様が幸せになって下さって、禁法を使ったかいがあったと思います」
シアンはこう言葉を締めると、ロゼリアの顔を見る。
「この禁法は目的が達成された時にも、代償が発動致します。本当に、私は幸せございました」
代償が何かを知るシアンは、徐々に体を震わせ始めていた。一方のロゼリアの方も、その代償を知っているがために涙が堪えられなくなってきていた。
「……だめよ、シアン。消えるなんて許さないわよ」
「……やはり、ご存じでございましたね、ロゼリア様」
ロゼリアの叫びに、言葉を返すシアン。よく見ると、その姿が徐々に透けてきている。
「……もうあまり時間はないようですね。最後にロゼリア様の幸せな姿を見る事ができて、このシアン、本当に幸せでございました」
ゆっくりと窓際に歩いていくシアン。月明かりに照らされて、シアンの透けていく体がキラキラと輝いている。
「私の姿や名前はおそらくすっかり消えてなくなってしまうでしょう。ですが、私には悔いはございません。どうか、ロゼリア様、お幸せに……」
「だめよ、シアン。行かないで……っ!」
ロゼリアは立ち上がり、シアンへと駆け寄っていく。だが、ロゼリアが掴まえたのは、シアンが着ていた侍女服のみ。シアンの姿は光となって、窓を通り抜けて空へとキラキラと舞い上がっていく。
部屋に残されたのは、シアンが着ていた侍女服を抱き締めて泣きじゃくるロゼリアの姿だけだった。
それは読んで字のごとく、時を渡り歩く禁断の魔法である。
使用するためには、術者の魔力をすべて犠牲にしなければならない。つまりは、たった一度しか使えない究極の魔法なのである。
術者と対象者は指定された時間へと飛び、目的のために動いていく。
ある者は未来を見るため。またある者は過去を変えるため。それぞれの目的に時と飛び越えていく。
ただし、禁法ゆえに制約はある。
対象者が自分の場合、自分が時渡りをした事を周りに悟られてはいけない。
対象者が自分の以外の場合、対象者から時渡りの術者だと指摘されてはいけない。
目的が達成されなかった場合は、捻じ曲げようとした時は元へと戻り、術者は時間軸から消し飛んでしまう。
では、目的が達成された場合はどうなるのか。その場合の結末は……。
ペイルとロゼリアの結婚式が行われた翌日、マゼンダ侯爵家とコーラル伯爵家、それとシルヴァノはまだモスグリネに滞在していた。せっかくなのでヴィフレアの見学を行っていたのだ。
本当に意図の読めないケットシーが案内役を買って出て、誇らしげにヴィフレアの街をあれこれと案内していた。その時のケットシーは、実に満足げに笑っていた。
その際に、モスグリネ王国に出したマゼンダ商会にも寄っていき、そこではコーラル邸を解雇になったストロアが秘書として頑張っていた。ケットシーの下でガンガンに鍛えられたストロアは、それは見違えるほどの人物となっていた。三つ編みの髪型に眼鏡も掛けて、本当に別人という印象である。勢いに任せて処刑しなくてよかったと思われる瞬間だった。まったく、あの猫は無駄に有能である。さすがは幻獣。
結局、シルヴァノたちはもう一泊してからアイヴォリー王国へと帰国する事となった。
その日の夜。
「あら、シアン。どうしたのかしら、眠れないの?」
夜中になって眠っているはずのシアンが、ロゼリアの部屋へやって来ていた。部屋の入口は少し暗いので、顔はよく見えない。
「はい。今夜はロゼリア様に大切なお話がございまして、失礼ながらもこうしてやって参った次第でございます」
ロゼリアは少し首を傾ける。シアンの口調が少々重いからだ。一体何があったのか、疑問に思っても不思議ではない。
しかし、ロゼリアの反応にお構いなしに、シアンはゆっくりと歩み寄ってくる。
「……もう、私には思い残す事はございません」
シアンがこう言うと、ロゼリアは更に首を傾げてシアンを見る。だが、やはりシアンは止まらなかった。
「今日ここで、ロゼリア様にすべてを告げて、私は退場しようかと思います」
「シアン? どういう事?」
ロゼリアの中には、少しずつ嫌な予感が込み上げてきていた。いっその事、何も知らなかった方がよかったとさえ思えるほどに。
「ロゼリア様、『時渡りの秘法』というものをご存じですか?」
ロゼリアの嫌な予感が的中する。
「……いいえ、初めて聞きましたわ」
ロゼリアは内心震える心を必死に堪えて、シアンの質問に答える。そのロゼリアの態度を見て、シアンはどういうわけか安心したように微笑む。
だが、正直ロゼリアはこの先を聞きたくない、聞くのが怖いのである。それでも、シアンが止まるわけではなかった。
「時渡りの秘法は、己の魔力を犠牲にして時間を超える願いをかなえる魔法。アクアマリンの家に保管されている禁法の一つでございます」
淡々とシアンが説明を始める。
「本当はロゼリア様一人だけを過去に戻すつもりでございましたが、急遽チェリシア様を追加する事にしたのですが、まさかこのような事態になるとは思っておりませんでした」
どうやらシアンの時戻りの対象は、当初はロゼリアだけだったようである。だが、根本的な解決には相手が必要と考え、チェリシアを追加したために転生事故を引き起こしたようである。その結果が、異世界転生したチェリシアが生まれ、元のチェリシアはペシエラとなったようだった。
ロゼリアの反応に関わらず、シアンはこれまでの反省のように話を進めていく。ロゼリアはどうとも反応できずに、ただただシアンの話を黙って聞いていた。
「いろいろございましたが、本当にロゼリア様が幸せになって下さって、禁法を使ったかいがあったと思います」
シアンはこう言葉を締めると、ロゼリアの顔を見る。
「この禁法は目的が達成された時にも、代償が発動致します。本当に、私は幸せございました」
代償が何かを知るシアンは、徐々に体を震わせ始めていた。一方のロゼリアの方も、その代償を知っているがために涙が堪えられなくなってきていた。
「……だめよ、シアン。消えるなんて許さないわよ」
「……やはり、ご存じでございましたね、ロゼリア様」
ロゼリアの叫びに、言葉を返すシアン。よく見ると、その姿が徐々に透けてきている。
「……もうあまり時間はないようですね。最後にロゼリア様の幸せな姿を見る事ができて、このシアン、本当に幸せでございました」
ゆっくりと窓際に歩いていくシアン。月明かりに照らされて、シアンの透けていく体がキラキラと輝いている。
「私の姿や名前はおそらくすっかり消えてなくなってしまうでしょう。ですが、私には悔いはございません。どうか、ロゼリア様、お幸せに……」
「だめよ、シアン。行かないで……っ!」
ロゼリアは立ち上がり、シアンへと駆け寄っていく。だが、ロゼリアが掴まえたのは、シアンが着ていた侍女服のみ。シアンの姿は光となって、窓を通り抜けて空へとキラキラと舞い上がっていく。
部屋に残されたのは、シアンが着ていた侍女服を抱き締めて泣きじゃくるロゼリアの姿だけだった。
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